中越紛争激化への一考察 
    (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年6月1日発行第405号)

●五月二日から七日にかけて、支那が石油掘削を始めた南支那海のパラセル(支那名は西沙)諸島近くの海域で掘削を阻止するために派遣されたベトナム船と支那公船が、複数回にわたって衝突した。
五月一一日、ベトナム沿岸警備隊のゴ・トゥー副司令官は、同海域で同日も「小規模な衝突」があったとした上で「状況は依然極めて緊迫している」と述べたが、衝突の詳細については言及を避けた。大規模衝突を回避するため、ベトナム側の艦船は支那船から距離を置くようにしているという。
同一一日、東南アジア諸国連合(ASEAN)はミャンマーの首都ネピドーで首脳会議を開き、支那公船とベトナム船の衝突で緊張が高まる南支那海情勢などについて協議し、関係国に自制と武力の不使用を求めることを盛り込んだ「ネピドー宣言」を採択した。
 宣言は南支那海問題について、「緊張をさらに高めるような行動を控えるよう求める」とした。また、南支那海の領有権争いの平和的解決に向けた法的拘束力のある「行動規範」の策定で早期に結論を出すことを要請した。行動規範の協議入りで合意しながら消極的な姿勢を示し続ける支那を、名指しを避けつつも非難する内容であった。
 首脳会議でベトナムは、公船などを投入して圧力を増す支那の姿勢を問題視し、ASEANとしての抗議を明文化するよう求めた。しかし、加盟国には議長国のミャンマーを含め、支那と緊密な関係を持つ国も多く、調整は難航。前日の一〇日に開かれた外相会議での南支那海に関する緊急声明と同様に、宣言でも支那を直接批判しないことで一定の配慮を加えた格好。
同日、ミャンマー政府は同国で閉幕したASEAN首脳会議の議長声明を発表、緊張が高まる南支那海情勢について「深刻な懸念」を表明した。軍事政権時代に支那と緊密な関係を有していたミャンマーの南支那海問題への対応が注目されたが、議長声明でも支那を牽制する姿勢を維持。初の議長国として「親中」一辺倒から脱皮した姿を域内外にアピールした。
翌一二日、ケリー米国務長官は南支那海で支那とベトナムの艦船が衝突した問題について「最も新しい懸念がパラセル諸島に対する中国の挑戦であることは明らかだ」と述べた。この問題で、米国の閣僚が支那を名指しで批判したのは初めて。
 翌一三日、ベトナム沿岸警備隊は同海域で新たな衝突があり、ベトナムの艦船一隻が損傷したと発表した。発表によると、支那側は一三日の段階で現場海域に軍艦二隻を含む八六隻を展開、石油掘削設備を防護している。
●南支那海での支那とベトナムの艦船の衝突を受け、ベトナムで拡大している反中デモは一部が暴徒化。ベトナム国営メディアによると、五月一四日、中部ハティン省で一人が死亡、一四九人が負傷した。支那の国営新華社通信は、支那人二人が死亡、一〇〇人以上が病院に搬送されたと伝えた。
 ロイター通信は、ベトナム人五人、支那系とみられる一六人の計二一人が死亡したと報じたが、ベトナム外務省は否定した。
 ベトナムのメディアによると、治安当局は暴徒ら約七〇〇人を拘束。グエン・タン・ズン首相は治安維持に全力を挙げるよう関係当局に指示した。報道によると、ハティン省の工業団地内にある台湾系企業の工場建設現場でベトナム人と支那系労働者が衝突、多数の死傷者が出た。
 反中感情の高まりを受け、ベトナム国外への脱出を図る支那系住民らが急増。カンボジア当局は五月一五日、一三日以降、同国に支那系約六五〇人が越境してきたことを明らかにした。
 五月一八日付の香港各紙は、多数の支那軍部隊が数日前からベトナム国境方面に移動している、との目撃情報がインターネット上で相次いでいると伝えた。部隊の移動が目撃されたとされるのはベトナムと接する広西チワン族自治区の憑祥、崇左、防城港の各市。戦車や自走砲、装甲兵員輸送車などが中越国境方面へ向かっているという。
同一八日、支那外務省の洪磊副報道局長は談話を発表し、ベトナムで発生した反中デモが暴徒化し多数の支那人が死傷したことを受け、「中越間の交流・協力の雰囲気と条件が破壊された」として、両国間の一部交流計画を当面停止すると発表した。ベトナムへの渡航自粛も併せて即日実施する。
 洪副報道局長は「中国側は今後の情勢を見てさらなる措置を取ることを検討する」と警告しており、ベトナムへの制裁措置が拡大する可能性がある。また、支那はベトナム政府に対して損害賠償も要求している。
●南支那海における支那の挑発を前にオバマ米政権が立ち往生している。米側は支那に自制を促すが、「口先介入」以上の効果はない。ウクライナ危機の長期化など、米国の外交力の低下が様々な地域に飛び火してきた。
五月一五日の米国防総省での共同記者会見で、「南支那海での支那の挑発的な行動は対立につながる」とする米軍の制服組トップのデンプシー統合参謀本部議長に対し、支那人民解放軍の房峰輝総参謀長は「中国の領海内での作業であり、当然の行為だ」と、開き直った。支那の居直りは米国の神経を逆なでしている。オバマ米大統領が四月のアジア歴訪で、フィリピンへの米軍の再駐留を含む同盟国との連携強化を打ち出した直後だったからだ。
 支那に足元を見透かされたオバマ政権は効果的な政策を打ち出すことはできるのか? 緊張した状態が長引き、徐々に支那のペースになる恐れもある。オバマ大統領にはアジアの同盟国を守るために支那と対峙する気概に乏しいとの見方も消えていない。
 五月一九日、米連邦大陪審はサイバー攻撃で米企業にスパイ行為を行なったとして、支那人民解放軍のサイバー攻撃部隊「61398部隊」の将校五人を起訴した。司法省によると、米国がサイバー攻撃を通じたスパイ行為で外国の当局者を起訴するのは初めて。
同一九日、支那外務省の秦剛報道官は支那国軍の将校が起訴されたサイバー攻撃は「米国が捏造した」と起訴撤回を要求、サイバーセキュリティー問題で設置された米中の作業部会の活動中止を表明した。
オバマ米政権はサイバーテロを口実に支那人将校を起訴することで、南支那海における支那の動きを牽制する意向を強く打ち出した。だが、支那側は強気で反発しており、米国の牽制は形だけで終わる可能性が高い。
●五月一八日、ベトナム国内で広がる反中デモについて、ベトナム当局は警官隊を大量動員して封じ込める対応に転じた。当局はこれまで一連のデモを事実上容認してきたがデモ隊の一部が暴徒化して死傷者が出る事態となり、支那から激しく抗議されたのを受けて、方針を大きく転換した。
 ハノイの治安当局者は、「中国政府の要請に基づく指令だった」ことを明らかにした。ただ、デモ取り締まりを強化すれば、反中意識に火が付いた市民の批判の矛先が政権に向かいかねず、世論と支那との板挟みとなった政府は対応に苦慮している。
 一方、新華社通信などによると同日、支那外務省はベトナムの支那系企業で働いていた支那人ら約三〇〇〇人を帰国させたと発表した。また、ベトナムへの渡航自粛要請を出したほか、両国間の観光交流なども中止するという。
 五月一九日、南支那海での支那とベトナムの対立の深刻化を受け、支那外務省は「両国間の交流計画を部分的に中止する」と発表した。
 同日、北京紙、新京報などは、同省報道官の「追加措置を取るかどうかを検討する」などの強気の談話を掲載。さらに、支那政府がチャーター機や大型客船四隻を派遣し、自国民の保護に当たっていることを強調した。英字紙、チャイナ・デイリーは社説で、抗議行動を制御できないベトナム政府を「無能」と非難した。
 報道を自粛してきた支那のメディアは一九日付で報道を事実上「解禁」した。支那国内では当初、ベトナムとの問題に関する報道は抑制されたものだったが、反中暴動で支那人二人が死亡したことなどをふまえ、弱腰との批判を避けたい当局が方針を転換した可能性もある。
 五月二一日、ベトナムのズン首相は訪問先のフィリピンでアキノ大統領と会談し、南支那海情勢について協議した。会談後、両首脳は、同海域で石油掘削に着手し艦船を派遣している支那の行動を「地域の安定と平和に対する挑戦」と非難する声明を出すとともに、石油掘削の即時中止を求めた。
 両首脳は、支那は国際法に違反しているとの認識で一致。ズン首相は、国際社会に支那非難を続けるよう求めた。両首脳は海洋安全保障面での協力強化を図ることでも合意するなど、南支那海情勢をめぐる立場の一致をアピールして支那を牽制した。
●南支那海での石油掘削をめぐる中越衝突が発生して以来、関係諸国の猛反発のなかで支那の孤立化が目立ってきている。東南アジア諸国から総スカンを食った結果となっており、外交的に見れば、支那にとって大いなる誤算と失敗である。
今回の一連の騒動は、支那側が一方的に仕掛けたことで発生した。問題は何故この時期に支那側が騒動を仕掛けたかにある。支那側はあえてASEAN首脳会議開催の直前というタイミングを選んで、このような挑発的な行動に至ったのか? その結果、ASEAN諸国の結束を促して、最も支那びいきのミャンマーまで離反させる支那自身の孤立化を自ら招いている。
その背景には、支那国内における熾烈な権力闘争がある。
ベトナムとの係争海域で今度の掘削を実施したのは、中国海洋石油総公司である。同公司は江沢民元国家主席系の傘下にある巨大な権益集団で、習指導部は昨年夏から、国務院国有資産監督管理委員会を使嗾して同公司を標的に大規模な腐敗摘発を行ない、同公司の権益奪取に着手していた。
 習指導部の腐敗摘発の標的にされた江沢民系勢力が習指導部を外交的窮地に追い込むために仕掛けたのが、今回の騒動の発端である。支那国内の権力争いが周辺諸国を巻き込む騒乱事件を引き起こすほど熾烈化しており、その成り行きによっては支那分裂にまで発展する可能性も秘められている。
平成二六年五月二四日記