高まる米中軍事対立への一考察 
      (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年6月15日発行第406号)

●五月二六日、ベトナム(越)紙トイチェ(電子版)によると、南支那海の西沙諸島近海で越漁船が支那の漁船から体当たりされ沈没した。船に乗っていた漁民一〇人は別の越船に救助され無事だった。
翌二七日、越外務省のビン報道官は支那漁船が越漁船に体当たりをし、沈没させたとした上で「ベトナムの主権や管轄権を侵害し、南支那海情勢を一段と複雑化させる行為だ」と非難。その上で支那に対し「ベトナム漁民の生命や財産に重大な損害をもたらす非人道的な行動」を止め、漁民に補償するよう要求した。
翌二八日、越漁業監視部隊は西沙諸島付近にある支那の石油掘削施設に接近しようとした越船に中国船が体当たりし、越船が軽い損傷を受けたと発表した。支那は二七日までに掘削施設を当初の場所から東北東に約四三キロ移動させた。新たな場所でも双方が睨み合い、緊張が続いている。
 南支那海の領有権争いを抱える中越は最近、支那の石油掘削作業をめぐり衝突。五月に入り越で支那に抗議するデモが相次ぎ、支那外務省は五月一八日、観光など「両国間の交流計画を部分的に中止する」との声明を発表していた。
五月二八日、ズン越首相は米上院外交委員会の東アジア・太平洋小委員長を務めるカーディン上院議員とハノイで会談し南支那海での支那の石油掘削作業について、米国がより大きな声で非難を続けるよう要請した。
 ズン首相は、支那の行動は国際法違反で地域の平和と安定を脅かしている、と強調。米国が批判の声を上げたことに謝意を表明した。カーディン議員は支那の挑発的行動に深い懸念を表明、五月末にシンガポールで開かれる予定のアジア安全保障会議で今回の問題を提起するとの考えを示していた。
●五月三〇日からシンガポールで開催された「アジア安保会議」(シャングリラ対話)で、安倍首相が基調演説を行ない、支那を正面から批判した。アジアにおける対中姿勢の明確な変化が背景にあり、この安保会議は今後の国際政治に重大な意味を持つことになる。
 安倍首相は「既成事実を積み重ね現状の変化を固定する(支那の)動きは強い非難の対象である」「南支那海での紛争を回避するため実効ある行動規範ができることを期待する」「航行や飛行の自由を保全するためアセアン各国への支援は惜しまない」「集団的自衛権や国連平和活動を含む法制基盤の再構築について日本国内で検討を進めている」と演説した。すなわち、日本政府は従来の消極的関与からアジアの安全に関して強い積極性を示したのである。
 シャングリラ対話は二〇〇二年からシンガポールのシャングリラホテルで継続されているが、日本の首相が参加したのは初めて。またアセアン諸国へ対中包囲網の形成を示唆し、アジアの安全保障に日本が積極的に乗り出す姿勢を示したことは今後、多岐の分野で相当な影響を持つことになる。
 シャングリラホテルの舞台裏ではもう一つ重要会談が進んでいた。安倍首相は小野寺防衛大臣と共にヘーゲル米国防長官と会談し、対中軍事戦略に関しての日米防衛提携会談をもった。
 ヘーゲル長官は「ベトナム、フィリピンと領有権を争う海域で埋め立てや掘削作業を強行する中国は(地域を)不安定化させている」と名指しで支那を批判したうえで、①支那は地域諸国と協力して地域を安定させるのか、②平和と安全保障を危機にさらすのか、「二つに一つだ」と迫った。
ヘーゲル発言に対し支那は猛反発。王冠中・副総参謀長は「根拠がない。アジアの平和は中国抜きには成立しないし、火に油を注ぐような米国発言は歓迎できない」と居丈高。
 同会議に出席していた朱成虎国防大学教授(現役少将)は「米国は重大なミステークを犯した。米国は中国に敵対するのではなく『パートナー』として扱うべきではないのか」と非難した。
 朱少将は中共軍の強硬派を代弁し「核の先制使用も辞さない」と物騒な発言をして、米国でもっとも嫌われる軍人論客だが、続けてこう言った。
「もし米国が敵対を続けるのであれば中国はそれなりに対応しなければならなくなるだろう。中国は米国の忠実な友であるにもかかわらず」(六月一日ウォールストリート・ジャーナル)。
 オバマ政権のなかで、ヘーゲル国防長官がもっとも強硬な対中論を主張している。だが、国務省は親中路線を維持しており、日本の突出を寧ろ抑える側にある。したがって支那は米国内の矛盾と日米離間を巧妙に突いており、ひたすらシャングリラ対話でも強硬路線をまくし立てた。すなわち、オバマ政権内の深刻な亀裂が浮き彫りとなった「日米防衛対話」でもあった。
●支那メディアのBWCHINESE中文網は六月五日、「中国の極超音速兵器が米国を不眠にさせる?」と題した記事を掲載した。
五月二七日付米紙ウォールストリート・ジャーナルが国防総省消息筋の話として報じたところによると、米国は韓国領内に先進的な終末高高度防衛ミサイル(THAAD)を配備することを検討している。米国は韓国を米国が主導する地域のミサイル防衛システムに組み込みたい考えだが、いまだに望みどおりにはなっていない。
 米国は何度も「アジア太平洋ミサイル防御システムは中国に向けたものではない」と表明しているが、その長期目標が「支那」であることは明らか。関連資料は支那が試験発射した極超音速飛行体はマッハ八~一二の間であることを示しているが、この速度は米国がアジア太平洋に配備したミサイル防衛システムを名ばかりの存在にさせることが可能。
仮に支那が試験発射に成功したとされる極超音速飛行体が正式に配備されれば、米軍の空母は支那の標的になる。このことが、さらに米国を不眠にさせているというのだ。
六月五日、米国防総省は支那の軍事動向に関する年次報告書を発表し、支那が東・南支那海での「潜在的有事」に備え、軍事力と演習を強化しているとの脅威認識を示した。
 報告書は「中共軍は台湾海峡有事、さらに南支那海、東支那海での潜在的有事に備えている」と指摘。支那海軍が「沿岸戦闘能力を強化しており、昨年新型コルベット艦(江島型)九隻が就役した」ことや、支那海警局で「二〇一一~一五年の計画で、少なくとも三〇隻の巡視船を追加する」ことを根拠に挙げ、米国の同盟国を含む周辺諸国との間で「摩擦を増加させている」と指摘した。
 さらに、昨年一〇月から一一月にかけ、西太平洋の公海上で東海艦隊など支那海軍の三艦隊が連合で参加する軍事演習を実施するなど、「実際的な戦闘シナリオに基づく訓練」を行なっていることも根拠として例示した。
 また支那が東支那海上空に設定した防空識別圏については「防空圏の中国の運用を、米国は受け入れも認めもしない。米軍の行動は変わらない」と改めて強調。昨年九月に「恐らく東支那海で初めて無人偵察機が運用された」とも指摘した。
 こうした動きを総括する形で、報告書は「中国軍の能力、戦略決定の透明性の欠如が、地域の懸念を増加させている」と批判した。
 一方、開発が難航していた「巨浪2号」(JL2)とみられる推定射程距離約七四〇〇キロの潜水艦発射弾道ミサイルが運用段階に入り、年内に原子力潜水艦(晋級)に搭載される可能性があると指摘。建造中の国産空母は数年以内に運用可能になると予測した。
 翌六月六日、支那国防省は、米国防総省が前日五日に公表した支那の軍事動向に関する年次報告書で、支那の利益拡大戦略に懸念を表明したことに対して「中国の軍事脅威を騒ぎ立てる、出鱈目な非難だ」と反発した。
 同省は報告書の分析について「断固反対する」としつつ、内容を精査した上であらためてコメントするとした。
●六月五日、フィリピンのアキノ大統領は、支那と領有権を争う南支那海の南沙諸島で、新たに二ヶ所の岩礁で埋め立てを行なう支那の動きが確認されたと述べた。現場で撮影された作業船は、支那がフィリピンの抗議を無視して埋め立てを進めるジョンソン南礁で使われたものとして確認を急いでいる。
 アキノ大統領はテレビのインタビューで、同礁に関する質問に対して現状を説明。この中で「係争中の別の海域でも開発が始まったようで、再び困惑している」と述べ、場所についてはガベン礁とクアテロン礁であるとした。両礁はかつてベトナムが領有し、一九八八年に支那が占拠している。
 新たな埋め立てについて、デルロサリオ外相は記者団に「動きは把握しており、状況を確認している」と述べた。
 ジョンソン南礁をめぐってはフィリピンが自国の排他的経済水域(EEZ)内だと主張。支那が実効支配する暗礁を埋め立て、滑走路建設とみられる工事を始めたことは国連海洋法条約に違反するなどとし、支那に抗議している。
●支那による南支那海におけるベトナムやフィリピン、及びASEAN圏の国家との軋轢をめぐる米国の反応は、軍事分野で米中対峙警戒感が高まっていることを示す。だが外交分野では米中野合を模索する動きが強まっており、オバマ政権内の支那戦略をめぐる亀裂が支那を慢心させている傾向を浮き彫りにしている。
その趨勢にあって、日本政府は今回のシャングリラ対話でASEAN諸国への肩入れを鮮明に打ち出した。その一方でわが国政府は、憲法解釈の変更で集団的自衛権を行使できるよう法整備を急いでいる。
憲法を改正して自衛隊を正式な国軍として認知しない限り、自衛隊は軍の統帥権が曖昧なままの武装集団になってしまう。そして憲法解釈だけで集団的自衛権の行使を容認することは、わが国が軍事統帥権を放棄し、他国(実質的に米国)に献上するに等しい結果となる危険性が高い。すなわち、国家主権の放棄である。
 支那の軍事拡張脅威に備えての集団的自衛権の行使容認は重要である。だが国家主権の放棄という愚昧に留意しなければ、自らの頸を絞める結果となりかねない。自存自立の意志なき安保構想は、絵に描いた餅に過ぎない。
平成二六年六月七日記