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 第9回 お金の歴史 6 ── 不換紙幣の時代へ
            (世界戦略情報「みち」平成20年(2668)9月15日第279号)

 中央銀行は信用創造機能を利用して、ごく一部の本物のお金(リアルマネー)を原資として巨額の虚のお金(バーチャルマネー)を作り出し、金融制度を運営してきた。
 その制度は「部分準備制度」、そのお金は「部分準備貨幣」と呼ばれる。
 顧客からの払い戻し要求に備えて準備する鋳造貨幣(リアルマネー)の割合が限りなくゼロに近づくほど、バーチャルマネーをたくさん発行することができる。
 では、鋳造貨幣の準備割合がゼロになると、どうなるのか。
 部分準備貨幣としての預証紙幣は、もはや鋳造貨幣と交換できる裏付けがなくなる。つまり、本物のお金との兌換ができなくなる。
 このように、金や銀等の貴金属の裏付けのない紙幣を「不換紙幣」という。
 二〇世紀中に世界各国の中央銀行は次々に金本位制度から離脱し、世界中のお金はすべて不換紙幣となった。
 価値あるものと交換できないお金などあり得ようか。お金に価値がなければ、人々はそのようなお金を否定して、信用できる従来のお金、すなわち鋳造貨幣などを使うのではないか。
 ところが現実には、不換紙幣は預証紙幣から主役の座を譲り受け、お金として立派に機能している。
 こんな摩訶不思議なことが起こり得るのは、政府がそれを法貨と宣言し、罰金や投獄によってその受取を強制しているからだ。
 政府が価値のない紙幣を実体のある商品やサービスと交換するためには、人々にそれ以外の逃げ道を与えず、脅迫して無理やり押しつけるしかない。
 不換紙幣が歴史上、初めて大々的に使われたのは、一三世紀の元においてといわれる。
 近代に入ると、マサチューセッツ州(一六九〇年)を皮切りに、英国の植民地だった米国諸州で不換紙幣が発行された。
 いずれの入植地でもお決まりのように、次のような流れでものごとが推移していった。
 政府は不換紙幣を発行して、人為的にマネーサプライ(通貨供給)を増大させる。同時に、不換紙幣を強制的に受け入れさせる通貨法を制定する。
 すると、金貨や銀貨は個人で退蔵されたり、本物のお金を要求する外国商人の手に渡って国外流出する。
 多くの入植地ではそれまでのお金を廃止して、新しい高額紙幣を発行する。
 政府の暴挙に対し、政治不安が世間を覆い、人々の間で反政府的な言動が頻発する。
 やがて激しいインフレで経済がマヒし、人々の生活が破壊される……。
 こうした一連のサイクルは、その後の世界史にも共通する毎度お馴染みのパターンとなっている。
 不換紙幣を政府が発行したがるようになったのはなぜか。
 それは、政治家や官僚が人々の抵抗を受けやすい課税という手段をとらずに、容易に歳出を増やすことができるからなのだ。
 不換紙幣を使うと、課税することなく直ちに購買力を得られる。
 しかし、不換紙幣そのものには、交換されるものに対応する価値はないので、どこかから無理やりにでもひねり出さなければ購買力は生じない。
 その購買力は、実は庶民の購買力の低下、すなわちインフレを通じて集められる。
 インフレの過程で人々は知らぬ間に購買力を奪われ、そっくりそのまま政府に移転するのである。不換紙幣は隠れた税金なのだ。
 インフレによる購買力の低下、つまり課税は、低所得者層など税負担能力が少ない者ほど重くのしかかる。しかも、貯蓄が目減りするので倹約は徒労に終わる。
 絶望的なまでの経済的苦境に陥った人々の間には、激しい怒りと恨みが鬱積し、それは政治的動揺と国家分裂をもたらす。
 これらの不換紙幣がもたらす購買力の収奪=課税の過程は、隠れていて実態が見えない。
 われわれが気がつかないうちに事態が密かに進行するだけに、極めてたちが悪い。
 不換紙幣が本格的に登場してから現在まで百年あまりの間に、世界各地で数多の例が繰り返されてきたのは決して偶然ではない。
 人々は歴史の教訓に学ぶことなく不換紙幣の前に平服叩頭し、日夜その獲得に血眼になって奔走している。
 一七八六年、米第三代大統領トーマス・ジェファーソンは、正直に告白している。

(不換)紙幣を手にした人々は誰でも、紙幣を所有していた期間に減価した分だけ損をした。これは紙幣の持ち主にとっては税であり、このようなかたちで米国民は戦争中に六六〇〇万ドルを拠出したのだが、この徴税方法が最も抑圧的なのは、これが最も不公平なやり方だからだ。

 一説に彼はフリーメーソンといわれる。お金の歴史は彼のような者たちに誘導され、人々はそれにうまく乗せられているのだが、人々はそのことにまったく気付いていない。(つづく)