黒潮文明論    索引  

                   

 

 125 真珠は黒潮文明の特産品
     (世界戦略情報「みち」皇紀2674(平成26)年11月1日第414号)

●「魏志倭人伝」には、倭国で真珠を産出したことが明記されている。邪馬台国の女王卑弥呼が使節を派遣して「親魏倭王」という称号をもらった際に、魏王は卑弥呼に対し朝貢の礼の品として、金印と紫綬の他に真珠五〇斤等を下賜したと書いている。一一キロに相当するが、もともと大きな真珠は温かい海の産物であり、個数を数えないで重さで表現したのは、川や湖沼の淡水に産する小粒のいわゆる芥子(けし)真珠だから、個数を数えずに重さで五〇斤としたことが想像される。卑弥呼の後を継いだ壱与の時代になって、大陸の王朝に使節を送った際には、倭国から白珠五〇〇〇孔を献上したと魏志倭人伝に書かれている。白珠に加えて、青大句珠二枚等の記載もあるが、これは礼文島の船泊遺跡の副葬品が示しているように、メノウや翡翠の板状の貴石か勾玉であったと思われる。アコヤガイ一万個から一粒か二粒の真珠が獲れる、あるいは一トン以上の貝を開けて三個か四個の真珠を見つけるだけだというのが天然真珠の常識であるから、五〇〇〇個の真珠を採集するには、何と、二五〇〇万個ないし五〇〇〇万個もの膨大な数のアコヤガイを採集して開いたことになる。アコヤガイの採取は、一人の海人が一日に一〇〇〇個を採取する能力があったとの記録もあるから、真珠貝の採取を専門にする海人の何千人もが、寄ってたかるようにして、アコヤガイを採集すれば、一月もあれば五〇〇〇個の真珠を採取できる。アコヤガイはそれほど浅い海に生息する貝ではない。二メートル程度の深さに生息している場合もあるが、一二メートルから、深いところでは四〇メートルに及ぶ場合があった。インド洋、ペルシア湾、紅海、そして、インドとスリランカの間のマンナール湾が潜水による真珠採集の有名な場所である。支那の広西チワン族自治区には珍珠城という地名すらある。フィリピンのスル諸島の真珠が世界最高級だといわれてきたのは、真珠が黒潮文明の源流の特産品であったことを示している。北米大陸の原住民は川や湖の貝から真珠を採集していたから、オハイオ、テネシー、ミシシッピー州では、今なお淡水真珠を特産としている。ちなみに日本の養殖真珠の核となる貝殻はミシシッピー川で採集される淡水産の貝殻を加工しものだ。今でも日本は米国から、真珠の核にする貝殻材料の輸入を続けている。
●日本書紀には、淡路島でアワビ玉を採取する阿波国から来た海人が住んでいたことが記されているが、肥前国風土記には、速来津姫(はやきつひめ)という、早岐地方の巫女(みこ)がいて、健津三間(たけつみま)という名の弟が、石上の神の木蓮子(いたび)玉という奈良県天理市にある石上神宮の神宝を思わせる、イタビの実と同じように黒い玉を持っていたことを記録している。一つがその木蓮子玉で、もう一つの玉を白珠としている。原文では、玉と珠とを書き分けているから、一方は貴石で、他方が真珠であった。もう一人美しい玉をもつ川岸に住む人がいたが、それを取り上げ都に還って献ったとして、三色(みくさ)の玉があったことを記録している。珠玉が多くそろっているという意味で、具足玉(そなひだま)の国と命名されたが、後に訛って、彼杵(そのき)郡というようになったとの話が書かれている。大村湾の沿岸地域の地名として今でも残っているし、半島もこの名のままで残っているから、風土記が編纂された頃には大村湾が真珠の一大産地であったことは疑いない。肥前国風土記には、遣唐使が福江島の北西突端にある美禰楽(みみらく)の岬から西方に発船(ふなだち)したことを書いているが、遣唐使も日本特産の献上品として真珠を持参したことが支那の資料に残る。福江島の白水郎(あま)は容貌が隼人(はやと)に似て、馬に乗ったまま上手に弓矢を射ることができ、言葉は肥前国の言葉ではなかったと風土記は書いているが、淡路島でアワビを取る阿波の出身の海人と同じように、潜水して真珠貝を採集する漂海民が居着いていたものと思われる。
●福江島の縄文時代の遺跡には、真珠そのものは出土していないが、アコヤガイの貝殻が出土している。アコヤガイは世界的に日本列島が生息の北限であるが、錦江湾の沿岸にある貝塚からは大量に出土している。鹿児島市の草野貝塚からは貝殻ばかりでなく、真珠が一三個も出土している。縄文時代後期の産とされ、桃色と青色の真珠も含まれており、貝殻が付いて残ったままの真珠も五個ある。鹿児島湾の東岸、垂水市の柊原遺(くぬぎばる)跡は標高一〇メートルくらいのところにアコヤガイ層が何層もあり、あまりにも量が多く、どのくらいの量が本当にあるのかは不明な程の巨大貝塚である。モクハチアオイガイという貝の殻が半分以上を占める。福岡県の糸島半島の天神山遺跡でもアコヤガイと真珠が発掘されている。孔があけられた真珠として日本最古と言われるのが、北海道の古宇郡泊村出土の真珠二六個のうちの一つである。これはアコヤガイではなく、海水産の二枚貝のエゾヒバリガイからの真珠だと言われている。ちなみに、日本最古の真珠は福井県三方郡三方町の鳥浜貝塚から出土した、約五五〇〇年前の縄文前期のもので、直径一七ミリの半円球の真珠である。(つづく)