オバマ米大統領来日への一考察 
      (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年5月15日発行第404号)

●オバマ米大統領が国賓として来日する直前、アーミテージ元国務副長官が来日し、政府関係者に対して「集団的自衛権問題を先送りして、アベノミクスという経済政策に力を入れ、着実に安全保障の強化を進めてほしい」と釘を刺さした。
 すなわち、彼は安倍政権が進めている「武器輸出三原則の緩和」と「集団的自衛権の容認」より、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の締結を最優先せよと迫ったのである。
 四月二四日に行なわれた日米首脳会談では、両国首脳がTPP交渉をめぐる日米協議の対立点で大きく歩み寄る決断を下せるかが焦点になっていた。日米協議は日本の牛・豚肉など重要農産品五分野の関税の扱いや自動車分野で双方の溝が深く、主要論点で一致する「大筋合意」は困難な情勢にあった。
 首脳会談に向けて、日米両政府は二三日も、ぎりぎりの調整を続けた。同日午前にはオバマ大統領に先立ち、米通商代表部(USTR)のフロマン代表が来日。午後に甘利明TPP担当相と四時間半にわたり会談した。
 甘利大臣は会談後、「(会談内容を)総理に報告した」と述べたが、内容は一切明らかにしなかった。フロマン代表は「TPPの経済的な重要性は明らかだ。交渉は重要な岐路に立っている」とし、「日本は大局的な観点に立つ必要がある」と譲歩を促した。
 一方、安倍首相は二三日の衆院農林水産委員会で、日米協議について「すべて(の品目で)関税撤廃ではないという状況をつくりつつある」と説明。そのうえで「米側にもぜひ高い見地に立ってもらいたい」と一定の譲歩を求めた。
●二三日夜、オバマ大統領が来日した。安倍総理は、米国のドキュメンタリー映画の舞台ともなった東京・銀座のすし店「すきやばし次郎」に大統領を招いた。総理がすし店にオバマ大統領を招いたのは、万事にビジネスライクな大統領を夜の街に引っ張り出すことで、首脳同士の良好な関係を内外にアピールする狙いがあった。
 ただ、それが両首脳の個人的な信頼関係構築につながったかというと「初めからそこまで期待していない」(外務省幹部)のが本音。日本側もそこはあくまでビジネスライクに割り切り、すし店での夕食会で両首脳は実利的に北朝鮮や支那など東アジア情勢などについて意見を交換した。
 オバマ大統領は外交辞令や会談でのジョークなどを好まず、本題だけを話したがることで知られている。
安倍首相は「彼はビジネスライクだけど、それは仕事をするという意味では別にいい」と、周囲に淡々と漏らしていた。そこには米大統領を一八年ぶりに国賓として日本に迎える高揚感はなかった。昨年二月のオバマ大統領との初会談前日に、「明日はガチンコ勝負になる」と意気込んでいたのとは対照的だった。
●翌二四日、安倍首相とオバマ大統領は東京・元赤坂の迎賓館で会談し、日米同盟がアジア太平洋地域で主導的な役割を果たすことで一致した。オバマ大統領は尖閣諸島が日米安全保障条約の適用対象であることを米大統領として初めて明言、安倍首相は会談終了後の共同記者会見で「日米同盟は力強く復活した」とアピールした。ただ、TPP交渉は同日中に決着せず、共同声明の発表も二五日に先送りとなった。
 首脳会談は約一時間半行なわれた。安倍首相は、集団的自衛権の行使容認に向けた取り組みについて説明し、オバマ大統領は歓迎、支持した。
二四日の日米首脳会談で最大の難関となったのはTPPだった。両首脳はTPPの戦略的な重要性では認識が一致したものの、首脳会談後の同日午後も閣僚折衝で残された課題の着地点を探る異例の展開。会談後の共同記者会見では、両首脳の思惑の違いがくっきりと浮かび上がった。
 安倍首相は「わが国としては(重要農産品五分野の関税維持を求めた)国会決議を受け止め、国益にかなう最善の道を求めていく」。オバマ大統領は「日本経済において、農産品、自動車といった分野の市場の開放度が制限されている。今こそ、解決すべき時だ」。
 大統領はさらにプレッシャーをかけてきた。「安倍首相も私も政治的な問題を抱えている」としたうえで、日本に対し「自分たちの心地よい場所から踏み出して、他国の市場にアクセスするのが重要だ」と強調。歴代の自民党政権によって保護されてきた日本の農業への痛烈な批判だった。
首脳会談後には、甘利大臣とフロマン代表が協議を続行した。甘利大臣は協議終了後「前進はあったが、まだ課題は残っているので引き続き協議を行なう」と述べた。また「短時間ですぐ結論が出ることではない」とも語った。
●同二四日夜、オバマ大統領を歓迎し、天皇、皇后両陛下主催の宮中晩餐会が皇居宮殿「豊明殿」で開かれ、両陛下はオバマ大統領を挟む形で着席された。国賓での米大統領来日は、平成八年のクリントン大統領以来で一八年ぶり。両陛下がオバマ大統領と会われたのは平成二一年以来、二回目。
 陛下は乾杯に先立ち、両国の歴史に触れつつ、「貴国とわが国の両国民は、先の戦争による痛ましい断絶を乗り越え、緊密な協力関係を築きました。両国民が来し方を振り返り、互いの理解を一層深め、相携えて進んでいくことを願ってやみません」とお述べになられた。オバマ大統領は「日米両国民は、太平洋という広大な海をはさんでいますが、日々あらゆる分野で協力しています。日本人選手が大リーグのチームの勝利に貢献した時のような喜びの時にも、三年前のようなつらい時にも、私たちはともにいます」と述べた。
●翌二五日、日米両政府は、安倍首相とオバマ大統領の会談の成果をまとめた日米共同声明を発表した。
共同声明では、「日米安全保障条約は、尖閣諸島を含め日本の施政下にあるすべての領域に及ぶ。米国は尖閣諸島に対する日本の施政を損なおうとするいかなる一方的行動にも反対する」とした。尖閣諸島が安保条約の適用対象であることを外交文書に書き込んだのは初めてで、領有権を主張する支那を強く牽制する内容。
また最大の焦点だったTPP交渉は大筋合意に至らなかったが、「TPPを達成するために必要な大胆な措置を取る。二国間の重要な課題について前進する道筋を特定した」と表現した。
 首相は同日、官邸で記者団に「日米同盟にとって画期的な声明となった。今後も日米がリーダーシップを発揮し、交渉を妥結していくように他の参加国に働きかけていく」と語った。
 日米両政府は、五月二〇日前後にシンガポールで開催予定の閣僚会合に向けて、近くTPP協議を再開する。自民党の西川公也TPP対策委員長は、「五月にベトナムで開かれる首席交渉官会合で詰め切れるとみている」との見通しを示した。
同二五日、アジア歴訪中のオバマ米統領に同行している米政府高官はTPPの日米協議について、まだ詰めの作業が残っているとしながらも「大きな進展があった」として一定の評価を与えたと、記者団に語った。そのうえで、オバマ大統領の強い後押しが日米協議に「弾みを与えた」と指摘し、「さらに交渉が必要だ」と述べた。
●国賓、公賓の場合、通常は東京・元赤坂の迎賓館が宿泊先として用意される。だが今回、オバマ大統領は迎賓館ではなく、都内の老舗ホテルに宿泊。皇居訪問の際の車も、宮内庁が国賓に差し回す御料車ではなく、米国側が自前で用意した大統領専用車を使用するなど、他の国賓とは異なる点がうかがえた。
 改修工事のため使用できなかったケースなどを除くと、過去に来日した国賓で迎賓館を利用しなかったのは、米国のカーター大統領(昭和五四年六月)とフランスのシラク大統領(平成八年一一月)の二人だけ。駐日米大使公邸に泊まったカーター元大統領の場合は、迎賓館が東京サミットの会場として使われていたという事情があるが、今回は「特に米国側から説明はない」(宮内庁関係者)とされていた。
 また国賓が東京を離れる際には、両陛下がお別れのあいさつのため宿泊先を訪問されるのが慣例。宮内庁関係者は「今回も同様」というが、宿泊先が変われば警備の仕方は大きく変わる。
 通常、来日した国賓の移動に供されるのは、トヨタの「センチュリーロイヤル」。両陛下が国会開会式や東日本大震災追悼式、全国戦没者追悼式ご臨席の際などに使用され、差し回しの際も宮内庁の運転技官がハンドルを握るが、オバマ大統領が平成二一年に来日した際も、事前に米国から輸送機で運ばれた特殊装備の大統領専用車が使われた。すなわち、オバマ大統領が日本側の警備体制を信用していないことが印象付けられた。また、天皇、皇后両陛下が主催される晩餐会にミッシェル夫人を伴わない非礼をも印象付けた。
●今回の日米首脳会談で懸念される日中尖閣武力紛争に関して、米大統領が日米安保条約の適用範囲と明言し、日米共同声明に明記されたことは、日本側にとっては成果となった。その反面、米側が執拗に迫るTPP締結が先送りされたことで、米側が得るべき成果は皆無となる印象を与えた。
一方、日本の次の訪問先マレーシアのナジブ首相とオバマの首脳会談後の共同声明では、南支那海での領有権紛争に関して米国が主張する「国連海洋法条約などの国際法」に基づく解決や、「軍事力行使や威嚇」への反対が盛り込まれた(四月二七日)。さらに最後の訪問先フィリピンのアキノ大統領との首脳会談に先立ち両国間で画期的な協定を結ぶこととなった。すなわち、フィリピンでの米軍派遣拡大を可能にする新軍事協定に両国政府が署名したのである(四月二八日)。
 大統領の今回のアジア歴訪で、米側は改めて支那包囲網戦略を強めることを印象付けた。こうした動きの背景には、ウクライナ情勢をめぐる米露対立の趨勢にあって、支那とロシアが戦略提携に乗り出すことへの警戒感が潜んでいる。その一方、アジア歴訪を前にミッシェル大統領夫人が支那を訪問し、習近平夫人と親密な関わりを演出したことに見られるように、米側が支那と新型の大国間関係構築を目論んでいることにも留意すべきである。
平成二六年五月四日記