ローマ法王中途退任への一考察 
        (世界戦略情報「みち」皇紀2673(平成25)年3月1日第377号)

●二月一一日、ローマ法王ベネディクト一六世(八五歳)が、高齢を理由に二月二八日をもって退位することを表明した。在位期間は約八年。
 ローマ法王が自ら退位を申し出るのは、教会大分裂の解消のために退位したグレゴリウス一二世以来。実質的に終身制の法王の退位は約六〇〇年ぶりで、極めて異例の出来事である。
過去にはローマとフランスのアビニョンに法王庁が分裂し、法王が三人乱立していた時代に分裂解消に伴って一四一五年、グレゴリウス一二世が退位に同意。法王が任期途中に引退するのはこれ以来の出来事である。
 法王は「素早い変化に見舞われ、信仰にとって大切な問題に揺れる今日の世界では、ローマ教皇には心身ともに活力が必要である」とし、高齢のため法王の重責を果たせないと感じカトリック教会の利益のために引退を決めた、と枢機卿会議で述べた。そして、後任を決めるための法王選挙(コンクラーベ)開催を要請。今後、後任の法王選出に向けた水面下の動きが活発化することになる。
ベネディクト一六世は前法王ヨハネ・パウロ二世の後を受け、二〇〇五年四月一九日、第二六五代法王に選出された。先代法王に続き、生命や家族の重要さを説き、保守的立場を貫いた。二〇一〇年に出版された本の中で「法王は体力的、心理的、精神的に務めが果たせなくなった場合は辞任する権利と責任がある」と述べ、引退を考えているとの観測が絶えなかった。近年はサンピエトロ大聖堂のミサで自ら歩かずに車輪の付いた台座に乗り、従者に押してもらって祭壇に向かうなど体力の衰えが指摘されていた。
ベネディクト一六世は一九二九年、ドイツ・バイエルン州マルクトル生まれ。大学で教義と神学を教えた後、七七年ミュンヘン・フライジング大司教に就任、同年枢機卿に任じられた。
 この間、激動する二一世紀の法王として、カトリック教会の難しい楫取りを迫られた。これまでに存命中の退位を仄めかす発言をしていたとはいえ、突然の退位表明は法王庁内でも驚きをもって受け止められている。
 法王は、昨年一二月には短文投稿サイト「ツイッター」を活用してメッセージを送り始めたり、英紙にもクリスマスに関連して寄稿したりするなど、外遊だけではなく、開かれた法王庁のため積極的な情報発信に努めてきた。
●ベネディクト一六世は二〇〇九年の一二月にはバチカンとロシアの外交関係も樹立。一〇五四年に分裂した東方正教会とカトリック教会の歴史的な和解に向けた動きとして注目された。
 一方、ベネディクト一六世の在位中は、法王自身の言動などもあってカトリック教会は大きく揺れた。
 二〇〇六年には出身国ドイツの大学で講演した際、イスラム教の教えを「邪悪」とするビザンチン帝国皇帝の発言を引用し、イスラム教徒から猛反発を受けた。また、カトリック聖職者による未成年者への性的虐待事件も明らかになり、対応について批判を招いたこともあった。
 さらに昨年、法王庁内の不正に関する内部文書が流出する事件が起き、法王の執事が有罪判決を受けた。前代未聞の醜聞騒動をめぐっては法王庁内部の権力闘争との見方も浮上していた。
 こうした問題が相次いだこともあり、ベネディクト一六世は先代ヨハネ・パウロ二世に比べ、「カリスマ性に欠ける」とも指摘されていた。
ヨハネ・パウロ二世は晩年にパーキンソン病を患い、職務遂行が困難になったが二〇〇五年に亡くなるまで法王職にとどまった。前法王の困難な状況を間近で目撃したベネディクト一六世は、職務を果たせない健康状態になったら辞める意向を示唆していた。
 バチカンの報道官によると、枢機卿らが二月二八日以降に後継者を選び、三月末の復活祭までには新たな法王が誕生する見通し。
 同報道官によれば、法王自身は後継者選びに関与しない。ただ、現在の枢機卿一一八人のうち法王から任命されたのが六七人と多数を占めることなどから、法王の影響力が表れるのは必至とみられている。
 また、後継者を途上国から選ぶべきだとの声もある。専門家の間では、次期法王がどこの出身であろうと、人工妊娠中絶や避妊、離婚といった問題に対する保守的な立場を受け継ぐだろうとの見方が強い。
 さらに同報道官は、中途退位は法王が熟慮の末に出した結論だと述べた。退位後は教会運営にかかわらず、バチカンの修道院で思索と祈りの日々を送るという。退位後の肩書きがどうなるか、は未定。
●ローマ法王の任期中途での退位表明に関して様々な憶測が流されている。その多くは、一九八一年にイタリアで起きたロッジP2事件を彷彿させる、バチカン銀行にまつわる世界の闇金融における熾烈な暗闘の余波だとするのである。つまり、金融ハルマゲドン前夜の熾烈な暗闘がバチカン銀行を巻き込んで、法王退位という異例の事態にまで発展したと言うのである。
しかし、バチカン信徒の関心は憶測情報より、今後のバチカンの行方に向けられている。
 バチカンではベネディクト一六世の退位が発表された日、神秘的な自然現象がそれを彩ることとなった。法王の退位宣言がなされた直後から雷鳴が鳴り響き稲妻が会堂を撃つ映像をBBCニュースが放映した。これは神の意思だとキリスト教信者らの一部は考えている。
 また、ベネディクト一六世が退位の意向であることは、カトリック教徒らの間に動揺を生んでいる。ある人々は、退位は教会分裂の原因になると考えているからである。
 また、ローマ法王の任期中途での退任表明をうけて、一七世紀に公開されたアイルランドの聖マラキが行なった予言、「バチカンの終焉」がキリスト教信徒の懸念とあいまって、世界中の話題になり始めている。
●聖マラキは、一〇九四年にアイルランドに生まれたカトリック教の実在の大司教。予知能力や神秘的な力を持っており、数々の奇跡を起こしたと伝えられている。その聖マラキ神父が、一六五代教皇ケレスティヌス二世以降の歴代の教皇について予言したものが「教皇の予言」といわれるものである。 同預言には、一一二人の教皇が記されている。だが、なかには権力争いで対立し、後に教皇として認められなかった者も含まれている。ただし、歴代の教皇は本名ではなく象徴で記されており、教皇一人ひとりの特徴や就任した時代背景を表している。
 この予言書が世に出たのは聖マラキの死後四五〇年を経た一五九五年。キリスト教世界には様々な預言書があり、聖マラキの預言も神秘主義者たちの関心しか集めていなかった。だが、ベネディクト一六世の前任者ヨハネ・パウロ二世が法王に就任直後からキリスト教徒だけでなく世界の関心を引きつけるようになって、今改めて世界の話題になっている。
聖マラキの預言の骨子はバチカン体制の終焉にある。同預言によれば、最後から三番目の法王は「東欧の労働者の息子・太陽の労働」とされている。
 ヨハネ・パウロ二世はポーランド(東欧)の枢機卿で、東西冷戦対立構造の崩壊後、労働運動組織・連帯のワレサ議長と連携してポーランドの民主化とキリスト教復権に貢献し、その業績を評価されて法王に就任した。すなわち、ヨハネ・パウロ二世は最後から三番目の法王では? との聖マラキの預言が世界中の注目を集めるようになった。
 同預言によると、最後から二番目の法王は「オリーブの枝・オリーブの栄光」とされている。その真意について解釈は統一されていないが、ユダヤ人の法王ではとされている。ベネディクト一六世は公言していないが、ユダヤ系ドイツ人だと見られている。
 イスラエルの有力紙がベネディクト一六世をユダヤ教とカトリックの相互理解に最も貢献した法王だと高く評価しているのも、彼を同胞と受け止めているからである。
そして、同預言は最後の法王について、「ローマ聖庁が最後の迫害を受ける間、ローマ人ペテロが法王の座に就く」。「ローマ人ペテロは多くの艱難の最中、子羊を司牧する。この苦難が去ると七つの丘の町は崩壊し、恐るべき審判が人々に下される」としている。
●ベネディクト一六世の異例な退任表明で、改めて聖マラキの預言に世界の関心が集まっている。それは現在進捗している世界通貨戦争が、金融ハルマゲドン・世界金融恐慌勃発前夜の先行き不透明な不安感に追い打ちをかける心理戦争の一翼を担う役割を果たしているからである。今後、バチカン銀行の醜聞が様々な形で暴露されるであろう。
 同時に、かのS・ハンチントンが二一世紀の世界情勢は「文明の衝突」に陥ると予測分析したように、天啓一神教世界で熾烈な文明の衝突がイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の相互間、あるいは内部間での熾烈化に拍車がかかり、最後はハルマゲドンにまで行き着く危険性が高くなるであろう。
 混乱する中東情勢をめぐるイスラム世界とイスラエルと米欧、そしてロシア正教圏との対立。さらにはイスラエルと米欧の対立など、天啓一神教世界内部での熾烈な文明対立・神々の争いが、理知的な判断を超越する形で今後の世界情勢の行方の鍵を握ることになる。その余波が非天啓一神教世界を巻き込んで、世界を混沌に陥れる危険性が懸念されることにもなる。
 ベネディクト一六世の退任表明の直後、北朝鮮は支那の面子を損なうかのように核実験を強行し、北東アジアの緊張を高めている。米国は口先では北朝鮮を非難しているが具体的な制裁対応には触れず、米中戦略対峙への追い風と捉えている。
二月一五日、ロシアのウラル地方上空で隕石が爆発。空に閃光が走り轟音が鳴り響き、爆風で複数のビルの窓ガラスが割れるなど一〇〇〇人以上が負傷した。その衝撃力は、広島に投下された原爆の三〇倍。天啓一神教世界の神々の争いが天の怒りを刺激し、地球と人類の存続が脅かされかねない不気味な予兆である。
平成二五年二月一七日記