お金の本質   索引  

                    

 第6回 お金の歴史 3 ── 金匠宛手形と金匠手形
            (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)7月15日第276号)

 関岡正弘著『マネー文明の経済学』を参考にして前号に引き続き、英国のゴールドスミス(金匠)を一例として、預証紙幣の歴史を辿ってみる。
 預金者は取引相手に金貨の支払をするため、ゴールドスミスに預けていた金貨を預証と引き換えに取りもどし、取引相手に金貨を支払う。
 その取引相手はゴールドスミスに金貨を預け、預証を受け取る。
 結局、金貨はゴールドスミスの下で保管されることになるので、これらの煩雑な手続きを省くために考案されたのが「金匠宛手形」であった。
 これは金貨を預けた預金者が、自分に代わって金貨を支払うことを依頼するゴールドスミス宛ての手形である。一六五〇年頃に発行され始めたといわれる。
 手形とはいうものの、その性格上、実質的には小切手であった。
 この金匠宛手形が預証紙幣として、お金の役割を果たしていく。
 時が経つにつれ、本物の金貨といつでも交換できる金匠宛手形なら本物の金貨と同じ価値がある、という認識が人々の間で共有されると、それ自体が決済手段として利用されていった。
 金匠宛手形そのものが金銭的な信用を得て、金貨などの鋳造貨幣に代わってお金として機能するようになっていったのである。
 預証紙幣の形態は金匠宛手形にとどまらない。あくまでも預証紙幣の歴史の序曲に過ぎず、次の段階へと進んでいく。
 一六八〇年頃に入ると、ゴールドスミスは「金匠手形」(金匠宛手形とは異なる)を発行し始める。
 これはゴールドスミスが手形の持主に対し、記載されている金額の金貨を払いもどすということを約束した一種の約束手形だった。
 金匠手形の名宛人(資金を支払う相手方)は、最初の当座預金者の名前の後に「または持参人」という表現が付け加えられている。
 金匠手形をゴールドスミスのところに持っていく者であれば誰でも金貨を支払ってくれる、というお墨付きだ。
 そして、最初の金匠手形の所有者は、それを金貨などの鋳造貨幣の代わりに利用するとき、それが合法的な譲渡であることを証明するために手形の裏にサインする。
 裏書は手形が譲渡されるたびになされる。最後の裏書人から譲渡を受けた人がゴールドスミスに手形を持ち込めば、金貨を受け取ることができる。
これら二つの仕掛けは各々、いわゆる「持参人払い制度」、「裏書制度」と呼ばれ、預証紙幣のお金としての機能を強化するものだった。
「金匠宛手形」と「金匠手形」に共通するのはいずれも預証紙幣として機能した点である。
 しかし、両者はまったく似て非なるものである。一見、ほんの一字の違いに過ぎないが、実はその違いはとてつもなく大きい。
 金匠宛手形の起源は安全保管を目的とする比較的中長期の、貯蓄性が高い預金と考えられている。
 金匠宛手形は顧客がゴールドスミス宛てに振り出す。
 主な顧客である資産家がゴールドスミスに金貨を預ける理由は、他人との取引でモノと引換えに金貨を渡すまでの間、安全な場所に保管しておくためである。
 決済までの期間は、顧客側の事情・ニーズによってまちまちだ。極めて短期間になる場合もあるが、多くは遠い将来に必要となる多額の出費や時期未定の支出に供えて長期間預けることを想定していたと思われる。
 一方、金匠手形は、商人の間で利用された当座預金の決済に用いられたのが、その始まりといわれる。
 金匠手形はゴールドスミスが顧客宛てに振り出す。
 主な顧客である商人がゴールドスミスに金貨を預ける理由は、頻繁に取引を行なうため、自分に代わって煩雑な支払手続きをゴールドスミスに委任するためである。
 決済までの期間は、極めて短期間となることがほとんどだ。
 顧客が他人との取引を行ない支払が必要となった時に、ゴールドスミスに金匠手形の発行を依頼する。
 ゴールドスミスは、貯蓄性の貴金属の保管に対しては「返済」を保証し、顧客から金匠宛手形を受け取った。
 しかし、資金決済のための当座預金として預かった貴金属に対しては、「支払」を保証し、顧客に金匠手形を引き渡した。
金匠宛手形も金匠手形も取引相手に金貨を支払うよう顧客がゴールドスミスに委任する点では変わらない。
 異なるのは、ゴールドスミスと顧客の間の手形のやりとりが逆であること。そして金匠宛手形についてはゴールドスミスが貴金属の保管に対して「返済」を保証して支払う一方、金匠手形ついてはゴールドスミスが貴金属の「支払」を保証する点だ。
 ここには極めて巧妙な概念の飛躍がある。それは預証紙幣がお金に新しい特徴を付加する、一つの大きな要因となったのであった。  (つづく)