かぐや姫の誕生     索引  

                    

04「齋明紀童謡考」の創見について1 (天童竺丸解説) 
         (世界戦略情報「みち」皇紀2666(平成18)年10月15日第237号)

●天の時に天の人を得た業績
 前々号まで「齋明紀童謡考」と題し孫崎紀子氏の論考の三部作を連続して紹介させていただいたが、いまを遡ること一千数百年の昔、古代ペルシアと古代日本との間には具体的な人的交渉があったというこのあまりにも刺激的なテーマについて孫崎氏が発見された独創的な見解の意義を、沸き上がってくる興奮とともに記してみたい。
 何といっても、孫崎紀子氏の最大の功績は古来まったくの謎とされてきた『日本書紀』の齋明天皇条に出てくる「まひらくつのくれぐれ……」という童謡(わざうた)を見事に解明された点にある。他のいったい誰が日本の古代歌謡の言語をペルシア語ではないかと思いつくだろうか。余人には思いも寄らない卓抜な着想である。
 その着想にいたった経緯と謎解きの次第とを、孫崎紀子氏は事もなげに、こう言っておられる。

 ウズベキスタンでひょんなことから習い始めたウズベク語が日本語とあまりに似ていて、その比較を楽しみましたが、それではペルシア語とはどうかと思って始めた中世ペルシア語は、これも偶然見つけた伊藤先生の論文から言葉の比較よりもゾロアスター教への興味へと方向を変え、これはこれで楽しいことでした。
 日本へ帰ってから本格的に日本書紀と向き合い、(といってもごく一部の興味ある所だけですが)、その中に童謡を見つけたのでした。他の童謡は和歌形式ですのに、これは全くチンプンカンプンのもので、ふとペルシア語の先生から教えて頂いた子音と母音の並び方の違いを思い出して、日本語的にCVCVCV……となっているものに、C.CVC.CVCCへの変換を行なってみたのです。
 あまりに容易に言葉が見つかるのが不思議なくらいでした。一般に辞書を繰っていると、「l」と「r」が違うだけでも言葉がなかなか見つからない時があることを思いますと、やはり、これでよいのかもしれないと思います。
 また、ペルシア語の先生に後で確かめた事で改めてびっくりしたことですが、詩の中の「のりかりが」をノル・カル・ギャルとあてはめ、「火の番人」と直訳しましたが、実際に、ノルカルギャルは「司祭」を意味し、それも「身分の高い司祭」を意味するそうです。(本年八月五日付天童宛私信より)

画期的な発見がされるときは、こんなにもすらすらと事が運ぶものなのだろうか。あまりに簡単にペルシア語で解けるものだから、御自身でも不思議がっておられる様子がよく分かる。
 そもそもの発端は、「ひょんなことから習い始めたウズベク語が日本語とあまりに似ていて」、不思議に思ったことから、ウズベク語と日本語の比較研究をされたことにある。そして、「ペルシア語とはどうかと思って、中世ペルシア語を始めた」とおっしゃるのだ。
 こうして始めたペルシア語の下地がまずあったから、帰国後に本格的に取組んだ『日本書紀』の中の謎の童謡に向き合ったとき、「ふとペルシア語の先生から教えて頂いた子音と母音の並び方の違いを思い出し」解いてみようという気になったのである。
 普通にいえば、いくつもの偶然が重なって古来の謎が解けたと言えるのだろうが、これはもう偶然などといえるようなものではない。
 それはまさに、天の時に、天の人を得て、使命が果されたということだったのではないか。
 夫君と共に任地に赴いた大使夫人が日本語と比較研究できるほどに赴任先の国の言葉を学習するだろうか。相手国の人に喜ばれる程度に日常会話での挨拶くらいは覚えるかも知れないが、深く研究するのは一般的に稀なのではないか。それがまず、尋常ではない。
 また、その赴任先がウズベキスタンであり、言語がウズベク語であったというのも、これまた不思議である。
 ウズベキスタンはソ連崩壊後の一九九一年に独立した新しい国家である。すでに「日本ウズベキスタン協会」という親善交流団体がわが国には存在している。そこのウェブサイトに載っている同協会会長の蔦信彦氏による紹介が要を得ているので、少々長くなるが引用させてもらおう。

 ……ウズベキスタンの歴史・現状を知ると、なぜ日本はこの国の情報があまりにも少なく、関係を深めていかないのかと思う。すでに韓国は自動車の合弁生産を行なっており、欧米諸国はNew Western(新天地)とも呼び始めているのだ。ウズベキスタンの面積は日本の一・二倍、人口は二四〇〇万人、首都タシケントにはなんと二二〇万人が住み、地下鉄は二本通り、飛行機の生産工場さえある。
 また天然資源も豊富で、金の生産は旧ソ連の四五%に達し世界五位。綿花も世界四位でアメリカに次ぐ第二の輸出国。さらに石油・天然ガス・食料の自給体制が整っているうえ、鉄鉱石・石炭などの埋蔵も確認されているのだ。
 しかし、ウズベキスタンが歴史に名をとどめているのは、かつての中国とローマを結ぶシルクロードの中心地に位置していたことだ。サマルカンド、ブハラ、ヒワなどの諸都市は、ヨーロッパに近代国家ができるまでの間、まさにユーラシア大陸の交易の中心地だったのである。このため、紀元前はペルシャ帝国、ギリシャのアレキサンダー大王、紀元後は西突厥、トルコ系遊牧民、八世紀以降はイスラムのサーマン朝、一一~一三世紀はセルジュク、トルコ、そして一三世紀は蒙古チンギス汗、一四世紀以降はウズベク人のチムール帝国、各王国、一九世紀に入るとロシア、革命後は旧ソ連邦に組み入れられるなど、その地政学的な重要性と豊かなオアシス地域であったことから、つねに歴史上の大国の争奪戦場だったわけだ。世界史をよく観察すると紀元後は、一五~一六世紀頃までは、中国とローマ、イスラムがユーラシア大陸で覇権を競い、その要衝の交通路は、陸がシルクロード、海がインド洋であったことがわかる。
 かつては、インドの仏教もこの地を経て中国・日本に伝来したのだ。一八世紀の産業革命以降、欧米中心の文化・科学が日本をおおい、かつての中央アジアは旧ソ連に組み込まれてしまったため、この歴史的な要衝の地は、日本人の頭から忘れ去られたが、一九九一年、ソ連邦の崩壊直後にウズベキスタンは共和国として独立、再び旧シルクロードの遺跡とともに、歴史の舞台に登場してきたといえる。
 いま世界を見渡すと、ヨーロッパ、アメリカ、日本は成熟国となり、今後の潜在成長国はASEAN、中国、インド、旧ソ連邦などで、それらの人口はあわせるとゆうに四〇億人に達する。そしてその地政学的な中心地がウズベキスタンなどを中心とする中央アジアなのだ。欧米が New Western と呼ぶのは、まさに二一世紀において、再び戦略的な要衝を占める位置にあるからといえよう。
 もう一つ重要な点は、ウズベキスタンは日本に片思いをしているという点だ。これからの経済改革をめざすにあたり、日本の明治維新・戦後復興をお手本にしたいとして、本気で日本の発展過程を研究、日本に一〇〇人を超える人材を勉強のために送り込んできているし、ウズベキスタンの大学では、なんと三〇〇人を超える学生が日本語を学んでいるのである。
 こうした熱意に応えて、日本の孫崎享前大使や千野忠男前大蔵省財務官らが、熱心に経済界や政府を説得、各種経済使節団などを送り込んだほか、一九九六年一〇月から、大蔵省の北村歳治財政金融経済研究所次長がウズベキスタンの金融アカデミー副学長として異例の赴任をすることになり、一年以上にわたり人材育成にあたった。旧ソ連のウズベキスタン、カザフスタン、トルクメニスタン、キルギスタン、タジキスタンの事をファイブ・スタン(stateのこと)というが、そのなかでもウズベキスタンの経済改革は成功例として認知され始め、日本への思いはますます強まっているという。
 親日国であり、旧シルクロードの名所でもあるウズベキスタンの将来的な重要性を少しでも頭の片隅において、隣りのアフガン情勢の緊迫化などとからめて今後のニュースを見ていただきたい。今後のウズベキスタンの課題は経済の近代化と、民主化や自由化、そして貧富の格差などを縮小して名実ともに自由で人権などを重視した民主国家として世界に認知されることだろう。

本号の「大東亜戦争論拾遺7」に、東南アジア諸国以外の遠く離れた地域にある親日国として、フィンランドとトルコとを挙げているが、これからはウズベキスタンも親日国の仲間に入れてよいだろう。
 この国に日本の大使館が開設されたのは十年ちょっと前の一九九三年一月である。この新生のウズベキスタンに日本の初代大使として赴任して、遙か彼方の縁薄い国を大の親日国へと変えた功労者の一人が、孫崎紀子氏の夫君孫崎享氏であった。
 出版社PHP研究所のホームページの中の「人名事典」には、孫崎亨氏を紹介して、ウズベキスタンでの業績を絶賛している。

 一九四三年旧満州生れ。東京大学法学部中退。外務省入省、情報調査局分析課長、在カナダ大使館公使、総合研究開発機構(NIRA)部長、駐ウズベキスタン大使などを歴任。
 九三年夏、中央アジアのウズベキスタンに初代大使として赴任。すでに大部隊を送り込んで威容を誇る欧米諸国の大使館を尻目に、当初独りきりでホテルに仮設大使館を開くことから始めたが、またたくまに数々の日ウ共同プロジェクトを実現、ウズベキスタン政府をして「最も信頼できる国は日本」といわしめた手品師のような外交官……  (データ作成一九九七年)


 孫崎享氏は初代ウズベキスタン大使(一九九三~九七年)を務めた後に、外務省国際情報局長を経てイラン大使(一九九九~二〇〇二年)として赴任され、現在は防衛大学教授を務めておられる。
 紀子氏はこの奮闘する夫君を助ける傍ら、ご自分でも孜々としてウズベク語を学んでおられたわけである。夫君の享氏も天の人なら、夫人の紀子氏も天の使命を果す天の人なのである。
 ご夫婦揃ってわが国にとって掛け替えのない使命を果してくださったことは何とありがたいことであろう。
 この人にして古来よりの謎が解けたのも、決して故ないことではなかったと合点がいくのである。(つづく)