黒潮文明論    索引  

               

 15 青天の下、野分の朝に祈る
      (世界戦略情報「みち」皇紀2669(平成21)年10月1日第302号)

●台風の力は、人智を超える。海辺に高波が襲い、強風は大木をなぎ倒すから、人は諦めて、逆らうことをしない。台風襲来の雲行きになれば、雨戸を閉めるだけではなく、竹を横に渡して、吹き飛ばされないように縄で縛り括る。雨が吹き込むが、戸の間にわざと隙間をつくって、風圧を逃がす。風が吹きすさんで、それが夜のさなかであれば、家全体が揺すぶられても、毛布を被って早く通り過ぎるのを祈るほかはない。あたかも過越祭の黒潮文明版のようだ。夜が明ければ、蚊帳を吊っていたから、部屋中が水浸しになり、屋根全体が抜けて、隣の敷地にどんと落ちているような、家が積み木細工になってしまったような話もある。直に当たる風を弱めるために、屋敷をまず、石垣で囲むようにもした。屋敷の南の方角には、ガジュマルや大木になるような木を植えて、あるいは、根をはって踏ん張るような竹林にしておく一工夫もある。そもそも、屋敷を四角に堀りこんで、地面の低い土地にして、屋根に当たる風を避ける工夫もある。波照間島や、渡名喜島にはそんな屋敷がまだ残っている。
 鉄筋コンクリートの米軍住宅の仕様が普及しても、窓枠がしなって、ガラスも相当な強度がなければ危ない。高層ビルはグラグラと揺すられるから、風が直撃する南端などには、まずビルは建たない。家並みが低くなるのは、当然の成行きである。台風の目に入ると、風は一瞬にしてとまる。吹き抜けるような青空がみえるようになるが、吹き返しの暴風を待つ恐怖の一瞬でもある。直ぐに強風が吹き始め、しかも逆の風向きになるから、片方にしなっていた木に逆向きの力が加わり弱っていた片側の耐久力を超え、なぎ倒してしまうこともある。
 台風が足早に通り過ぎると、人々は浜辺に急ぐ。沖の岩礁に白波はまだ立騒いでいるが、魚が打ち上げられているかも知れない。時間が経たないうちであれば、魚を拾い、魚汁にして舌鼓を打つ楽しみがある。子供も動員して一家総出で出かける。海岸のあだんの林の中にはゴミも打ち寄せられるが、南洋からの寄せものが見つかることもある。椰子の実もそのひとつだ。伊良湖の岬まで椰子の実が運ばれて、島崎藤村が名歌をつくっているが、台風に紛れ込んで運ばれてくる極彩色の蝶々なども見つかる。珍しい貝殻や海洋生物も見つかる。
●気象観測が整備されるまでは、漁船が沈み連絡船が襲われるという、事故が相次いだことも忘れてはならない。弘安四年(一二八一)の台風は、日本に襲来した元・高麗の一四万の水軍を壊滅させて神風となったが、台風の進路予想をする力が国力の目安である。米軍は台風情報を網羅的に調査計算して艦船に情報を提供している。台風の目の中に、観測の飛行機を突入させていることを誇らしげに紹介している。日本も人工衛星を打上げる国力がつき、日米欧でそれぞれ気象衛星を打上げて、その直下の海域を観測しているから、台風が生まれ熱帯低気圧になって消滅するまでを、刻一刻と観測できるようになり、海難の危険と悲しみが大幅に減ったように思う。洞爺丸、紫雲丸、屋島丸、緑丸などと悲しい海難事故が多すぎた。戦後、米軍の気象観測部隊は台風にキャサリンなどの女性の名前をつけていて、大被害を出した大型の台風の猛威と女性名前の優しさとの間に妙な違和感が感じられたものだが、占領が終わってからは、日本では台風○○号と数字の順番の呼び方になっている。
●メキシコ湾岸に大災害をもたらしたハリケーン・カトリーナなどは、市場原理主義の実験に使われ、米国の南部諸州の住民の生活水準が人種の違いによって台風の避難すらできない低劣な水準にあることが世界に明らかになり、水浸しになった住宅街を直ちに更地にし再開発して巨万の利益を上げようとした金融資本の悪業が糺弾されることにもなった。公立学校を廃止し、社会格差を意図的に作り出そうというバウチャー制度の実験などが行なわれて、後に黒人大統領を生み出す政治変化の淵源ともなった。カリブのエネルギーを吸収したハリケーンが、かの国でも神風になったといえよう。
●さて、台風はフィリピン東方海上沖マリアナで発生して黒潮のエネルギーを吸収しながら風力を強め、あるものは支那大陸や朝鮮半島を直撃するが、その多くは南西諸島を過ぎたころに、黒潮の流れに沿って同じく北東向きに進路を変えて進む。大陸の冷水を排出する揚子江からできるだけ離れるように向きを変える。三峡ダムが完成してからは台風の進路に変化があるのか、河川を付替えてアラル海が干上がったように、大自然のしっぺ返しの恐ろしさを考えておかねばなるまい。
●台風の風は暴風圏右半分の力が強く、左半分は幾分弱い。日本では二百十日ころの初秋に列島を通過するせいか、野分と呼び、野焼きをする前の下準備をする風となる。台風は人間の孤立を深めるどうしようもない自然現象だが、猛威を放出した翌朝には、列島の水辺ばかりではなく、都会の高楼の巷でも塵芥が吹き飛ばされ、天は抜けるように青く高く、思わず祈らずにはいられないような朝を迎える。(つづく)