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  北ミサイル発射予告への一考察 
        (世界戦略情報「みち」皇紀2672(平成24)年4月1日第357号)

●三月一二日、北朝鮮の李容浩外務次官は、米国との間で合意したウラン濃縮活動の一時停止について、停止措置を監視する国際原子力機関(IAEA)の査察が「近く行なわれると思う」と、訪問先のニューヨークで述べ、合意履行に積極的な意思を示した。
 二月の米朝合意で、北朝鮮は寧辺の核施設に対するIAEA監視要員復帰を認めたが、受け入れ時期に言及したのは初めて。李は北朝鮮の核問題を扱う六ヶ国協議の同国首席代表。「合意履行のための具体的措置が継続して取られている」とも述べ、停止措置と査察の方式について、米朝間で最終調整が進んでいることを示唆していた。
一方、同日、スイスのジュネーブで開催中の人権理事会の北朝鮮人権問題に関する会合で、訪問中の韓国の女性国会議員が議場内で北朝鮮代表団の男性に膝を蹴られるなどして、双方が小競り合いとなった。議場で非難の応酬をする光景はよく見られるが、小競り合いは珍しく、北朝鮮は異様なまでに韓国を敵視する姿勢に転じ始めている。
 一方、米朝高官協議が進捗し、米朝両国が長期的な安定関係を模索し始めたことを暗示する戦略対話の一部合意を同時に発表したことを受けて、支那は積極的な巻き返しに出ている。
 支那は三月に入って、北朝鮮の金正恩体制の安定と自らの影響力維持のために、過去最大となる六億元(約八〇億円)規模の無償援助を開始したとの情報が浮上している。また、北朝鮮は食糧に加え、肥料や建築資材の援助も求めているとされている。
●三月一五日、韓国教育科学技術部と韓国航空宇宙研究院は、高解像度の光学機器を積む「アリラン衛星3号」が日本の種子島に到着し、打ち上げに向けた準備に入った、と明らかにした。
翌一六日、朝鮮中央通信は、北朝鮮の朝鮮宇宙空間技術委員会の報道官が四月一二〜一六日の間に、地球観測衛星「光明星3号」を運搬ロケット「銀河3号」で南方に向けて打ち上げると予告する談話を発表したと、報じた。
北朝鮮は、韓国が種子島で「アリラン衛星3号」の打ち上げを予定している同時期に「光明星3号」の打ち上げを予告し、発射経路を種子島上空を視座に入れた南方に向けるとして、韓国への対抗心を剥き出しにしている。
同日夜と翌一七日、朝鮮中央テレビは、金正恩氏が「陸海空軍打撃訓練」を指導する場面を収めた記録映画を約二〇分にわたって放映した。映画では、金日成主席に似せた大きな身ぶり手ぶりで軍幹部等に指示を出したり、双眼鏡をのぞき込んだりしている。指導は一四日に行なわれたとしており、動きを収めた記録映画の放映までの期間としては異例の早さである。
 北指導部の三代目に後継就任したばかりの三〇歳前後の若造が軍を指導する体裁を演出できるのは、独裁的ではない象徴的な指導者として君臨できる体制基盤が強固に固まっている内実を象徴している。そして、四月一五日を境に北朝鮮は金王朝として本格的に生れ変わることを、徐々に打ち出している。また、今年から四月四日が北朝鮮の祝日になっており、同日が正恩の誕生日の可能性を暗示している。
 オバマ米政権は米朝合意の発表後、三月七、八日に北京で行なわれた食糧支援協議で二四万トンの栄養補助食品の援助で大筋合意した。一方で、北朝鮮が今月に入り韓国批判を加速させていることにも懸念を示し、クリントン国務長官は韓国の金星煥外交通商相との共同記者会見で「米韓の関係にくさびを打とうとする試みは失敗するだろう」と、北朝鮮を強く牽制した(三月九日)。
その直後に北朝鮮が人工衛星打ち上げを予告したため、米国は長距離弾道ミサイルの発射実験だと決めつけて、反発を強めている。米国務省は三月一六日の声明で「極めて挑発的」と非難し「(米朝合意に)矛盾するものだ」と指摘している。
 だが、ミサイル発射実験まで約一ヶ月の猶予期間があることから、米国に関係改善を求める揺さぶり戦術という側面も伺え、米国は反発を強めながらも北朝鮮の真意を見極める方針に徹し、一方、支那は苦渋に満ちた憂慮を表明している。
北朝鮮による事実上の長距離弾道ミサイル発射実験の予告について、支那は「重大な関心と憂慮」を表明した。しかし、六ヶ国協議の議長国として、他の関係国に同調する姿勢を見せつつも、北朝鮮を強く批判することは避け、自国に不利な事態を招かぬよう慎重に立ち回っている。
 三月一六日、国営新華社通信によると、支那の張志軍外務次官は、北朝鮮の池在竜駐中国大使と会談し、「憂慮」を伝えた。しかし、表面上は衛星打ち上げであるとの認識を崩さず、「朝鮮半島と東北アジアの平和と安定は関係国の共同責任だ。関係国が冷静に自制を保ち、事態を拡大させて情勢を複雑にしないよう望む」との主張を繰り返した。
 新華社は翌一七日も、国際社会が北朝鮮の「衛星計画」に関心を寄せていることを伝えた。だが、支那は発射の是非に言及せず、北朝鮮だけ非難することは控えている。すなわち、支那にとって北朝鮮は在韓米軍との緩衝地帯で、北朝鮮を極度に刺激しないよう腐心しているのである。
 今秋の指導部交代に向け、国内の安定を最優先している胡錦濤政権としては、内政問題が最大の関心事で、北朝鮮が引き起こしかねない非常事態に巻き込まれるわけにはいかないとの判断を最優先している。
 三月一九日、北京を訪問中の北朝鮮の六ヶ国協議首席代表、李外務次官は、同国の「衛星打ち上げ」を理由に、米国が米朝合意で決まった栄養補助食品の提供を拒んだ場合、「話し合いを継続することはできないかもしれない」と、支那の武大偉朝鮮半島問題特別代表との会談後、記者団に語った。
 李は、「衛星打ち上げと朝米合意はまったく違う問題だ」、「われわれは合意を堅持している」と主張。そして、IAEAに監視要員を派遣するよう要請したことを明らかにした。そのうえで「引き続き米国の態度を観察していく」と述べ、米側に合意通り栄養補助食品を提供するよう求めた。
 一方、朝鮮中央通信は同日、米朝間の合意内容について「われわれは結実ある会談が行なわれる期間、核実験、長距離ミサイル発射、寧辺のウラン濃縮活動を臨時中止し、IAEAの監視を許容することにした」と確認した。
事実上の長距離弾道ミサイル実験である衛星打ち上げを発表した北朝鮮は一九九八年の「テポドン1号」発射以来、ミサイル・核実験を武器に対米交渉を優位に進めてきた。今回は金日成主席生誕一〇〇年に合わせ、国力を誇示する国内向け「祝砲」の意味が強い。だが、米国とミサイル発射凍結で合意した直後であり、食糧支援を引き出せなくなる危険性もある。しかし、北側は過去の経験則から、米国を押し切れると判断して、金正恩体制発足後初の本格的勝負に出てきた。
●北朝鮮のミサイル発射予告に刺激されたかのように、支那では、「軍事クーデタ」や「第二の天安門事件」が起きるのではとの噂が、一部で意図的に拡散されている。噂を広めているは、「超限戦」戦略で米国の「非対称」戦略に全面的に対峙すべきだと信奉している軍部の一勢力である。
 彼らは、北朝鮮による今回のミサイル発射予告は、米朝暗黙の了解のもとで支那包囲網を形成するための布石だと決めつけている。そして、胡錦濤政権が対北融和・懐柔戦略のみに偏っている危険性に警鐘をならすため、軍がクーデタに打って出る可能性を示唆して胡政権に揺さぶりをかけている。
支那の軍部筋が懸念しているように、米朝戦略対話の進捗と矛盾するかのような北朝鮮による挑発の背景には、米国内の特殊な一部勢力と北朝鮮が野合して、周辺国家を支那包囲網戦線に組み込む思惑が秘められている。
 オバマ米政権は、イラク、アフガン戦線からの撤退を機に、今後想定される支那との対峙戦略を「オフショア・バランシング」戦略に切り替え始めている。「オフショア・バランシング」戦略とは、対外軍事戦略の発動に当たって米軍は後方配備に徹し、同盟国の軍隊に最前線を担わせる戦略である。
 米国は今回の北朝鮮による人工衛星打ち上げ予告は、弾道ミサイルの発射実験だと決めつけて北朝鮮の軍事挑発の危険性を喧伝し、わが国に海南地域に迎撃ミサイルを配備せよと働きかけている。さらに、金正恩が側近らに「核の積極活用」を指示しているとして、米軍の管理を前提にわが国の核武装容認を含む軍事力の向上の必要性を喧伝し、米国製の最新兵器の購入も働きかけてもいる。
 北朝鮮は、米国の対外戦略転換による支那との全面的な戦略対峙の間隙を突いて支那に付け込み、食糧だけでなく様々な経済支援をもぎ取っている。同時に、韓国敵視政策を強め、朝鮮半島の統一は北主導で行なうことを米国に認めさせようと必死である。また、わが国への働きかけも強めている。
●三月一七日、モンゴル・ウランバートルを訪問している北朝鮮の宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使は、拉致被害者支援に関わってきた真鍋貞樹・拓殖大教授と会談した。真鍋は、宋との会談が調整されていた中井洽衆院予算委員長の「代理」の役割を担ったとみられている。
 真鍋は、中井のモンゴル訪問が実現しなかった経緯を宋に説明、理解を求めたとみられる。また、日本人妻の一時帰国問題や、日航機「よど号」を乗っ取り北朝鮮に渡った容疑者らの送還問題などについて意見交換した。
 宋は会談後「真鍋氏は政府代表でも政治家でもない」と述べ、互いに個人的立場で会ったことを強調した。中井は当初、超党派の日華議員懇談会のメンバーとして訪問する台湾経由でのモンゴル入りを探っていたが、宋との会談調整が表面化したため野党が反発、頓挫した。中井・宋会談の頓挫は、韓国筋の妨害工作の成果である。
 わが国は、米国が対外戦略を大幅に転換させ始めている内実を見極め、対米自立への好機と捉えなければ、まさに、S・ハンチントンが「文明の衝突」のなかで予測分析したように、米中間の衝突の狭間で国家が消滅する危険性に追い込まれてしまうだけである。

平成二四年三月二四日識