黒潮文明論    索引  

                   

 

   103 南方の海の人
(世界戦略情報「みち」皇紀2673(平成25)年11月1日第392号)

●黒潮文明は、微妙に変形しつつ、朝鮮半島の沿岸にタブノキの林として、あるいは、伝統工芸の螺鈿細工の夜光貝の貝殻の輝きとして入り込んでいることを指摘した。朝鮮半島の沿岸に点々と残る(沖縄の御嶽(うたき)に相当する)堂(タン)の司祭になると、女のシャーマンでなく、いつしか男が司祭する役割になっていることも紹介した。高句麗では、南方からの民である灌奴部が有力な五部族の一つとなっている。灌奴部は、黒潮に乗って、ひとまず済州島に定着して南方から移り住んできた人々が、鴨緑江や洛東江の川筋から朝鮮半島に入り込んで行ったのだ。殷の時代の南方という呼び名が既に、馬、牛、犬、風、鳥などの動物の名前をかぶせた有力な種族と並んで、南洋からの種族を大括りする名称として存在していた。高句麗の以前の扶余国には、南方の種族がいた気配はない。黒潮文明が国を構成する有力な要素として登場するのは高句麗になってからであり、しかも、鴨緑江や洛東江から回り込むようにしているのは、大陸内部の騎馬民族の支配が強烈で、造船が行なわれ、船を操ることが必要な時代になってようやく、黒潮文明の種族として重要になっていった背景が伺える。朝鮮半島の南部では女性がシャーマンの役割を公式にすることはなく、儒教による徹底した男尊女卑社会になって行ったから、現代に至って住民の反発も激しく、外来のキリスト教が急速に普及して、しかも、熱狂に心身を浸す米国南部の福音派の教会が圧倒的になり、信徒は教会を回ってムーダンならぬ牧師のお告げを聞きに行くかの如き観を呈している。霊歌(ゴスペル)は魂を激しく揺さぶっている。
●済州島四・三事件は、昭和二三年四月三日、済州島で起こった武装蜂起にともない、南朝鮮国防警備隊、韓国軍、韓国警察、朝鮮半島本土の右翼青年団などが昭和二九年九月二一日までの期間に起こした島民虐殺事件である。事件に南朝鮮労働党が関与しているとして、政府軍・警察による粛清を行ない、島民の五人に一人、六万人が虐殺され、村の七割が焼かれた。島民の蜂起に対して、韓国本土から鎮圧するために陸軍が派遣され、政府に反抗した部隊による反乱が生じ(麗水・順天事件)韓国本土でも戦闘が行なわれた。島民の処刑・粛清は大韓民国成立後も継続して行なわれた。韓国では、責任の追及が公的になされず、事件を語ることがタブー視されてきたため、事件の詳細は未だに解明されていないが、日本では、金石範著『火山島』などによって、その概要は知られていた。二〇〇三年に至って、盧武鉉韓国大統領は謝罪したが、それまで情報操作が行なわれ、日本軍による虐殺説まで流されたことがあったと言う。朝鮮半島における黒潮文明が色濃く残っている済州島の島民は、陸封の王朝と政府から、激しい差別と弾圧の対象になっていたのであるが、現在は、韓国の経済発展が著しく、交通通信の発達とともに、その感覚は薄まっているとされる。日本に帰化した拓殖大学の呉善花教授は済州島の出身だが、韓国政府が教授の入国を拒否する事件が今年になって発生している。済州島民に対する特別な感覚がまだ残っている可能性があるのではないか。昨年の大統領選挙の得票率を見ると、全羅道と慶尚道では対照的な結果になっており、依然として地域対立が残り、それが与党野党の政治基盤となっていることが伺える。前回奄美群島復帰六〇周年のことを書いたが、復帰運動が外国占領軍に対して非暴力を貫いたことも、済州島の悲劇と比べて特筆して良いし、日本でも実行されようとした武装蜂起路線、例えば、山村工作隊に見られるような国際共産主義運動では、とても奄美と沖縄の祖国復帰は達成されなかったのではないか、などとつらつら考えることである。
●南の字は、朝鮮語でNamと読み、漢音ではNanであるが、日本語になるとm音とn音とが両方とも欠落してしまってNaになり、万葉仮名としては那、奈、奈、難などと表記される。南を大陸では奴という文字でも表現している。日本のあちらこちらに那珂、那賀、那加、名嘉、奈賀、名賀の地名があるが、ナが南か波かの意味であり、カが殷の時代に種族を意味した「加」の訓であれば、いずれも南方の海の人という意味になる。サンスクリットのナーガ、すなわち蛇の意味が、二重に付け加えられている可能性もある。徳島県の海部(あま)郡は、昔は那賀郡と言っていたが、そこには、海部郷があり、その隣に良人郷があった。良人をナヒトと訓んでいる。阿波国風土記逸文に、「阿波の国の風土記に云はく、奈佐の浦。奈佐という由は、その浦の波の音、やむ時なし。依りて奈佐という。海部は波をば奈と云ふ」とあるように、海人は波をナと言った。ナは、波や南と共通していることになる。
 ちなみに、先述の朝鮮半島の全羅道の主邑である羅州はナチューと発音する。朝鮮半島南部の大河である洛東江の洛は、ラクではなくナクと発音している。日本の川や地域の名前となっているナカ、那珂に通じる音なのではないだろうか。茨城には那珂川、徳島に那賀川がある。埼玉と東京を貫流する中川もある。(つづく)