日米首脳会談への一考察 
  (世界戦略情報「みち」皇紀2673(平成25)年3月15発行第378号)

●二月二二日、安倍首相とオバマ大統領の初顔合わせとなる日米首脳会談が行なわれた。
 日米首脳会談に合わせるように、安倍首相の特使としてロシアを訪問中の森喜朗元首相がプーチン大統領とモスクワ市内のクレムリン(大統領府)で会談した(二月二一日)。
 プーチンは、昨年三月に北方領土問題で「引き分け」と言及したことを「双方が受け入れ可能な解決策のことだ」と説明したが、「なかなか難しい問題だ」とも述べた。さらに、「日露間に平和条約がないのは異常な事態だ」と語り、今年前半の首相の訪露に期待感を表明した。
 両者は平成一三年、平和条約締結後に歯舞群島、色丹島を引き渡すと明記した日ソ共同宣言を「交渉の出発点を設定した基本的な法的文書」とするイルクーツク声明で合意しており、会談ではその重要性を再確認した。
 森は首相からの親書を伝達し、今年前半に予定される首相の訪露に向け調整。プーチンは「首相の訪問を待っている」と述べた。首相は、昨年一二月のプーチンとの電話会談で「双方が受け入れ可能な解決策を生み出すべく努力する」と伝えていた。
 プーチンは会談で北方領土問題の解決に取り組む考えを示す一方、エネルギー協力について自ら詳細に語った。日本への代表団派遣は議題として事務レベルで調整されたものではなく、この分野にかけるプーチンの意気込みの表われだ。大統領の最側近である国営石油「ロスネフチ」のセチン社長も会談に先だって訪日し、オホーツク海のマガダン沖大陸棚開発への参加を日本企業五社に持ちかけている。
翌二二日、森は、ロシアのナルイシキン下院議長と会談した。ナルイシキンは、安倍の訪露時期に関し「四月末に予定されている」と述べた。ナルイシキンは、プーチン側近の知日派として知られている。両国は今後、四月末の首相訪露の実現に向けた準備を加速させる方針である。
 同氏は首相の訪露に関して「早い時期にモスクワを訪れて、一〇年ぶりに公式首脳会談を開く。首相とプーチン大統領で何とか知恵を絞って話し合って欲しい」と述べ、「勝ち負けなしの解決は大変難しいことだが、知恵を絞れば解決案は出てくる」と強調した。
今回、ロシア側が北方領土問題で「引き分け(北方四島のうち二島先行返還構想)」を強く印象付けて、領土問題の解決から日露平和条約締結を呼びかけたのは、北東アジアの地政学位相が大きく変わるであろうことを遠望して、日本との友好協力関係の構築を急ぎたいとする意向をわが国に伝えたかったからである。
●米中間の戦略対峙が新冷戦型化する趨勢にあって、北朝鮮が支那を米国と同位相の敵対勢力と位置づけた上で核実験を強行したのは、北東アジア地政学の大変動を予兆させている。当然、わが国もロシアもその大変動に巻き込まれざるを得なくなる。また、日露間の最大懸案事項は北方領土問題である。
 今まで北方領土問題が解決できなかったのは、わが国が四島一括返還に拘っていたからである。しかし、その内実は、東西冷戦対立構造の持続を狙う米国が、日露(日ソ)の和解を妨害するため四島一括返還をわが国に突き付け、日本独自の対ソ外交の展開に釘を差し続けてきたことにある。
 しかし、米国は、安倍政権発足を機に憲法改正を是認する意向を打ち出している。米国による占領を担保してきた現憲法の改正を是認する方向に傾いたのは、アフガン・イラク戦争で国力が衰退した現実を無視出来ず、世界の警察官的な地位からの撤収を余儀なくされているからである。
 だが、米中対立の熾烈化も無視出来ず、その最前線に日本を布陣すべく、憲法改正によって自衛隊を米軍指揮下の国防軍化させようと目論んでいるのである。また米国が北朝鮮を核保有国と認定し、同国の核実験をも看過しているのも、支那牽制の駒として位置づけているからである。
 日清・日露戦争の本質的背景は、朝鮮半島への影響力をめぐる周辺大国の確執、すなわち、北東アジア地政学覇権の争奪戦にあった。今回は、北東アジア地政学覇権争奪戦は米中主軸で行なわれるが、周辺の日露両国は独自に対応する必要に直面している。ロシアは日米首脳会談に合わせてわが国への微笑外交を演出し、同時に米国の反応を探る意向を強く滲ませている。
●オバマ米政権誕生から五人目の首相となる安倍晋三首相を迎えたワシントンでは、首相の訪米中の言動に関心が集まっていた。短命政権が続いた日本の首相としては近年まれなほど支持率が高く、経済再生への期待感が高まっているためである。政権発足当初、「右翼」「タカ派」と警戒感を示していた米メディアには、歴史認識を含めた安倍首相の「安全運転」(NY・タイムズ紙)ぶりへの戸惑いもあった。
 ワシントン・ポスト紙は二月二一日日付朝刊コラムで、「安倍首相は選挙後、支持率が上がった最初の首相だ」と驚きをもって紹介した。そして、オバマ大統領との会談を通じ、(日本の民主党政権時代に)ボロボロになった日米関係の立て直しに意欲を示していると指摘していた。
安倍はオバマとの首脳会談前夜、「明日は大統領とのガチンコ勝負になる」と周囲に表明していた。会談の最大の焦点は、TPP問題。だが、オバマがどのような態度を取るのかは、分からない情勢にあった。
二月二二日昼(日本時間二三日未明)に始まった会談で、TPP問題を切り出したのはオバマのほうだった。日米双方が経済成長を遂げていく必要があるとの文脈で話を持ち出し、首相の返答を待った。
 安倍の言葉は明快だった。「先の衆院選で、自民党は聖域なき関税撤廃を前提とする限りTPP交渉参加に反対するという公約を掲げ、政権に復帰した。国民との約束は極めて重要だ」。オバマもすぐさま反応した。TPPに関する両首脳の合意は文書にとりまとめる方向だったが、実効性が薄い「覚書」や「報道資料」となる可能性も残っていた。しかし、安倍の主張を聞いた上で、オバマ自らが「共同声明」という言葉を持ち出した。
 両首脳のやりとりを見守っていた同行筋は「二人の話は噛合っていた。『日本にもいろいろ事情があって…』といった弁解調だったら、大統領は受け入れなかっただろう」と語っている。
 共同声明の全文訳は以下の通り。

@ 日米両政府はTPP交渉に参加する場合には、すべての物品が交渉の対象になること、及び日本が他の交渉参加国とともに、二〇一一年一一月一二日にTPP交渉参加国により表明された「TPPの輪郭」においてした包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。

A 日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上の微妙な点が存在することを認識しつつ、両政府は、最終的な結果は交渉のなかで決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的にすべての関税撤廃をあらかじめ約束するよう求められるものではないことを確認する。

B 両政府は、TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが、自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処し、TPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、解決すべき作業が残されている。

 このなかで注目すべきは、Aの段落。「一方的にすべての関税撤廃をあらかじめ約束するよう求められるものではない」とあるが、現在の日米関係下では意味のない文言。米国が属国の日本に暗に要求し、日本側がそれを受け入れたら「一方的」ではなく、自らの意思で受け入れたことになる。要は、TPPに懸念を示す日本国民向けのリップサービスにすぎない。
●安倍は今回の日米首脳会談について、オバマとの共同インタビューで「日米同盟の方向性について完全に一致できた。日米同盟の信頼、強い絆は完全に復活したと自信を持って宣言したい」と、両国の同盟関係の「完全復活」を印象づけた。同行筋は「大統領の目の前でこう言い切るところに意義がある」と、強調している。
 しかし、オバマからは安倍訪米を歓迎する雰囲気はまったく感じられなかった。昼食をともにしただけで晩餐会を催してもらえなかったことは、その最たる象徴である。
また、今回の日米首脳会談で明らかになったのは、米国の消極的な対応である。日本の報道機関と米国報道機関の対応の差がそれを示している。
 日米首脳会談のニュースは米国三大ネットワークには無視された。日米首脳会談に触れたのはPBSの一社だけで、それも支那との関係に関した部分のみであった。
 また、米政府はオバマの発言をほとんど発表せず、実務的に会談に臨んだオバマの姿勢は政権交代の成果を政治的にアピールした安倍とは対照的であった。同時にオバマは今回の首脳会談の開催自体について疑問視していたともいわれる。当初米国側は開催について難色を示していたが、日本側のたっての望みで会談にこぎつけたという経緯があるからである。このため安倍に対する応対はかなり冷淡で、事務的なものになった。
二月二三日、支那の国営通信の新華社は、安倍首相が今回の訪米で、尖閣諸島問題についてオバマ大統領から日本を後押しする発言を取り付けようとしたが、願いはかなわず「冷遇」されたとする評論記事を配信した。
 記事は、安倍が日米同盟関係強化で支那の台頭を抑えることを狙い、オバマの支持を取り付けようと目論んだが、「米国にとって中国の戦略的重要性は高まっており、米国の核心的利益ではない釣魚島問題で軽々しく中国と対決することはない」と指摘している。
 今回、米国側が安倍訪米を冷遇した背景には米中戦略対峙を念頭に置いて、日本を厚遇することが支那を不用意に刺激することを避ける狙いがあったとも推測できる。いずれにしても今後、わが国が米中の狭間で翻弄される時代の幕開けを象徴するかのような日米首脳会談であった。     平成二五年三月三日記