かぐや姫の誕生     索引  

                    

  03 「盂蘭盆会考」齋明紀童謡考 3 
         (世界戦略情報「みち」皇紀2666(平成18)年9月15日第235号)


●久しく謎とされてきた『日本書紀』齋明天皇の条に出てくる童謡について、孫崎紀子氏から「舎衛女のうた」と題する画期的な論考を戴いて本誌で紹介する栄誉を得た。それはわが国の正史に記されながら誰も解けなかった童謡の解明を通して、今を遡る一千数百年も前に、大化改新の直後の古代日本と古代ペルシアとの間に具体的な交渉のあったことを明らかにした労作である。
 その労作の本編ともいうべき玉稿はすでに本誌上で紹介させて頂いたが、前号では玉稿の論旨をまったく別の角度から論じた「トカラ列島宝島考」という貴重な論考を紹介させていただいた。つづいて今回も、さらに別の角度から古代日本と古代ペルシアとの深い交流を論じた労作を併せて紹介させていただくことにする。
 以下は、「『帰ってくる魂』の由来  その盂蘭盆会との関わりについて」と題された孫崎紀子氏の労作の全文である。
●実は、本誌に掲載させて頂いて紹介した玉稿の順序は、孫崎紀子氏が実際に着想を重ねて書かれた流れとは異なっている。それはもっぱら紙幅の関係から採らざるをえなかった急場の措置だったが、本来は「舎衛女のうた」に続いて今回ご紹介した「盂蘭盆会考」の着想がまとまって、その次に前号の「トカラ列島宝島考」が出来上がるという順序である。
「舎衛女のうた」は誰もが思いも寄らなかった角度から古来の難問を解明し突破口を開いた画期的な論考であるが、このことによって古代日本とペルシアとの深い関係が次々に着想として湧いてくる様子が、「盂蘭盆会考」にも、「トカラ列島宝島考」にも生き生きと窺われる。
 それはある意味で信じがたいような途方もない発見なのであるが、誰よりも信じがたい思いを抱いているのは、当の発見者ご自身であろう。
 孫崎氏から「盂蘭盆会考」の玉稿が出来上がると同時に送って頂いたときの私信にも、自らが信じがたいという想いが綴られている。

 ……「オボン」の事はこの度、念を押しているうちに発見しました。「お盆と呼ぶのは、実はここから来ているかもしれないとまで思います。そういえば、お盆という意味は「時」をさします。何のうたがいもなく盂蘭盆会の省略と思っていますが、ちょっと楽しいひっかきまわしかも知れないと思います。もう少し言いますと、テヘランでこの言葉を聞いた時、すぐ「お盆」を連想し、どうしてイランに「お盆」という音があるのか、不思議でした。この度、つながりが見つかって、信じられない思いでした。

 孫崎氏の原稿にもあるように、わが国の年中行事としてすっかり定着している「お盆」という習俗をこれまでは『盂蘭盆経』に拠って目蓮尊者のお話で説明するのが常であったが、最近では「盂蘭盆の原語はイラン語系の死者の霊魂を意味する urvan 」だとして「霊魂の祭祀と同時に収穫祭でもあったウルバンという祭祀」に注目する百科事典(平凡社、伊藤唯真)もある。
 孫崎氏の「帰ってくる魂の由来」はそれをさらに深め、「イラン系ソグド人の中国進出とともに中国に伝えられ」て、それがさらに日本に齎されたとする間接的伝搬説を覆し、ササン朝ペルシアの遺臣らによって直接伝えられたとするのである。(以上、天童紹介文)


「帰ってくる魂」の由来 ── その盂蘭盆会との関わりについて
 お盆は正月とともに、改めてそれについて考えることもしない位、生活に組み込まれている年中行事である。昔からどんなに忙しい人も仕事から解き放たれる数日間であり、現代ではそれをめがけて海外旅行などをする人も多い。しかし本来は、正月は氏神さまが、お盆には先祖の霊が家に戻ってくる日であり、少し前までは、そのために遠く離れている人も親許へ帰り、家族一緒に過したものだった。
 ところで、お盆(盂蘭盆会)は、時代を遡って飛鳥時代(七世紀)の頃には、ずいぶん様子が違っていたようである。
 お盆の歴史を尋ねてみると、一番古くは日本書紀に現れる推古天皇の一四年(六〇六年)「この年より初めて寺毎に、四月八日、七月十五日に設斎せしめき」と出てくる。
 ついで、斉明天皇の三年(六五七年)七月の項に「辛丑の日(十五日)須弥山の像を飛鳥の寺の西に作り、また盂蘭盆の会を設けき」とある。
 同五年(六五九年)七月には「庚寅の日(十五日)、群臣に詔して京内の諸寺に盂蘭盆経を勧講きて、七世の父母に報いしめたまいき」との記録がある。
 その後、続日本紀によれば聖武天皇の天平五年(七三三年)にも記されている。平安中期になると、貴族の間でかなり広く行なわれ、民間でも行なわれるようになってゆく。
 鎌倉時代になると、貴族の間で盂蘭盆の行事として万灯会が行われたことが『吾妻鏡』に、また『明月記』には、「近年民家では長竿の先に灯籠のようなものを付け、火を灯して先祖の供養をし、年々その数が増し」と記されている。室町時代になると、念仏踊りが現われ、施餓鬼会も広く行なわれていく様子が記録にある。
 以後、さらに庶民の中に広まり、一方死者の崇りを封じ込める呪法(追善供養)の要素も加わり、寺と密接に結びつき、地域によりいろいろな風習が生まれ、人々の生活の重要な一部となってゆく。
 各地方の特色ある盆行事や風習はさておき、お盆で共通することは、先祖の魂が帰ってくるということだろう。古来、日本では、先祖の魂は山にあると考えられている。
 そもそも、お盆つまり盂蘭盆会は盂蘭盆経というお経に基づいている。しかしながら、実は、このお経は中国で生まれた偽経といわれている。本来、仏教では、父母も含めこの世の一切の縁を断ち切って悟りを得ることをめざすことから、父母の恩、七世父母(先祖)の供養という考えは儒教に近いとされ、後世、中国で作られたものだろうというのである。
 この経では、釈迦十大弟子の一人、神通第一の大目乾連(目連)が、地獄に落ちた母を救おうと懸命になるが、自分の力では救えず釈迦に慈悲を乞い、釈迦に教えられたとおりに盂蘭盆をしつらえ、無事母親は救われる。さらに、生きている父母、亡くなった父母、七世父母までも、目連がしたようにすれば、救うことが出来る、さあ、目連を見習って、やりなさいと説く。
 では、釈迦に教えられて目連がしたことというのは何だろう。
 それは夏安居(僧侶における厳しい九〇日間の修行)の解ける七月十五日、『僧侶』に盂蘭盆(素晴らしい花、美味な食物、かぐわしい香、他を整えた盆)を供えることであった。
 ここで注目すべきは、父母、亡くなった父母、七世父母にそれを供えるのではない。この点は、現在では違ってきている。
 さらに、盂蘭盆経には『魂』という言葉は、見当たらない。まして、『帰ってくる魂』という考えはない。それでは、日本のお盆におけるこの考えは、一体何処から来たのであろうか。
 日本書紀によれば、斉明天皇は設斎にあたり、須弥山を作っている。須弥山が魂の宿る山としてつくられたのであれば、魂という接点は見られるものの、帰ってくる魂という考えは見られない。もしあれば、山を作る必要はないはずである。
 新年と七月に魂及び先祖が帰ってくるという考えのある国は、実は、ほかにもある。ササン朝時代のペルシャがそうだった。ここでは古来、春分の日に祝っていた新年が、セレウコス朝のころ、その影響を受けて紀元を定めたことにより、また、アルダシールの時代に本来三六〇日だった一年を三六五日とし閏年をおかなかったことから、一年に着実に四分の一日づつ新年は春分からずれてゆき、ペーローズの時代には、本来、春分に祝うはずだったファルバルディン月一番目の日であるオルマズド日は、七月になっていた。つまり七月に新年を祝っていたのである。
 そこでペローズの時代に、たまたま春分の日がアドール月(九番目の月)の一番目の日に当たることから、アドール月オルマズド日を新年と定めた。紀元五〇七~五一一年頃のことといわれている。この日は祭司のノールーズ(元日)とよばれたそうだ。
 これ以後、一二〇年に一度、閏月をもうけ、アドール月オルマズド日が春分から一ヶ月以上ずれないようにしたという。しかし、人々は本来のファルバルディン月の新年が忘れられず、この頃は一年に新年を二度、つまり春分と七月に祝っていたのである。
 現代でもイランの新年は春分の日である。そして、フラワシと呼ぶ魂が各家に帰ってくる。亡くなったひとの霊はウルバンと呼ばれるが、フラワシはウルバンを助けるような存在らしく、まるで氏神様のようである。フラワシは新年の前の晩に来て、明け方には戻っていくそうである。人々は、屋根の上で火を焚いて道しるべとし、これを迎える。
 前出、日本書紀の斉明天皇の三年(六五七年)、七月十五日、盂蘭盆会が営まれた日の項は、さらに「暮、都貨羅人を饗え給いき」と続く。このトカラ人とは、ペルシャ人ダラのことである。
 この晩餐会で、斉明天皇とダラの共通の話題として、新年、供養、先祖、魂、帰ってくる魂について、語られたことはないだろうか。また、この席に僧侶が陪席していたとすると、ここで仏教と帰ってくる魂が結びついたかもしれない。
 更なる驚きは、この日、つまり旧暦六五七年七月一五日は、当時のゾロアスター暦にあてはめると第二番目の月(アルデベヘシュト月)の一〇番目の日ABAN日となる。ABAN の二つのAは、実は長母音なので発音は「オーボーン」に近い。
 オボンは、「水(複数)」の意で、ゾロアスター教ではオボン月(第八番目の月)のオボン日(一〇番目の日)にはオボンガンというお祭りをするらしい。カレンダーによれば、この日は、白い、清潔な着物を着て、川や運河のほとりへ行き、歌を歌ったり踊ったりして過すとある。先祖も来ると書かれている。
 正月……お盆……春分(彼岸)……帰ってくる魂をつなぐものが、見え隠れする。(おわり、2006年3月7日)