米国社会の変貌に関する一考察 
        (世界戦略情報「みち」皇紀2672(平成24)年7月1日第363号)

●六月三日現在で現役米兵の本年自殺者が一五四人に達し、アフガニスタンでの同時期の戦死者一二四人を上回ったことが、米国防総省の集計で明らかになった(六月一一日)。
 国防総省によると、昨年同時期の自殺者は一三〇人で、約一八%増加。オバマ政権が急ぐ「責任ある終戦」に向けて戦死者数が減少する一方、一〇年以上に及ぶ戦争で疲弊した米軍の実情が浮き彫りになっている。九・一一事件以降、米軍兵士の自殺が年々増加しており、近年は特にその傾向が顕著になっている。
 度重なる前線派遣による心的外傷後ストレス障害(PTSD)や、経済苦境などが自殺の原因とみられ、パネッタ国防長官は「緊急の課題」として対応の強化を指示している。また、この現実は、九・一一事件以降に制定された米国の「愛国法」という翼賛的な国家統制法が、もはや正義の衣をまとえなくなっている端的な証左でもある。
『ルポ・貧困大国アメリカ』(堤未果著)は、米国の中間層が消えた理由と、その中間層が国内難民と経済難民になった経緯に論点を当てている。
 その状況説明のなかで、著者は、米政府が経済難民になった若者に巧妙な手段で徴兵する仕組みを築いており、そこへ行くしか選択肢がない社会状況に若者を置いた政府への厳しい批判の眼を向けている。また同ルポは、米国はすでに貧困大国になっていて、唯一の安定的職業が軍人、貧困難民層の若者が軍人以外に活路を見出せない状況を克明に描いている。また、人種間の経済格差も顕著になっている。

●米国勢調査局が最近発表した統計資料によると、米国の白人は黒人の二二倍の資産を保有しており、その差は昨今の大不況で約二倍に拡大した。
二〇一〇年の人種グループ別の世帯純資産の中央値は、白人世帯が一一万七二九ドル(約八九〇万円)だったのに対し、黒人世帯は四九九五ドル(約四〇万円)、ヒスパニック系世帯が七四二四ドル(約六〇万円)。
 白人とその他の人種グループとの貧富の差は不況の間に拡大しており、白人総体は他のグループに比べ、不況をうまく切り抜けたと見なすことができる統計資料である。しかし、これまで中間層の多数派を占めていた白人層内部での格差も拡大し、プアー・ホワイト(貧困白人)層も急増している。
 人種間の貧富の差は今に始まったことではない。これまでも黒人やヒスパニック系は白人に比べ、低所得、高失業率、低学歴だった。しかし、昨今の大不況でさらに悪化し格差が拡大してきた。例えば二〇〇五年の純資産の差は今ほど大きくはなく、白人は黒人の一二倍、ヒスパニック系の八倍だった。
 黒人やヒスパニック系が不況をうまく乗り切れなかった主な理由は、総資産に占める住宅資産の割合が白人に比べて大きかったためである。住宅バブル期に黒人やヒスパニック系の持ち家率は上昇したが、彼らは白人に比べより多くの住宅購入資金を高コストのサブプライムローンに依存していたため、不動産バブルの崩壊でより壊滅的なダメージを負った。
 また黒人やヒスパニック系は、保有資産を預金や金融システムに回す比率が低く、さらに白人に比べて高い失業率も貧富の差を拡大する要因となっている。このような「貧困大国米国」の格差の内実のしわ寄せが軍隊にも波及して、自殺者数を増加させている。

●東西冷戦真っ只中の一九七〇年代、米国は世界の警察官を自認し、民主主義擁護という正義の名の下に、米軍兵士を世界各地の紛争地帯に送った。この頃は、米国の正義を生真面目に信じていた兵士たちが多かった。しかし、九・一一事件以降、顕著になったネオコン勢力による無謀な戦争の余波は、米軍兵士たちの軍人としてのアイデンティティを根元から腐らせている実態を浮き彫りにしている。
 九・一一事件以降、米軍が出動した対象は正義の紛争鎮圧ではなく、右派シオニスト勢力が目論む「大イスラエル主義」成就のために仕掛けられた戦争継続への派兵で、それに乗じユダヤ金融資本勢力は世界金融一元化に邁進してきた。だが、双方の目論見はリーマン・ショックで破綻し、現在、世界は金融恐慌前夜の様相を呈している。
 徴兵される兵士たちには、命懸けの職業に対し「愛国」や「正義」という、自分たちを律する理由付けが必要で、その使命感で自らの士気を鼓舞してきた。しかし、実際戦地に赴き、軍役に服してみると、自国がやっていることが正義とは似ても似つかない、まったく別勢力の思惑に使嗾されている矛盾に気付き始めている。そして、命を犠牲にして戦うことの空虚さ、無意味さを嫌というほど味わっている。
 しかも、米国経済はすっかり凋落し、今や、軍事費までもが絞られてきた。このような状況では兵士たちが明日に希望を抱けないばかりでなく、正義のない無意味な殺戮に命を懸けることを忌避するのは当然である。同時に、自殺する兵士が急増していることは米国本体の凋落を示すものでもある。
 様々な識者が米国社会の変貌について論じているなかで、米国の保守系シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」のC・マレー研究員が今年一月に刊行した『米国白人社会の状況、一九六〇〜二〇一〇年』が注目を集めている(『月刊日本』七月号「アメリカに迫る国家分裂の危機」参照)。

●これまで米国内の経済格差に関する論議が指摘されてきたが、マレー氏は豊富な統計資料を駆使して、数値に基づいた格差拡大の実態を示しており、そこに、同書の最大の意義を見いだすことができる。
同書によれば、米国にはフードスタンプ(食料費補助券)がなければ飢えるしかない国民が、四三〇〇万人(全人口の一三%)もいる。一方で、桁外れの新しい富裕層・上流階級が台頭してきている。
 マレー氏は、新上流階級を「狭い意味での選良層」と「広い意味での選良層」に分類している。前者には、選ばれたジャーナリスト、法律家、裁判官、政府官僚、政治家などが含まれ、その数は一〇万人程度。後者には、企業経営者、医者、地方公共団体の職員、エリート・ビジネスマンが含まれ、その数は二四〇万人程度。
「新上流階級」は富を独占し、特定の高級住宅街(ゲイティッド・タウン「城塞都市」)に集中して住んでいる。
また、マレー氏は、一九六〇年と二〇一〇年を比較し、多くの変化を具体的に示している。
 例えば、一九六〇年には三〇〜四〇歳のブルーカラー層の八四%が結婚していたが、二〇一〇年には四八%に低下した。さらに「配偶者のいない出産」は一九六〇年代から急増し、二〇一〇年には三〇%近くにまで増加している。これには母親の学歴との相関があり、一二年間以下の教育しか受けていない母親が急速に増えている。
 マレー氏の著書は、「アメリカン・ドリーム」という希望を現実化できる「古き良き米国」は、もはや過去の幻想で、今では完全に消滅してしまった内実をつぶさに浮き彫りにしている。
 彼は、「古き良き米国」を支えてきた道徳、倫理観の衰退が米国変貌の大きな要因だとも指摘している。
 マレー氏は、「古き良き米国」を支えてきた徳目として「勤勉」「正直」「結婚」「信仰」の四つを挙げている。
 米国では一九六〇年代には「女性は家庭を守る」という考え方に九〇%が同意していたが、その比率はどんどん低下しているとしている。また、「正直」の徳目が崩壊し、エンロン、ワールドコムなど米系企業の経済的犯罪も続出していると指摘している。
 さらに、彼は、米国では富める者も貧しき者も同じ行動原則を持っていたと説いている。親切、自己犠牲の精神を持ち、弱者を助ける「男らしさ」が貴ばれてきた。だが、いまやその行動原則も崩壊しているとしている。そして、その最大の原因は「信仰」の希薄化にあるのではと問いかけている。
 米国では、一九八〇年代から教会に定期的に行って礼拝する人の割合が急激に低下しており、その影響で「無宗教」者の比率、ことに若者の比率が急増している。

●米国の三〇歳以下の若者の間で、「神の存在」に疑いを抱く人が急増していることが、米調査機関ピュー・リサーチ・センターが発表した報告で明らかになった(六月一三日)。
 同報告書によると、「新世紀世代」と呼ばれる三〇歳以下のグループで、「神の存在を疑ったことがない」という設問に「はい」と答えた人は六八%で、二〇〇七年の八三%から大幅に減少。「いいえ」と答えた人は三一%と〇七年の二倍に上り、一〇年前の調査開始以来最も高い数字を記録した。こうした変化は若者だけにみられ、他の年代では〇七年との差が二%以内にとどまっていた。
「祈りは生活の重要な一部だ」という設問で「はい」と答えた人も、三〇歳以下ではそれ以外の年代よりかなり少なかった。報告書は、「ライフサイクルだけの問題ではないようだ。新世紀世代は上の世代が同じ年代だったころに比べ、宗教心がずっと薄くなっている」と指摘している。
 非宗教を掲げる全米規模の組織「世俗学生連盟」の広報責任者は、若者の宗教心が薄れている理由としてインターネットの影響を挙げている。「家族に見つかったらどうしよう、地域社会で何と言われるだろうなどと心配することなく、だれもが自由に議論できるようになった。疑いを抱く若者に安心して話せる場を提供すれば、そこで刺激を受けて新たな疑問を抱く若者も増える」と指摘している。
わが国には未だ「古き良き米国」の幻想が根付いており、米ユダヤ系勢力が押しつける「新自由主義」の蒙昧に振り回されている。だが、すっかり変貌した米国の内実を見極め、米国と距離を置いた独自の経済政策を目指すべき時がきている。
 また、国力衰退で「少数支配の軍事大国化」に傾斜する米国の危険な先行きをも遠望し、真の日米友好のためにも対米隷属外交を超克し、自立・自尊の日本を模索すべきでもある。
平成二四年六月二三日識