米国デフォルト回避への一考察 
     (世界戦略情報「みち」皇紀2673(平成25)年11月1日発行第392号)

●一〇月一六日夜(日本時間一七日午前)、米上下院は連邦債務上限の引き上げと政府機関再開のための法案を賛成多数で可決し、法案はオバマ大統領の署名を経て成立した。
 この結果、米国のデフォルト(債務不履行)危機は、調整機能を失った下院に代わって辛うじて良識を発揮した上院の主導により、土壇場で回避された。抵抗を続けた下院共和党も最後は折れ、下院本会議では賛成二八五、反対一四四で法案は可決された。
新法案は、デフォルトを当面回避するため債務上限を来年二月七日まで引き上げ、一部閉鎖された政府機関は一月一五日までの支出を予算で手当てするもの。医療保険改革(オバマケア)の大きな修正は含まれない。また、財政赤字削減など抜本的な財政改革を超党派で協議するための委員会も設置し、一二月一三日までに結論を得ることを目指すとされている。
 翌一七日、オバマ大統領は債務不履行の危機を土壇場で回避したことについて、「これほど世界における米国の信頼と地位を損ねたものはない」と語った。事実、今回の法案成立は政争に終始して、世界経済を脅かした米国が当面の混乱を防いだにすぎない。
米経済が一六日間にわたる米政府機関の閉鎖によって被った損失は、派生的な影響を含めると二〇〇億ドル(約二兆円)を超える可能性があるとされている。行政サービスの縮小に加え、民間契約や観光収入などに影響が波及したため。そして、二〇一三年一〇~一二月期の米経済成長見通しは〇・六ポイント押し下げられる公算である。
 また、米連邦債務の上限はいったん引き上げられデフォルトは回避されたが、専門家からは、来年再び期限を迎えたときに財務省が引き延ばせる余地は限られており、来年三月中旬までとの見方が大方である。
さらに、今回の米デフォルト懸念騒動は、米国内政における与野党の深刻な対立を浮き彫りにした。
●今回、与野党が激しく対立したのは、オバマ大統領が創設したオバマケアの導入をめぐる是非論であった。
野党共和党はオバマケアに猛反対し、党内では草の根の茶会系勢力などが政府機関閉鎖や米国債デフォルトを招いてもオバマケアに反対だと言って、米国を国家機能不全に陥れた。
茶会系勢力は、米国は建国の理念に立ち返って小さな政府を目指すべきだとしている。そして、オバマケアは社会主義的な大きな政府を固定化させるだけだと、国家のあり方をめぐる理念対立を明確に打ち出している。
また、彼らは、オバマケアが米国の健康保険制度、ひいては財政制度をむしろ破綻させるとも指摘している。
 一九六〇年代に作られた従来の米国の官制健康保険制度であるメディケアは政治家や業界団体に食い物にされ、製薬業界や医師界に多くの儲けが入り、メディケア自体の会計赤字が拡大する仕掛けになっている。官制保険は平時は米政府の会計とは別会計だが、保険制度が破綻すると政府の金で赤字補填せねばならず、保険会計の赤字は政府の財政赤字と同じなのである。
 共和党支持層は、もととも南部諸州で強い。特にオバマケアに強く反対している議員の多くは、南部出身である。
現在の米連邦政府は、南北戦争で北軍が勝ち、南軍が負けた歴史の上に作られている。南部勢力には反北部感情が強く潜んでおり、北部が優勢な今の連邦政府を潰してもかまわないという心情が強く根付いてもいる。これが茶会系勢力の小さな政府主義と重なって、政府閉鎖や米国債デフォルトをひそかに歓迎する政治混乱を誘発している。すなわち、現在でも米国政治の背景には南北戦争のトラウマ(心的外傷)が引き継がれており、南部諸州には連邦離脱気運が高まっている。
与党民主党とすれば、そもそも黒人のオバマが米国民の頂点である大統領になったこと自体、南北戦争の対立軸だった黒人奴隷解放の究極の目標達成で、リベラルで民主党支持の北部の勝利であったと意義付けている。また、大統領が国民皆保険制度の導入をめざしてオバマケアを創設したことも、「奴隷解放以来の大きなリベラル政策の成果」だともしている。
野党共和党側は「オバマケアは奴隷解放以来の快挙」と自慢する民主党側の認識を逆手にとって、「オバマケアは奴隷解放以来のひどい制度だ」と非難している。
 今回、共和党はデフォルト我慢比べに負けたうえ、チキンレースの責任を問われて人気を落とした。しかし、茶会系勢力が戦術的標的に定めたデフォルト懸念を交渉の道具に使うことが強力な政争の武器になることが明確に浮き彫りになった。そして彼ら茶会系勢力は共和党内では少数派であるが、他の勢力と共闘しながら、連邦離脱・地方分権化の強化をめざす政治闘争を激化させる可能性が高い。
 また、茶会系勢力の主張が米政治を大きく揺るがした背景には、南北戦争以来の南北対立の側面とは異種の格差社会拡大への庶民の不満が大きく影響している。
●二期目クリントン政権(一九九六年~)の時、米政権の主要閣僚(国務、国防、財務、大統領補佐官、CIA)の責任者にユダヤ系人材が登用された。歴代の米政界ではユダヤ系人士が閣僚として登用されることは希有で、例外はニクソン政権およびフォード政権期のキッシンジャーだけであった。
 その結果、二期目のクリントン政権の米国政治はユダヤ系に乗っ取られた。逆にいえば、それまで米政界を仕切ってきたアングロ系がユダヤ系に敗北し、米国の内政・外交戦略がユダヤ系の理念に切り替えられた。特に、経済金融分野では「ITバブル」を煽るユダヤ型金融資本主義に勢いが付き、それまでの産業資本主義は衰退に向かうことになった。
そして次のブッシュ・ジュニア政権の時、謀略的な「九・一一事件」を契機に、米国はアフガン、イラク戦争の泥沼に陥った。イラク戦争の本質は右派シオニスト勢力が目論む「大イスラエル主義」成就への一里塚であった。だが、その結果、米国は大いに疲弊し、国力が削がれる結果を招いた。
 同時に金融資本主義は猖獗を極め、金融派生商品(デリバティブ)の取引市場が拡大し、金融政策と実体経済の極端な乖離が進捗し、国富の大半は一割の富裕層に握られ、中流階層が没落し、貧富の格差が拡大した。
しかし、ブッシュ政権の末期(二〇〇八年九月一五日)、デリバティブ市場が破綻して(リーマンショック)、世界的金融危機の引金となった。この金融危機を乗り越えるために、黒人のオバマが大統領に選出された。オバマ選出の黒子は米国の帝王ともいわれるロックフェラーであった。
オバマは民主党だが、若いころからロックフェラー家とつながりがあり、実は米一極覇権主義者ではなく、隠れ多極主義者だと指摘されている。それ故、潜在的な財政赤字拡大につながるオバマケアの制度を作ったうえ、米国債がデフォルトして(米国覇権が自壊して)もオバマケアを守るという強気を貫いているともされている。 
 ロックフェラーは伝統的に共和党で、オバマはその超党派的な別働隊と見なされてもいる。この視点から見れば、茶会勢力が仕掛け、オバマが強気な姿勢を貫いて当座の米デフォルトを暫定的に回避したのも、次なる戦略を想定しての茶番劇だと見なすことができる。ロックフェラーが目論む多極主義は、クリントン二期政権以来、米国政治を乗っ取ったユダヤ系主導の米一極主義の根本的な修正である。すなわち、潜在的な反ユダヤ主義である。
一時盛り上がった「ウォール街を占拠せよ」という大衆運動の背景にも反ユダヤ主義気運が潜んでおり、現在の米国混沌の背景には無言の反ユダヤ主義の昂揚が見え隠れし、欧州も同様な深層海流に揺れている。
●ユーロ危機対策をめぐる欧州各国の政治的混乱も、現在の中央銀行の独立性に対する不信の現われである。
 中央銀行制度構想は、ユダヤ系のロスチャイルド一族が創造し、紆余曲折を経て現在に至っている。第二次大戦後の中央銀行制度を担保してきたのはブレトン・ウッズ体制で、それを支えてきたのが国際通貨基金(IMF)と世銀、国際決済銀行(BIS)である。
ハンガリー政府が七月二二日に同国にあるIMF事務所を閉鎖し、八月一二日にはIMFからの借金を完済したことで、同国はIMF体制から完全に離脱し、現在では中央銀行が発行する紙幣ではなく、政府紙幣を採用することで経済再生に努め、それなりの成果をあげている。また、九月一九日にはBISが世界経済の破綻を警告した。
一連の動きはブレトン・ウッズ体制の維持がもはや不可能になっている現状を浮き彫りにしている。同時に、中央銀行制度の維持もまた不可能になっていることが暗示されている。すなわち、世界の金融市場に君臨し統括してきたロスチャイルド帝国の権威と存続が危ぶまれているのだ。
 ロックフェラーが黒人のオバマを大統領に選出したのも、ロスチャイルド系勢力との全面対決を想定したうえでのことである。その最終的な標的は、連邦準備制度(FRB)の改編、すなわち実質的な解体であろう。
 FRBは米国の中央銀行ではなく、わが国の日銀における政策委員会的な役割を果たしているだけである。そして、米ドルの発行権はFRB傘下の複数の連邦準備銀行が寡占している。連邦準備銀行は完全な民間会社で、その株式の大半はロスチャイルドなど欧州系の金融財閥が保有し、米国籍の金融機関はロックフェラー系のチェース・マンハッタン銀行だけである。
 すでに、米国政府関係者の間から、一兆ドル金貨を製造してFRBに買い取らせる案が浮上している。すなわち、実質的な政府紙幣の発行により財政の健全化を計ろうとする、画期的な構想である。
南北戦争の勝者であるリンカーン大統領やケネディ大統領が暗殺されたのは政府紙幣を発行することを決断したからだとされている。オバマ大統領は、こうした歴史的背景を承知のうえで、大胆かつ慎重な対応に終始していくであろう。米国のデフォルト危機はひとまず先送りされたが問題の本質が解消されたわけではなく、これからが本番なのである。 平成二五年一〇月二〇日記