米国NSA盗聴事件の波紋 
  (世界戦略情報「みち」皇紀2673(平成25)年11月15日発行第393号)

●米国NSA(国家安全保障局)が、メルケル独首相ら主要諸国の指導者三五人の携帯電話やメール、個人PCのブラウザの履歴などを盗聴・盗み見していたことなどを示すNSAの内部情報を、元NSA職員のE・スノーデン氏が独仏英などのマスコミに提供して国際報道され、米欧関係に揺らぎが生じている。
 さらにこの問題は、オバマ米政権の外交、安全保障政策に深刻な打撃を与え始めている。また、国内ではNSAによる個人情報収集に対する市民の反発が再び喚起され、オバマ政権は「内憂外患」の状況に置かれている。
 欧州における対米不信の広がりは、米政府機関一部閉鎖の影響によりオバマ大統領の東南アジア外遊を見送った事態に続くもの。欧州側の反発が今後さらに拡大すれば、米国が欧州と進めるイランの核開発、シリア、アフガン問題の対応、テロ対策に微妙な影響を与えかねないと懸念されている。
 一方、米国内ではスノーデン容疑者による米機密資料の暴露が、「政府の政策に打撃を与える」と懸念する声が、再び高まっている。
 専門家筋は、機密情報の暴露がもたらす危険性は「米国が実際に何を、なぜやっているのか」を詳らかにしてしまい、「米国の敵対国に自己を正当化する根拠を与える。例えばハッカー攻撃を繰り返す中国がそれだ」と懸念している。
一方、諜報の世界に携る関係者の間には「同盟・友好国は常に友だとは限らず、互いに諜報活動をし合っている。目新しいことではない」との冷めた声もある。
●一〇月二七日、電子版米紙ウォールストリート・ジャーナルは、米政府高官らがNSAによるメルケル独首相ら三五人の外国指導者に対する盗聴を認めたと報じた。一部はすでに中止されたが、一部は有益な情報をもたらしているとして、今なお継続されているとしている。
 高官らはNSAが独自に盗聴対象を決定しており、オバマ大統領の承認は得ていなかったとしている。NSAは数多くの盗聴を行なっており、すべてについて大統領に報告することは現実的ではないともされている。
 同二七日夜、国家安全保障会議(NSC)のヘイデン報道官は、「最も緊密な外国のパートナーや同盟国」に対する情報活動の在り方を含めて見直しを進めているとの声明を発表した。
オバマ大統領はスノーデンによる暴露でNSAが米国民に関する情報収集を行なっていることなどが表面化したことを受け、情報活動の見直しを指示していた。同紙はこの見直しのための内部調査の結果、外国指導者への盗聴の実態が明らかになったとしている。
 オバマ政権は公式の場では、メルケル首相への盗聴について現時点では行なっておらず、今後も行なわないとしているが、過去に盗聴を行なっていたかどうかは明言していない。
 同紙によると、米国と英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドはお互いに情報活動を行なわない伝統がある。見直しはこの四ヶ国以外への情報活動に重点が置かれているという。
一〇月二八日、米紙ニューヨーク・タイムズの電子版は、オバマ大統領が同盟国の首脳への盗聴を中止するようNSAに指示する方針だと伝えた。
 実際に中止されれば、制約を受けずに世界的規模の情報収集を続けてきたNSAの活動に「歴史的な変化」をもたらすことになると同紙は指摘している。最終決定には至っていないが、方針は既に上院情報特別委員会のファインスタイン委員長(民主党)に伝えられたとされている。同紙はこの問題が「同盟国」の定義に関する新たな議論を生むとも予測している。
 また、ホワイトハウスはメルケル独首相に対する盗聴は現在していないし、これからもしないと説明している。だが、米メディアは一部同盟国の首脳に対しNSAが今も情報収集を続けていると報じている。
 一〇月三〇日、イタリアの主要週刊誌パノラマが最新号(翌三一日発売)で、NSAがローマ法王庁(バチカン)の電話も盗聴していた可能性があると報じることが分かったと、ANSA通信が伝えた。
 三月に行なわれたローマ法王選挙(コンクラーベ)の際に、選出前の現法王フランシスコが泊まっていたローマ市内にあるバチカン経営の宿泊施設の通話も盗聴されていた疑いがある。
 同誌によると、NSAは盗聴内容を①指導部の意向 ②財政問題 ③外交政策 ④人権問題……の四つに分類していたとされる。バチカン報道官は同日、盗聴疑惑に関して「何も承知していない」とコメントした。
●一〇月三〇日、ライス米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)らはホワイトハウスで、米情報機関がメルケル独首相の携帯電話を盗聴していたとの疑惑について、ドイツのホイスゲン首相顧問らと協議した。
 会談は、オバマ大統領が二三日にメルケル首相への電話で「(現在は)首相の通話を傍受していない。今後もしないだろう」と釈明したことの追加説明として行なわれた。NSCのヘイデン報道官は声明で「米国とドイツの情報機関の協力をさらに強化するために協議を行なった」と表明した。
 会談には米側からモナコ大統領補佐官(国土安保・テロ対策担当)、クラッパー国家情報長官ら、独側からはハイス情報機関調整官も参加した。
 クラッパー長官は二九日の下院情報特別委員会での公聴会で盗聴の事実確認は避けながらも、「外国の指導者の行動や意図を収集・分析することは、情報機関の基本的な任務だ」と述べている。
一〇月三一日、ケリー米国務長官はヘイグ英外相らと出席したビデオ会議で、NSAによる情報収集活動について「一部で不適切な行き過ぎがあった」と認め、改善する考えを強調した。欧米メディアによると、米政府高官としてはこれまでで最も踏み込んで非を認めた発言とみられる。
 ケリー長官は米国の盗聴や電子メール傍受などに懸念が高まっている現状を踏まえ、「情報収集の過程で無実の市民への乱用が起きないよう、オバマ大統領が徹底した見直しを行なっている」と述べた。活動の一部が「自動操縦で行なわれていた」とも述べた。
 米英両国は最近、「テロ戦争」の効力が落ちたことの代替策として、米英と英植民地出身の加、豪、NZというアングロサクソン五ヶ国で第二次大戦中から運営してきた諜報共有網(通称「五つの目」)に、独仏など欧州大陸諸国を加えることを検討している。フランスは参加を断ったが、ドイツは乗り気だったとされる。しかし今回のNSA事件によってドイツは米国と諜報共有を強める方向性から一転して、諜報面で米国から自国を隔離しようとする傾向を強めている。
●EUと米国は、米欧FTAの交渉をしている。交渉で米側は米企業が欧州に市場参入しやすいよう追加の市場開放や情報公開が必要だとか、米企業の知的所有権を守る体制を強化せよと欧州に言っている。しかしNSAはグーグルやアップルをはじめとする米国の通信分野の企業に依頼して国際的な盗み見をさせている。
EUが米国の求めに応じて規制を解除すると、米企業がNSAの代理で欧州で盗聴や盗撮をやれる態勢が強化されかねない。NSAのスキャンダルを受け、EUは、FTA交渉を進めることへの抵抗を強めている。米国は、諸外国に「知的所有権を守れ」と要求するが、NSAの産業スパイで外国の知的所有権を侵害しているのは、むしろ米国の方だという話になっている。
 ドイツは米国が相手国のプライバシーを守る協定を欧州側と結んでからでないと、米欧FTA協定を結べないと言い出している。メルケル首相への盗聴を報じたのは、ドイツのシュピーゲル誌。同誌は最近、サウジが米国を見限る方向を打ち出したのを機に「中東の石油を最も多く輸入しているのは中国なのだから、中東の諸問題を取りしきり、中東に責任を持つ大国を、米国から中国に替えた方が良い」と指摘する記事を、ドイツ語版限定で出した。すなわち、米一極覇権の衰退と多極型世界への転換を示唆する記事で、ドイツは米国一辺倒を見直す時がきていると示唆している。
●NSAによる盗聴問題で米IT企業が振り回されている。検索大手のグーグル、ヤフーの通信網に秘密裏にアクセスしていた疑惑が浮上し、利用者が激怒しているからだ。プライバシー保護を強化するための負担が経営に重くのしかかりそうだ。
「米国を含めていかなる国の政府にもシステムへのアクセスを許可していない。言語道断だ」と、グーグル幹部は、同社を対象にNSAが盗聴を行なっていたと報じた米紙ワシントン・ポストの取材に対して怒りをぶちまけた。
六月にもNSAがグーグルやアップルなどに個人情報の提供を要請したことが発覚。欧米メディアによると、世界を結び北米に集積する光ケーブルを使いNSAが情報収集した疑惑も浮上した。各社は利用者への説明に追われる一方、政府や議会には「情報収集活動の透明性」を求めたばかり。
 報道では、グーグルやヤフーの社内ネットワーク上の情報が暗号化されていない実態も判明した。大量の個人情報を管理するIT企業にとり、プライバシー保護は命綱。信頼が揺らげば経営に直結する。
 各社は対策を迫られている。一一月一日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルによると、グーグルやマイクロソフト(MS)がシステム強化を検討中だ。ただ、暗号化は「技術的に難しい」(グーグル幹部)上にコストもかかるため、頭痛の種となりそうだ。
 リベラルな民主党を支持するIT企業が多いシリコンバレーは、オバマ米大統領の後ろ盾になってきた。盗聴問題で政権との軋轢が強まれば、こうした「蜜月」関係は危機にさらされ、オバマ政権への打撃となる。
オバマ米政権はNSA疑惑が大々的に報道され欧州、ことにドイツとの関係が試練に直面している。同時に、IT関連業界との軋轢という内憂に直面し,政権基盤もぐらつきかねない情勢に陥っている。いずれも、米国覇権の衰退を象徴する現象である。   平成二五年一一月三日記