お金の本質   索引  

                    

 第3回 お金の起源
    (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)6月1日第273号)

 そもそもお金というものはどうして生まれたのであろうか。お金の起源とその歴史について理解を深めることは、お金の本質を解明するうえで、大きなヒントとなるだろう。
 まず、お金が登場する以前の社会はどのようなものだったか考えてみる。
 生活に必要なものをすべて自分で作り出し、あるいは自分で必要な用事をすべて済ませることができれば、人は他人に何ら依存することはない。
 しかし、人にはそれぞれ得手不得手がある。生活のあらゆる場面を通じて、生涯、あらゆることを自力で解決することはできない。
 人々は自らの能力の限界を知っていた。また、天変地異などの自然災害を幾度も体験するにつれ、自然に対して畏怖の念を抱いていった。
 だからこそ、人々は自らの能力を過信したり慢心することはなかった。
 人々は自らが属する共同体のなかで、自らの足らざるところをお互いに補い助け合って生活していた。謙虚な気持ちでお互いを支え合っていた。
 人々が自分に必要なものを融通し合う場合、通常、「物々交換」という形をとっていた。
 物々交換とは同等の価値をもつ品物を直接交換することである。
 例えば、海辺の集落と山中にある集落でのケースを考えてみよう。
 海岸近くに住むAさんは、ある日、サンマをたくさん獲った。
 籠いっぱいに詰まったサンマを見て、彼はこんなことを思いついた。
 お互いに余ったものを交換することで、より豊かな生活を送ることができるのではないか……。
 そこで、Aさんはその日エビを獲ったBさんに、サンマとエビを交換しないかと持ちかけた。
 すると、Bさんは「そいつはいい話だ」と喜んで、交渉は成立した。
 AさんとBさんは、各々が今日の夕食のおかずはサンマとエビで我慢しなければならないと諦めかけていたが、物々交換が成立することによって二人とも満足するものを食べることができたわけである。
 また、Aさんは山に住むCさんがウサギを仕留めた話を聞きつけ、サンマとの交換を提案すると、二人の間で話がまとまった。おかげで二人とも自分の集落では得られなかった食材にありつけることになった。
 このように、人々は欲望を充足するため、共同体の内外で物々交換という手段を大いに利用していた。
 ところが、物々交換は時と場合によっては非常に不便なものである。
オーストリアの経済学者カール・メンガーは物々交換の限界を指摘した。
 まず、物々交換では交換が狭い範囲に限定される。
 例えば、Aさんがエビを食べたいと思ってBさんに交換を提案しても、Bさんがサンマではなく野菜を欲しがっている場合には取引は成立しない。
 Aさんは自分のサンマを欲しがっている別の人を探すか、野菜を作っている人と相談してサンマと野菜を物々交換してから、再びBさんを訪れてエビと交換しなければならない。
 ぴったりと有無相通ずる関係は存在しないかもしれず、たとえ存在するにせよ、それを発見するには大いに手間がかかる。
 だから、物々交換は偶然にしか起こらず、狭い範囲内でしか起こらない、ということになる。
 ドイツ人経済学者シルビオ・ゲゼルも、物々交換に特有の難しさを以下のように述べている。
「その困難とは、私が必要とする生産物を保有する人々が必ずしも私の生産物を必要としないか、あるいは彼らが提供する商品の量を彼らが必要としないか」
また、たとえお互いが必要とする品物をそれぞれがぴったり持っていて、交換取引が成立したとしても、相手が本当に信用に足る人物なのかどうかは分からない。
 さらに、物々交換の当事者が同時にかつ同じ場所にいなければ、つまり、即時に交換できなければ取引することは不可能となる。
 手元に余剰が生まれると、まず物々交換によって多大の満足を得ようとする。このシステムがしばらくの間機能していくうちに、やがてその効用の限界が認識され、その限界を解決しようとする圧力が生じる。
先の例でいえば、Aさんはさしあたってサンマを、比較的多くの人が必要とし欲しがる、しかも日持ちのする品物、例えば塩と交換しておく。
 そうすればサンマでエビを待つよりもエビを手に入れやすくなる。
 誰もが同じように、この塩のような回り道をとるようになると、塩がお金の役割を担うようになる。
 こうしてお金が誕生する。お金によって、広範囲かつ大規模な交換が可能となっていく。
お金の形には昔からさまざまなモノが使われた。琥珀、ビーズ、子安貝、太鼓、卵、羽、鐘、鍬、象牙、蔦、ござ、牛、豚、石英、米、塩、裁縫用の指貫、紡ぎ糸、装飾された玉飾りなどなど、実に多彩である。