黒潮文明論    索引  

                   
 

 116 北海道神威岬沖玉木海山
     (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年6月1日第405号)

●ウッズホールの海洋研究所で一夏のサマースクールを過ごしたのは米国が建国二〇〇年を祝った翌年の一九七七年だった。海洋法を制定する為の国連の会議が頻繁に開かれ、米国国際法学会の雑誌は、海洋法に関する記事を繰り返し特集して発行した。国際法の授業の延長線にすることを口実にして、ウッズホールでの夏休みは海岸の保養地で快適に過ごす実利もあった。Oceanographyという教科書が使われ、執筆したご当人のロス教授が授業をした。研究所の岸壁には大型の海洋調査船が係留され、その甲板には、深海に潜れるという潜水艇が搭載されているのが教室の窓から見えた。世界的な大地溝帯の北辺に位置する紅海のシナイ半島の先の海底にある火山の噴気孔の映像が授業で見せられ、モクモクと噴出する高温の海水は重金属を含んでおり、銅や鉛、亜鉛、金、銀、その他のレアメタルが集積しているとの説明がなされた。海底熱水鉱床のことである。マンガン団塊についての解説も初めて聞いた。直径二~一五センチの球形の酸化物が海底面上に分布したり、堆積物の中に埋没して、マンガンが四〇%から五〇%を占めて、銅やニッケル、コバルトなど三〇種類以上の有用な金属を含む団塊が、大洋の四〇〇〇から七〇〇〇メートルの深海底に存在することが、潜水艇で撮影された画像を使って説明された。大洋の海の中に聳え立つような水深八〇〇から二四〇〇メートルの海山の山頂は平べったいが、コバルト・リッチ・クラスト鉱床があり、海山の岩盤をアスファルトのように数ミリから一〇センチくらいの厚さで覆って、白金が微量含まれているのが特徴であるとの発見も開陳された。ウッズホールの授業でメタンハイドレートが話題になった記憶はない。米国には、西海岸のカリフォルニアにはスクリプス海洋研究所があり、海洋研究の二大聖地のようになっていた。
●ソ連潜水艦が大西洋に沈没し、米国の情報機関が秘密裏に引き揚げたのもその頃だった。ヒューズ社がオーシャングローマーという巨大クレーン船を建造してそれで引き揚げたのであるが、フレッチャースクールの国際法の教授は、万一米国の原子力潜水艦がソ連に引き揚げられたときに反対する論拠を失うとして、引き揚げを批判する論陣を張ったのが印象に残る。米ソ潜水艦競争についての軍事小説『レッドオクトーバーを追え』が映画化された頃で、米国が海洋開発の制度作りのため国際海洋法会議を主導しながら海洋開発の技術の優位を誇示していた時代だった。
●日本では深海底の鉱物資源を探査する専用船の「第二白嶺丸」を昭和五五年に建造して、マンガン団塊調査をハワイ東方の公海で行ない、昭和六二年には、深海資源開発(株)が国連の国際海底機構から、鉱区七・五万平方キロを取得している。世界中の約三四〇ヶ所の海底で熱水鉱床が発見されているが、日本では沖縄や伊豆小笠原の海域で相次いで発見されている。世界に先駆けて小型掘削機器を開発し、二〇〇六年六月に小笠原父島東方の水深五八一五メートルの海底で、世界最深記録の堆積物採取に成功している。沖ノ鳥島を起点とする大陸棚延伸申請に貢献することとなったことは間違いない。
●東大駒場寮の政治経済研究会というサークルで一緒に生活したことのある筆者の後輩である、玉木賢策大陸棚限界委員会委員(外務省参与)が国連の会議で演説中に背中の痛みを訴えて救急車で搬送、動脈瘤の手術をしたが、現地時間二〇一一年四月五日二二時三七分、ニューヨークの病院にて逝去した。東日本大震災が発生した日の早朝に米国に出立した。昭和二三年一〇月一日、山口県宇部市生まれ、享年六二歳。玉木委員は海洋底変動学の第一人者として、国連海洋法条約に基づく大陸棚限界の設定を通じて海洋秩序の構築と発展に多大な貢献をした。玉木氏は東京大学海洋研究所教授を経て大学院工学系研究科エネルギー・資源フロンティアセンター長、教授となり、二〇〇二年に大陸棚限界委員会の委員に選出され、以降二期九年間委員を務めた。大陸棚限界委員会とは、各国の大陸棚延長申請を審査する目的で、国連海洋法条約により設置された委員会で、海洋地質・地球物理・水路学等を専門分野とする二一名の科学者で構成されるが、委員は同条約締約国会合における選挙で選出される。玉木教授の告別式は四月二五日に東京神田の学士会館で挙行されたが、喪主玉木くに令夫人が「普段、私は夫を『玉木くん』と呼び、夫は私を『くにちゃん』と呼びました」と挨拶されたのが心に滲みて残る。弔問客には福田康夫元総理や深谷憲一元海上保安庁長官なども参列していた。北海道神威岬の西方約一七〇キロの日本海に、規模が南北約五五キロ、東西約三〇キロ、最大水深三六〇〇メートル、最小水深二一〇〇メートル、比高一五〇〇メートルの海山がある。世界の海底地形名の統一を図っている大洋水深総図(GEBCO)委員会 の海底地形名小委員会(SCUFN)は、この海山に故玉木教授を顕彰し、その名前を冠して「Tamaki Seamount」(玉木海山)と命名することを、国際的に承認・登録した。 (つづく)