北人工衛星打上失敗への一考察 
         (世界戦略情報「みち」皇紀2672(平成24)年5月1日第359号)

●北朝鮮は三月一六日、四月一二日から一六日の間に地球観測衛星「光明星三号」を運搬ロケット「銀河三号」で南方に向けて打ち上げると発表。
 四月八日、北当局は支那寄り平安北道鉄山郡地方西部東倉里の「西海衛星発射場」を外国メディアに公開した。
「銀河三号」本体が据え付けられた発射台だけでなく、モニター画面が並ぶ管制施設の内部も公開、写真撮影もほとんど制限しなかった。
 四月一三日、北朝鮮は「光明星三号」を打ち上げた。
北朝鮮が一九九八年八月に最初の人工衛星を打ち上げた時刻は正午(一二時〇七分)、二〇〇九年四月の二回目発射は午前一一時三〇分。積載太陽電池の充電を考慮すれば、九時以降一二時前後の発射が最も望ましい。
 だが、今回は午前七時三九分だった。天気は晴れ。しかし、早朝から濃霧が立ち込め視界はわずか五〇〇メートル。濃霧でもミサイル発射は可能であって、数時間後には霧が晴れる可能性もあり、発射は強行された。しかし、打ち上げられたロケットは濃霧の彼方に消え去り、数分後に爆発した。
前日一二日、多数の外国人記者団を担当する係官は「明日は何も予定がないので平壌観光にご招待いたします」と説明。翌朝、米韓の記者は本国から「ミサイル発射」の報を受け慌てて係官に詰め寄ったが、係官は寝耳に水の困惑した表情で「われわれも指示を待っている」と述べるに留まった。
ロケット発射から約四時間後の一二時一一分、中央テレビは番組を中断し、「衛星を軌道に乗せることは成功しなかった」と、打ち上げに失敗したとのニュースを発表した。
 一連の流れはこれまでの北朝鮮では考えられない異例な動きである。
今回の打ち上げ失敗について、一般的には一段目から二段目への切り替えで事故が発生した可能性が高いと推察されている。それならば通常、三段目ロケットは無傷で海上に落下するはずだ。韓国海軍は総力をあげて落下物の捜索を行なったが、小さな破片一つ発見できず捜索を打ち切った。ロケットは空中で粉々に破壊されており、軍事関係筋は自爆装置が作動した可能性が高いと指摘する。

●昨秋からの米朝協議のなかで北朝鮮は何度となく「宇宙開発」を口にしており、金正日存命中から北朝鮮は人工衛星打ち上げを米国に通達していた。
 二〇〇〇年一〇月の米朝共同発表では、「あらゆる種類の長距離ミサイル発射を停止する」と表現していた。しかし、今年二月二九日の米朝による共同ではなく同時声明文では「長距離ミサイル発射の一時停止に合意」と、「あらゆる種類の」が削られており、米国は明らかに北朝鮮の人工衛星打ち上げ実験を容認していた。
 また、同合意で、米国は北朝鮮に二四万トンの栄養補助食品(具体的にはビスケット)を送るとされた。これまでWFP(国連世界食糧計画)は北朝鮮に食糧支援をしてきたが、その期限が三月で切れるため、四月には米国製ビスケットが届けられるはずだった。
 しかし、今回のミサイル発射の揉め事で米朝両国は二月の合意を破棄。その直前の四月四日、WFPは北朝鮮に対する食糧援助を三ヶ月延長と発表した。またWFPは七月以降には新たな形での食糧支援事業が開始されるとも語っている。ちなみにWFPは、米政府の要望で動く機関である。北朝鮮にとっては、ビスケットよりWFP支援の三ヶ月延長、七月からの新支援のほうがありがたい。
 国連安保理は、北朝鮮のミサイル発射に関して非難する議長声明を採択(四月一六日)したが、制裁決議にまでは踏み切っていない。また、北朝鮮ミサイル開発の「三羽ガラス」と称される朴道春、朱圭昌、白世鳳は今回の責任で死刑とも噂された。だが、三者とも国防委員として称賛され、その後も要職に就いている。
 四月一五日、平壌で軍事パレードがあり、新型テポドンが片側八輪の超大型移動発射装置に載って登場した。ミサイルは初公開のICBMと見られるが、発射装置は支那の航天科技集団が開発した特殊車両。ワイパーも踏み台も鋲ひとつまでそっくりそのまま。これは、明らかに北朝鮮への武器・関連機器供与禁止の国連決議に違反しているが、北朝鮮は支那を威嚇して入手したものと思われる。
 二月末の米朝同時声明を切っ掛けに始まり、打ち上げ失敗演出に終わった一連の流れは、オバマ米政権が支那との全面対峙を想定したオフショア・バランシング戦略に切り替えたことと連動した動きである。米国としては、今回の自衛隊出動で海自イージス艦のレーダー(探知距離一〇〇〇キロメートル)及び海自自体の能力を調査することができた。
 それ以上に重要だったのは、昨年完成した台湾の新竹山、楽山基地の新型レーダーだった。支那大陸を視野に入れた台湾レーダー基地から支那東北地方(旧満洲)のミサイル発射を確認できるか否か。北朝鮮の東倉里発射ミサイルは、その意味で極めて重要なテストとなった。

●北朝鮮は、米朝野合の人工衛星打ち上げ騒動を北躍進へのテコと見なして、金正恩新体制づくりを進めている。
 四月一一日、北朝鮮の第四回朝鮮労働党代表者会が開かれ、昨年一二月に急死した金正日を「永遠の総書記」とすることを決定、正恩は新たに設けられた党第一書記に就任した。朝鮮中央通信によると、正恩の第一書記就任は「金正日総書記の遺訓を示した」とし、民族の「大慶事」と表現。正恩の指導により、北朝鮮が新たな時代を築くことを強調した。
 また、今回、労働党の規約を改正し、旧規約の序文で六回登場していた「主体思想」という表現のうち、半分を「金日成B金正日主義」に変えたことが確認された。北朝鮮で労働党規約は、憲法よりも上位にある規範である。
翌一二日付の党機関紙、労働新聞によると、新規約の序文は労働党の最終目的について「全社会を金日成B金正日主義化し、人民大衆の自主性を完全に実現することにある」としている。労働党は党の本筋を金一族への忠誠化に切り替えることで、金王朝体制への基盤づくりを本格化している。
 一方、新規約は労働党の当面の目的について「共和国北半部で社会主義の強盛国家を建設」と記した。この部分は、旧規約では「共和国北半部で社会主義の強盛大国を建設」となっており、北朝鮮の目標が「強盛大国」建設から「強盛国家」建設へと下方修正されたことが再確認された。韓国敵視の「強盛大国」ではなく、南北共存を前提とした「強盛国家」を目指すとしたものである。
四月一三日、北朝鮮は、平壌で金正日の死後初めてとなる最高人民会議(国会に相当)を開いた。朝鮮中央通信は、同会議が金正恩第一書記を「国防委員会第一委員長として高く推戴した」と報じた。また、金正日については「国防委員会委員長として永遠に高く奉じた」と、伝えた。
 国防第一委員長への就任で金正恩は国家機構のトップに就いたことになり、事実上金正日のすべての職位を継承し、三代世襲体制が名実ともに完成した。
 四月一五日、北朝鮮は故金日成の生誕一〇〇年を迎え、首都平壌で軍事パレードが行なわれた。軍事パレードが行なわれた金日成広場では、マルクスとレーニンの巨大な肖像画が撤去されており、正恩新体制が社会主義と完全に決別し、主体思想と先軍政治に基づく「金日成の国(金王朝)」をつくる意向を明らかにした。そのうえで、最高指導者としての地歩を固めつつある正恩が約二〇分間、演説を行なった。
 正恩が公の場で演説するのは、初めて。演説では広範な問題に言及したが、多くは祖父が主導した革命の重要性を強調することに充てられ、米国を激しく非難するなどの過激さを極力控えた演説であった。そして、最後に、韓国(これまでの南朝鮮呼称ではなく)や海外の同胞の理解を求めるという、異例な締めくくりとなった。

●四月一二日に行なわれた韓国の総選挙は、事前の予想を覆して保守勢力・与党セヌリ党が単独過半数を維持した。事実上の代表として党を率いた朴槿恵非常対策委員長が窮地を救ったと受け止められており、年末の大統領選に向け、朴女史が与党公認候補になる可能性が高まってきた。
 正恩が、初めての肉声演説で韓国に対する呼びかけを行なったのは、朴女史への期待感を込めてである。
 朴女史は二〇〇二年平壌を訪問し、金正日は異例な歓迎で彼女を遇した。その際、正日は、「自分が韓国で最も尊敬する人物は(日韓条約を締結した)故朴正煕元大統領」と述べた。そして、朴は三八度線を越えて陸路帰国した経緯がある。
北当局は、正恩体制が正式に発足した直後から「金正日の遺訓」を持ち出して、若輩の正恩の意志決定を権威付けている。正恩の肉声演説直後に、北関係筋は「韓国との戦争は絶対に回避せよ。現在の李政権との対話は無意味だが、次の政権とは対話する価値がある」との遺訓を披露している。
 北朝鮮は朴女史への期待感を滲ませる反面、李政権への敵視姿勢を異様なまでに強めている。
四月二三日、北朝鮮の朝鮮人民軍最高司令部は、韓国の李政権や保守メディアが金正恩新体制を冒涜したとして、朝鮮中央通信が「間もなく『革命武力の特別行動』を始める」と軍の「特別作戦行動小組」の通告として伝えた。
 特別行動について具体的には触れず、「最高尊厳(金正恩氏)を死守するための聖戦」だとし、「始まれば三〜四分より短い瞬間に、これまでにない特異な手段とわれわれ式の方法ですべてのネズミ小僧集団(李政権)と挑発の根源を焦土化する」としている。
北朝鮮の李政権に対する異様なまでの憎悪表明は、米国に追従するわが国の野田政権に対する失望感と同種のものである。その本音は、わが国が旧宗主国として覚醒して北朝鮮を日本側陣営の一員として取り込み、米中の思惑に振り回されることなく「新満洲建国」から、「新大東亜共栄圏」構想を構築せよとの悲痛な呼びかけでもある。
平成二四年四月二六日識