混迷深まるタイ情勢 
 (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年2月1日発行第397号)

●一月九日、タイの反政府デモ隊は二月二日に予定される総選挙を阻止するため一月一三日から首都バンコクを封鎖する大規模デモを計画し、市民にデモへの参加を呼びかけた。
 一方、陸軍は地方から戦車などをバンコクに移動させている。一月一八日の「国軍の日」のパレード向けとの説明だったが、バンコク・ポスト紙は「軍が介入するとの臆測を巻き起こしている」と分析した。
 一月一一日、バンコクにある反政府デモ隊の拠点近くで何者かが発砲した。病院当局者によると、少なくとも六人が負傷し、うち二人が重傷を負った。
 一月一三日、反政府デモ隊は「首都封鎖」を掲げバンコクの主要七交差点を占拠。集会拠点をこれまでの旧市街から都心部へと移し、政権への圧力を強める構え。都心封鎖が長引けば首都機能が麻痺し、経済活動や市民生活にも影響を及ぼすのは必至。
 都心封鎖は企業活動や市民生活を直撃。タイ中央銀行によると、商業銀行一六行で合計四四の支店が終日休業、七九支店は閉店時間を前倒しにした。東南アジア最大級商業施設「セントラル・ワールド」と「サイアムパラゴン」は定時二時間前に閉店した。
同日、インラック首相は二月二日に予定される総選挙の先送りを容認する姿勢を初めて示した。選挙管理委員会は、デモ隊の妨害で立候補者数が議会開催の定数に満たないことなどを理由に延期を提言してきたが、政権側は憲法の規定を盾に拒み続けていた。
 ただ、反政府デモを主導するステープ元副首相は「選挙の延期だけでは問題解決にならない」との立場で、デモを継続しタクシン元首相派の打倒を目指している。封鎖解除に向けた双方の妥協点を見いだすのは容易ではなく、混乱の長期化が懸念されている。
 またデモ隊の一部の強硬派は首相が一五日までに辞任しない場合、タイ証券取引所や空港管制に重要な役割を担う航空無線公社を占拠すると宣言。タイ商工会議所大学は、総選挙が予定される二月二日まで占拠が長引いた場合、四〇〇億バーツ(約一三〇〇億円)規模の経済損失が生じると試算。
 また一連の反政府デモで、すでに八人の死者が出ている。一三日未明には何者かが最大野党・民主党の本部を銃撃する事件も起きており、治安情勢が一段と悪化する懸念もある。
●首都封鎖から四日目の一月一六日、反政府デモ隊は、国税局の関連施設を包囲するなど、政府の機能不全を狙う抗議活動を継続した。首都封鎖の長期化で、企業活動への影響も拡大。地域経済の中核を担うべきタイの混乱は、成長を続ける東南アジア諸国連合の経済にも暗い影を落とし始めている。
同日、タイ証券取引所はショッピングセンターに臨時の顧客窓口を開設した。反政府デモ隊の強硬派が退陣要求に応じない政権へ圧力を高めるため、ビルの包囲を示唆していることを受けての対応。
 首都封鎖が与える経済的な損害について、タイ商工会議所大学の経済ビジネス予測センターは、消費や観光産業などを中心に一日当たり二億~五億バーツ(約六億~一六億円)にのぼるとの試算を示した。
 タイ商業会議所など経済七団体はこの日、インラック首相と会談、混乱の早期収束を求めた。背景には、二〇一三年に入り成長のテンポが減速したタイ経済の立て直しに向けた政策が、政治の混乱で滞っていることへのいらだちもある。
 同日夜、タイのメディアによると、バンコク中心部にあるスクムパン知事が所有する邸宅に何者かが手りゅう弾を投げ付けた。同知事は最大野党民主党の出身。民主党を離党したステープ元副首相が主導する大規模反政府デモに反対する勢力による犯行の可能性も推測されている。一方、デモ隊が活動を続けているバンコク中心部の拠点近くの二ヶ所では一六日夜から一七日未明にかけて発砲や爆発があり、うち一ヶ所で二人が負傷した。
●タイの政治混乱は、二〇〇六年にインラック現首相の兄のタクシン元首相が軍事クーデタで国外亡命を余儀なくされて以来、タクシンを支持する北部や東北部などの人々(赤シャツ派)と、軍部や王宮、官僚機構、民主党に率いられ、タクシンを嫌う首都バンコクや南部の人々(黄シャツ派)が対立を続けてきた。今回の騒乱も、その対立の延長にある。
 反タクシン派は旧来の特権支配勢力で、彼らは富裕な市民層に支持されて反政府運動を煽動している。だが国民総体の支持者数では、タクシン支持が多数派のため、選挙をやるとタクシン派が圧倒的に優勢で、何度でも勝ってしまう。二〇〇一年以来、すべての総選挙で「プアタイ」などタクシン派の政党が勝っている。
 二〇一一年の選挙で、タクシンの妹インラック女史が首相になることを旧来の支配層が容認する代わりに、タクシン派は亡命中のタクシン自身を帰国させないことで談合が成立し、それ以来、タイの政情は比較的安定していた。
 だが今年二月の選挙を前に、反タクシン派が選挙で勝てないことがほぼ確実となり、タクシン派が昨年末、選挙勝利後のタクシン自身に対する恩赦と帰国を模索したこともあり、旧来の支配層とタクシン派の談合が崩れ、二月選挙を前に反タクシン派が「選挙より先に政治改革(つまりタクシン派の一掃)が必要だ」と称し選挙ボイコットを宣言、インラックに辞任を要求する「民主化運動」を再開している。
 選挙で勝てない勢力が「民主化」を要求して政権転覆を画策するという、一見矛盾した発想である。だがかかる発想をわが国に擬えれば、固有の伝統を至上価値と見なす「国体護持」勢力が、「政体優先」を大義に掲げて躍進してきた新興勢力に対し、強い危機感を抱いた結果と見なすことができる。
「国体護持」勢力があえて「民主化」を強調する背景に、タクシン派勢力の台頭躍進を援護する国際勢力が提唱する無機質な「民主化」とは一線を画した、タイ式「民主化」による政治運営の必要性を強調する心情が強くある。「国体護持」勢力は、「政体優先」の勢いがタイに定着し政治を専断すれば、伝統的な王制がやがて廃止されるのではという危機感を強めている。事実、タクシンは王制廃止を国民に問うとの意向を漏らしたことがあり、クーデタで追放される大きな要因となった。
●一連の騒乱に関して、反タクシン勢力は、「タクシンは米国の金融資本家に支援されている」と指弾している。事実、黄シャツ派を支持する人々は「これは米国資本家によるタイ支配との闘いだ」と主張している。
 タクシンはブッシュ父子ら米国共和党上層部と親しく、ブッシュ家を中心とした共和党元高官らが運営する投資会社「カーライル」の顧問もしていた。タクシンが「愛国党」を結成して首相の座を狙い始めた一九九八年には、父ブッシュやベーカー元国務長官らがタイを訪問してタクシンを支持した経緯がある。また、タクシンの公的亡命先はロンドンやドバイで、いずれも米英金融筋の管轄地である。
 さらに華僑系のタクシンは、出自を利用し北京にも拠点を構えている。そして、米英金融資本勢力と支那政府との間の市場経済問題の軋轢を緩和する役割を積極的に担うことで、彼自身の国際的な存在感も高めている。
 こうした背景に鑑みると、一連のタイ騒乱は「タイを米英系国際金融資本勢力の傀儡国にしようと狙うタクシン派に対する、タイの伝統的支配勢力の抵抗運動」と捉えることができる。
 しかし歴史を振り返るとタイの既存支配層もまた、ずっと前から米国の傀儡として動いてきた。タイは冷戦時代、反共的な支那包囲網の一翼を担っていたし、ベトナム戦争ではラオスやカンボジアを攪乱するCIAの拠点だった。米国は、タイに新たな傀儡を作る必要などない。
 しかし、タイの騒乱に関する米系のマスコミの論調はタクシン派勢力への理解が強い。すなわち、米マスコミの論調は、米国の上層部がタクシン寄りであることを示唆している。だが、米国の上層部は一枚岩でない。ブッシュ家やベーカー、カーライルといった勢力は、もともと共和党内で「中道派」と言われ、何でも武力で解決すれば良いとの過激な主張をする「タカ派」(軍産複合共同体、旧ネオコン勢力)と対峙する立場だった。
 だが二〇〇一年の「九・一一事件」を契機に米政界全体がタカ派の方向に引っ張られ、子ブッシュ政権はイラクやアフガンへの侵攻など、タカ派の最も過激な戦略である「武力侵攻による強制民主化」介入に失敗した。だが、これは中道派がタカ派以上に過激なことをやって半ば意図的に失敗し、結果的に中道派が好む「一極支配でない均衡した世界」「多極型の世界」を作り出していると見ることもできる。事実、オバマ現米政権は「世界の警察官」を止める意向を次々と打ちだしている。
●わが国に目を転じると、昨年一年間で一四二〇万人(総人口の一割以上)の人が伊勢神宮に参拝した(一月三日付毎日新聞)。過去、人口の一割以上の人が伊勢神宮を参拝した例は幕末安政年間の「おかげ参り」以来の慶事である。その後「ええじゃないか運動」が澎湃として起こり、「世直し気運」が高まるなど明治維新への扉となった。
 昨年末、安倍総理が靖国神社を参拝し、支那や韓国、また米国からも「遺憾の意」が表明された。だが、その後の世論調査では七割の国民が首相靖国参拝に賛成、安倍内閣の支持率も六割台に回復した。そして今年、新年初詣の靖国参拝者数が増え、一部のお札が売り切れるほどの賑わいだった。
 一連の事実に日本国民の意識変化を感じた米国筋は安倍政権批判・打倒を謀って秘かに足を引っ張るべく、小泉元首相を使嗾して細川元首相を二月の東京都知事選挙の候補に担ぎ出し、「脱原発」を選挙争点に掲げている。トルコとの原発ビジネスを進める安倍政権への明らかな嫌がらせで、間接的な安倍降ろしの始まりである。
タイ騒乱の背後関係に注目すれば、わが国もタイ同様の位相に陥る危険性が懸念される。インラック政権は一月二一日、バンコクと周辺地域に二二日から六〇日間、非常事態宣言を発令すると発表。適用されれば、外出や集会の禁止のほか、報道規制などの強権をタイ政府は発動できるようになる。
平成二六年一月二三日記