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 金融ハルマゲドンと安倍訪印 
    (世界戦略情報「みち」皇紀2667[平成19]年9月1日第256号)

●ローブ次席補佐官辞任へ
 米国ミネソタ州ミネアポリスで高速道路橋が崩壊した事故(八月一日)について、メディアは「米国の崩壊」といった見出しで大々的に報じた。報道から読み取れることは、崩れ落ちてはならないものが崩れ落ちたことで米社会が受けた衝撃の大きさであり、唯一の超大国を自認する米国の安全神話への動揺である。
 今回の事故は、行き過ぎた自由主義(新自由主義)がもたらした米国社会の歪み、超格差の放任によって公益性への配慮を欠いた社会政策がもたらした当然のツケである。しかし、米メディアはその真因を追求することなく、超大国の神話崩壊の予兆と見るばかりの目線で今回の事故を論じている。
 その心理的な背景には、イラク戦争に踏み切った米国が出口の見えない袋小路に迷い込み、国際社会から孤立化しつつある現状に対する無自覚の苛立ちが秘められている。すなわち、米国のソフト・ハード両パワーが急速に衰退していることへの不安と苛立ちが、「米国の崩壊」という表現に託されているのである。また、レームダック化の著しいブッシュ政権が超大国の指導者として有効な手だてを講じられない現状への絶望的な批判もそこにはある。その直後、大統領の次席補佐官の辞任が発表され、政権のレームダック化にいっそう拍車がかかっている。
 八月一三日、ブッシュ大統領の右腕として「選挙の神様」の異名を取ったカール・ローブ次席補佐官が八月三一日付で辞任する方針を表明。会見に同席したブッシュは、「われわれは長い友人だった。今後も変わらない」と述べた。だが、〇九年一月までの任期を残す政権運営で側近不在となる痛手を指摘する質問には返答しなかった。
 ローブは米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)との単独記者会見で、「今が潮時だと思った」と辞任の考えを初めて表明。一年ほど前から辞任を考えていたが、昨年の中間選挙での共和党敗北やイラク情勢の処理など政局課題を抱えて、辞任を先延ばしにしてきたと説明している。彼が辞任に至った理由や背景事情などについて様々な説明や憶測が流れているが、その真相は明らかになっていない。
 今年で五六歳のローブはブッシュ(六一歳)が二〇歳代だったテキサス時代から三四年間の親交をもつ大統領の「親友・盟友」「腹心中の腹心」で、ライス国務長官、ゴンザレス司法長官と並んでブッシュ政権の「忠臣三羽烏」の一人であった。
ブッシュは新聞を読まず、情報入手は毎朝「二人の補佐官」からのブリーフィングに依存するのが大統領就任の初日以来からの慣習だと、大統領自らがインタビューで明らかにしていた(〇三年九月)。二人の補佐官とは、ローブとライスで、ローブはそれだけ信任が厚かったのだ。ローブの辞任でブッシュの政治生命は終わったと見なす専門家も多い。果たして、ローブがブッシュを見限ったのか、それとも、ブッシュがローブを切ったのか、その真相はぼかされたままである。
 ローブが辞任を表明した直後から、「米国はイランを今後数ヶ月以内に空爆するだろう」といった話が米政府の高官、特にチェイニー副大統領の周辺から発せられるようになった。ブッシュ政権はイランを「悪の枢軸国」に指定し、核兵器開発疑惑を口実にイランを軍事制裁する必要性を唱えていた。だが今回は、核開発疑惑ではなく、「イランが武器を輸出してイラクの混乱を助長させている」「イラン革命防衛隊が、イラクの反米ゲリラを訓練している」などといった、イラク絡みの理由でイランを空爆する必要性があるとの意図が露骨に滲みでている。
 八月一五日付米ワシントン・ポスト(電子版)は、複数の米政府当局者の話として、ブッシュ政権がイラン強硬派の中心勢力である革命防衛隊を国際テロ組織に特別指定する方針を決めたと報じた。また、八月一八日付の週刊誌「タイム」の記事では、匿名の米政府関係者が、「おそらく六ヶ月以内に米軍がイラン革命防衛隊の拠点を空爆するだろう」と語っている。さらに、ラディーンら複数のネオコン系論客がイラン空爆構想を鼓舞する記事を各種メディアに盛んに投稿し始めている。
昨年の末にも、「米軍は半年以内にイランの核施設を空爆する」といった観測情報が流布された。事実、それに向けたかのように、イラン正面のペルシア湾とアラビア海に昨年末から米軍の空母戦闘群が派遣され、一時は三つの空母部隊が狭い海域にひしめく状況となっていた。しかし、この八月には二つの空母戦闘群がこの海域を去り、米国の母港に帰ってきた。
 同時に、次はイラン革命防衛隊施設を空爆するといった情報が意図的に流されている。ブッシュ政権内のタカ派(チェイニーを取り巻くネオコン系)と、反ネオコン系の暗闘が続いていることが暗示されており、政権内の確執が繰り返されていることが浮き彫りになっている。
 ローブの辞任表明を契機に、イラン空爆論が流布されているのは、ローブ辞任の真因はブッシュがチェイニーに唆(そそのか)されてイラン空爆に踏み切る決意を固め、その決断に難色を示し抵抗するローブを切り捨てた可能性が高いことを暗示している。逆に、ローブが暗愚の帝王ブッシュを支える気概を喪失、両者の思惑が円満な辞任劇を演出したと見ることもできる。
 ローブに続き人気テレビキャスター出身のスノー大統領補佐官も任期途中に辞職する意向を明らかにしている。さらには「忠臣三羽烏」のゴンザレスも九月一七日付で司法長官を辞任する意向を大統領に伝えた(八月二六日)。ブッシュは「忠臣三羽烏」のうち二人にまでも見切りをつけられたも同然で、ますます裸の王様の醜態を内外にさらけ出すことになろう。今後の頼みの綱は魔女ライスの神懸かり的な託宣で、チェイニーを介したネオコン系の煽動にどのように対応するかが注目されるところである。
 ブッシュの今後の心境は、イラク問題の苛立ちをイラン軍事制裁発動に振り向けることで神の加護を受けられると、信仰への思いこみにはまりこむ危険性を否定できない。ブッシュ政権がイラクのマリキ政権への批判を高めているのも、その予兆の可能性が高い。

●マリキ政権批判を強める米国
八月一四日イラク北部のシリア国境にほど近いシンジャル近郊で少数宗派ヤジーディ教徒(クルド系)を狙った同時自爆テロが発生して、少なくとも二〇〇人が死亡、三〇〇人以上が負傷。イラク戦争後、最悪規模の犠牲者がでる事件が起きた。
ブッシュ政権が九月にイラク治安状況等に関する最終報告書を議会に提出するのを控え、米軍は同日バグダッド周辺で展開していた武装勢力掃討作戦の拡大を発表したばかり。だが、武装勢力の大規模テロは地方までも広がる様相を示しており、宗派抗争や武装勢力の勢いが衰えを見せていないことを誇るかのような大規模なテロが起き、ブッシュ政権は新たな難問を突きつけられている。このため、ブッシュ政権内から、マリキ政権への不満が一気に吹き出してきた。
ブッシュはカナダでの記者会見で、イラク情勢の混乱に関し「イラク指導部には一定の不満がある」と、民主化の象徴とされたマリキ首相を公然と批判(八月二一日)。そして、「根本的な疑問は、イラクの政府が国民の要請に応えているのかということだ」と語り、さらに、「政府が要請に応えなければ、国民により更迭される」と指摘した。すなわち、イラク国民に託(かこつ)けているが、米国がマリキを退陣に追い込むと宣言したも同然といえる。
 翌二二日、次期米大統領選の民主党最有力候補であるヒラリー・クリントン上院議員は、「国をきちんとまとめられる人物」に職務を譲るべきだとして、マリキの首相退陣を求める声明を発表した。また、米政府は翌二三日、イラク情勢をまとめた機密報告書の「国家情報評価」(NIE)を部分的に開示。その中でイラクの治安が依然、米軍など多国籍軍頼みである実態を示す一方、パートナーであるマリキ政権について、「効果的な統治能力をなお欠く」と断定。現状が続く限り、今後半年から一年でイラクは更なる逆境に陥ると予測している。
マリキは首相就任後初めてのシリア公式訪問最終日の八月二二日、シリア首相アィトリーと行なった共同記者会見の席で米政権などから相次いでいるマリキ政権批判に対して、「国民に選ばれた政府に誰も政治日程を押しつけることはできない」「世界にはいくらでも友人がいる」と、逆ギレ的批判を行なった。そしてマリキは、米政府はイラクがシリアやイランとの関係改善を進めていることに動揺し、的はずれなマリキ批判に転嫁していると、ある面では正確な指摘を行なった。
 マリキは八月八日、イラク武装勢力に武器を供与しているなどと米国が非難を強めているイランを訪問、アフマディネジャド大統領らイラン指導部との良好な関係を誇示。二〇日には、やはり米国がテロ支援国家に指定し敵視しているシリアを公式訪問し、二一日にはアサド大統領との会談に臨んだ。マリキは、イラン・イラク戦争以来、断交同然の関係にあったシリアとの関係修復に積極的な姿勢を示している。すなわち、イランだけでなくシリアとの関係修復を通じて、シーア派連合の結成に向けた動きを活発化しているといえる。マリキがいみじくも喝破したように、米国のマリキ批判は内政処理の不手際に託けているが、その内実はシーア派連合結成の動きにクギを刺す必要性に迫られてのことである。
 マリキが公言するように、イラクの国内治安を回復するためにはイランとシリアの協力が不可欠である。だが、ブッシュにとっては、マリキが単独で両国との改善に乗りだすことは見過ごすことのできない背信と映っている。このため、米国によるマリキ追い落としは時間の問題であろうと予測されている。その際、米国は誰を後継者に想定しているのか?
 関係筋はCIAエージェントだったアラウイ元首相が、有力候補の一人であろうと予測している。その他には、イラク最大のシーア派勢力であるハキーム師が率いるイスラーム最高会議(SICI)のアーデル・アブドルマハデイもその一人だと予想されている。いずれの候補にしても、米国のお目に適う候補はイラク国民の支持を得るのが難しく、イラク国民が選ぶ候補は、かならず米国と対立するという矛盾を回避することは不可能である。こうしたなか、イラクはイラク独自で米国からの圧力に抗しようとの動きを活発に示している。
 マリキやタラバニ大統領ら有力指導者五人は、閣僚の辞任や職務停止が相次いで機能麻痺に陥っている現政権の現状打開のため、各派指導者との会談を活発にこなし、八月二六日には深刻な宗派・民族対立の解消と国民融和の鍵を握るいくつかの問題で、シーア・スンニ両派およびクルド人勢力の政治指導者の間で合意(五指導者合意)が得られたと発表した。
 この日の合意発表は、九月半ばまでに議会に対しイラク情勢報告を抱えるブッシュ政権からの批判に対して、イラク情勢が進展していると演出することに重点が置かれたものにすぎない。すなわち、米国はアラブ特有の強かな「バザール商法的」な駆引に翻弄され、その泥沼から抜け出せないジレンマにただただ振り回されるばかり。仮に、米国が強引にマリキ退陣に演出すれば、自らジレンマを増幅させ、墓穴を掘ることになる。
 そのジレンマから抜け出すために、ネオコン系はイラン革命防衛隊を国際テロ組織に指定して制裁する必要性をぶち挙げている。だが、イラクの治安状況の回復には、いみじくもマリキが指摘しているようにイランだけでなくシリアの協力が必要である。同時に、イスラエルも中東安定化(和平)のため、シリアとの対話を進めている。
 ネオコン系の対イラン軍事制裁発動への煽動はイスラエルをも苦境に巻き込む危険性を秘めている。それでも、彼らがイラン軍事制裁の発動を狙っていることは、イラク戦争の真の狙いが彼らの悲願たる「大イスラエル主義」の成就にあることを改めて想起させてくれる。イラン軍事制裁の発動は、「大イスラエル主義」成就への一里塚としての「中東大混乱」状況への絶対必要条件で、彼らの執念深さには脱帽するほかない。「中東大混乱」状況は、ネオコンの父を自認するノーマン・ポドレツがいみじくも喝破したように、「第四次世界大戦」の序章になる危険性を孕んでいる。あたかも、その前哨戦の火ぶたが切られたかの如く、国際金融世界に大地殻変動が生じている。

●金融ハルマゲドンの到来?
奇しくも、カール・ローブの大統領次席補佐官辞任公表を切っ掛けにしたかのように、米国でのサブプライムローン(信用度の低い顧客向けの住宅ローン)の焦げつき問題に端を発した大混乱が生じ、その煽りで金融ハルマゲドンの到来を予感させる世界同時株安旋風が吹き荒れている。
 八月一六日、米国最大の住宅ローン専門金融機関カントリーワイド・ファイナンシャル社が、社債市場での資金調達が困難になったため、四〇行からなる米銀行団から一一五億ドルの運転資金の融資を受けて事業を継続すると発表。この前日、カントリーワイドは資金調達ができずに倒産しそうだという報道が流れていた。翌一七日、米連邦準備理事会(FRB)は、貸出金利(公定歩合)を〇・五パーセント引き下げて五・七五パーセントにした。
 カントリーワイドは米国住宅ローン市場で一三パーセントのシェアをもつ最大手。同社が倒産すれば、信用度の低い住宅ローンのサブプライム市場で起きている市場崩壊が、優良な一般の住宅ローン市場の方に拡大する懸念が指摘されていた。八月上旬以来、米国銀行の多くは「住宅ローンへの融資」と聞くだけで貸したがらない信用収縮(クレジットクランチ)の状態に陥っていた。
 カントリーワイドが銀行に融資依頼しても、融資枠のある銀行ですら、ほとんど受け付けない状況にあったのだ。FRBが連銀自身も金利を下げて協力するから、民間銀行もカントリーワイドに金を貸してほしいと非公式に要請する必要があったほど、異例の救済措置の発動である。一般の米国人に貸し付けられた住宅ローンの焦げ付きが、世界の株式市場で大暴落を引き起こし、ヘッジファンドを破綻させかねない勢いに、世界の金融関係者は大ショックを受けている。
 ここ数年、欧米の大手銀行のなかには、関係会社を作ってローン債権の証券化(債券化)を手がけたところが多い。今回の債券市場の崩壊により大損を被った関係会社を母体の銀行が救済しなければならないところが出てきているが、まだ損失が表面化していないケースが多いため、今後、世界のどの銀行が大損失を発表するか分からない状態にある。
 従来、銀行は誰かに融資をしたら、それを自行で抱え、債権として財務諸表に計上していた。ところが九〇年代から米国を中心に盛んになった「証券化」の手法によって、銀行は自行の債権を証券化(債券化)し小分けにして投資家に売ることで、財務諸表に計上しないようになった。債権を自行で抱えると、融資先が経営難に陥ったときに不良債権になる。その結果、融資先の企業の格付けが落ちるだけで、銀行自体の格付けが落ちる。このため、債権の証券化は、不良債権対策としてのある種の便宜性があった。だが、健全な金融機関としての銀行の信頼性を損なう危険性も内在していた。その危険性が現実化しているが、銀行自体が被った損害の規模を把握しきれていないのが実情である。
 筆者は、金融や経済に関しては全くの素人である。しかし、近未来の金融恐慌を予見させる今回の大地殻変動の背後には、純粋な経済論理では説明しきれないある種の力学が働いているであろうとの確信を抱いている。その傍証の一つが、グリーンスパン前FRB議長の警告にある。
 グリーンスパンは、〇五年五月に行なわれたビルダーバーグの年次総会にゲスト・スピーカーとして招かれ、その席で、世界の金融市場を席巻しているヘッジファンド商法のまやかしと危険性を指摘した。その直後、「自分は〇六年一月にFRBを去る」と明言した上で、彼の任期中に「ヘッジファンド商法は手じまいせよ、その助力には責任を持つ」との警告を発した。
 彼は、ビルダーバーグの総会の空気から、FRBから放逐されるであろうと予測して、大胆な警告を発し続けていたものと思われる。彼の後任のパーナンキは、グリーンスパンの警告とは真逆の態度を隠さず、両者は激しく対立しているといわれている。今回の金融危機は、まさにグリーンスパンの警告が的を得ていたことを逆証しているといえる。そしてなぜか、彼は今回の金融騒動を切っ掛けにドイツ銀行の最高顧問に就任している。
 米国のサブプライムローンは、米国の住宅・不動産バブルを助長した元凶である。米国ほどではないにしても、住宅・不動産バブルを謳歌している英国やスペインなどの金融・債権市場は今後バブル崩壊の手厳しい試練を受けることになる。しかし、ドイツは不動産バブルと無縁であるため、グリーンスパンは自らの金融・経済理念を全うするためドイツ銀行の招請に応じたものと思われる。すなわち、今回の世界的な金融危機が勃発した背景には、国際金融資本世界内部の熾烈な覇権争いが影響している可能性が高い。
 その覇権争いは、単に金融分野だけでなく、米一極支配の是非をめぐる国際力学の将来を遠望した世界覇権地図の塗り替えをも視野に入れた壮大な規模の可能性が高い。ネオコン系勢力が同胞国家イスラエルの存亡すら顧慮せず、ラン軍事制裁の発動に固執しているのも、その証左である。
 今後、清算がある程度終わった段階での世界の金融の景色がどのようなものになるのかは、全く不透明である。ただ、これまで世界の消費力を牽引してきた米経済は借金や証券化といった、従来より簡単にお金を作れる手法に頼っており、仮にその一部が清算されただけでも、米経済に大打撃を与えるのは必至である。
 今はまだ、債券市場の崩壊は社債分野のみで、米国債はむしろ社債からの逃避先として買われている。しかし、長期的に見ると、米国債は安心できる投資先ではない。従来、支那やアラブ産油国などは、ドル建てでの貯蓄を好み、米国債を買っていた。しかし、米経済の成長が減速したりインフレになったりして、資金をドル建てで保全・運用するメリットが減ると、米国債も売れなくなる。
 ドルと米国債の力が落ちることは、アメリカの覇権失墜そのものである。米国内に、その危機回避のためにこそイラン軍事制裁発動の誘惑に駆られる危険性が芽生えている。ウォール街の大暴落が第二次大戦の引金になった例もある。先例に倣いたいとの衝動に、世界が巻き込まれる危険も否定できない。金融ハルマゲドンの本質を十分に見極める必要性がますます高まっている。その危険性を察知したかのように、ロシア財務省はIMF専務理事に独自候補を推薦してきた。

●ロシア IMF理事を独自に推薦
国際通貨基金(IMF)は八月三一日、次期専務理事候補者の届けを締め切る。欧州連合(EU)はフランスのストラスカン元財務相を推薦することで一致していた。だが、ロシア財務省が突如、チェコのトショフスキ前中央銀行総裁(元首相)を候補者として推薦してきた(八月二一日)。
 IMFの専務理事選出では、ロシアは二・七三パーセントの議決権しか持っていない。対して、EUは三三パーセント、米国は一七パーセントであり、合わせて半分の議決権を握る欧米が一致すれば、ロシアが推す候補に勝目はなく、それはロシアも充分承知のうえで独自候補を推薦してきた。
 現在のIMFの主要顧客は、第二次大戦後の創設当時と違って発展途上国として凄まじい成長力を発揮している支那、インド、ブラジルなどの国々である。にもかかわらず、トップは慣例的に欧州系先進国出身者が占めているため、発展途上国にはある種の不満が蓄積している。WTOドーハラウンド交渉が事実上破綻したのも、先進国が発展途上国と対等な関係を持つことを拒んでいるからである。
 ロシアは今回、負けを承知で横やりを突きつけてきた。その大義として、「IMFは世界経済と国際金融システムの変容にともなう改革が必要」との主張を掲げ、現状を放置すれば「発展途上国から先進国主導への不満が高まりIMFの権威は危機的状況になる」と警告する。事実、急速な経済発展に伴い、新興国や発展途上国が将来的にIMFなどの国際金融システムのなかで発言力を強めることは避けられない情勢にある。欧米に比べ圧倒的に数が多いこれら諸国の不満を代弁し現体制の根本的な変換を促す今回のロシアの動きは、近い将来のIMF改革議論のなかで主導権を握るための重要な布石となろう。
同時にロシアは、米国のチェコへのミサイル防衛(MD)施設建設への牽制の意を秘めて、チェコの有力人士を取込んで推薦してきた。トショフスキ自身はロシアの推薦を受諾する意向を表明したものの、当のチェコ政府は「同氏はチェコの候補者ではない」との声明を発表。ロシアの「横やり」に戸惑いを隠せない。しかし、チェコでは、ロシアが強く反発する米MD施設建設をめぐって国論を二分する大激論が巻き起こっており、ロシアはそこに上手く食い込んだ成果をも誇示している。
 ロシアは、冷戦時代のような無骨な威嚇戦略ではなくソフト戦略を柔軟に駆使しながら、抗米戦略の布石を確実に打ち始めてきた。プーチン大統領には、ソ連崩壊のどさくさにつけこんでロシア国富を簒奪した国際(ユダヤ)金融資本の魔手から祖国を救い、大国復権への足がかりを確保したとの自負心が強くある。その金融資本勢力が、身勝手な論理で世界の経済・金市場を荒らし回る横暴に歯止めをかけるべく、IMF人事に口を出してきたともいえる。同時に、軍事戦略分野でも、上海機構を中心とした抗米戦略の構築に勤しんでいる。
ロシアと支那を盟主とする上海協力機構(SCO)六ヶ国による初の合同軍事演習が八月九日から九日間にわたってロシア中部のチェリャビンスク州で行なわれた。演習には、支那から約一七〇〇人、ロシアから二〇〇〇人が参加し、他の中央アジア諸国からも約一五〇人が派遣された。ロシアが今回の演習に投じた予算は、年間軍事演習予算の一割にも相当。演習開始に先立つ六日には中露両軍による大規模な予備訓練を行なうなど、ロシアはこの演習に並々ならぬ意気込みを見せた。
 八月一六日、SCO首脳はキルギスでの首脳会議で米国の一極支配を批判する「ビシケク宣言」を採択、翌一七日、そろってSCO初の合同軍事演習を視察した。ラブロフ露外相は同様の演習が今後も継続されるべきだとして、SCO軍事協力の深化に期待感を示し、支那もそれ相応の必要性に言及した。すなわち中露両国はSCOをNATOに対抗する軍事ブロックに発展させたいとの思惑を抱いている。だが、両国の戦略利害は必ずしも一致しておらず、ロシアは自国内で支那軍の大部隊が展開することへの微妙な警戒感も隠していなかった。すなわち、SCOは地域大国ロシアと支那の温度差を孕みつつも結束を誇示することに一定の成果を示したといえる。
 中露は、米国が東欧やアジア地域に配備するMDシステムについても、協力しあえる可能性を示した。だが、両国は双方の裏庭とみなす中央アジア地域での覇権争いに血道を上げており、SCO域内での思惑が交差している現実も浮き彫りになった。
SCO首脳会議ではロシアが提唱した準加盟国・イランの正式加盟や、「エネルギー・クラブ」創設については実質的な合意が見送られた。SCOを「反米ブロック」と見なされることを極端に警戒する支那の懸念や、資源供給国と消費国の立場の違いをが浮き彫りになったといえる。すなわち支那は、ロシアのユーラシア・エネルギー戦略支配下に組み込まれることには、「ノー」の態度を貫いている。
 同時に支那は、米国との戦略提携を視野に入れながら、ロシア主導の中露対米といった対立図式に組み込まれる意思はないとの姿勢も示していた。その思惑を秘めた北京政府は、軍事演習に参加する支那の部隊を、〇五年に山東半島で実施した大規模な中露合同演習の半分に抑えていた。朝鮮半島情勢をめぐって米中は微妙な駆け引きを行なっている最中、支那は反米一色を抑止する必要性を最優先させている。

●南北朝鮮首脳会談延期へ
八月一〇日付けの産経新聞は、一面トップ記事で支那が米主導の朝鮮半島安定化構想を極端に警戒し、対日接近を模索しているとした、北京政府の戦略機関関係筋の見解を紹介している。
 同紙によると、北朝鮮金正日総書記は昨年一〇月の核実験後、ブッシュにメッセージを送り「朝米関係を正常化し韓国以上に親密な米国のパートナーとなる」と伝えた。北京の戦略情報関係筋は、これが米国の対北朝鮮姿勢を転換させる契機になったとの認識を示し、米朝の動きに警戒感を表明。支那はそれに対応して、日本との戦略的な関係構築を決めたとされている。
また今年六月、ヒル代表が記者会見で、朝鮮半島の恒久平和体制を目指し日露を除く米中朝韓四ヶ国会合を提案したのも、米朝の合意に韓国が同調した背景があるとされている。そして、支那は四ヶ国案に反対したと強調。その理由は、「一(支那)対三(米朝韓)になるからだ」と指摘している。
 同紙によれば、支那戦略関係筋の分析を聞いたわが国の外交筋は、「事実ならニクソン・ショック以上の衝撃」と慨嘆したという。この話が事実なら、わが国の戦略分析能力の無さを今さらのようにさらけ出す以外の何ものでもない醜態である。
 最近、筆者が会った朝鮮総連の関係者から興味深い話を聞いた。それは、バンコ・デルタ・アジア(BDA)に関連した話である。彼によると、平壌はBDA問題を真剣に憂慮しなかったとしている。なぜなら、米国がBDA制裁を発動したのは、支那大陸を植民地化した英国系金融資本の手先であるBDAを締め付けることに真の理由があったからだという。その目的は、英系や支那系金融資本の北朝鮮に対する影響力を排除することにあったとしている。すなわち、北朝鮮が実質的な開放政策に転じても、同国の金融利権を英系やその五列の支那系の金融機関には関与させないとする真意を関係筋に周知徹底させるためのBDA制裁発動で、平壌は米側から背景説明を受けていたとのことである。この見解は、世界同時株安の背景事情の一端を示唆する情報でもある。
彼は、緒方事件に関して「安倍政権は下手を打ちましたね」と皮肉めいた論評に終始していた。また、「なぜ、日本政府は独自の対北政策も選択肢の一つという抜道を用意できないのか」と批判的な言葉を洩らした。さらに、「日本統治下において、日本の機関が作成した緻密な地下資源地図を、なぜ積極的に活用しないのか?」との謎をかけてきた。そして「共和国に眠っている地下資源(レアメタル)は莫大で、諸外国はもうその発掘権益の争奪戦に入っていますよ」と、日本の立ち後れを皮肉っていた。
本誌でしばしば指摘してきたように、米朝間の水面下の交渉はかなり進展しているだけでなく、近い将来、朝鮮半島は米国が担保し北主導で統一される可能性が高まっている。支那の関係筋が、朝日新聞のような媚中派メディアではなく、北京にとって鼻持ちならぬ右派的な保守メディアにあえて工作を仕掛けてきたのも、冷戦時代の遺物のようなイデオロギーに麻痺されている左派勢力ではなく、真性保守勢力への働きかけを優先せざるを得なくなっているからである。
かつて支那はソ連の軛から逃れるため、「ズボンを履かないでも核を持つ」と公言して核保有国になった。その結果、米国と国交を樹立し、国連安保理常任理事国の地位を獲得できた。昨年一〇月、北朝鮮が核実験を実施した際の声明文は、北京が初めて核実験を行なったときと全く同趣旨の内容であった。すなわち平壌は、北京の軛から逃れるため核保有国を目指し、成功した。同時に、米国にその既成事実を認めさせたと胸を張った。当然、支那はわが国が「ニクソン・ショック」に動揺したのと同じ可能性に備え、平壌に対する様々な工作を仕掛けているものと思われる。その成り行き次第では、わが国と戦略的に共闘する必要性があるとして、産経新聞に積極的なリーク工作を仕掛けてきたのだ。
 八月二八日から三〇日に盧武鉉韓国大統領が平壌を訪問し、南北朝鮮首脳会談が開催されることが発表された(八月八日)。公表された南北合意書の日付は八月五日である。北京の関係筋は、この合意文書を入手した直後、産経新聞に接触したものであろう。北京にとっては予測していたとはいえ、真剣に対応せざるをえない事態に直面したものと思われる。
 だが、八月一八日、韓国と北朝鮮は南北首脳会談を一〇月二〜四日に延期することで合意したと発表した。
会談延期は北朝鮮側から一方的に通告されたもので、その理由として今月初旬からの豪雨による水害を理由にあげていた。同時期、平壌で行なわれるアリラン祭は予定通り開催されるとされており、水害が単なる口実にすぎないのは明らかである。だが、韓国側にとっては寝耳に水の通告だったはずで、一時は緊張を強いられた。しかし、一〇月二〜四日という韓国側提案の延期日程を平壌が即座に受け入れたことに安堵感を示している。
平壌が今回、南北首脳会談の延期を一方的に通告してきたのは、金正日が九四年の悪夢を回避する必要に迫られた可能性が高い。九四年、故金日成はカーター訪朝を受け入れて米朝枠組(米朝連携での対支那戦略的対峙構想)に合意、その直後、金泳三韓国元大統領との南北首脳会談を予定していた。だが、金泳三訪朝直前に突如死去した(九四年七月八日)。
 金正日は、父・日成の急死は支那による暗殺だと確信し、以来一三年間、北京を刺激する対米関係正常化を断念してきた。支那の最高指導者が江沢民から胡錦濤に代わったことを受けて、日本人拉致問題を認める賭けに出て、対米関係の改善に踏みきり、その最後の成果を盧武鉉謁見で仕上げようと、米国と連携して目論んでいる。
 だが、胡政権も米国が担保する北主導の南北統一は受け入れがたく、支那としては看過できないとの強いメッセージを金正日に送りつけ、正日も無碍に無視できないとして、南北首脳会談の延期を決めたものと思われる。仮に、北京の意向を無視すれば、正日自身が父・日成と同じ命運を辿りかねないと警戒しての安全措置だと思われる。
 韓国紙朝鮮日報は、海外流浪を続けていた金正男が今年六月頃に北朝鮮に帰国、平壌の朝鮮労働党組織指導部で働いていると報じた(八月二七日)。すなわち、平壌は北京の紐付きの正男を受け入れざるを得ない状況にあることを示唆する報道で、三代目をめぐる後継者争いに、北京が一枚噛んでいることを暗示する情報である。また、支那丹東近くの中朝国境地帯で、北朝鮮が約一〇キロにわたり鉄条網の設置作業を始めていることが明らかになっている。すなわち、中朝間には目に見えない緊張が高まりつつあることを暗示している。
 南北首脳会談は延期されたが、再度の延期、さらには中止に追い込まれる可能性もあり、その先行きは米中関係の在り方にかかっている。仮に、平壌が北京に屈することになれば、アジアにおける米国の威信は総崩れになる。わが国は改めて、安倍政権が唱える、「戦後レジームからの脱却」を真摯に模索する必要性に迫られている。

●日本 独自のアジア戦略発動へ
 安倍晋三首相はニューデリー市内でシン・インド首相と会談し、来年予定のシン訪日までに二国間の安保協力に関する報告をまとめることなどで合意した(八月二二日)。
 わが国政府は、安倍訪印に先だって、インド政府が建設を目指しているアジア初の本格的な高速貨物専用鉄道に、平成二〇年度以降の五年間で、総工費五〇億ドル(約六〇〇〇億円)のうち、四〇〇〇億円規模の円借款を供与する方針を決めていた。安倍訪印で、日印両国間の経済交流の活発化に加え、わが国は安保面での連携強化に一歩踏み込む姿勢を内外に明らかにした。
 安倍首相は日印首脳会談に先だってインド国会で演説し、「強いインドは日本の利益であり、強い日本はインドの利益だ」と強調。また、極東軍事裁判(東京裁判)で被告人全員の無罪を主張したインド出身のパール判事に言及し、「たくさんの日本人から尊敬を集めている」と評価した。翌二三日、安倍は、パールの長男と面会し、父親が日印友好に果たした業績を讃えた。すなわち安倍は、従来のODA戦略を乗り越え安保分野にまで踏み込んだ、わが国独自のアジア外交に乗りだす意向をインドで明言したのである。その際、パール判事の業績を顕彰することで、脱戦後体制史観(脱自虐史観)の必要性に言及したといえる。
支那のメディアは安倍がインド国会で行なった演説で、日・米・印・豪との安保連携強化を呼びかけ拡大アジアを強調した言辞を捉えて、「中国を孤立させるメッセージだ」と決めつけ、「時代遅れ」「支持をえられない」などと猛反発した。さらに、党機関誌・人民日報傘下の環境時報が二日間連続して、安倍の「対インド価値観外交」を批判するなど、北京政府は、わが国が独自のアジア外交に踏み出すことにヒステリックに反応している。
 安倍訪印直後、わが国と東南アジア諸国連合(ASEAN)は、マニラで経済相会合を開いて、経済連携協定(EPA)の締結で最終的に合意した(八月二五日)。わが国はASEANからの輸入額で九〇パーセント分の物品関税を、協定発効と同時に撤廃することになった。一一月に署名し、来年四月にも発効の見通しである。すなわち、わが国は、ASEANとのEPAの最終合意によって、通商戦略上の大きな転機を迎えることになる。
ASEANとのEPA関係では支那や韓国が日本より先行しており、わが国は今回やっと中韓両国に追いついたといえる。世界貿易機関(WTO)の新多角的貿易交渉(ドーハラウンド)の先行きが不透明ななか、世界は二国間や地域間の経済連携の動きを強めている。日本がASEANとの経済連携に遅れをとったのは、WTOの枠組み維持に淡い期待を持ったからである。しかし、その内実は米国中心に主導されてきた、第二次大戦以降の世界経済システムから脱却する気概を発揮できなかったにすぎない。
 戦後の世界経済レジームは、世銀とIMFを両輪とするWTO体制にあり、米ドルを国際基軸通貨とすることを前提に成り立ってきた。しかし、WTO枠組の先行きは不透明なままで、世銀は内部の醜聞騒動を隠せないほど権威失墜に見舞われ、IMF人事に異変が生じるなど、戦後日本の経済成長を支えてきた貿易・金融などの国際的経済枠組みは、その制度疲労が著しい現実を隠しきれなくなっている。
 その主たる原因は米ドルの凋落にあり、わが国は貴重な国富の大半をドル権威維持のために塩漬け投資を余儀なくされている。だが、今回の金融ハルマゲドン的な趨勢が象徴するように、ドル一極支配の終わりが明らかになり始めている。その内実は、米国覇権の凋落にある。わが国が今回ASEANとEPAを締結したことは、まさしく「戦後レジーム」からの脱却に一歩踏み切ったも同然である。
安倍は先の参院選挙では、自ら掲げた「脱戦後体制」を真摯に検証しない国内世論(メディア世論)に敗れた。だが、その外堀を外交分野で埋めることで、「脱戦後体制」への一歩を踏み出した。それゆえに、支那北京政府が異様な苛立ちを示しているのである。
 安倍は返す刀で、「脱戦後体制」に向けた内政変革に政治生命を賭すべきである。「脱戦後体制」を実現させることはある種の内戦状況をも覚悟する必要があるほどの難題であろう。その難題成就のためには靖国の秋の例大祭に参拝して英霊の御魂に決意を表明し、御加護を祈念するのも一助となろう。  平成一九年八月二九日識