中東再編とイラク三分割 
  (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年7月1日発行第407号)

●六月七日、イラクの首都バグダッドで爆弾を積んだ車などを使ったテロが一〇ヶ所以上で相次いだ。
六月九日、イラク北部キルクーク近郊トゥズフルマトで少数民族クルド人の政党、クルド愛国同盟(PUK)の事務所を狙った爆弾テロがあり、少なくとも三〇人が死亡した。
六月一〇日、イラクの警察幹部によると、同国北部モスルが数百人規模の武装集団に掌握された。同集団は中央刑務所から受刑者一〇〇〇人を逃がしたとされている。
 同幹部らによれば、武装集団は国際テロ組織アルカイダ系の「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)あるいは「イラク・レバントのイスラム国」(ISIL)とされる武装組織のメンバーとみられ、多数の外国人も含まれている。なお本稿ではISILとして筆を進める。
 現地からの報道によると、モスルではISILの武装集団が市内を巡回し、住民支配強化を目指した引き締めを図っている。ISILの過酷な支配の実態は住民にもよく知られており、弾圧への恐怖から、モスルの人口の四分の一に相当する五〇万人規模の人々が市外に脱出したとの情報もある。
 ロイター通信などによると、ISILの武装集団が六月一〇日から一一日にかけ、同国最大の製油施設がある北部サラヘディン県バイジや同県の県都ティクリートを襲撃し、マリキ政権に対する攻勢を強めている。
 これに対し、イラク国会のヌジャイフィ議長は「モスルを奪還するために地域住民を動員した作戦を進めている」と説明。六月一〇日、マリキ首相はISILと戦う住民に武器を配布する考えを示している。
六月一一日、国際移住機関(IOM)はモスルから五〇万人以上が周辺地域に避難したと発表。隣国トルコの政府当局者は、同国の在モスル総領事を含む領事館員ら四八人が武装集団に拉致されたと明らかにした。
●突然その存在感が高まった「ISIL」はイスラム原理主義過激派。イラクばかりかシリア、レバノン、イスラエルまでを含む地中海沿岸に宗教戒律を厳格化する国家建設を掲げ、首都のバグダッド陥落を目指している。
 ISILはイラク戦争中にテロを繰り返したアルカイダに刺戟され、「イラク・イスラム国」を名乗って急激に肥大化してきた武装組織で、シリア内戦に介入した「外人部隊」。二〇一一年にいまの組織名に変更した。指導者はアブバクル・アル・バグダディとされている。
 軍事訓練を積んだ構成員が急激に増えているのは各地で刑務所を襲い囚人らを強制入隊させることも一因だが、基本的にスンニ派で、シーア派に反目する若者の志願兵も目立ち往時のアルカイダをしのぐ大勢力となっている。
 資金の背景はサウジアラビア説が有力。また今回武装進撃を始めたISIL勢力の武器は最新式の米国兵器で、同組織を指導しているのは米系の民間軍事組織だともされている。
 マリキ政権はシーア派で背後にイランがあり、旧サダム支配下で優勢だったスンニ派住民を虐殺している。このため、ISILはマリキ政権打倒を掲げ、シリア・イラク国境付近から出撃し、モスルを陥落させ、一一日までにフセイン元大統領の出身地キルキーク、ファルージャを軍事的に掌握した模様。マリキ政権は反撃能力に欠け、政府軍は逃亡しているという情報もある。
●この経過と組織の命名ぶりから次のように推測できる。

①ISILはあくまでもイラクが拠点で、イラクをスンニ派原理主義国家に回復させようとしている。
②レバントは地中海地域と訳すことが適切である。第一次世界大戦で中東最後の帝国オスマントルコが敗れたことを奇貨として、中東の石油利権獲得を目論む英仏は一九一六年のサイクス・ピコ条約によって中東を細分化した。ISILはサイクス・ピコ体制解体を大戦略に据えている。
③微妙な立ち位置にあるサウジアラビアがシリアのアサド政権を守護している。この点で米国と対立している。イランをもっとも警戒するサウジは、イラクがスンニ派国家に戻ることに理解を示している。

 中東はこれほどに魑魅魍魎の跳梁跋扈する世界なのである。砂漠の蜃気楼のごとく突如出現した武装組織が、いきなりバグダッドに進撃するわけだから、明日の情勢がどうなるか、誰にも分からないであろう。
一連の動きが急速化した背景には次のような周辺状況の変化がある。

①アフガニスタン攻撃への北からの重要補給基地だったキルギスのマナス空港に駐屯してきた米軍海兵隊二〇〇〇名を米国が撤退させ、同基地を閉鎖(六月三日)。
②パキスタンの商業都市カラチ空港が襲撃され、多数の死傷者が出たが、空港内にあった治安警察学校が破壊されていた(六月八日)。
③支那新彊ウィグル自治区で展開されている爆弾テロ事件の一部にアルカイダ系組織の影があるが、従来のウィグル自治区に限定されてきた攻撃が支那全土に広がっており、背後に国際的な支援組織との連帯が見られる。すなわち、イスラム過激派が世界的規模で一斉攻勢に転じた可能性を否定できない。

 六月一二日、ISILはネット上の声明で、首都やシーア派聖地の中部カルバラやナジャフへ進撃すると表明。シーア派主導のマリキ政権との戦いを「ジハード」(聖戦)とみなしており、攻撃やテロが勢いを増せば宗派対立の再燃や報復の連鎖につながる。
●六月一一日、アーネスト米大統領副報道官は「情勢は深刻だ」と強い懸念を表明、イラク政府に追加支援を行なう方針を示した。
六月一二日、オバマ米大統領はイラクで勢力を拡大しているISILが首都バグダッドに迫っていることを踏まえ、イラクのマリキ政権を支援するため「あらゆる選択肢を排除しない」と述べ、軍事行動の可能性に言及した。イラク側が求めている無人機による空爆も排除しなかった。
 イランはこの間、バクダッドの北に位置するディヤラ県でイスラム武装勢力と戦うイラク政府の治安部隊を支援するため、革命防衛隊の隊員約五〇〇人を派遣した。
六月一三日、イランのロウハニ大統領はイラクのマリキ首相への電話で「テロと戦うためにあらゆる支援を行なう」と明言した。イラン革命防衛隊がイラクに派遣され、ティクリート周辺などでイラク政府軍と合同作戦を展開しているとの報道もある。
 イラク情勢が悪化するなか、オバマ米大統領はイラク政府への支援の必要性を指摘したが、米国が支援に乗り出すまで「数日」かかるとの見通しを示した(六月一三日)。
六月一六~一七日にかけて、バグダッドへの進撃を目指すISILは首都近郊のバクバでマリキ政権側の部隊と激しく交戦した。六月一七日、バグダッドなどで爆弾テロが相次ぎ二〇人以上が死亡。首都の治安も急速に悪化している。
一方、ISILはモスルの中央銀行支店から四億ドル(約四〇八億円)以上を奪ったとされ。またイラク軍が放棄した車両や戦車、重火器なども手に入れており、戦闘は長期化が危ぶまれている。
●六月一七日、米ホワイトハウスはオバマ大統領が一八日に上下両院の幹部とホワイトハウスで会談し、緊迫しているイラク情勢をめぐり意見交換すると発表した。これに関連し米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は一七日、米政府当局者の話として、大統領がイラク空爆を当面見送ることを決めたと報じた。
 AP通信は、オバマ大統領が一九日に声明を発表し、ISILに対抗するため、一〇〇人規模の特殊部隊をイラクに派遣する方針を表明する見通しだと伝えた。特殊部隊はISILの進撃阻止に向け、イラク軍への助言、指導や現地の情報収集を行なうとみられる。
六月一九日、オバマ大統領は記者会見で、宗派対立の原因となっているイラクのマリキ首相の退陣が望ましいとの考えを示唆した。また、大統領はイラク政府とISILによる「内戦」に発展することへの懸念を何度も口にし、マリキ政権への強い不満をあらわにしている。ケリー国務長官も、「新政府の樹立が速やかになされることが極めて重要だ。イラク人は、首相と政府を選ぶ議会制度を持っている」と記者団に述べた。
イラクでは、マリキ首相が率いる「法治国家連合」が第一勢力となった今年四月の総選挙を受け、連立政権協議が進められていた。
六月二〇日、米中央情報局(CIA)のペトレアス前長官は英紙デーリー・テレグラフとのインタビューで、米国はイラクで攻勢を強めるISILの指導部などを標的とする限定的空爆を実施すべきだとの認識を示した。
 過去にイラク駐留米軍司令官も務めたペトレアス氏は、「イスラム国」には豊富な資金があり、テロ集団というよりも「テロリスト軍」と呼ぶべき組織だと指摘。イラクだけではなく、欧米にとっても深刻な脅威となっていると主張。シーア派主導のイラク政府に対しては、宗派の違いを乗り越えて国民融和を実現するための行動が必要と呼び掛けた。
●プーチン露大統領は六月二一日までにイラクのマリキ首相と電話会談し、ISILの攻勢にさらされている同国政権をあらゆる形で支援すると述べた。米国がイラク問題でマリキ政権の支援姿勢を強めるシーア派大国イランの協力を仰ぐ可能性も視野に入れ、ロシアは友好関係にあるイランに同調し中東地域での影響力拡大を図りたい考え。
 米国主体の有志国は二〇〇三年、ロシアなどの反対を押し切って対イラク開戦に踏みきり、プーチン政権に強い屈辱感を与えた。ラブロフ露外相はISILの攻勢について、「米英による投機的行動の完全な破綻を示している」と述べ、イラクの現状が軍事介入の帰結であると批判した。
 ロシアはウクライナ情勢をめぐって米欧から追加制裁を科される可能性に直面しており、イラク問題を対米牽制の材料とする公算が大きい。
 イラク情勢が突如内戦位相に陥った背景には米、サウジ、イランなどの思惑があり、一歩間違えればロシアをも巻き込んだ第三次世界大戦的な混乱に発展する危険性が秘められている。当座はイラクは三分され固定化するであろう。 平成二六年六月二二日記