北朝鮮サイバーテロへの一考察 
     (世界戦略情報「みち」皇紀2675(平成27)年1月15日発行第418号)

●北朝鮮金正恩第一書記の暗殺を描く映画を制作した米ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(SPE)がハッカー攻撃を受け公開中止を決めたが、オバマ米大統領はこの問題に関し平成二六年一二月一九日、同社の判断が間違いであるとの見解を表明した。
 大統領はSPEが抱く懸念には同情できるとしながらも、封切り中止では「過ちを犯したと思う」と指摘。今回のような方法での処理には同調できないとも語った。そして「どこかの独裁者がここ米国で検閲を強いることができるような社会であってはならない」と強調。「独裁者が次に気に入らないニュースやドキュメンタリーを見付けた場合に、新たにしでかすことを想像して欲しい」とも説いた。
 ハッカー攻撃の問題では、米連邦捜査局(FBI)が同一九日、北朝鮮政府に責任があるとする捜査結果を正式に発表した。
大統領は今回の攻撃に対し相応の対抗措置を講じる考えも示したが、詳細には触れなかった。また、米国はこれまでサイバー空間の安全管理の基盤強化に努めてきたが、今回のような不正侵入も時には発生するだろうとの見方も示した。
●北朝鮮は国家元首である金正恩第一書記が暗殺される映画「ザ・インタビュー」が制作されているという情報が流布された昨年七月頃、映画制作の中止を訴えていた。
 昨年一一月二一日、SPEが何者かによるハッカー攻撃を受け同社従業員の個人情報やパスワード、幹部社員の給与明細、さらには同社が制作した未公開映画の台本などがコピーされた。犯人はその後サーバー上の情報を全部削除してしまったと伝えられている。
同年一二月に入って米国のマスコミなどが、SPEにハックし情報を盗み出して、一部を共有サイトに流したのは、映画「ザ・インタビュー」に関連しているのでは、との憶測情報を頻繁に流し始めた。その憶測キャンペーンは、SPEにハッカー攻撃を仕掛けたのは北朝鮮の特殊部隊の可能性が高いとの情報操作に近い内容であった。そして一二月一六日になって、犯人組織が映画「ザ・インタビュー」に言及し、暗に上映禁止を要求し始めているとの憶測情報が流布された。その憶測情報を受けFBIは一二月一九日にSPEに対するサイバー攻撃が北朝鮮の犯行と断定した。オバマ大統領はその断定に基づいて、同日、北朝鮮を非難する声明を発表したのである。
 オバマ米大統領がSPEへのサイバー攻撃を北朝鮮の犯行と断定して強く非難したのは、北朝鮮が米国を象徴する映画産業を標的に、サイバー空間で自在に攻撃を加える能力を備えている事実を重く視たためだ。米政府高官はは今回の攻撃を「言論の自由を抑圧し、創作表現を窒息させようとする恥知らずな試み」(ケリー国務長官)として、北朝鮮をテロ支援国家に再指定することも検討している。
●米政府はサイバー空間を陸海空と宇宙に次ぐ「第五の戦域」と位置付け、サイバー攻撃を国家安全保障上の重大な脅威と見なしている。平成二六年五月には支那の人民解放軍将校五人が、サイバー攻撃で米企業などから機密情報を奪うスパイ行為を行なったとして起訴されたが、今回のように外国政府を名指しで批判するのは異例。
 サイバー攻撃が明るみに出るまで、米政府は北朝鮮核問題をめぐる六ヶ国協議再開に向けて直接対話を始める考えを示してきた。
 しかしオバマ大統領は北朝鮮によるサイバー攻撃は「戦争行為」ではなく、サイバー空間の「破壊行為」だとの認識を示し、相応した対抗措置を取る姿勢をあらためて示した。
 米政府は、大韓航空機爆破事件の翌年の一九八八年に北朝鮮をテロ支援国家に指定したが、二〇〇〇年一〇月に解除している。
●平成二六年一二月二四日、SPEはインターネットを通じて「ザ・インタビュー」の有料配信を開始した。同作品は米国内の独立系映画館三〇〇館でも二五日に公開された。
 同二四日、金正恩第一書記暗殺計画を描いたコメディー映画が米国で上映されたことについて、英BBCテレビはいったん上映中止を余儀なくされたことが「国際的事件」になり、言論の自由など「米国のプライドの問題になった」と報じた。BBCは、作品を見ようと映画館に駆けつけた米国人が「言論の自由を守るために来た」「誰であれ、検閲する権利はない」などと話す様子を放映した。
 一方、北朝鮮の国防委員会は二七日、オバマ米大統領を非難する声明を出した。声明は、SPEに映画の「無差別」な公開を強制し、米本土の映画館を「宥めたり脅したり」して上映させた「主犯」はオバマ大統領だと非難。「大統領の言動は常に熱帯林のサルのように無謀だ」と批判した。
 米FBIはSPEへのサイバー攻撃に北朝鮮が関与したとの見方を示してきたが、北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)は二七日、「米国が北朝鮮による攻撃だと言い張るなら、今からでも証拠を示すべきだ」と改めて反発。「米国が北朝鮮からの再三の警告にもかかわらず、傲慢で高圧的でギャングのように勝手な行動を繰り返すなら、その失政は必ず破壊的な打撃を受けることになるだろう」と警告した。
北朝鮮が主張するように、米FBIは北犯行説を裏付けるだけの証拠を一切提出していない。また米国内の専門家筋からも北犯行説には無理がありすぎるとの疑問が出されるなど、北犯行説は政治的判断が優先されたものと推察されている。
●平成二七年一月一日、 北朝鮮の金正恩第一書記は国営テレビ放送を通じて今年の施政方針に当たる「新年の辞」を発表した。
 金第一書記はその中で、「雰囲気と環境が整えば(韓国との)最高位級会談もできない理由はない」と述べ、初めて、韓国の朴槿恵大統領との首脳会談の可能性を示唆した。
 また「今年は、国家再統一に向けた取り組みをさらに前進させるべきだ」と述べ、南北統一の必要性を訴えた。
 南北統一は、韓国、北朝鮮共通の目標だが、そのアプローチは全く異なる。
 韓国の朴大統領は、南北統一が実現すれば世界の自由市場に経済的利益をもたらすとして、同盟国に自身の統一計画への支持を求めている。一方、北朝鮮は、他の資本主義国からの支援を受け、強い経済力を誇る韓国と再統一すれば、北朝鮮は事実上、韓国に吸収されるとの危機感を抱いている。
 金第一書記は、韓国の同盟国が南北再統一に関与することを望んでおらず、一日の新年の辞でも、「(朴大統領は)わが国にも関わる南北朝鮮問題の解決に当たり、『国際協調』を根拠に各国を回っているが、これは(朝鮮の)運命を諸外国の手に委ねることを意味し、わが国にとって屈辱的背信行為だ」と述べ、韓国を批判した。
 金第一書記はまた「帝国主義者と対決」した北朝鮮軍を称賛。これは、米韓共同軍事演習に反発して行なった挑発行為への言及と見られる。
●一月二日、北朝鮮がSPEに対しサイバー攻撃を仕掛けたとされる件をめぐり、オバマ米大統領は攻撃への対抗措置として北朝鮮に新たな経済制裁を認める大統領令に署名した。ホワイトハウスによると、北朝鮮の機関や政府高官の一部に対し、米国内の資産へのアクセスや米国への入国を禁じた。
 米財務省が新たな制裁の対象としたのは、北朝鮮の主要なサイバー活動を担当する情報機関「偵察総局」と、武器の取引や輸出を行なう「朝鮮鉱業開発貿易会社」と「朝鮮檀君貿易会社」の三団体。さらに、アフリカやイラン、ロシア、シリアで武器取引を行なう政府高官一〇人。
 米政府関係者によると、今回制裁の対象となった個人はソニーへのサイバー攻撃とは無関係と見られるが、彼らの氏名と武器取引担当者という地位を公表することにより、将来の取引を阻止するのが狙いだという。彼らの氏名はこれまで公に知られていなかった。ただ、これら一〇個人が米国の金融機関に資産を保有しているかどうかは定かではない。
 ルー米財務長官は、制裁について、「北朝鮮の組織を孤立させるとともに、一〇人近くの重要な工作員の活動を妨害するのが目的」とし、「今後も、この広範かつ強力な手段を用いて、北朝鮮政府関係者・組織の活動を暴露していく」と付け加えた。
●金正恩第一書記の暗殺計画を描いたコメディー映画「ザ・インタビュー」を制作したソニー傘下の米国法人SPEに対するサイバー攻撃は北朝鮮政府が関与していると米政府は断定したが、米サイバーセキュリティー専門家らから異論が噴出している。北朝鮮による犯行だとは考えにくい点が多数あるためで、内部犯行説すら浮上してきた。米政府が主張の正しさを証明するには、詳細に情報を公表する必要があるが、それでは安全保障上の最高機密でもあるサイバー分野での手の内を明かすことになりかねないというジレンマを抱えている。
一連の流れには米国が北朝鮮を敵視する政策に切り替えるため無理矢理にこじつけた可能性が暗示されている。その背景には北朝鮮を軸足に支露韓、さらには今年終戦七〇周年を迎えるわが国のあり方をめぐる米国内の政治的葛藤が隠されている。
 わが国に関して特記すれば、「戦後レジーム(体制)の脱却」を悲願とする安倍内閣が昨年の総選挙で圧勝し、今後数年、日本政治を司ることになる。米国は平成二五年暮れに安倍総理が靖国神社を参拝したことに嫌悪感を公表、安倍総理の「脱戦後レジーム模索」に異常なほど警戒感を強めている。
 「戦後レジーム」とは大東亜戦争に敗れた日本に米国が押しつけた体制を指す。それを打破するためには、ロシアと韓国との間で領土問題(北方領土と竹島問題)を解決する必要がある。
 北朝鮮は政治的配慮を優先し竹島を日本領土と認定する姿勢を示している。またプーチン露大統領は日本文明を賞賛し、米国による広島・長崎への原爆投下を非人道的と非難する姿勢を示している。安倍内閣は日露平和条約締結や日朝関係改善を模索している。一連の動きに神経を尖らせた米国は北敵視政策に転換し、日露を牽制する意向を示し始めたのである。 平成二七年一月一〇日記