中台公式会談への一考察 
  (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年3月1日発行第399号)

●二月一一日、台湾で中国政策を主管する行政院大陸委員会の王郁琦主任委員が初めて支那を訪れ、江蘇省南京市で国務院台湾事務弁公室の張志軍主任(いずれも閣僚級)と公式に会談した。主管官庁トップ同士の公式会談は一九四九年の中台分断後、初めて。
 会談冒頭、張は「両岸(中台)関係の後退を絶対に繰り返さないとの決心をすべきだ」と述べた。王は「両岸関係は新たな章に入った」と挨拶し、張に訪台するよう求めた。
 会談では、主管官庁のトップ会談や当局間の公式協議の定期化などについて話し合われた模様。
翌一二日、王は南京にある、国民党の創設者、孫文の墓「中山陵」を参拝した。
 王は参拝後、「国父の孫文先生がアジア初の民主共和国である『中華民国』を創設して一〇三年がたった。大陸委員会の身分で参拝できて大変うれしい」と語り、辛亥革命によって成立し、台湾が国号とする「中華民国」の存在を強調した。
 また王は同日午後、南京大学で学生らを前に講演し、「台湾は民主政治を実施しており、官僚は監督を受け、特権乱用や不正行為をしようとしない」と述べ、不正がはびこる支那の現状を暗に批判した。
 一一日の会談で支那側は、今秋北京で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の場を利用し、習近平国家主席と台湾の馬英九総統の初めての中台首脳会談の開催を模索した。
 また、支那で拘束された台湾人への「領事面会権」や、ビザ発給業務などの領事館機能をもつ代表部の相互設置など実務的な課題もあり、経済協力拡大なども確認された模様。
 中台は互いの主権を認めず、これまでは「民間」窓口機関を通じて経済分野で交流してきた。だが、馬政権下で始まった台湾の対中接近は新たな段階に入った。
 支那側は軍事的敵対状態の終結に向け、平和協定などを話し合う「政治対話」を要求、悲願とする台湾統一への流れを作りたい考え。ただ、台湾側は公式会談で覚書の調印などは行なわないとして、政治対話へのシフトを警戒している。
初の公式会談の実現は、中台関係が「新たな章」を迎えた歴史的意味を持つ。二〇一〇年の経済協力枠組み協定(ECFA)締結など、経済交流を急拡大し、支那への依存度を急速に高めた台湾。「両岸統一」に向けた「政治対話」を求める支那側の要求に台湾側が絡め取られる懸念が強まっている。
 台湾側は一一日の記者会見で、TPPと東アジア地域包括的経済連携(RCEP)への参加を目指し、中台の経済協力拡大と地域の経済統合への中台の共同参加を同時並行的に進めるべきだと強調。経済連携を今後も対中関係の柱にすえ続けたいとの思惑がある。
●一九七一年に国連を脱退し、バチカン市国など二二ヶ国としか外交関係がない特殊な国際政治環境にある台湾。民間調査では住民の九〇%近くが「現状維持」か「台湾独立」を望み、共産党政権下の支那との「統一」には拒否反応が強い。経済的実利は欲しいが、それ以上の政治関係拡大は先送りしたいのが台湾側の本音。
 一方、昨年一〇月、APEC首脳会議が開催されたインドネシアで、台湾の蕭万長前副総統と会談した習近平国家主席は、「中華民族の偉大な復興の共同促進へ向けて政治的意見の相違を解決し、次の世代に残してはならない」と強調。習政権の任期中に統一に道筋をつける意思を明確にした。
 今回の一連の協議で中台双方は、「首脳会談の開催」という重大な議題まで俎上に載せて歴史的な段階に踏み込んだ。いまも互いに主権を認めていない中台だが、閣僚級協議が定期化されることになり、今後の焦点は習近平国家主席と馬英九総統の会談がいつ、どこで、どのような形式で行なわれるかに移る。今後は両岸(中台)統一に向けて「政治対話」を迫る支那側と、現状維持を求める住民が大多数の台湾側とのギリギリの攻防が始まるであろう。
 首脳会談については一三日夜、上海市内で張志軍と、王郁琦が小人数で会食した際に話し合われた。
 王の同行筋によると、張が首脳会談の話題を持ち出し、これに王が今年秋に北京で開かれるAPEC首脳会議の場が望ましい、との立場を伝えた。
 翌一四日、王郁琦は、四日間の日程を終えて帰台し、台北市内で記者会見を開き、「(台湾側の)設定目標は達成した」と成果を強調した。
 しかし、一三日の会談で話し合われた中台首脳会談に関し、王は今年秋に北京で開催予定の「APECの席が望ましい」と主張したのに対し、支那側から「相応しくない」とする反応が示されたと説明。王は「今後さらに調整が必要だ」との見方を示した。
 今回の会談に対し、台湾社会の受け止め方は様々である。ある財界人は対中経済交流の観点から「今後両岸(中台)で突発的な問題が生じても、従来の民間窓口機関を通じた処理よりも円滑に対応できる」と期待を寄せている。野党支持者からは、「台湾の立場を強くアピールできたようには見えない。台湾の矮小化につながる恐れがある」などの懸念が示された。
 一方、同日、台湾の与党、中国国民党名誉主席の連戦元副総統が支那を訪れ、北京で習近平国家主席と会談すると、連戦事務所が発表した。
●二月一七日、連戦は北京を訪問した。連戦は二〇〇五年に初訪中して以降、すでに一〇回以上北京を訪れている。これまでの連戦と支那側要人との会談の主要テーマは中台間の経済・文化の交流に限られていた。
 しかし、今月一一日には南京市で中台双方の主管官庁トップ(閣僚級)同士による初の公式会談が実現。中台関係が歴史的な一歩を踏み出したとされるなかでの台湾要人訪中となるだけに、政治的なテーマにどこまで踏み込むかについて、高い関心が寄せられていた。
 また、尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐる日中間の対立が深刻化するなか、支那側が台湾に、対日問題で「共闘」を要請した可能性もある。
 また、支那が設置した東支那海上空の防空識別圏には台湾側も反発しているが、支那側が連戦との会談で理解を求めた可能性もある。
翌一八日、習近平は、北京の釣魚台迎賓館で連戦と会談した。習は「一つの中国の枠組みのなかで、『台湾と対等な立場で交渉したい』」と述べ、政治対話に前向きな姿勢を示した。また習は、「両岸(中台)の人民が手を携え、『中華民族の偉大なる復興』という中国の夢を実現しよう」とも呼びかけた。
「台湾と対等な立場で交渉する」とは、かつての最高実力者・鄧小平が一九七〇年代末に台湾に呼びかけた言葉である。しかし近年の支那の国力増強に伴い、支那側の最高指導者からはあまり聞かれなくなった。習がこうした古い表現を使ったのは、政治対話を早期に開始したい支那側の意欲を台湾側に示す狙いがあるとみられている。
 中国国営中央テレビなどによると、習近平は中台関係を「血の繋がっている家族であり運命共同体でもある」と指摘。これに対し連戦は、一一日に行なわれた初の公式会談に触れ、「過去一年、両岸は政治分野での信頼で大きな前進がみられた。さらに高い所に持っていきたい」と述べた。
 しかし台湾の野党・民主進歩党のなかには、「台湾人は中華民族ではない」と主張する勢力もあり、民族主義を打ち出した今回の国共会談への一般台湾住民からの反発は必至である。
●台湾は一八九五年の下関条約に依って支那大陸から明確に分断され、わが国に併合された。それ以来、従来の台湾人は支那人ではなく、一九一二年に中華民国の国父となった孫文とは無関係である。すなわち、孫文の墓を訪れた王郁琦は無国籍の台湾人を代表することはできない。
 一九四九年、中国国民党は中国共産党との武力闘争に敗戦。国民党政府は彼らが軍事占領下に置いた台湾に亡命した。
 敗色の濃い国民党が台湾に拠点を移すべく侵入した結果、多数の台湾住民が虐殺された二・二八事件が勃発(一九四七年)するなど、台湾の一般住民にとって中国国民党は台湾に対する侵略軍であった。
 日本の一般メディアが言う「中台関係」とは、中国共産党政権と台湾国民党政権との「国共関係」である。所謂「中国統一」とは、米国の「一つの中国」政策の枠内で、中華人民共和国共産党政権と台湾に亡命した中華民国国民党政権との和解による「一つの中国」で、厳密に言えば台湾の帰属とはまったく無関係である。さらに中国国民党は昔から中国共産党の敵だったが、台湾人が共産党の敵であったことはかつてなく、したがって共産党と和解する必要もない。
●一九五一年八月、当時の米国務長官J・ダレスは台湾の未来帰属は国際的な手順を踏まえて、その問題を解決しなければならないと明言している。
現在、米国は国内法の台湾関係法に基づいて台湾との関係を維持している。同法下の台湾統治当局は主たる占領権国である米国の代理として外交的権限を有しないので、中華人民共和国政府と会談する立場にない。そのため、台湾を併呑することを狙う中華人民共和国政府は国民党政府を取り入れても、米政府下の台湾統治当局との交渉を無視できないことを承知している。すなわち、台湾の支那帰属問題は実質的には米中間の問題になる。
 二月五日、米議会下院の外交委員会の公聴会で、米政府の東アジア担当のラッセル国務次官補が、支那が第二次大戦中から主張してきた南沙群島に対する領有権の主張(南海九段線)は国際法に反していると、米政府として初めて明言した。
 南沙群島は大東亜戦争の敗戦まで日本が領有し、日本領だった台湾の行政区分の一部であった。当時、日本と戦っていた中華民国(国民党政権)は、南沙群島を含む台湾を支那領土の一部と主張していた。米国務省が支那の南沙諸島領有権に反対を表明したのは、台湾併合を目論む国共合作への懸念表明でもある。わが国も旧宗主国として、一般民衆が望む台湾独立に寄与すべきである。
平成二六年二月一九日記