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 ADLの変心と安倍首相辞任
   (世界戦略情報「みち」皇紀2667[平成19]年9月15日第257号)

●トルコでイスラム系大統領誕生
 八月二八日トルコ国会は大統領選の第三回投票を行ない、エルドアン首相率いる親イスラム系与党、公正発展党(AKP)のアブドラ・ギュル外相を大統領に選出した。政治や社会から宗教的要素を排除する厳格な政教分離(世俗主義)を国是とする現代トルコで初めてイスラム系大統領が誕生した。
 セゼル大統領を継ぐ第一一代大統領選出をめぐり、トルコでは賛否両論が飛び交っていた。与党がギュルを大統領候補に推した時点で、トルコ軍部はギュル夫人がスカーフを着用していること、ギュル自身がイスラーム保守派であること、AKP自体がイスラーム保守党であることなどを理由として、トルコがケマル・アタチュルクの世俗主義路線からイスラム系保守の国家に戻る恐れがあると、ギュルの大統領就任に反対してきた。
 トルコ軍の内部からは、もしギュルの大統領就任が決まるようであれば、クーデターも辞さないとの立場を示唆する強硬な反対意見も流されていた。また、トルコの野党CHPなど世俗路線を採る社会主義政党などは、ギュルの選出に反対し、議会での大統領選出討議をボイコットし、イスタンブール、アンカラなどで一〇〇万人集会も行なった。しかし、その参加者は全国から集められた、人為的なものであることがわかった。
 今回のギュル大統領誕生は国会議員選挙でAKPが四七パーセントも得票した後でもあり、ほぼ予測できるものだった。しかも、AKPに加え民族派政党NHPも、ギュルの大統領誕生に貢献した。すなわち、今回の選挙結果は、大半のトルコ国民の意思が反映された公正な結果であったといえる。
 しかし、現代トルコでは、どんな形であれ、「宗教的要素」が絡むと問題が微妙かつ複雑になりかねない特殊性が潜んでいる。その主たる原因は、米国のブッシュ政権が、キリスト教とイスラム教総体の「宗教戦争」に発展しかねないイラク戦争に踏み切ったことにある。トルコはイスラム文明圏に属しているが、東西冷戦対立時代には、NATO一員として西側に与した米国の同盟国である。しかし、冷戦が終結して以降の世界情勢を「文明の衝突」と定義づける米国は、かつての同盟国をも米国と衝突する対象だと規定して、トルコの苦悩を刺激している。
 ブッシュ政権をしてイラク戦争に踏み切らせたのは、ネオコンといわれる急進シオニスト勢力である。彼らは、みずからの最終的な宗教的悲願である「大イスラエル主義」成就の序章としての「中東大混乱状況」をつくり出すためにイラク戦争を仕掛けた。だが、あまりにも性急なネオコン系の仕掛けはイラクを混沌状況に陥れただけで、今ではブッシュ政権から忌避される運命を強いられている。しかし、その代償は厳しく、イラク国民に多大な苦痛を強いるだけでなく、米国の威信低下、世界的な秩序不安定化を誘発しかねない不気味な情勢を醸し出している。
 かかる情勢の下で、かつてオスマン帝国を経営したトルコの文明力に対する期待感が高まっている。異文明勢力を融和的に統合統治した帝国の経営からは、文明の衝突を抑止できる叡智を学べる可能性がある。そして世俗国家の体験をも経た現代トルコの影響力の拡大が「中東大混乱状況」を緩和する触媒になるのでは、との切実な期待感もある。それゆえに、トルコにおけるイスラム勢力の動向が内外から過度に注目されていたのだ。
 AKPはその前身である「福祉党」が軍部に排斥された苦渋の歴史を経験している。だが、AKPはその苦い体験を政策に生かしつつ政権与党としての実績を積み重ね、自派勢力から悲願の大統領を選出した。
ギュルは二八日に国会で大統領就任宣言を行なった後の演説で、「世俗主義はトルコの基本原理だ」と述べ、「国家と宗教の分離」の原則を改めて強調するとともに、世俗主義の枠内で個人の宗教的権利を擁護するという姿勢も表明した。演説はキリスト教圏の現代西欧社会からみても、特に違和感のない内容であった。
 トルコにイスラム系大統領が誕生しても、内外に向けて世俗的価値規範の尊重が宣言されたのは、イスラム世界から「文明の衝突」位相を融和しうる文明的叡智が提示されるであろう兆しとも受けとれ、慶賀の至りである。

●沈黙に徹するトルコ軍
イスラム共同体の最高指導者である「カリフ」を擁しつつスンニ派世界に長らく君臨した多民族国家・オスマン帝国(一二九三〜一九二二年)の滅亡に伴って、現代トルコは歩み出した。建国の父ケマル・アタチュルクの指導の下で、「国家と宗教の相互不介入」を抱え、イスラム的制度の完全排除と宗教の国家管理・統制を通じて社会を世俗化に向け強制的に誘導する政策をとった。その重要な担い手となったのがアタチュルクとともに西欧列強からの独立戦争を戦ったトルコ軍である。軍が今も「世俗主義の守護者」を自認する理由はここにある。
 トルコ軍は一九五〇年の複数政党制による初の総選挙後も、「世俗主義の危機」とみると政治介入を繰り返し、九七年にはAKPの前身「福祉党」を連立政権から追放した。「福祉党」までのイスラム系勢力は軍との直接対決を避けるため、反世俗主義を公言することは少なく、反西欧的な主張が強い一方で、経済など具体的な政策実績には乏しかった。
 こうした失敗に学び、表だったイスラム色を極力排し、政策政党として再出発したのが、現首相のエルドアンやギュルら改革若手派が結成したAKPである。AKPは〇二年の総選挙で、世俗派の支持をも集めて圧勝。政権の座に就くや、トルコ多年の悲願であるEU加盟実現に向け、経済・政治改革や欧米との関係強化に着手、〇四年に加盟交渉開始の合意を取り付けた。
 こうした流れでは「世俗主義擁護」を大義とする軍の政治介入は、欧州の目にも、「非民主的」に映るという逆説的な状況が生まれている。さらに「政教分離」一点張りで、有効な政策を示せない世俗主義派への国民の幻滅が去る七月の総選挙でのAKPのさらなる躍進につながった。
「イスラム世界」は多様性に満ちており、イスラム復興運動の多くは「イスラム法の厳格な実施」を標榜し、急進勢力は「カリフ制の復活」すら唱えている。これに対し、トルコのイスラム復興運動は、イスラム法について語ることは少ない。むしろ自由と民主主義・人権・信教自由といった欧米の価値観とも一致する形での、「宗教復権」を目指している。そしてAKPの地道な努力は、特殊な世俗主義と呼ばれる基本原理的な国是の変容を迫る新局面も切り開いている。すなわち、トルコ版イスラム文明維新運動であり、今回の大統領選出は、その具体的な成果の現われである。
 ビュユクアヌト総参謀長ら軍の幹部は、新大統領の就任宣言をボイコットすることで意地を通した。しかし、クーデタの発動を示唆するような強圧的な姿勢は影を潜め、軍部は当座は沈黙に徹することこそが、保身の要との姿勢に転じている。今後、よほどの異常事態に直面しない限り、軍がクーデタで政権を打倒する可能性は少ないだろう。すなわち、トルコが欧米に警戒を喚起するようなイスラム国家に変貌することは、まずあるまい。
今後のトルコ政局でも、政治と軍部の間で、ある種の緊張関係は継続するであろう。だが、改革勢力の政権側と、護憲勢力の軍部がお互いにどこかで「最後の一線」を引き、双方が一方的に踏み越えないとした暗黙のルールを確立できれば、イスラム圏での民主主義の最大の成功例を築きあげることになる。すなわち、トルコにイスラム系大統領が誕生したことは、民主主義と世俗主義にとっては大きな試練だが、これを乗り越えれば、衝突を繰り返すイスラム世界への強力なメッセージとなるはずである。
 さらに、トルコがオスマン帝国の叡智を掘り起こし、文明的な「型示し」を発揮できれば、中東地域における「文明の衝突」に対する緩衝地帯の役割を果たせる。そうなれば、世界的な「文明の衝突」に困惑し疲弊感を強める米欧だけでなく、アイデンティティ・クライシスに揺れるイスラエルの混沌に手を差し伸べ、国家生存を担保することにもなる。だが、トルコの文明力台頭を忌み嫌うネオコン系は、アルメニア虐殺問題を槍玉にあげてきた。

●ADLの変心
ローブ大統領次席補佐官の辞任が公表された直後、チェイニー米副大統領の周辺からはイラン敵視論が強まっている。彼らは、革命防衛隊をテロ組織に指定することを訴え、空爆論に限定されているとはいえ、イラン軍事制裁発動の必要性を執拗に喧伝している。
 チェイニーとその傘下のネオコン系勢力は、ブッシュ政権のなかでも最もイスラエルと親しい勢力であるとされてきた。だが、彼らがやっていることはイスラエルを国家的危機に追い込んでいるに等しいとの懸念がイスラエル国内に生じている。ことに、ADLの変心で、その懸念が強まっている。
 イスラエル空軍領空侵犯問題によりシリアとの緊張拡大を懸念するオルメルト政権は、シリアとの和解交渉の仲介をトルコに正式に依頼した。だが、エルドアン政権がシリア仲介に動いた直後の八月二一日、在米イスラエル・ロビー有力組織「名誉毀損防止連盟」(ADL)のアブラハム・フォックスマン会長が、第一次大戦中にトルコがアルメニア系住民を殺害したことに関し従来の同組織の見解を突然変えて、「あれは虐殺(ジェノサイド)だった」と宣言した。
 ADLの変心はトルコの政界や世論を激怒させ、トルコ政府はイスラエル政府に宣言撤回を求めた。オルメルト政権は「あれはADLが独自にやったことで、この問題に対するイスラエル政府の見解は何も変更されていない」と釈明した。アルメニア人問題について、これまでのイスラエル政府は、「両民族が対話をすべき」との立場を堅持し、欧米の一部に見られるような一方的にトルコを非難する立場には、与してこなかった。むしろ、ADLの突然の変心に戸惑いを隠しきれない。
 トルコが非難される「アルメニア人虐殺」は、最初から話が誇張されている。第一次大戦でオスマン・トルコ帝国と戦って勝利した英国が、戦時中にマスコミを動員して話を誇張して国際世論がトルコを非難するように仕向けた工作で、英国お得意の誹謗中傷作戦にすぎない。だが、戦後も延々と捏造話が「真実」としてまかり通り、世界中の人々を騙し続けている。日本を貶めている「南京大虐殺」や、イラクのフセイン大統領に着せられた「クルド人虐殺」と、同じ構図である。
従来ADLは、「ジェノサイド」という言葉は、ユダヤ人虐殺の悲劇のみをさす神話的な言語概念で、他の民族に関しては使われるべきではないとしてきた。コソボ動乱でその言葉が使われた時、「エスニク・クレンジング」(民族浄化)を造語したほど、彼らは「ジェノサイド」という言葉を特別視してきた。しかし、今回、その前例を打ち破ってまでトルコを非難する立場に急変心した。なぜにADLはトルコがイスラエルとシリアを仲介してくれようと動き出した、その時にトルコを激怒させる宣言を放ったのか?
 ADLの変心はトルコを激怒させることに主眼を置いた誹謗中傷作戦の発動である。イスラエルがトルコの仲介でシリアとの和平交渉を進めていることへの不快感をアルメニア人問題に託して両者を牽制する意図が明白に滲み出ている。また、トルコにイスラム系の大統領が就任することが確実視されていたなかでの、トルコ誹謗である。すなわち、ネオコン系勢力は世界的な「文明の衝突」位相を緩和させる如何なる動きをも敵視するとの意図をむき出しにして、同胞国家イスラエルまで貶めることを厭わないとの本音を顕わにしたわけである。
 チェイニーとネオコン系は、執拗にイランを挑発している。挑発された側のイランがイスラエルを牽制するため、ハマスへの支援を強化すれば、西岸がハマスに乗っ取られる時期を早めることにもつながりかねない。その意味で、チェイニーのイラン敵視策は、昨夏のレバノンでの戦争と同様、イスラエルを戦争(中東大混乱状況)の当事者に引っ張り込もうとする意図が隠されている。つまり、「大イスラエル主義」を奉じる勢力は同胞国家イスラエルが中東の一国として生存すること(世俗国家志向)を許さないと認定している可能性が高い。さらには、救世主生誕のため、同胞が犠牲になることも神の定めと決めつけて、イスラエルの壊滅こそハルマゲドンの神髄とさえ考えているかも知れない。
 ADLの変心は、米国内における「文明内戦」がその激化の過程で在米ユダヤ社会内部における「文明内戦」に変質しつつあることを示唆している。それはまた同時に、「ユダヤ主義」と「シオニズム」との闘いを意味する。そして、在米ユダヤ社会の内紛は国際ユダヤ社会まで亀裂を拡大している。
 昨年春ハーバード大学電子掲示板に掲載された、ジョン・ミアシャイマー(シカゴ大学教授)とスティーブン・M・ウォルト(ハーバード大学教授)の共著「『イスラエル・ロビー』と米国の外交政策」と題された論文が加筆修正されて、単行本として英国を中心に世界で同時に刊行された(日本版は講談社から出版)。同論文をめぐってADLなどまさに著者たちが問題にしている在米「イスラエルロビー」から、「反ユダヤ主義」のレッテルで激しい攻撃に曝された経緯も掲載されている。二人の著者はユダヤ系だともいわれており、国際ユダヤ社会の懊悩と亀裂、対立が如何に深まっているかを伝える刊行物である。
 米国社会の「文明内戦」の熾烈化とそれに伴った米国の迷走は、ADLのトルコ敵視に転嫁されるなど、中東の情勢をさらなる混迷に陥れる危険性も孕んでいる。

●英軍バスラ中心部より撤収
 九月三日、イラク駐留英軍は南部の主要都市バスラの中心部からの撤収を完了した。今回の撤収は、「今秋」にも予定されているバスラ県の治安権限移譲と駐留部隊の大幅な兵員削減を睨んだ動きの第一歩である。
 英政府は治安権限をイラク側に移譲している。だが、治安状況の改善を確信しているわけではない。逆に、これ以上のイラクの泥沼化に引きずられる限界を痛感し、英軍駐留の意味はないとの判断を明確にするため、バスラ中心部からの撤収を決断した。イラク参戦に積極的だったブレア政権に代わりブラウン政権が誕生したからこそ下せた英断である。ただ、ブラウン首相は英軍の早期全面撤退説を否認し、米英間に溝は生じていないことを強調している。
ブッシュ米大統領は、同日の未明に英軍がバスラ中心部から撤退した九月三日、予告なしにイラクを訪問した。ブッシュはライス国務長官を帯同し、首都バグダッドではなく西部アンバル県のアサド空軍基地に到着。一足先に同基地に到着したゲーツ国防長官、ベース統合参謀本部議長、ペトレイアス駐留米軍司令官ら軍幹部、クロッカー駐イラク大使らと合流した。
 スンニ派の武装勢力の活動が活発なアンバル県を選んだのは、地元部族が米軍と協力してイスラム過激派を締め出す動きを示していることを積極的に評価する意向を示すことに狙いがある。英軍がイラク側に治安権限を移譲することで部隊の撤収環境を整えた前例を追認し、米部隊も同様の選択肢を考慮していることを、米議会とマリキ首相に示す意向をも秘めての演出である。また、ブッシュ政権はマリキ批判を強めており、彼らが米国の立場を尊重しないなら、イラクを見放すことも覚悟せよとの無言の威嚇もそこには籠められている。
 米政界の今後の焦点は、米軍の削減問題にある。ブッシュは訪問先イラクで、「今の成功が続けば、米軍の要員を削減しても同水準の治安を維持できるとの報告を受けた」と語って、駐留米軍削減の可能性についても示唆した。すなわち、今回、政権幹部がそろってイラクを訪問したのは増派戦略の成功を印象づけるためで、政治的判断より現場の司令官など軍事専門家の冷静な判断と評価を優先させる必要性を訴えることで議会の矛先をかわしたいとの意向が滲み出ていた。
ブッシュのこのイラク訪問を受け、ペトレイアス駐留米軍指揮官は米議会で、米軍増派について「多くの地域で敵から主導権獲得に成功、治安面では進展があった」と軍事面での成果を強調する証言を行なった(九月一〇日)。同時に、来年七月までに三万人規模を削減し、増派前の一三万人水準に戻せるとの見通しを明らかにした。しかし、具体的な削減計画については「時期尚早」として来年三月までに判断すると述べるにとどまった。
 政権幹部のイラク訪問に先立つ八月二九日、W・ポスト紙は、ブッシュがイラクでの軍事作戦に関連して、最大五〇〇億ドル(約五兆七〇〇〇億円)の追加拠出を九月議会に要請する計画だと報じた。同紙によれば、追加戦費の要請は、イラク駐留司令官らが議会証言を行なった後に発表される見込みだとされている。すなわち、予告なしの政権幹部のイラク訪問は追加戦費を獲得するための議会対策だったと断定しても差しつかえない。だが、あまりにも巨額な予算であり、チェイニー周辺が主張し始めている、対イラン軍事作戦を視野に入れた追加戦費を想定している可能性がある。その必要性を補完するかのような動きが顕著に喧伝されている。
 イランのアフマディネジャド大統領は八月二八日、テヘランで記者会見を開き、イラクにおける米国の影響力は崩壊しつつあり、その後に生じる力の空白をイランが埋める用意があると語った。さらに、「イランは域内の友好諸国やイラク国民の支援を得て、この空白を埋める用意がある」と述べた。アフマディネジャドは友好国としてスンニ派大国サウジを挙げ、同国に協力を呼びかけた。また、米国がイランの革命防衛隊をテロ組織に指定する準備を進めているとの報道に対しては、「それに見合った反応があるだろう」として対抗措置を予告した。すなわちアフマディネジャドは、ブッシュ政権の懸念を裏付けるような見解を公言することで、間接的にチェイニーなどの強硬勢力に塩を送っていると見なすこともできる。
 また、九・一一事件から六周年目の九月七日に、米情報機関筋はブッシュ政権から国際テロ組織と名指しされたアルカイダの指導者ウサマ・ビンラーディンの新たなビデオ声明を入手したとして、その映像を公開した。ビンラーディンのビデオ映像が確認されたのは、約三年ぶりのことである。
声明は約三〇分で、ビンラーディンは米国の指導者はイラク戦争の収拾に失敗したと指摘。「戦争を終わらせるための二つの解決方法」として、第一に「米国に対するテロ攻撃の拡大」を挙げ、第二の方法として、「米国が民主主義に代わり、イスラム教への改宗を進めるべきだ」との檄をとばしているとされている。
 米情報機関筋は音声分析などを根拠に、ビンラーディン本人の映像であると断定、声明の内容から直近の映像だとしている。すなわち、米情報機関筋は、ビンラーディンは健在で、米国が再びテロ攻撃の対象になっているとの恐怖を喧伝することに躍起である。仮に、未遂であっても、九・一一事件に類似した事件が発生すれば、米国世論がイラン攻撃を積極的に支持する方向に急傾斜するのは否定できない。
 だが米国社会では、六周年目を迎えた九・一一事件に関して様々な視点(政府のやらせ説など)や立場からその実態を疑い、検証する必要性を訴える声があがっており、さらなる陰謀的事件のでっち上げや情報操作には限界がある。逆に、ビンラーディンが潜んでいるとされているパキスタン情勢が急速に悪化している。

●急速に悪化するパキスタン情勢
ビンラーディンがアフガニスタンのトラポラの山中に姿を消してからほぼ六年が経過した。スパイ衛星、無人偵察機、精鋭の特殊部隊、巨額の報奨金。超大国米国がこれだけの武器を総動員しながら、重病説もある中年のオジサンを発見・拘束できないだけでなく、その生死も確認できていない。
 パキスタンとアフガンの国境にある連邦直轄部族地域(FATA)は植民地時代から治外法権同然の状態にある。八〇年代アフガン戦争中は、ビンラーディンのようなイスラム過激派がイスラム圏全域から集結した。パキスタンの情報機関ISIは米国など西側の援助を受けながら、彼らに軍事訓練を行ない、武器を供給してソ連の支援するアフガン政府の転覆をはかり、最後はソ連を追い出すことに成功した。
 このため、米国はビンラーディン追跡・捕捉作戦にISIの協力が絶対に必要と判断。だがソ連と敵対していた当時と違って、イスラム系のタリバン・シンパが多い彼らに全面協力を期待することはできなかった。また、米軍が単独でパキスタン領内で強引な作戦に踏み切れば、盟友ムシャラフ大統領の立場を危うくしかねないとの懸念もあって、中途半端な作戦しか遂行できなかった。その結果、米国内にムシャラフ政権への不信感が高まっていた。あたかも米国の不満に応えるかのように、パキスタン情勢は急速に悪化し、ムシャラフ体制は崩壊の危機に直面している。
 九月四日、パキスタンの軍施設が集中する首都近郊のラワルピンディで、国防省職員の乗ったバスなどを狙った自爆テロとみられる連続テロが発生。犯行声明は出ていないが、イスラム過激派勢力の犯行と見られている。ムシャラフは非常事態宣言で体制危機を乗り切ろうとの意向を示しているが、米国の同意を得られず思い止まらざるを得ない窮地に陥っている。また、英国に亡命中の野党指導者のブット元首相(女性)から、兼任する軍籍の離脱を突きつけられるなど、大統領の求心力は低下している。そのためムシャラフはブットとの交渉で急場を凌ごうと、必死である。
 パキスタンの大統領選挙は国会議員と州議会議員による間接選挙である。支持率低迷に悩むムシャラフは与党のパキスタン・イスラム教徒連盟(PML)が多数を占める今の議会で再選を果たしたいとしている。そしてブットが率いる最大野党パキスタン人民党(PPP)議会派がこれを阻止しないようブットに求める交渉を進めていた。ムシャラフ側は九割方合意に達したとしている。ブットへの見返りは、彼女が帰国後も汚職などの罪に問わず、三度目となる首相の座を保証するとことだという。しかし、ムシャラフの軍籍離脱をめぐって話し合いが難航、また双方の支持者が安易な妥協に猛反発しており、ボス交渉だけで結論を出せる状況ではない。
 こうしたなか最高裁は九九年の無血クーデタでムシャラフに政権の座を追われ国外追放(サウジ、その後英国に亡命)された、シャリフ元首相の帰国を認める判決を下した(八月二三日)。
 シャリフはパキスタンで最も人口の多いバンジャブ州で今も圧倒的な支持を受けている。また、軍内部にも強固な支持基盤を有している。シャリフはブットのようなボス交を忌避し、首都イスラマバードから出身地のラホールまで支持者ともに行進して、彼の存在感を印象づけたいとしていた。すなわち、ブットとムシャラフが合意に達しても、それに反発するシャリフ勢力の存在が政局混乱の大要因になる可能性がある。
九月一〇日、シャリフは約七年ぶりにパキスタンに帰国した。しかし直ちにムシャラフ政権は、イスラマバードの空港でシャリフを逮捕し、サウジに再び追放した。ムシャラフはブットとの談合を最優先して、シャリフ追放の賭けに踏み切った。EUはムシャラフ政権にシャリフの帰国を認めた最高裁の決定を順守するよう求めていたが、米国は国内問題だとしており、EUとの温度差が浮き彫りになっている。
 ムシャラフとブットの交渉を仲介しているのは英国である。米国はパキスタンの安定は歓迎するが、英国の影響力が強まることは歓迎していない。逆に、英国の姑息さがパキスタン情勢をさらに混乱させるのではとの危機感すら抱いている。いずれにせよ、パキスタンは今、国家分裂をも視野に入れて国の命運を決する波乱の日々を迎えようとしているのだ。その遠因は、米国の中東政策、対イスラム対策の拙さに起因しており、米国のパワー喪失の煽りを受けて、国家分裂・崩壊の危機に直面しているのである。
 パキスタン激変は、インド亜大陸の周辺の地政学的変化を促すことになり、イスラム色の強い東南アジアの異変をも誘うことになる。米国は、その激震の矛先を支那大陸攻略と連動させるかのように、北朝鮮の取り込みに必死の姿勢を隠していない。

●米朝・日朝の協議再開
北朝鮮の核をめぐる六ヶ国協議のなかで、米国と北朝鮮の関係正常化のための作業部会が、九月一、二の両日にスイスのジュネーブで開かれた。
 協議終了後、ヒル国務次官補は、北朝鮮との間で、核計画の完全申告と核施設を稼働不能にする無能力化を年内に行なうことで合意したと発表。ヒルは、完全申告には北側が存在を否定してきたウラン濃縮による核計画も含まれると指摘した。ただし、北代表の金桂寛外務次官は、年内に履行するとは明言しなかったが「詳細について解決していく必要がある」と述べた。すなわち、北の核計画をめぐって、米側は大枠で北側の主張を容認しても当座の懸念は解消されるとの期待感を平壌に示し、米朝国交正常化を急ぎたい意向を強調したものと思われる。
翌三日、北朝鮮の外務省報道官は米朝作業部会で、核計画をめぐる対処に双方が大枠で合意したことに関し、「米国がテロ支援国家指定解除を行なうことになった」と述べた。米国務省当局は、同日、北側の発表は「事実ではない」と否定。北朝鮮の発表は、米側があくまで年内での完全申告や核施設の無能力化を望むなら、テロ支援国家指定解除がそのバーター条件だとしたものである。だが、ジュネーブの雰囲気を勘案して、米側は平壌が提示したバーター条件を実質的に受け入れたことを、間接的に周知させるための報道の可能性が高い。
 米側としては、日本人拉致問題解決の行方に大きな影響を及ぼすテロ支援国家指定解除について、日本の立場をまったく無視して平壌と合意に達したことを公に認めることはできない。北側は、米朝協議の直後に開かれる日朝協議を睨んで、わが国に米朝間での合意を軽視するなとのシグナルを送ってきた可能性が高い。
 ヒルは日朝協議を歓迎するとともに、「協議が成功すると信じるに足る理由がある」と語った。その根拠として、金桂寛が、五日から開かれる日朝作業部会について、「六ヶ国協議のプロセスを進めるうえで、有益なものになることを期待している」と、日朝協議の進展に期待感を示したからだとしている。米朝が両国間の懸案事項解決の大枠で合意に到達したしたことを、日朝作業部会が有意義な協議になるとの見解に託していたといえる。
 すなわち、米朝間の対話は戦略的な立場に基づいた話し合いである。平壌は支那を介在させて朝鮮半島問題に対処したいとした米側の思惑を覆し、米側が米朝二国間協議に誠実に応じた経緯を評価しただけでなく、条件付きとはいえテロ支援国家指定解除をも勝ち取ったことに満足の意を示し、米側もその大枠を追認したといえる。そして、日朝協議は、米朝戦略対話内における戦術的な協議に過ぎないと、米朝両国が位置づけていることを日本側に突きつけてきた。米側は日朝作業部会の進捗次第では、テロ支援国家解除を決める用意があると、わが国に踏み絵を迫ってきたともいえる。
九月三日付けのW・ポスト紙は、ライスがブッシュ政権最後の二年間に達成すべき外交目標として、北朝鮮の核問題などの解決を掲げ、クリントン前政権末期の外交を熱心に研究していたことが分かったと報じた。ブッシュが米朝関係の正常化を政権最後の外交目標にしている可能性を示唆している。それはライスがクリントン政権末期に訪朝したオルブライトと同じ花道で有終の美を飾りたいと目論んでいる可能性を示唆する報道でもある。そのため、米国は平壌の満足する歴史認識を容認する可能性も否定できない。
 八月二二日、ブッシュは、退役軍人を前にした演説で、「今日の躍動的で希望に溢れたアジアは、米国のプレゼンスと忍耐なしには不可能だった」と、対日戦争(大東亜日米戦争)と朝鮮戦争の意義を説明した。そのなかでわが国について、「神道は狂信的に過ぎ、しかも天皇に根ざしている」と極言した。新聞も満足に読めず、一五分以上の演説草稿は苦手だと自ら公言しているブッシュが、自らの歴史認識を表明したわけではなかろう。米上院が「慰安婦問題決議」に対して積極的に看過したブッシュ政権の本音、米国文明力の軽薄さを追認する演説である。
 米朝戦略対話の枠組みのなかでの戦術レベルでの日朝協議が、再開された。
北朝鮮の核問題をめぐる六ヶ国協議の日朝国交正常化作業部会が九月五、六の両日、モンゴルの首都ウランバートルで開催された。初日の会議でわが国は、植民地支配など「過去の清算」について双方が請求権を放棄したうえで、経済協力方式で一括解決するよう提案。北側は、経済協力とは別に強制連行や「従軍慰安婦」への補償を求めた。懸案の日本人拉致問題の解決について北側は、これまでの「解決済み」一本槍ではなく、話し合いに応じる余地があるかのような、異例な対応で応えた。しかし、具体的な結論はなく、協議は終了した。
 協議が終了した六日、北側代表団は、「日本とのこれまでの対話のなかで、(今回が)一番良かった」「進展があったと評価する」「最悪の状況にあった朝日関係だが、今後は話し合いを進めなければならない」と協議継続に期待感を示した。日朝間での協議の詳細が公表されていないため、なぜ北側が満足感を表明するのかは論評が不能である。ただ、彼らが満足の意を表し、協議継続に期待感を抱いているのは、米国を意識して、米国の思惑内で日朝関係を進捗させるとしたアピールに重点を置いている可能性が高い。ことに、二日目に北側は、従来は「解決済み」一本槍の主張を収め、拉致問題に応じて継続審議に同意した素振りを見せることで、米国に対するテロ支援国家指定解除攻勢のバネにしたいと考えている節が濃厚であった。わが国は、その本音はともかく、平壌が拉致問題を無視できないと認識していることを最大限活かしきる外交に徹することを、日朝交渉の原則に定めるべきである。
同時期、北朝鮮は外国人スパイを摘発したと発表した。国は特定されていないが、日本人の可能性も否定できないとの情報も流布されているが、その真相は明らかでない。中露両国は、米朝戦略対話の枠組みに縛られた戦術レベルだけの日朝協議の先行きに、不快感を感じている。そのため、わが国が最もこだわっている日本人拉致問題に付け込んで、日朝協議の進捗を妨害するかのような動きがあると噂されている。平壌は、その噂に過敏に反応して国名を特定せずにスパイを摘発したとして、関係国の反応を窺っている可能性もある。いずれにしても、米朝関係正常化への動きは、冷戦残滓構造払拭への一里塚で、わが国は戦後体制の総決算を決断せざるを得ないように外堀が埋められている。

●「テロ特措法」論議と脱戦後体制
 安倍政権は、内閣改造で困難な政局を乗り切る決断を降した。だが、就任間もない農水相を更迭せざるを得ない醜聞騒動に巻き込まれた。
 三代続けて農水相人事に異例な事態が起きている。政治資金の不透明さが問題視されていが、この問題を厳密に精査すれば、与野党を問わずほとんどの政治家に落第点が付くだろう。しかし農水相にだけ的が絞られているのは、わが国の農水行政を敵視する勢力による謀略的な破壊工作の可能性が高い。
 わが国の農水行政は日本固有の文明力の型示しである「豊葦原瑞穂の国」の存続基盤を育むことを使命にしている。農水省は、現代的な大型農業や、遺伝子組み換え種子の売り込みを図る外国農事勢力の目に見えぬ攻勢に必死で抵抗し、伝統的な型示しを堅持するため、様々な智慧を絞り出して行政を指導している。
「戦後レジームからの脱却」を明言する安倍政権だからこそ受けた、執拗な政権攻撃の的が農水相人事に向けられた可能性を否定できない。派手ではないが、現代版「変型ロッキード事件」とも言えよう。その「ロッキード事件」で最後は命まで縮められた田中角栄元首相の秘蔵っ子・小沢一郎民主党代表は、「テロ特措法」の廃案を宣言して、安倍改造内閣と全面対峙する意向を示している。
 米下院本会議は、テロ対策支援や対米同盟の堅持で日本の貢献を讃える感謝決議を賛成四〇五、反対なしの全会一致で採択した(九月五日)。同決議は、慰安婦問題をめぐる対日非難決議との均衡を図る形で提出されたものである。米議会は飴と笞で簡単にわが国をあやすことができるとして、議会決議を乱発している。慰安婦問題は対北宥和政策との連関性で、感謝決議は、わが国の政局混乱で「テロ特措法」が廃案になる危険性を懸念して決議されたものである。
「テロ特措法」は、イラク戦争の勃発に伴って、わが国が海外で自衛隊を準軍事活動に従事させることができると定めた特別法である。その理念的な解釈はともかく、陸海空の自衛隊がそれぞれの立場で活躍することは、わが国の存在感を世界にアピールする好機である。事実、イラクに派遣された陸上自衛隊は、健全な日本軍の存在意義を大いにアピールした。陸海空自衛隊が日の丸の国旗をたなびかせて海外で堂々と活躍することで、日本の国威発揚に大いに貢献している。遙かかなたのインド洋に向けて、帝国海軍の誇である旭日旗を掲げてマラッカ海峡を通過する海自艦隊は、アセアン諸国の目には支那の軍拡圧力を跳ね返す頼もしい友軍の勇姿と映っている。
「テロ特措法」をめぐる国会審議では内実を伴わない空論じみた理念を論じるのでなく、わが国軍が海外で活動する是非に的を絞り、外交・国防の現実的な国益の在り方への結論を導くことが最も賢明な対応である。小沢は生命を賭して「脱戦後体制」(対米自立)の道筋を切り開いた田中角栄の後継者である。田中は陰謀的な手法で屈辱的に葬り去られた。皮肉なことに、小沢の師匠が望んだ「戦後体制からの脱却」を政敵が政権課題に掲げ、「テロ特措法」の延長が今国会の主要議題となっている。
 自衛隊は防衛省が管轄しているが、単なる一行政単位ではない。「テロ特措法」は、軍を軍として尊敬できない小役人的な発想に基づいた、行政的な対処による姑息の産物である。小沢に真の憂国の情があれば、「『テロ特措法』などと無関係で、わが国は陸海空三軍を海外に派遣できる。逆に、特別法でしか海外派兵を担保されない軍では、軍人の士気にかかわり、彼らの名誉をも貶めることになる」と断言して、「戦後体制の脱却」に一肌、脱ぐべきである。
 米上下両院は「慰安婦問題」で対日非難決議を採択した。同時期、トルコのアルメニア人虐殺非難決議も勘案されていた。だが、トルコ政府が決議案が採択されれば米国との断交も辞さないとした強い抗議をしたため、審議は棚上げになっている。小沢は、「テロ特措法」廃案を主張する根拠は、米議会の対日侮蔑決議を容認できないからだと明言し、安倍政権と一体となって「脱戦後体制」(対米自立)へのみちを切り開くべきである。そのことが恩師・角栄への最大の供養となることを肝に銘じるべきである。
 筆者は、「脱戦後体制」の目標は、内戦もどきの闘いをも決意しなければ達成不可能な難題と思い定めている。そして安倍は靖国に参拝してその決意を固め、御祭神(英霊)の御加護を仰ぐべきだとの期待感を表明してきた。しかし、九月一二日、安倍は突如総理を辞任してしまい、自ら掲げた崇高な理念を放棄してしまった。そして安倍辞任により、政界混迷は避けられなくなった。この政界混迷が、結果的に、「脱戦後体制」への序章となることを願って止まないものである。    (平成一九年九月一三日識)