北朝鮮最新動向に関する一考察 
      (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年1月15日発行第396号)

●昨年一二月九日、北朝鮮のテレビやラジオ、新聞など公式メディアが、張成沢国防副委員長の解任を大々的に報じ、更迭された張が連行される場面の生々しい写真も公開した。
朝鮮中央通信などによると解任の理由は以下の諸点である。

①党に反する分派行為
②金第一書記への不服従
③経済事業に与えた支障
④外貨の無駄遣いや賭博、女性関係といった不正・腐敗……

 張成沢の更迭を公式発表した北朝鮮指導部は、「わが国に本来、ナンバー2などいない。元帥様(金正恩)こそ全てなのだ」と強調した。
 張は二〇一一年一二月の金正日総書記の死去後、甥である金正恩の「後見人」的な存在として、体制移行の中心的な役割を担ってきたとされている。
 九日の党の発表には「張一味」との表現があり、今後各界にまたがる張系人脈が左遷や更迭などの処分を受けることは必至。同日より、北指導部は張の影響力排除と新体制づくりの作業を本格化させた模様。金正恩への権力集中が進むことは確実で、古参幹部が「総退場」を強いられる可能性が高い。
一三日の朝鮮中央通信によると、北朝鮮は一二日、粛清された張成沢に対する特別軍事裁判を開き、「国家転覆陰謀行為」に関する憲法違反により死刑判決を下し、刑を即日執行した。
同通信は「起訴された張成沢のすべての犯行は一〇〇%立証され、被告は全面的に認めた」とし、「裁判所は張成沢がわが共和国の人民主権を覆す目的で敢行した国家転覆の陰謀行為が憲法六〇条に該当する犯罪になるとの確証を得た」と伝えた。また、「(張は)革命の代がかわる歴史的転換の時期に、ついに時が来たと本性を現し始めた。指導者の継承問題を妨害し、大逆罪を犯した」と非難した。 
 北朝鮮は張成沢処刑の「正当性」を詳しく公表したなかで、大規模な「反革命勢力」の存在やクーデタ計画のほか、経済低迷による「国家崩壊」といった国内の不安要因にまで言及した。また、支那との関係が強いとされる張にあえて「改革家」という表現も使用した。金正恩政権にとって実情を内外にさらけ出す危険を冒さなければならないほど、「張成沢問題」は差し迫った危険な課題だったことを示唆している。
また北指導部は、張成沢解任と同時に「党の隊列に偶然に入り込んだ不純分子らである張を摘発、粛清」したとしている。すなわちここでも、北指導部は支那が間接的に関与する反金正恩クーデタを未然に防ぐ必要性に直面していたことが暗示されている。
一三日付の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は張成沢の処刑を「革命の極めて厳しい鉄槌だ」と称賛する長文の論説を一面に掲載した。
 論説は「党はいくら歳月が流れようとも、背信と変節、反逆の集団を断固処罰する」と強調。「敬愛する金正恩同志の周りで一心団結した党と軍隊、人民の前途を遮る者はこの世にいない」と訴えた。同紙は張処刑のニュースと、法廷で手錠を掛けられた張の写真を二面に掲載した。
●一二月一四日付の朝鮮中央通信によると、朝鮮労働党中央と最高人民会議常任委員会は一三日に病気で死去した朝鮮労働党中央検閲委員会の委員長である金国泰氏のため、国葬を行なうことを決定した。
 最高人民会議常任委員会の金永南委員長が葬儀委員会委員長を務め、朴鳳柱内閣総理、崔龍海人民軍総政治局長、李永吉人民軍総参謀長、張正男人民武力部長、金敬姫労働党中央部長、金己男労働党中央書記、崔泰福氏などの五三人が委員である。
金国泰は一九二四年、咸鏡北道生まれ。故金日成主席が抗日パルチザン闘争を繰り広げた時期の盟友である金策元副首相の長男。党中央委と国会に当たる最高人民会議常任委員会は一四日、連名の訃告で、金国泰が「反党・反革命分子」の弊害を清算する戦いを繰り広げたと称賛した。葬儀委員会は一五日に弔問を受け付け始め、埋葬は一六日に行なわれた。
 一二月一七日、平壌体育館で金正日総書記の死去から二年となる中央追悼大会が開かれ、朝鮮の国営テレビが初めて、生中継した。
 金正恩の左隣に朝鮮人民軍の崔竜海総政治局長が並び、事実上のナンバー2の座に就いたことが公開された。右隣に最高人民会議常任委員会の金永南委員長(国会議長に相当、朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員を務め、党内序列は第二位)、その右隣に朴奉珠首相が並んだ。朴首相は処刑された張成沢に近い立場にあったことから、粛清の対象になっていると見られていたが、粛清を免れたことが判明した。支那に亡命したと言われていた盧斗哲副首相や李務栄副首相の姿も確認された。
注目すべきは、中央追悼大会の司会進行役を努めた金己男党書記である。己男は兄の国泰ともども金正恩の叔父に当たる人物とされ、金王朝では謎の「影の軍団」の中心的存在である。
 国泰・己男兄弟の父親金策は、畑中理という日本人。彼は北朝鮮建国当初から同国を大日本帝国の残置国家に育成することを目論んで、金日成亡き後、彼の子息金正日を二代目首領に祭り上げ北朝鮮を盤石な金王朝にすべく尽力してきた謎の日本人残置諜者である。
金正日は金日成死後数年経って二代目首領に就任。そして、党序列一七位に金策の名を一回だけ記載し、彼の功績をそれなりに顕彰した。また、正日は金策の助言に従って、白頭山信仰賞賛をさり気なく掲げ、巨大な壇君廟を建立するなど、高麗王朝復元への布石を打つことを二代目就任の節目として祝った。すなわち、わが国の天孫降臨神話の型示しを正統神話とする金王朝を樹立することで、大日本帝国の残置国家体制の基盤強化を目指して生涯を終え、息子の正恩に後事を託したのだ。
●今回の張成沢失脚・処刑直後、金国泰・己男兄弟の存在感がさり気なく内外に誇示されているのは、金王朝の本願をめぐって、金策系「影の勢力」と冊封体制を志向する支那系勢力との熾烈な権力争いが頂点を極め、支那系勢力が敗れ、彼らの粛清など新たな闘争開始の一幕が暗示されている。
 中央追悼大会に併せて、朴奉珠首相が張成沢の担当だった「対外貿易」をそっくり引き継ぐことが伝えられている。朴奉珠は一二月八日(奇しくも大東亜戦争開戦記念日)、平壌市で開かれた朝鮮労働党中央委員会の「政治局拡大会議」で、真っ先に演台に立ち、「経済政策が失敗したのは、張成沢のせいだ」と言って糾弾したとされている。朴は経済通として知られているが、「中国のように改革・解放すべきだ」との主張を認めて自分を引き上げてくれた恩人である張成沢を公然と裏切り、命乞いをするとともに「対外貿易」にまつわる「利権」をそっくり引き継いだであろう。
 平成二六年一月一日、金正恩が張成沢の粛清について触れ、(粛清により)国内の団結がより強固になったとその成果を強調した。
一時は叔父の処刑に動揺していたと報じられていた金正恩が、張成沢の粛清について公式にコメントしたのは今回が初めて。党幹部の粛清・処刑は父の故金正日総書記、祖父の故金日成主席の時代にも行なわれていたと見られるが、今回のように大々的に発表するのは極めて異例。
金正恩は「新年の辞」で、「昨年は強盛国家建設に懸命に取り組むなかで、(朝鮮労働)党内に潜む派閥主義者らの排除という断固とした措置を取った」と述べた。また、「わが党が絶好のタイミングで党に逆らう反革命的な派閥主義者らを発見・粛清したことにより、党員はさらに結束し、われわれの団結は最大限まで強固になった」と語った。
さらに、米韓との緊張関係にも触れ、「朝鮮半島で再び戦争が起きれば、核による大惨事を招く。そうなれば米国も決して安全ではない」と警告。しかしその一方で、「北朝鮮と韓国の関係改善に向けた好ましい環境を作る必要がある」と述べ、韓国との関係改善に意欲を見せた。
●北朝鮮における熾烈な権力闘争は、北東アジア情勢の今後に大きな影響を与える可能性が高くなっている。その趨勢を見越してのことかどうかは明確ではないが、安倍総理が靖国神社を参拝し新たな波紋を投げかけている。
平成二五年一二月二六日午前、安倍晋三首相は靖国神社に前年一二月の就任後初めて参拝した。現職首相による靖国参拝は二〇〇六年の終戦の日の小泉純一郎首相(当時)以来、七年ぶり。
同日、米政府は安倍首相の靖国神社参拝は、中韓両国とのさらなる関係悪化をもたらすもので「失望している」と表明した。
 首相の靖国参拝をめぐり米国が失望感を表明したことに対し、一般国民から米大使館への抗議がフェイスブックなどを通じ殺到している。また、年初から機関紙の論評や会見で安倍首相批判を行なっていた支那は、反日デモを異様なまで抑制している。大東亜戦争で日本の占領統治を受けるなどした東南アジア諸国では、安倍首相の立場に理解を示す冷静な論調が目立っている。首相の靖国参拝に猛反発しているのは、韓国だけである。
 北朝鮮では平壌放送が一二月二八日の定時ニュースで安倍首相の靖国神社参拝を報じ、「軍国主義の象徴である神社を参拝する無分別な行為を敢行した」と批判した。北朝鮮メディアが今回の参拝を報じたのは初めてで、周辺諸国の反応を見た上で、簡単な論評で終わらせている。
 わが国では国民の七割が、首相の靖国参拝を素朴に支持している。また、米大使館に抗議の声が殺到しているのは正常な国民意識が回復し始めていることを暗示する兆候である。
昨年一年間で一四二〇万以上の人が伊勢神宮に参詣した。単純計算すると、人口の一割の人が参拝したことになり、これは幕末安政年間の「おかげ参り」以来のことで、当時はその後、「ええじゃないか運動」が起こり明治維新への起爆剤となった。この先例に鑑みると、現代版の世直し気運が高まりつつあると言える。
 安倍総理の靖国参拝をテコに、わが国の世直し気運が高まり、対米自立を軸とする日朝関係の改善に結びつくことを切に願いたい。平成二六年一月四日記