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二分化立する米国と馬英九の誤算 
    (世界戦略情報「みち」皇紀2669[平成21]年9月15日第301号)

●G20財務相・中央銀行総裁会議
 九月二日、欧州連合(EU)は、非公式の財務相理事会を開き、銀行の高額報酬を抑えるための国際的な規制導入を目指すことで一致した。翌三日、英国独仏の首脳は、四日から開幕される主要二〇ヶ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に向け、共同声明を発表。
 首脳らは、世界経済は安定化の兆候が出ているとしながらも、「設備稼働率の低迷で、労働市場は今後、数ヶ月影響を受ける。景気刺激策を完全に実施するとのメッセージが必要」と強調した。また金融規制では、「危機以前に広がっていた行動様式に戻れると考えている金融機関さえある」と指摘。金融危機の一因とされる報酬制度について、「ボーナスなどの多くは支払いを遅らせ、銀行の業績次第で取りやめるべきだ」などと提言。国ごとの制裁措置の導入を求めた。
金融危機が激化した昨秋以来、米国は「量的緩和策」を、自国だけでなく欧州や日本などにも協調させてきた。「量的緩和」は、ゼロ金利の維持と、通貨当局から市場への通貨と信用の過大なまでの積極発行によって、不景気の悪影響を緩和しようとする経済政策である。
「量的緩和策」は、景気の悪化が一段落したところでタイミングを間違えずに停止しないと、この政策の負の側面である通貨の信用失墜が顕在化し、インフレや米国債の売れ行き不振による長期金利の上昇などがおこり、経済救済ではなく破壊を誘発する危険性を秘めている。八月に入って、米国筋から世界不況が一段落して景気が回復基調に入っているため、「量的緩和策」をやめる「出口戦略」を勘案すべきだとの主張が出始めていた。
 一連の欧州の反応は、「出口戦略」の論議はまだ尚早だとした懸念の表明である。米国筋は、N・Yや東京、上海市場の株高を景気回復の指標と捉えている。しかし、その内実は「量的緩和資金」が株式市場になだれ込むマネーゲーム(金融資本主義)が加熱しているだけで、実体経済の底上げとは無関係な現象である。同時に、マネーゲームに携わる銀行などの役員報酬は相変わらずべらぼうに高いままである。
 欧州勢は、国民の血税が景気回復ではなくマネーゲームに浪費されている内実を看過すべきではないとした懸念を、G20の開幕を前に表明した。金融危機の元凶である金融資本主義が、相変わらず跳梁跋扈している実態を放置するなとする警告でもあった。すなわち、ユダヤ型金融資本(拝金主義勢力)を根本から締め付けないと、米国はともかく欧州世界の金融破綻は免れないとする悲壮感のあらわれでもあり、欧州勢は米国との決別をも辞さぬ覚悟でG20に臨んだ。
 九月五日、G20財務相・中央銀行総裁会議は共同声明を採択して閉幕。
 共同声明は世界経済の改善を指摘しつつも雇用不安など下振れ懸念があるとの認識を表明。不良債権処理や雇用市場の改革などの推進が重要とした。そのうえで、危機対応で各国が採用した異例の財政拡大や金融緩和策を平時に戻す「出口戦略」については、「景気回復がしっかりと確保される」ことが前提になると指摘。各国が「協力的で調和する」必要があるとし、当面は慎重な姿勢で臨むべきだとの判断を鮮明にした。また、会議では金融危機の再発防止策も議論し、共同声明に付属する特別文書に金融機関幹部らの報酬制限案の指針策定を明記した。
 ガイトナー米財務長官は、「金融システムは回復の兆しを見せている。世界経済成長率も順調に回復している。だが、まだまだ回復のためになすべき課題が多い」と述べるなど、米国は今回のG20で欧州勢に妥協した。
 米国では公的資金の投入を受けて再建中の米保険大手AIGなどの金融機関での高額報酬が復活し、内外から批判が高まっている。このため、ガイトナーも報酬規制を見直す姿勢を示さざるを得ないまでに追い込まれた。同時に、AIG再建不能、再破綻説も取りざたされており、欧州勢、ことに英国筋が懸念するポンド破綻よりドル破綻が現実化する危険性が痛感され始めるなかで、国連はドル失墜に備えるよう提言している。
 国連は九月七日に発表した報告書で、新たな世界準備通貨を創設し、国際貿易でのドルの役割を軽減することで、新興国市場を金融の思惑的な「信頼感競争」から保護する必要があると提言した。
 ジュネーブに本部を置く国連貿易開発会議(UNCTAD)は報告書で、国連加盟国は新たに世界準備通貨銀行を創設し、同銀行が通貨発行および加盟国が保有する通貨の為替水準を監視することに合意する必要があると呼び掛けた。報告書の共同執筆者でUNCTADのフラスベック・ディレクターは、「為替相場管理のための多国間合意に基づく枠組で、より安定した為替水準を達成できる確率はかなり高い」との見方を示し、「ブレトン・ウッズ体制や欧州通貨制度(EMS)に相当する取り組みが必要だ」と述べた。国連がこの段階で世界準備通貨銀行構想を発表したのは、ドル基軸通貨体制がもはや限界に達していることを認め、ドル破綻を想定した準備が進められていることを示している。
 世界はドル崩壊を念頭に置いた動きを見せる一方で、オバマ米政権の求心力にも赤信号が灯り始めている。

●米世論二分化が急進行
 国民皆保険化を目指すオバマ政権の医療保険改革「オバマケア」が、国民の支持獲得に苦戦している。
 議会が夏季休会入りし、オバマ大統領や民主党議員は住民との対話集会で改革気運を高めようと躍起だが、政府介入の強化を嫌う保守層は激しい反対運動を展開し、国民の間では赤(保守)と青(リベラル)の二極化が鮮明になり、世論は分裂状態になっている。同時に、オバマの支持率が五〇パーセントを切るなど、政権の求心力にも陰りが出始めている。オバマは、年内の法案成立を目指しているが、論争の行方次第では最大の政治的危機(内乱)に発展する危険性も指摘されている。
「歴史は明らかだ。改革が可決に近づくと、特別利益団体があらゆる手段を使って抵抗してくる」と、八月末、ニューハンプシャー州ポーツマスにある高校の講堂でオバマは約一八〇〇人の聴衆に訴えた。ポーツマスは〇七年四月、民主党の大統領候補だったオバマが国民皆保険制度の実現を宣言した場所。しかし、場外には「オバマは社会主義者」などと攻撃するプラカードを掲げた反対派が、賛成派と睨み合うなど、保守派は実力行使の抵抗姿勢を強めている。
「オバマケア」は、高額な医療支出を削減すると同時に新たな公的保険を設け、約四七〇〇万人いる無保険者の撲滅を目指すものである。だが、一〇年間で一兆ドル(九三兆円)という国庫負担が最大の障害になっている。
 地元に帰った民主党議員の集会では、反対派の住民が押し寄せてヤジを飛ばし、議員に直接詰め寄る光景が繰り広げられている。共和党の副大統領候補だったペイリン前アラスカ州知事が、改革は「高齢者に人生の終わりの決断を迫る」と過激な批判を展開すれば、民主党のペロシ下院議長が新聞寄稿で、激化する保守層の反対運動を「反米国的」と呼び、民主党と共和党の対立も熾烈となっている。さらに、民主党内からも医療改革に批判的な声があがり、オバマの足元をすくう動きも出始めている。
 九月八日、オバマはバージニア州の高校で演説し、テレビやインターネットを通じて新学期を迎える全米の児童・生徒に教育を受けることの大切さを訴えた。演説をめぐって、「社会主義理念の押しつけだ」などの過激な反発が保守派を中心に強まり、全米の学校で演説の放送を中止したり、子供の退席を認める動きが起きた。
九月七日、演説をめぐる批判についてギブス大統領報道官は、「子供や教師、両親に対して教育の責務について話そうとすることが、政治的介入を受けるのは悲しむべきだ」と反論。同日付の米紙ワシントン・ポストも、「宿題をやり、目標を定めることがどうして『共産党宣言』の一節になるのだ」として、演説を「社会主義理念の押しつけだ」とする共和党など保守勢力の主張を批判した。
 医療改革を、「社会主義」と決めつける保守派勢力は、オバマが訴える「どんなに熱心な先生や両親がいて世界最高の学校があったとしても、みんなが自分の責務を果たさなければ意味はない」とする演説内容すら「社会主義の押しつけだ」と決めつけ、オバマ批判を強めている。同時に、メディアを巻き込んだ左右の論争にも火が付き始め、米国世論の極端な二分化(イデオロギー闘争)が急速に進んでいる。
 また、保守派勢力の草の根運動も活発化している。八月末にカリフォルニア州を出発した「ティーパーティー・エクスプレス」など、全米各地から減税や小さな政府などの保守理念を訴えつつバスなどで大陸を横断しながら、ワシントンで統一ラリー(九月一二日)を行なう大規模な大衆運動が始まっている。「ティーパーティー」は、米国独立のきっかけのひとつとなった「ボストン茶会事件」にちなんだ運動で、過激化すれば州の連邦離脱運動にまで発展する可能性があり、最悪の場合は内戦誘発の危険性も孕んでいるが、オバマの医療保険改革が彼らの運動を盛り上げる格好の題材となっている。
 八月三一日、麻薬カルテル間の流血の抗争が吹き荒れる米国境に近いメキシコ・シウダーフアレスのフェリス市長は、同月の麻薬犯罪絡みの死者が約二九〇人と最悪の記録となったことを明らかにした。
 同市では昨年、警官約七〇〇人以上が汚職調査絡みで解雇されている。麻薬カルテルと警官、軍、行政当局者との癒着も根強く、これまで多数の逮捕者も出ている。同時に麻薬カルテルと米CIAの緻密な関係が指摘されており、オバマが麻薬カルテルの撲滅を掲げているため、政権とCIAとの軋轢も生じている。州財政の破綻が連邦政府の金融政策に大きな影響を及ぼすカリフォルニア州で、大規模な森林火災が起きて東京二三区に相当する面積が焼失したのも、CIAの黙認を確信したメキシコ麻薬カルテルによる放火テロだとされている。
 米国の内政事情は世論の分裂・対立の激化による内乱・内戦誘発の可能性だけでなく、麻薬カルテルによるテロ活発化が懸念される治安劣化に急速に陥る危険性が生じている。このため、連邦危機管理庁(FEMA)はいつでも出動できる準備を整えており、一部の部隊はすでに極秘裏に出動している。同時に、第二の金融危機(金融機関の閉鎖)勃発を想定した治安管理態勢をも強化している。
 また、オバマは「アフガン戦争」の継続の必要性を訴えているが、米国世論のアフガン戦争に対する支持率は急低下している。オバマ政権の内憂外患が一気に浮上するなかで、米・アフガン関係にも亀裂が生じ始めてきた。

●米・アフガン関係に亀裂
 八月三一日、アフガン駐留米軍のマクリスタル司令官が現地情勢報告書を示したことを受け、オバマ政権は追加増派の是非の検討に入っている。米世論に配慮し慎重にならざるを得ない趨勢にあって、現場サイドからすれば勝利のために追加増派は不可欠で、オバマは苦しい選択を迫られている。
 アフガン軍事作戦に対する米国民の不支持率は過去最高の五七パーセントに達したことが、CNNとオピニオン・リサーチが八月下旬に共同実施した最新の世論調査で明らかになった。四月に実施した同様の調査時より一一ポイント増加し、米国がアフガン軍事作戦を開始した〇一年末以降の調査で過去最高となった。また、米ラムセンの世論調査では、「向こう半年で戦況は悪化する」との回答は五五パーセント。二〇パーセントが「アフガン駐留米軍の即時撤退」を求めている。
 八月二八日、英BBCは、二〇日投票のアフガン大統領選を巡り、米国のホルブルック特別代表(アフガニスタン・パキスタン担当)がカルザイ大統領との会談で、選挙での不正への懸念から第二回投票の実施を促したが、カルザイが「内政干渉」だと激怒し会談は決裂したと、報じた。
 アフガン大統領選は現在も開票作業が続き、多くの不正行為が表面化している。当選に必要な過半数を得票する候補がいなければ、上位二人による決選投票になる。
 九月八日に発表された中間集計で、カルザイの得票が初めて当選ラインの過半数に達し、再選に大きく近づいた。しかし、不正投票が相当数に上る可能性が出ており、カルザイがこのまま勝利しても、対抗馬のアブドラ元外相らの反発は必至な状況にある。そうした混乱を避け選挙結果の正当性を確保したい米国は、不正の徹底調査をカルザイに求めたが、彼は不快感を示すだけで双方の亀裂だけを印象づけている。
 一方、不服審査委員会は同日、「多数の投票所で、明白で有力な不正の証拠を見つけた」として、集計作業の一部やり直しを指示。投票者が六〇〇人以上、またはひとりの候補者が九五パーセント以上を得票した投票所が、やり直しの対象になる。不正・不服の申し立ては約二〇〇〇件にのぼり、その大半が「カルザイ票」に関し、約六〇〇件は選挙結果に影響しかねない深刻な事案だとされている。選挙管理委員会は六〇〇ヶ所の投票所で不正が確認されたとして、投票を無効としている。
 こうした状況を憂慮する米国のアイケンベリー駐アフガン大使が、カルザイと会談(九月七日)。大使は、不正疑惑で選挙結果の正当性が揺らぎかねないとの強い懸念を示し、不正の徹底調査を求めたとされている。
 また、米側は、カルザイの兄弟が汚職に手を染め、副大統領候補のファヒームが麻薬の売買に携わっているとの疑いをもち、問題視してもいる。しかし、カルザイは、「米国は(私に)もっと従順になってほしいために、秘密裏に(自分を)攻撃している」と批判し、自身を傀儡にすることが狙いだと米側を牽制している(九月七日付仏紙フィガロ)。
 こうした状況にあって、九月四日、アフガン北部クンドゥズ州で国際治安支援部隊(ISAF)が、イスラム原理主義勢力タリバンに乗っ取られた燃料輸送トラックを空爆した結果、多数の民間人らが死亡した事件が起きた。ISAF司令官のマクリスタル米陸軍大将は事件後、カルザイに「空爆の指示は与えていない」と弁明したが、カルザイは「空爆は誤った判断だった」と米軍の指揮を痛烈に批判するなど、米国とカルザイとの溝を広げている。
 アフガン駐留米軍とカルザイ政権の責任の擦り付け合いは、最終的には敗退撤収を余儀なくされたヴェトナム戦争末期と同様に、アフガン戦争が泥沼化し始めていることを浮き彫りにしている。このため、ホワイトハウスは、「重大な懸念」を表明。米国内では対テロ戦争の泥沼化を懸念する世論が強まっている最中の不祥事で、オバマ政権は事件により厭戦気運が盛り上がって、政治的な重圧となることを極度に警戒し始めているからである。
 〇一年の派兵開始から、アフガンや隣接地で死亡した米兵は七三八人(九月六日現在)。タリバン掃討はもとより、アルカイダのビンラディン容疑者の拘束や殺害という成果もないまま、犠牲者が増え続ける状況にあって、増派への疑問が急速に強まっている。米紙N・Yタイムズは、新たな米軍増派が「オバマ政権にとって破滅的な決断となり得る」と警告している。
 米非政府組織(NGO)「政府監視計画」は、首都カブールにある米大使館を警備する民間警備員たちの風紀が乱れており、適切な警備態勢もとられていないため「大使館が深刻な危険にさらされている」として、事態の改善を求める報告書をクリントン国務長官に送付した(九月一日)。
 米議会調査局の報告書(今年三月)によると、アフガンでは米軍兵士の数より民間の契約警備員のほうが多い。民間の警備会社をめぐっては「ブラックウオーター」がイラクで殺傷事件を起こすなど、これまでも問題点がたびたび指摘されている。オバマ政権は、ネオコン流儀の反テロ戦争の軍事利権(軍則に縛られない高額経費の民間軍事会社起用)の尻ぬぐいにも頭を痛めることになる。そして、オバマ政権は、ヴェトナム化が必須のアフガン戦争をどのように切り抜けるかの重大な決断を下す最後の岐路に立たされている。増派は米国社会の分裂を勢いづけ、即時撤退や大幅な戦線縮小は米国威信の低下につながるだけでなく、パキスタンの解体を誘発し同国の核がテロ勢力の手に渡る危険性も否定できない。
 ヴェトナム戦争時、米国は支那北京政府との秘密交渉を背景に、敗退撤収を決断した。現時点で当時の支那に相当する国家も勢力も見いだせないオバマ米政権の苦悩と、ドル崩落危機が世界情勢をハルマゲドン位相に追い込む危険性すら懸念され始めている。
 その状況にあって、トルコの動きが改めて注目されている。

●トルコ・アルメニア国交樹立へ
 八月三一日、トルコ、アルメニア両国政府は共同声明を発表し、国交がなく断絶してきた両国関係の正常化を進めることで合意したと明らかにした。両国は今後六週間以内にそれぞれ国会承認などの手続きを終え国交樹立に正式署名する方針である。両国の交渉を仲介したのはスイスである。
 トルコとアルメニアは隣接しながらも九一年にアルメニアが旧ソ連から独立して以来、国交はない。第一次大戦末期のオスマン・トルコによる「アルメニア人虐殺」の歴史認識の違いや、アルメニアと隣国アゼルバイジャンの対立を巡り、トルコが宗教的なつながりからアゼルバイジャンを支持することなどを背景に、対立を深めてきた。
 トルコのギュル大統領が昨年九月、サッカー・ワールドカップ地区予選の観戦でアルメニアを初訪問し、和解の動きが加速していた。共同声明によると、国交樹立後二ヶ月以内に、九三年から閉鎖しているトルコ・アルメニア国境が再開される。トルコとしては長年の懸案を解決して、欧州連合(EU)への加盟促進を図る狙いもある。一方、内陸国アルメニアには、トルコ国境が再開すれば欧州市場への「出口拡大」にもつながる。
トルコは、アルメニアとの関係改善交渉を進めるに当たり、同じくアルメニアと反目しているアゼルバイジャンへの配慮も欠かしていない。非公式情報であるが、アルメニアはトルコの要請を受けて、アゼルバイジャンが領有を主張している五つの地域を返還することに同意した模様である。領土問題での歩み寄りに双方が同意すれば、アゼルバイジャンとアルメニアの国交も回復される可能性が高い。すでにアゼルバイジャンは、アルメニアとの国境を開く方向に向かい始めている。
 トルコ、アゼルバイジャン、アルメニアが歴史的な和解を達成すれば、アゼルバイジャンを玄関口とし、アルメニアを経由し、中央アジアのエネルギー資源が、トルコに届けられることになり、当該三国は共に経済権益を一気に拡大出来る。
 トルコはこれまでイランとEUとの関係仲介を務め、シリアとイスラエルとの間接交渉の扉も開いた。さらに、クルド自治政府とイラク中央政府との関係を強化し、双方の仲介役割に乗り出し、多国籍軍撤退後のイラク安定化に寄与する意向を公にしている。そして、懸案のアルメニアとの復交を達成することで、文明地政学位相におけるオスマン帝国を復興させる意思を内外に鮮明にうち出してきた。
 文明地政学におけるオスマン帝国の復権こそ、ネオコン・右派シオニスト勢力が仕掛ける天啓宗教世界の「神々の衝突」を回避し、融和・共存への扉を開き、中東安定化に大いに寄与することになる。同時に、米国の苦悩に手を差し伸べる環境が整備されることにもなる。さらにトルコは、ロシアとの連携をも強化している。
九月六日、ロシアのプーチン首相はトルコの首都アンカラを訪問してエルドアン首相と会談し、ロシアが推進する欧州向けの天然ガス輸送パイプライン「サウス・ストリーム」計画の建設協力で合意、署名を交わした。欧州向け天然ガス供給の独占体制を維持したいロシアと、地域の資源集積地としての影響力を高めたいトルコの思惑が合致した「サウス」計画は、ロシアから黒海を通ってブルガリアやオーストリア、ギリシアなどへ向かうライン。ロシアは来年までに建設を始め、二〇一五年の稼働開始を目指している。
ロシアにとっては、黒海のパイプライン敷設を巡り同国との確執を抱えるウクライナが自国水域での敷設を許可しないのではないかとの懸念があり、黒海対岸のトルコの協力取り付けはルートを確保する上で重要だった。一方、トルコは東西を結ぶ「資源回廊」になることを狙っている。
 プーチンは記者会見で「サウス計画」の意義を「(天然ガス供給の)基盤整備が進むほど欧州向けエネルギー供給は安定する」と強調。エルドアンも「将来的には依然、欧州向け供給は十分とは言えない」と重要性を指摘した。署名には、「サウス」計画に参加するイタリアのベルルスコーニ首相も同席するなど、欧州勢力も文明地政学におけるオスマン帝国の復権に期待感を示した。
アンカラでは七月にも別の欧州向け天然ガス輸送パイプライン「ナブッコ計画」を進める多国間協定も結ばれ、トルコはこれにも参加している。「ナブッコ」は、天然ガスのロシア依存を軽減したいEUが主導する計画で、本来なら「サウス」と競合する。だが、トルコはふたつの計画を天秤に掛け、単なるパイプラインの「通過国」にとどまらず、エネルギー安全保障上の国際的影響力を高めようとしている。
トルコの存在感の台頭は中東安定化への重要な要因となる。だが、イランでは革命防衛隊によるクーデタ紛いの政権が樹立し、内政不安が中東不安定化の不安感の火種になりかねないとの懸念が出始めている。

●アフマディネジャド第二期政権発足
 九月三日、イラン国会は、大統領選で再選されたアフマディネジャドが閣僚として指名していた二一人のうち、一八人を信任した。
 信任投票で最も多い信任票を集めたのは、バヒディ国防相だった。彼は、九四年にアルゼンチンで起きたユダヤ人施設爆破事件に関与したとして、国際刑事警察機構から指名手配されている革命防衛隊の出身者である。大統領の指名に対し、アルゼンチン外務省が強く抗議していた。しかし、バヒディは、自らが最高得票で新任されたことについて、「(イランは)イスラエルに断固たる平手打ちを食らわせた」と自画自賛した。
 一方、保健相として信任されたバヒドダストジェルディ女史は、七九年のイスラム革命後初の女性閣僚となる。過半数の票を得られず不信任となった三人のうち、教育相候補と社会福祉相候補の二人はいずれも女性だった。空席の三閣僚は三ヶ月以内に新たに人選し、国会で信任を求める。
 六月の大統領選以来、イランではアフマディネジャドを支持する保守派と、選挙に敗れたムサビらが率いる改革派が暗闘を繰り返していると見られていた。しかし、第二期政権発足をめぐって、宗教最高指導者ハメネイ師とアフマディネジャドの確執が浮き彫りになり、保守派の内部抗争が露呈した。
 アフマディネジャドは当選直後、マシャイ副大統領の留任を早々と決めた。マシャイは昨年七月テヘランで開かれた国際観光会議の席上で、「イランに敵はない。米国もイスラエルも友人だ」と発言し、保守派から非難されていた。このため、マシャイの留任に保守派から批判が噴出。だが、マシャイは「イスラエルは大好きな友人だ」と繰り返し述べ、アフマディネジャドも彼を積極的に擁護していた。
 アフマディネジャドはオバマ米政権がイスラエル離れを隠さず、イスラム諸国との対話路線に傾斜する意向を示していることに積極的に対応して、イランはイスラエルを敵視していないとの信号を送るため、マシャイを活用していた。すなわち、米国(ネオコン)とイスラエル(シオニスト)の右派勢力が一方的にイランを敵視しているだけで、彼らと一線を画すオバマとの対話路線を積極的に評価しているとの発信戦略である。しかし、このアフマディネジャドのやり方は、ハメネイを含む保守勢力にはまったく歓迎されないだけでなく、徹底的に忌避されていた。
七月一八日、ハメネイは、アフマディネジャドに宛てて「マシャイを副大統領に任命したことは、貴殿と貴政府の利益に反し、貴殿の支持者に不満を抱かせる。任命は撤回すべきだ」との指示書を出した。しかし、アフマディネジャドが人事を撤回しないため、七月二四日の国営テレビでハメネイの指示書が朗読され、公開された。
 この結果、マシャイは神権政治体制に逆らう意志がない証として、辞表を提出。アフマディネジャドも辞表を渋々受理し、ハメネイの指示を尊重する姿勢を示した。
 同時にアフマディネジャドは、第二期目の閣僚人事で三人の女性を指名し、一人の信任に成功した。イスラム革命後のイランで、女性が閣僚に任命されるのは初めてのことである。改革派と称される前任のハタミ政権ですら、女性を次官に登用するのが精一杯であった。すなわち、アフマディネジャドは、守旧派との確執を覚悟し、改革派をも取り込むという強かな手腕を発揮したのである。
ただし、国際指名手配のバヒディを国防相に抜擢するなど、彼に忠実な革命防衛隊を重視して、反政府勢力への睨みをきかせる布陣をもしいた。すなわち、革命防衛隊によるクーデタで、ハメネイ以下の保守派を強く牽制(弾圧)する第二期政権を発足させたわけだ。アフマディネジャド第二期政権に対し、ハタミ師は、ファシストで全体主義政権だと激しく非難している。
九月六日付英日曜紙サンデー・タイムズは、前回の本紙(九月一日号)ですでに記したロシア貨物船「北極海」の奇っ怪な海賊襲撃事件に関し、イスラエル情報筋の話として、ロシア製対空ミサイル「SB300」がイランに密輸されるのをイスラエル情報機関モサドが阻止したと報じた。英国の日曜紙があえてイスラエルの秘密工作を好意的に報じたのは、イランに対する警告と、一向に対イラン先制軍事攻撃を諦めていないイスラエルに自制を促すためである。
 さらには、ロシア政府に犯罪組織の武器密輸を厳しく取り締まるよう要求することで、ロシアとイランの密接な関係を牽制する意図を秘めての報道でもある。この問題でロシアとの関係悪化を恐れるイスラエルのネタニヤフ首相がモスクワを極秘訪問し、プーチンと秘密会談を行なったとされている。
中東安定化への道のりはまだほど遠いが、東洋文明世界では天啓宗教世界の「神々の衝突」とは違う位相のさや当てが起きている。

●ダライラマ法王訪台
 八月三〇日、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ法王が台湾入りし、同日南部の被災地を訪問した。
 法王は、今回の訪台を「純粋に人道的、宗教的な目的」と強調。記者会見も中止し、慰問先でも報道陣に「政治的な目的はない」と繰り返し述べた。二〇〇一年以来、三度目の訪問となった台湾に対しては「台湾の運命は台湾住民が決めるもの。民主主義を享受し、民主主義の道を歩むべきだ」と訴えた。
八月八日、台湾中南部を襲った台風八号は、豪雨で大きな被害をもたらした。大規模災害にもかかわらず、馬英九総統は動かず、政府からは救助命令が下されず被害が拡大した。台湾マスコミの世論調査では八〇パーセントが「馬総統は辞任すべきだ」と回答。地元テレビ局・TVBSの調査では支持率は従来の五〇パーセント台から一〇パーセント前半に大幅急落。インターネット上の世論調査でも八〇パーセントが「馬総統は辞任すべきだ」との結果が出た。
 水害対応への非難が高まるなか、馬英九は被災民感情への配慮から民進党が進めた訪台を容認。中共の理解は得られると踏み、事前に北京に連絡しなかった。すなわち、今回のダライ・ラマの訪台は、野党民進党が仕掛けた「奇襲」であった。しかし、中共国務院(政府)台湾事務弁公室は、報道官声明で「(中国の)分裂活動を長年続けているダライの訪台を民進党が画策している」と指摘。断固反対を唱えたうえで「訪台は必ず両岸関係にマイナスの影響を与える」と警告し、北京は要人の台湾訪問や大型商談の延期を決めた。
 馬政権が今回のダライ・ラマ訪台を認めたのは、水害被害対応の失態による台湾住民の批判をかわすことに活路を見いだすためだった。また、国民党関係者の訪中を異例な厚遇で迎える中国共産党との信頼関係は厚いとして、北京は鷹揚に構えるだろうと高をくくっていた節が濃厚である。
 支那の経済発展には著しい面がある。だが、支那民衆や共産党指導部のなかにも、共産党独裁統治体制下では持続的経済発展に限界があるとの現実認識が広まっている。その認識の広まりが、台湾独立を否認する同胞としての台湾国民党に対する期待感にまで高まり、支那大陸での国民党復権幻想すらわき上がっている。馬英九はこの幻想期待を過大評価して、北京はダライ・ラマ訪台を看過するであろうと読んで、訪台を認めた。
 事実、北京は馬政権に対し一貫して好意的な対応を取ってきた。だが、今回は一転して批判をあびせ付けてきた。七月に新疆ウイグル自治区で大規模な騒乱が発生したため、少数民族問題で特例を認めれば「蟻の一穴」となりかねないとの危機感を強めたからである。また、ダライラマ訪台受け入れだけでなく、李登輝訪日を間接援護したことも、北京の馬政権批判の一因となっている。
九九年九月、台湾中部で起こった大地震は二四一五人もの死者を出した。当時の李登輝総統は、地震発生と同時に「緊急命令」を発令。台湾民衆は、このときの李登輝の鮮やかな指導力を鮮明に記憶している。今回の台風災害を契機に、李登輝の政治能力と行政手腕が改めて見直され、台湾では李登輝ブームが再来している。李登輝は九月四日に日本青年会議所の招きで日本を訪れ、五日には日比谷公会堂で講演を行なった。日程調整や警護等の担当は台北駐日代表処が担ったため、今回の訪日は、馬総統の対日政策変更を示す動きの一つと北京は警戒した。
 北京当局は、チベット自治区と新疆ウイグル自治区対応について、それぞれの目線に従った対応に徹している。大別すれば、穏和な仏教徒のチベット族に対しては懐柔、過激なイスラム教徒のウイグル族には強権対策である。
 七月の新疆ウイグル自治区の暴動発生は強権鎮圧に成功したが、同自治区では九月に入って治安悪化に対する漢族の不満デモが頻発している。同自治区には異様なまでに多数のエイズ患者がいて、彼らがエイズ感染を広めようと注射針を使う刺傷事件(テロ)が多発している。
北京公安筋は、新疆ウイグル自治区で発生した暴動や針刺傷テロの背景に、米・CIA筋の関与があるとの確信を抱き始めている。九・一一事件以降の米国は、「非対称戦」戦略で支那大陸分断攻勢を続けているとの認識に基づいた確信である。支那側も「超限戦」戦略で対米工作を続け、通貨戦略では一定の成果をあげ、米側に米中「G2」体制を認めさせるまでにいたっている。ウイグル自治区の暴動や刺傷テロが起きていなければ、北京はダライ・ラマ訪台を馬英九が楽観視したような対応で済ませる余裕を見せたであろう。だが、「超限戦」戦略に基づく対米戦略に従って、馬批判に転じた。
 現在、北京がもっとも神経を尖らせるのはクリントン訪朝で米朝国交樹立が早まることである。また、北京公安筋は支那国内の金融機関に開設されている北朝鮮関係者の口座すべてを監視下におき、一部を封鎖するなど平壌への締め付けを強化している。

●対南融和策に転じた北朝鮮?
 北朝鮮金剛山で行なわれていた韓国と北朝鮮の南北赤十字会談は最終日の八月二八日に全体会議を開き、南北離散家族の再会を九月二六日〜一〇月一日に金剛山で開催することなどで合意した。対象は南北合わせて二〇〇家族。盧武鉉時代の〇七年一〇月以来約二年ぶりで、李明博政権下で初の離散家族再会が実現することになる。今回の離散家族再会が、中断中の金剛山観光事業や人道支援の再開に向けた実務協議の本格化を後押しする可能性もある。
同日、韓国統一省によると、北朝鮮は、日本海で七月末に拿捕した韓国漁船の乗組員四人を二九日夕、海上で引き渡すと韓国側に通知した。韓国政府は「人道的な次元で帰還措置が取られることを幸いに思う」とのコメントを出した。そして、二九日、北側は約束通り四人を解放した。
 八月三一日、北朝鮮の平壌放送は、金正日が、北朝鮮をめぐる緊張状態を緩和し戦争の危険を取り除くのに妨げとなっている問題は、「米国がわが共和国に対する敵対視政策を捨て、朝米間で平和協定を締結してこそ解決できる」と述べたと報じた。発言の日時は不明。韓国の聯合ニュースが伝えた。
九月一日、支那外務省の姜報道官は北朝鮮の金永日外務次官(アジア担当)が同日、北京入りしたことを確認した。訪問の目的は不明だが、支那外務省幹部と会談する見通し。一〇月の中朝国交六〇周年を控え、今後の高官往来や交流事業の進め方について話し合うとみられている。
一連の動きは北朝鮮がクリントンの訪朝後、韓国に対話攻勢をかけている姿勢を誇示することで米朝直接対話の進捗を重ねて訴え、返す刀で支那との関係にも配慮する必要性に平壌指導部が慎重に配慮したことを示唆している。だが、その反面、韓国を刺激するダム放流を行なうなどの不可解な動きも見せている。
九月六日朝、北朝鮮との軍事境界線に近い韓国北部京畿道漣川郡の臨津江(イムジンガン)でキャンプ中の六人が、急激な水位上昇のため流され行方不明になった。韓国情報機関筋は、今回の水害は北朝鮮の国防委員会の決定による黄江ダムの大規模放流によって引き起こされた可能性を疑っている。金王朝三代目継承をめぐる権力闘争(金王朝版壬申の乱)が激化し、そのとっばちりが対南対話路線妨害のダム放流になったとの分析もある。事実、「クリントンの訪朝を成功させたのは金正雲大将の功績である」と喧伝した北メディアは最近、一斉に正雲の動向を伝えなくなっている。
九月一〇日北朝鮮の権力序列第二位の金永南最高人民会議常任委員長は共同通信平壌特派員とのインタビューで、金正日の後継者問題について、「革命の伝統を継承する問題は重要だが、このことと後継者問題は関係ない。現時点では論議されていない」と述べた。また彼は三男・正雲が後継者に内定したという報道について、「一部の外国メディアが、わが国の発展と繁栄を阻もうとするための策略として流した情報だと考える。今、わが人民は共和国(北朝鮮)と社会主義を守るため、金総書記を中心として強く団結している」と述べ、後継者が内定したという説を正式に否定した。
 一方、日朝関係について金永南は次期民主党政権に対し、「二〇〇二年の日朝平壌宣言を尊重し、これに基づいて不幸な過去を清算するため、誠実に取り組んでいかなければならない」と述べ、「関係改善の展望はあくまで日本当局の態度にかかっている」と日本側に下駄をあずけた。金永南が日本の通信社とのインタビューに応じること自体が異例で、在日系の正雲後継を期待する日本に対して否定的メッセージを発した。
九月に入りスイスで正雲を見かけたという情報が流布されている。後継者争いに巻き込まれ排除(殺害)される危険性を回避するための緊急海外逃避で、姜美淑女史(横田めぐみ)も同行しているとされている。米国情報筋は、姜美淑を米国に亡命させて横田めぐみさんであることを明らかにする工作を仕掛けているともいう。
 儒教倫理を口実に北京派の長男・正男を推す支那と、王朝体制継続は担保するが在日系後継擁立による日朝関係の緊密化(文明地政学的位相における大日本帝国の復元)は阻止したい米国、そして強盛大国を全うしたい平壌指導部という三者の思惑が複雑に絡み合う金王朝三代目継承問題が、最終局面に突入していることを暗示する怪情報である。  

平成二一年九月一一日識