シリア内戦情勢に関する一考察 
       (世界戦略情報「みち」皇紀2672(平成24)年7月15日第364号)

●混迷続くシリア情勢に関して、同国に停戦監視団を派遣している国連の高官がシリア情勢は「内戦」であるとの認識を公式に表明した(六月一二日)。そのタイミングに合わせたかのように、シリア軍がトルコ軍機を撃墜(六月二二日)し、シリア政府は同国の内戦に外国勢力を介入させる口実を自ら創り出す危険な賭に出た。
六月二五日、シリア外務省報道官は、シリアによるトルコ軍機撃墜について「主権国家の権利に基づいた対応だった」として、トルコ軍機の領空侵犯に対する正当な防衛行為だったとあらためて主張した。
 しかし、トルコのダウトオール外相は、撃墜されたトルコ軍機は識別信号を発していたとし、シリア側の攻撃の前に警告もなかったと反論している。
 六月二六日、トルコのF4戦闘機がシリア軍に撃墜された問題をめぐり、北大西洋条約機構(NATO)はブリュッセルで緊急の理事会(大使級)を開催。理事会はトルコから撃墜時の状況について説明を受けたうえ、撃墜行為に関し「受け入れられず、最も強い言葉で非難する」との声明を発表した。だが、軍事行動の可能性は否定した。
 NATOのラスムセン事務総長は「連帯精神の下、トルコとともに結束する」と述べて、トルコ支持を明確にするとともに、事態の推移を注視する姿勢を示した。
同日、トルコのエルドアン首相は議会演説で、撃墜を「敵対行為」と改めて非難し、同国のこれまでの抑制的な態度を、「(トルコの)弱さだと誤解してはならない」と強く警告した。
 米欧も、「恥知らずで容認できない」(クリントン米国務長官)と批判を高めており、欧米諸国はNATOの結束を背景に、トルコを前面に押し立ててアサド政権に対する圧力を本格的に強めることに照準を定めている。
 同日、シリアのアサド大統領は、新たに発足させたヒジャブ内閣の閣議で、「われわれはあらゆる意味において真の戦争状態にある」と述べた。
アサド政権は、トルコやNATOとの戦闘を覚悟して、ヒジャブ首相の新内閣を任命(六月二三日)。内政相、外務相、国防相は留任したが、完全な戦時体制を組閣した。アサドは閣議で、「戦争状態にある時は、政治のすべてを戦争に勝つことに集中させなければならない」と語り、国内の一致団結を呼び掛けている。
 反政府団体の地域調整委員会(LCC)によると、同国ではこの日、反政府勢力と政府軍の衝突などで一一三人が死亡した。このうち三三人は首都ダマスカス近郊で死亡。
 一方、国営シリア・アラブ通信(SANA)は、当局筋の話として北部イドリブやダマスカス近郊などで政府軍と「テロリスト集団」が衝突し、数十人のテロリストが死亡したと伝えた。また、多数の負傷者や逮捕者が出て、ロケット弾発射装置や銃などが押収されたともしている。
また、六月二八日、トルコからの報道によると、同国軍は、南部ハタイ県のシリア国境近くに部隊を派遣し、対空砲や多数の軍車両を配置した。

●シリアの反体制派勢力である自由シリア軍が活動を活発化させて内戦位相にまでシリア情勢を混迷化させている背景に、サウジアラビアとカタールが「自由シリア軍」の戦闘員らに「給料」を支払っていることが功を奏している内実が公にされている。この資金は、トルコ経由で「自由シリア軍」に提供されている。
 この給与が出たと聞き、六月二四日、アサド政権側の軍の将官一人を含む軍人約四〇人が集団離反し、トルコ南部にある「自由シリア軍」の拠点に合流した。これによって、米国は武器供給を担当し、サウジアラビアとカタールが資金、トルコが技術支援と武装勢力のための基地を提供するシリア包囲網体系の全貌が公になっている。さらにイスラム教スンニ派の義勇兵が「自由シリア軍」に大量に志願するなど本格的内戦への準備が始まっている。
 六月二六日、シリアの首都ダマスカス近郊クッジーヤにあるアサド政権の精鋭部隊・共和国防衛隊本部近くで、政府軍と反体制派が衝突。反体制派による首都近郊での戦端が切り開かれた。これと同時進行的に全国各地で戦闘が起こっている。
 アサドがヒジャブ内閣の閣議で、「あらゆる角度から見てわれわれは真の戦争状態にある」と宣言したのは、一連の背景事情を認めたものである。一方、米国が「最近の相次ぐ軍高官の亡命からも、アサド政権は徐々に支配力を失いつつあるのは明らかだ」との見方を示しているのも、トルコの動きを全面的に評価しているからである。
 このためラズース国連事務次長は、現地情勢は依然危険で、停戦監視団が活動を再開できる状態ではないと説明した。反政府軍の態勢整備のための監視団の時間稼ぎはもはや不要、と宣言したも同然である。すなわちNATO軍の航空支援がなくても、シリア政府軍は比較的弱く、スンニ派諸国の義勇兵でシリア政府軍を圧倒できると宣言したものでもある。
 
●一連の構図はイラク戦争開始を契機に、イスラム教内部の宗派対立を激化させて中東地域を大混乱に陥れたいとする旧ネオコン勢力・右派シオニストが目論む「大イスラエル主義」成就の戦略に沿ったものである。一時、米国威信の低下で彼らの目論見は頓挫しかかったかのように見えた時期もあったが、「アラブの春」革命連鎖に続く中東大戦争勃発をも視野に入れた壮大な攪乱構想が再び火を噴き出した背景を浮き彫りにしている。
この一連の流れにあって、トルコが重大な役割を演じている。
トルコのエルドアン政権は、イラク戦争勃発の背後にある旧ネオコン・右派シオニスト勢力の思惑を喝破して、中東が大混乱状況に陥ることを回避するため同国の外交基軸路線を文明地政学的位相における「オスマン帝国」の復権を掲げ、これまでの世俗政体路線をイスラム回帰に切り替えた。
 そして、イスラエルとの対峙姿勢を打ち出してその戦略転換を明示したことで、トルコ国内だけでなくアラブ・イスラム圏地域から絶大な支持を取り付けるまで、同国の威信興隆に貢献した。しかし、今回のシリア対応に関して、トルコ国内からも公然と疑義が呈されるなど、エルドアン政権の真価が問われ始めてしまった。
 トルコでは、同国のシリア対応をめぐって、女性ジャーナリストが猛烈に批判している。
 彼女は、「シリアからトルコに逃れてきたシリア難民に対して、難民の避難所を設営したことには異存はないが、その避難所が現在では自由シリア軍の拠点になっている。このことはシリア政府がトルコを非難し攻撃を加えるに、十分な口実になるだけでなく、この避難所を経由して反政府側に、武器や資金が提供されている。それはシリア政府にとって、放置できない問題だ」と指摘している。
 さらに、「政府は最近、シリアとの国境地帯の緊張を、あえて煽るかのように、軍を移動させ、対空防御も固め、戦闘機も国境ギリギリの空域で飛ばしている。これは、シリア側からすれば、明らかな挑発行為である」と指弾している。すなわち、彼女はトルコ政府が積極的にシリアを挑発することで、同国を戦争に巻き込むような危険な賭に出始めていると警告している。
 エルドアン首相の政権運用に危機感を抱く人士が、指導層のなかにも出始めている。その危惧は、エルドアンが癌を患い二度の手術を受けているため、適正な判断能力に陰りが生じて過敏な焦りに捕らわれているのではとの憶測に基づいたものである。
 逆に見れば、エルドアンの焦りを利用したイスラエルなど外国勢の謀略が一定の成果を挙げているとも言える。それ故に、同国が紛争の矢面に立たされることを懸念する声が出始めているのであろう。いずれにしても、今後のシリア内戦情勢の鍵はトルコに握られている。また、もう一つの鍵を握っているのはロシアである。

●ロシアは、すでに、シリアが内戦突入した際、同国救済のための部隊を編成している。この部隊の一部が密かにタルトース海軍基地に到達しており、この部隊がどう出てくるかが今後のシリア情勢を大きく左右する。また、リビアと同様にロシアが放置すると、ロシアは友好国を失うことになる。
六月三〇日、シリア情勢打開に向け、米露などの外相らによる「連絡調整グループ」の会合がスイス・ジュネーブで開かれた。シリアが内戦状態に陥るなか、会合の成否は、アナン国連・アラブ連盟合同特使の政権移行案に対し、アサド政権への影響力を持つロシアの支持を取り付けられるか否かにかかっていた。だが、米露などの対立で協議は難航した。
 しかし、最終的にはアナンが提案した「挙国一致政府」の樹立による政権移行を支援することで、米露両国は合意した。破綻しつつあるアナンの調停努力の延命を図り、「対話」での問題解決にかろうじて望みをつないだ格好だが、合意を実行に移すのは容易ではなく、すぐに内戦停止に結びつく可能性は極めて低いのが内実である。
 その際、米露間で密約が成立した。その骨子は、今後二年間は暴力行使を看過し、シリア情勢の成り行きを見守りながらロシアの面子を立てる体裁で、最終的にはアサド排除でシリア問題の表面的な決着を取り繕うとしたものだとされている。
 今後二年間は内戦を看過するとした背景には、ユーロ危機の行く末を見極めるには最低二年が必要で、今後のエネルギー戦略などをめぐる両国の思惑が一致したためとされている。また、ユーロ危機に端を発するであろう世界金融恐慌の先行きを見極めながら、世界的な対処構想を策定するには最低二年間は必要だとする、国際金融資本勢力筋の思惑も忖度された密約合意である。その間、トルコはシリア内戦の最前線に立たされることになる。
 七月二日、トルコ軍は、声明を出し、同国南部の国境地帯でシリア軍のヘリコプターがトルコ領まで約三キロの地点に接近したため、三度にわたりF16戦闘機計六機を緊急出動させたと発表した。 平成二四年七月七日記