黒潮文明論    索引  

               

 47 原発が破壊した日本の浜辺
      (世界戦略情報「みち」皇紀2671(平成23)年4月15日第336号)

●平成六年九月に京都の光琳社出版から『STILL CRAZY nuclear power plants as seen in japanese landscapes』と題する英文の写真集が出版された。裏表紙に、「Japan's 16 Nuclear Power Plants And 53 Nuclear Reactors And Planed(まま) NPP Construction Sites」とある。出版から四年後、その写真集に「Sacred Places」と題する英文が一枚の紙に認められ追加して貼られている。著者の広川泰士(ひろかわたいし)氏のホームページに「聖地」と題する和文があるので、代わりに引用してみよう。

 ここ一〇年ほど、北米、南米、アジア、アラブ、アフリカ等の、巨岩が不思議な造形で、むき出しになっている乾燥地帯へ撮影で出掛けることが多くなった。人里離れた場所なので、野宿をすることになるのだが、そんなとき、スッと気持ちが良くなることがある。神域と言われるところに行くと、気分が良くなることがあるが、それに近い感覚である。ある夜、岩の上に直に寝てみた。昼の灼熱の陽光のせいで日が暮れても暖かくて気持ちが良い。やがて、夢うつつのうちに、得も言われぬ快感を体験した。地面の下(地中)と上(上空)が体を貫いて一体になったような。そんな恍惚感であった。これらの地の幾つかは、ネイティブの人達の聖地になっていること、そしてそれらの地中には豊富な鉱物資源が確認されていることが、後になってわかった。日本でも、一例を挙げれば、古生層片岩地帯の地質分布が、紀伊半島山地の中央部を東西に横断し、紀伊水道を西に経て、四国を東西に横断し、九州へ延びているそうだ。金、銀、銅、鉛、亜鉛硫化鉄、水銀、他の分布地点と、真言密教の聖地・高野山、そして四国八十八カ所の霊場とが一致するのである。多くの山岳信仰の地、霊山、社寺仏閣のある地、これらと鉱物の関わりは非常に深いものがありそうだ。実際に岩が信仰の対象になっている所もあり、これはインドや東南アジア他の国でも数多く見受けられる。この事が何を意味するのか僕には分からないが、聖地なり神域ということで、地中のものが永い年月守られて来たのは事実であり、何か強烈なエネルギーを発するものが本来あるべき地中にあって、適度な作用を地上に及ぼしているのではないだろうか。その地を深く掘り、地中にあるものを取り出すことを固く禁じ、先祖代々守るよう言い伝えの残るネイティブアメリカンのポピ族の聖地や、同じくハヴァスパイ族の聖地、オーストラリアのネイティブ、アポリジニの聖地カカドゥ等には多量のウラニウムが埋蔵されており、地元の人々の抵抗にもかかわらず、政府は採掘を強行している。守り続けられてきた聖地への破壊行為は、その地の汚染や人々の被爆に止まらず、世界中にその輪を広げている。ポピの地のウラニウムは、彼らネイティブアメリカンの地、ロスアラモスでの世界初の核実験や、広島、長崎の原爆にも姿を変えた。やはり土地を深く掘ることを禁じているティベットにもウラニウム等の地下資源が埋蔵されているような気がする。さて、原子力発電の恩恵にあずかっている現代の我々の繁栄は、多大な犠牲の上に成り立っている訳だが、未来に対しても犠牲を強いていかざるを得ない。増え続ける、半減期二一四万年のネプツニウム237を含む高レベル放射性廃棄物をガラスで固め、コンクリートで覆い地中に埋めるしか術がないという事実。築後たった四〇年を経て解体される原子炉、その解体方法と跡地の管理問題が未解決という事実。天変地異にガラスやコンクリートが二一四万年も耐えられ、自然環境に影響を決して及ぼさないと言う事を、我々の世代が責任を持つ事が出来るのだろうか。いっそ、核廃棄物保管場と原子力発電所や関連施設の跡地に、しめ縄でも張りめぐらして聖地とし、後々の世代へ「決して近づいてはいけない、掘り返してはいけない」と言い伝えでも残したらどうだろうか。後の世代が存在していればの話しだが(一部表記改変)。

●九一年から九三年まで、三九ヶ所の列島各地の原子力発電所を巡って撮影した黙示録のような写真集だ。海岸に立地した原発が渚を破壊したことがよくわかる。近代風に海岸の往来を遮断し、人智を超える津波の如き自然の猛威を想定外と片付けて、浜辺の松林を切り倒し埋めたことが歴然としている。明治の頃にも三陸久慈の海岸が西洋人の保養地となって地元住民が立ち入り禁止となり、男女が口吸い合う者ありと風紀の乱れが聞き書きとなり、沖縄では占領軍の港の後背地をホワイトビーチなどとと呼ぶようになった。抑も黒潮の民は、浜辺を閉鎖・私物化しない。白砂に皇居前広場のように青松が加わったのが江戸時代からにしても、浜は海と陸との往来の緩衝空間であり、テトラポットを積んで液状化をモノともせずに湾を埋め立てる怖いもの知らずが跋扈したのは最近のことだ。美浜原発を遠望する浜辺で海水浴をする夏の海岸の景色が写真集の冒頭を飾る。隣の岩浜に海水浴客を追いやるが、稀人の往来の結界として境を示す鳥居が人気のない海岸に寂しく立つ。原発が、日本列島の浜辺を占領して破壊し尽くした証拠写真集である。(つづく)