黒潮文明論    索引  

                   
 

 129 消えたベルギー人神父の謎
      (世界戦略情報「みち」皇紀2675(平成27)年1月15日第418号)

●米大陸原住民が白人にいとも易々と支配されたのは鉄砲という武器に脅され、馬と弓矢でしか白人に対抗する術がなく、自ら鉄砲を生産できなかったからではないのかと推測していたが、アマゾンを探検した日本人学者が書いた探検記を読んで、密林の原住民は最近まで、鉄の刀やナイフやその他の製品を、カトリック修道会から買い付けるばかりの交易に頼っており、自ら鉄製の道具を生産する技術はついぞなかったと書いている下りを見つけて、わが意を得たりである。
 日本には、砂鉄を原料にして鋼をつくる蹈鞴(たたら)製鉄の技術があり、西洋文明が渡来しても直ちに鉄砲を生産したから、武力で征服される可能性は少なかった。九十九里浜にはいまも砂鉄が溜まる、海辺の鉄鉱山ともいうべき砂浜が残っているし、出雲や安来の玉鋼(たまはがね)も日本海の美しい浜や川砂から採集される砂鉄を抜きにしては考えられない。
 文明開化の時代になっても、蒸気機関などは、政府が手がける前に、越後の農民によってエンジンが早速製造されて排水作業の為に使われ、それまでは人間が深みにはまってしまって河童に引きずり込まれたと嘆くばかりであった沼の水を抜いて美田にした。潟が平野となって一挙に穀倉地帯が出現したのだ。底無沼や河口の湿地帯を豊かな水田に変えたのは、八幡製鉄所に先駆けて、砂鉄を鞴(ふいご)で溶かしそれを鍛える技術があったことが基本にある。鉄砲ばかりではなく蒸気機関をも自ら製造する基礎技術を持っていた。新潟はそうした干拓の歴史の中で成立した大都市の典型である。
 越後の加治川の土手の桜並木は江戸時代も有名だったが、「新潟」という文字の通り、新しい潟に出来た寒村にすぎなかった新潟は、西洋の技術と邂逅することで、大都市へと発展したのである。
 関東地方も、埼玉に至るまで、利根川水系を開発したことで成立しているし、むろん、大阪も名古屋も福岡も、広島も仙台も札幌も、日本の大都市は大概そうだ。関東地方の地下四〇〇〇メートルには水溜まりがあって、その上に関東ローム層が島のように浮いている。江戸が東京になって発展しているとすれば、世界最大級の天然ガス田が地下にあっても何の不思議もない。時を遡れば潟のあるところは海と簡単に繋がることから、港としての機能を持ち、舟形の前方後円墳が立地していることがしばしばである。また、製鉄遺跡と連動していることも、確認されている。潟の近辺にはその地方を代表する「一の宮」があったり、奈良時代には「国分寺」が建立されたりするが、潟との関係は歴然としている。
●アマゾンで、鉄の鍋釜やナイフ等の道具を取り扱っているのがサレジオ会だと知ったことに促されたので、大橋義輝著『消えた神父を追え!』(共栄書房、昨年八月刊)という単行本を紹介したい。
 迷宮入りとなった戦後のある怪事件に松本清張が挑んで『黒い福音』という小説を書いている。英国海外航空のスチュワーデスだった武川知子さん(当時二七歳)が扼殺され、昭和三四年三月一〇日に杉並区の善福寺川で発見された殺人事件で、犯人の特定・逮捕に至らないまま昭和四九年に公訴時効が成立した。この未解決殺人事件について書いた本である。
 取調べの最中に突如帰国した重要参考人のベルギー人神父ベルメルシュがカナダに存命していることを知り、追跡して本人に会った顛末を記録したものだ。そのベルギー人の神父もサレジオ会に所属する司祭だったが、三省堂から『翻訳』という大題の新書を書いてベストセラーになった程の碩学であったグロータス神父もベルギー人で、ベルギーの旅券には「本人が外国にある間はベルギー政府はいかなる責任も負わない」と書いてあると紹介して、日本との文化の違いを説明する文章があったのを記憶している。ちなみに、日本旅券には表紙の裏に、日本国外務大臣と押印があり、「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する」と書かれている。
 同書では「時効が成立した事件の重要参考人だから」との理由で神父の名前を出さずに、「V××」ともったいをつけているが、Louis Vermeersch 神父であることは、戦後の怪事件を扱った英文図書や外国通信社の報道ばどで明らかになっている。
 グーグルで検索すると、セント・ジョンの聖フランシスコ・サレジオ教会の前で二〇〇四年に撮影された写真が掲載されており、ネットには大司教区名簿が公開されているが、そこには、

Rev. Louis Vermeersch
310 Woodward Ave Apt 1114 Saint John, New Brunswick E2K 2L1
Phone:506-214-2166

以上のように、神父の名前、住所、そして電話番号まで載っている。セント・ジョンには神父の氏名を冠した劇場もある。
 ベルメルシュ神父は一九二〇年七月生まれだから、すでに九四歳を越えているはず。何故にバチカンもカナダも逃亡者を匿い、日本の官憲は黒白を追求しないのか。神父が「私はガンです。まもなく死にます」と嘯(うそぶ)き、袖をまくって右腕を見せたというのも気になる。
 というのも、黒潮の民は、両手の手指で男女の首を絞めることが普通で、言わば押し相撲の世界だが、大陸で牛羊馬を屠る時の首の締め方は、腕っ節に絡めて相手を倒して首を絞める。大日本(おほやまと)にはこんな扼殺作法はない。真犯人の可能性大だと直感する所以である。 (つづく)