反日気運に昂揚する韓国のジレンマ 
       (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年12月15日発行第417号)

●一一月二七日、韓国の朴槿恵大統領に関するコラムをめぐり、名誉毀損で在宅起訴された産経新聞の加藤達也前ソウル支局長に対する事実上の初公判がソウル中央地裁で開かれた。弁護側は事前に提出した意見書を通じ、朴大統領への誹謗目的はなかったなどと主張して起訴内容を否認。無罪を主張し、全面的に争う姿勢を示した。
 意見陳述で、加藤前支局長は「朴大統領を誹謗する意図は全くなかった。誠実に裁判に臨みたい」と語った。
 弁護側は意見書で、名誉毀損の「被害者」である朴大統領に、加藤前支局長を処罰する意思があるのかないのかについて確認するための捜査が一切行なわれていないと検察当局を批判した。
 朴大統領から直接聴取するのは困難だったとしても、文書を通じて大統領の意思を確認することは可能だったはずだと指摘。被害者が大統領であっても特別待遇は許されないなどとして、今後の公判では処罰意思の有無について朴大統領に確認しなければならないと主張した。
 また、旅客船セウォル号沈没事故という大惨事の当日に、国政の最高責任者である大統領がどこで何をしていたかは極めて重要な関心事であり、それについての疑問を提起したコラムは公益性があると強調。朴大統領を誹謗する目的は全くなかったと主張した。
 加藤前支局長は検察側による出国禁止の延長措置などで三ヶ月以上出国できない。弁護側は措置の速やかな解除を改めて要請した。
●加藤前ソウル支局長が、朴大統領の名誉を毀損したとして在宅起訴された裁判の事実上の初公判。ソウル中央地裁には韓国メディアに加え、公判の傍聴を希望する日本などの報道関係者七〇人以上や一般市民が集まり、韓国内外での関心の高さをうかがわせた。
 スーツ姿の加藤氏が地裁に入った際、カメラのフラッシュが一斉にたかれ、韓国メディアの記者がマイクを差し出して質問を浴びせた。加藤氏は答えず、無言で法廷に向かった。
 地裁には産経新聞を批判する市民団体のメンバーも押し寄せた。メンバーらは公判の冒頭、法廷内で「加藤達也、韓国国民に謝れ」「加藤を拘束せよ」などと叫んだほか、加藤氏を非難するプラカードを掲げ、数人が退廷を命じられた。
 閉廷後には同地裁の駐車場で、保守系団体メンバーらが加藤氏の乗った車に生卵を投げつけたり、車のボンネットに寝転がったりして通行を妨害する騒ぎがあった。
 関係者によると、退廷した加藤氏と弁護人らが裁判所敷地内駐車場に停めてあった車に乗った直後、一〇~二〇人の男らが車を取り囲んだ。男らは生卵を投げつけ、「加藤達也は謝罪しろ」と書かれた紙を車体にベタベタと貼り付け、何人かは車の進行方向に座り込むなどして走行を妨げた。
●韓国検察当局による産経新聞の加藤達也前ソウル支局長の在宅起訴と前後して、米政府が韓国政府に、「言論・報道の自由」を阻害するという観点から懸念を伝達していたことが、一一月二七日までに明らかになった。
 米側は外交ルートを通じ、①米政府は言論・表現の自由を支持している ②韓国の法制度には、政治指導者を批判した者が罰せられ、取材活動を抑制する恐れがあるという懸念がある……などを伝えた。
 こうした問題点を米政府はかねてより、国務省の「国別人権報告書」で指摘してきた。加藤前支局長のケースは米政府の憂慮の核心をなす事例といえる。伝達した内容は言論・報道の自由に対する基本的な立場を示すものだが、実質的には韓国側に抑制的な対応を求めたものだといえる。
 背景には、この事案が日本と韓国の外交問題に発展したことから、両国関係がさらに悪化することを抑止するという思惑もある。
 米政府は公判と判決の行方を注視している。加藤前支局長に対する出国禁止措置が長期化していることについても、人道上の観点から憂慮している。
●一一月二八日付の韓国紙・世界日報は、朴大統領の元側近の男性が政権ナンバー2とされる金淇春秘書室長の追い落としを図るなど、政府高官人事に介入していた、と報じた。大統領府は事実無根と否定し、同紙を刑事告訴するとしているが、野党が調査を要求するなど騒ぎが広がっている。
 元側近は朴大統領の国会議員時代の秘書室長の鄭ユンフェ氏。四月の旅客船セウォル号沈没の当日、朴大統領が密会していたとの噂が広がり、これについて記事を書いた産経新聞前ソウル支局長は、朴、鄭両氏の名誉を毀損したとして在宅起訴された。
 世界日報によると、大統領府の「公職紀綱秘書官室」が監察に基づき今年一月に作成した文書を入手。文書には、大統領府で朴大統領の最側近グループと目される三人を含めた一〇人の高官が定期的に鄭氏と会って政権の情報を伝え、同氏から人事に関する意見を聞いていることが記されている。
 大統領府の総務秘書官らは、報道は事実無根として世界日報紙社長と編集局長、社会部長、記者ら六人を名誉毀損容疑で告訴した。
 韓国内で関心が集まっているのは、言論の自由よりも鄭氏をめぐる政治スキャンダル。裁判では、検察側が、鄭氏と、鄭氏が沈没事故当時に会っていたと主張する占い師を証人申請し認められた。起訴前の今年八月に社説で《産経新聞の韓国冒涜は度を超えた》と痛烈な産経批判を展開した東亜日報も「鄭ユンフェ~占い師 法廷に立つ」との見出しの記事を掲載し、鄭氏らの証人尋問について「コラムが虚偽であると立証するのが目的だ」と報じた(一一月二八日)。
 二七日の裁判閉廷後、加藤前支局長の車に保守団体のメンバーが卵を投げつけた問題では、韓国警察が監禁や脅迫などの容疑で捜査を始めた。
●一一月二六日付の韓国紙中央日報によると、専門家は韓国経済が二〇一五年以降、長期的な低迷状態に陥ると予測している。
 韓国の全国管理人連合会が証券業界関係者や学者など経済の専門家三八人に対して行なった調査によると、一五年の韓国経済に関するキーワードとして、四四・七%が「長期的な経済停滞」を挙げた。二番目に選ばれたキーワードは「低成長、低利率、低消費の常態化(ニューノーマル)」だった。多くの専門家が「供給過剰の状態が長期に及び、経済成長の原動力である投資と雇用の縮小が長期的な経済停滞を引き起こす状態」を憂慮している。
 また、経済の長期的な低迷状態を脱するための策として、三九・五%が「サービス業中心の産業構造に転換する」、二八・九%が「経済成長を牽引する企業や製造業に対し、政府が集中して支援すべき」を挙げた。
●一二月一日、韓国の朴大統領は経団連の榊原定征会長ら韓国訪問団と会談した。日韓首脳会談の早期実現の必要性を訴えた訪問団に対し、朴大統領は慰安婦をはじめとする歴史認識問題に言及、日本側に「真摯な提案」を求めた。一方で、日韓が外務省局長級協議を続けていることを念頭に、「韓国側も環境を整備していきたい」と述べた。
 経団連によると、朴大統領は「来年の日韓国交正常化五〇周年を、ともに祝うことができる環境を整えることが大事だ」と述べ、経済界が求める関係改善の重要性に理解を示したという。
 その上で「日本側には慰安婦をはじめとする歴史問題での傷を癒やすために真摯な努力をすることが必要」と指摘。さらに、「首脳会談は両国の長期的な発展のために成果を上げられることが必要。過去の教訓を踏まえて準備したい」と述べた。
 これに先立ち、経団連と韓国の経済団体である全国経済人連合会(全経連)は、七年ぶりの定期会合を開き、両団体が首脳会談の実現への環境づくりに努力することを盛り込んだ共同声明を採択した。
 七年ぶりに実現した経団連と韓国・全国経済人連合会(全経連)との定期会合は、ウォン高に苦しむ韓国財界が、日韓関係の改善に活路を見出そうとしている姿が浮き彫りになった。
 定期会合に参加した韓国LG商事の李煕範顧問は韓国経済の情勢分析で、「円安ウォン高で対日本企業との競争力が落ち、新興国市場への輸出が減速している」と述べて、為替変動に伴う窮状を隠さなかった。
 日本側の関係者は「経団連の韓国訪問をテコに、朴大統領の対日政策の転換を心から望んでいるのは韓国財界だ」と指摘している。
●日韓関係の改善に向け、韓国の朴大統領が慰安婦問題など歴史認識問題で日本に「真摯な提案」を求める一方、歴史認識問題の解決では「韓国側の環境整備」を進める意向も示したことが関心を集めている。
 朴大統領の発言は、一二月一日に経団連の榊原定征会長らと大統領府で会談した際のもので「環境整備」が具体的に何を意味するかは不明。朴大統領は昨年二月の政権発足後、慰安婦問題で日本を批判し続けてきたが、対日譲歩とも受け取れる発言は、公の場では今回が初めてとされる。
 日本での対韓感情悪化については「朴大統領も十分に把握し、懸念している」(関係筋)とされ、強硬姿勢一辺倒では日韓関係は平行線をたどることを考慮した上での発言とみられる。
 朴大統領は日韓国交正常化五〇年の来年を「新たな出発の年」にする意向を明言しており、ソウルの日韓外交筋の中には「現実を直視し自ら対日姿勢を軟化させた」と歓迎する向きもある。
一二月四日夜、ソウル市内で天皇誕生日を祝う在韓国日本大使館主催のレセプションが行なわれた。レセプションが始まる前の四日夕、会場があるホテルの入口付近には反日団体のメンバーら一〇人前後が集まり、「日本大使館は日本に帰れ」などと叫んだ。
 一連の流れは、朴政権発足以来の反日煽動が韓国世論に浸透している一面を象徴している。同時に韓国経済の悪化が進捗し、日本の助けを借りたい本音の狭間で足掻くジレンマに揺れている内実も浮き彫りにしている。経済の悪化がさらに深刻化すれば、朴大統領の醜聞騒動が活発化して、朴政権がレームダック化する可能性が高くなり、日韓関係は正念場を迎えることになるであろう。 平成二六年一二月六日記