かぐや姫の誕生     索引  

                    

       11 ウズベク語の不思議 3

     アレキサンドラのトゲは固い
    (世界戦略情報「みち」皇紀2667(平成19)年2月15日第244号)

 地図を広げるとお気づきのように、タシケントに次ぐウズベキスタン第二の都市サマルカンドはシルクロードの両端(奈良とローマ)の丁度真ん中に位置する。パミール高原に源を発するザラフシャン川の流れによるオアシスで紀元前六世紀からあるという。ザラフシャン川流域一帯は古来イラン人の住んでいたところでソグドとよばれた。ソグド人はシルクロードの商人として名高い。唐代の書物には、この国では生まれた子供の口の中には砂糖を入れ手には膠を置くと書かれている。成長したときに口には常に甘い言葉があるように、手に入った銭は離さないようにというのだ。これはソグド人の商売に対するしたたかさを示す話としてよく知られている。中国で胡人と呼ぶのはソグド人のことである。タシケントの国立博物館には、兵士だったかと記憶するが、発掘されたソグド人の頭部の塑像が幾つか展示されている。部分的に壊れているがそれでも彫りが深く整った顔立ちが見てとれる。
 紀元前四世紀後半、アレキサンダー大王がこの地に進出してきたころは、サマルカンドはマラカンダとよばれていた。現在のサマルカンドの市街地の中にアフラシャブの丘と呼ばれる遺跡が残っている。アレキサンダー大王のころからの遺跡で、その中の発掘が行なわれたという場所を歩いていたとき、そこは一〇世紀の地層といわれて感激してしまった。アフラシャブの丘には小さな博物館があって、そこには発掘された七世紀ごろの壁画が展示されている。当時の王の許への使節団の様子が描かれている。
 アレキサンダー大王はサマルカンドへ来るまでは独身主義者だった。ところが、ソグドの領主の娘ロクシャンがあまりに美しかったので結婚を決め、部下にも結婚を奨励したという。ロクシャン姫がどんなに美しかったのかは知る由もないが、現在のウズベキスタン内外ではどこの女性が美しいか複数の男性に聞いてみた。驚いたことには答は一つ。「パミールカ」というのである。「パミールカ」とはパミールの女性という意味である。ザラフシャン沿いにパミールへ行く間に住むならば、ソグド人との関わりもあるかとその様子を聞けば、黒髪、白い肌、青い眼、細く筋の通った鼻との答が返ってきた。確かにあまり見かけない美しさかもしれない。髪は木炭のように黒く、肌は雪のように白く、眼は海のように碧いのはグリム童話の白雪姫であるが、おとぎ話の世界の美しさが実在するのだ。
因みに女性に聞くと、答は異なった。私のファティマ先生の答はグルジョワ女性だった。
 一〇年経って、今は変わったに違いないが、既製品がほとんどないその頃のタシケントは、実は私には贅沢品に満ちていた。牛乳はお向かいにいる乳牛から絞りたてを鍋でもらってくる。ピルメニ(ぎょうざ)の皮は朝ごはんのためでも粉から作る。ラズベリーはバケツで買い、ジャムにする。蜂蜜は取れたて、お花のにおいがする。勿論、労働は多い。牛乳は沸かして殺菌しなければならない。女性たちに、日本のぎょうざの皮や牛乳パックのことを話すと溜息をついて羨ましいといった。でも、日本で絞りたての牛乳を飲もうとすると、空輸でもこうはいかない。
 ゴキブリホイホイを日本からもってこなかったので困っていると、リーヤというロシア人の女性職員がゴキブリ対策の名案を出した。彼女は大学の演劇科卒業なのであるが、雇用の職種は清掃人であった。部屋に箒とバケツと雑巾を持って静かに入ってくる。私が黙っている限り彼女も黙々と掃除をしている。やおら私が一言声をかけると、それからは止め処なく彼女が話し続け、演劇部の面目躍如、箒や雑巾を使っての講義となる。それは私のロシア語の理解をいつも超えていたが、彼女も私も満足だった。彼女の名案というのはハリネズミの雇用だった。ハリネズミはゴキブリの天敵でピチャピチャ食べてしまうのだそうだ。音まで実演つきだったので大いに気持ちをそそられ、是非に一匹を、とお願いしたのである。
 ハリネズミは日本にはいるのだろうか。私は両方とも見たことがないのに、なぜか、ハリネズミとヤマアラシは同じものと思いこみ何か恐ろしいものを想像していた。ところが、実物は何とも可愛らしい生き物であった。体長は二〇センチあまりであろうか、色は白、グレー、黒が入り混じる。大きな眼にツンととがった小さな顔、ミンクそっくりの腹側の美しい毛皮、眠るときは丸くなり「まりも」になる。リーヤの説明によると、色も形もウズベキスタンのハリネズミが美形だそうである。やや大きく、色も茶色いロシアのハリネズミは森に生息し、時折背中のトゲにマッシュルームや小さいリンゴを突き刺して巣穴に急ぎ走っていくのがみられるという。
 ハリネズミはリーヤと一緒にバスでやってきた。箱の中でごそごそ動いていたハリネズミは、その後、家の中で放し飼いになるはずであったが、突然リーヤはその排泄物に気がついた。そして、ハリネズミはしばらく箱の中に御身お預けとなった。が、その数日後、箱の中には大きなまりもとピンポン玉のような小さなまりもが二つ発見されたのである。ハリネズミは雌だったのである。生まれてすぐ、一つの小さなまりもは動かなくなり、生き残った方の小まりもの眼は片方がつぶったままだった。
 ハリネズミが二匹になったので名前をつけることにした。親ハリネズミにはアレキサンダー大王のように家中のゴキブリを征服・退治してくれるようアレキサンダーとしたいところだったが、雌なのでアレキサンドラと名づけた。子まりもは片目なので、丹下左膳から名前を貰ってサゼンと名づけた。結局、アレキサンドラとサゼン親子はリーヤのお許しが出ず、庭に放し飼いの身上となった。ゴキブリは戸外にもいるというのである。
 自由の身になったハリネズミ親子が芝生の上を散歩する姿をよく見かけるようになった。サゼンは必ずアレキサンドラの後をくっついて歩く。直角もカーブもその通りに動く。そのうち、お隣からハリネズミをもう一匹貰ってきた。育ち具合はアレキサンドラよりもやや小さ目、しかし、サゼンよりははるかに大きかった。「養子」なのでこの子は「ヨーシ」と名づけた。
 ヨーシはハリネズミの習性なのか、個性なのか、親子と争うこともなく、今度は三匹、縦並びに散歩する様子が見られた。アレキサンドラ・サゼン・ヨーシの順は決して変わらず、先頭の動くままに気ままに蛇行してゆく様子は何とも愛らしくほほえましく見えたが、実は動物界の厳しい掟だったのかも知れない。
 そのうちに三匹は人のあまり来ない裏庭に引越し、土で巣をつくるようになった。地表のすぐ下を平行に堀り進むらしく、小さな穴が入口で、盛り上がったトンネル状のものである。
 ところが、それまではハリネズミと争うことのなかった飼犬のペキニーズがなぜか巣穴が気に入らないらしく、鼻先で嗅いでは踏み荒らし、壊しては誇らしげな顔をするようになった。作るたびに壊すのだ。これが何回か繰り返されたあげく、ハリネズミ親子三匹は夜逃げしてしまった。全く姿を見せなくなってしまったのである。結局、ヨーシが養子だったのか養女だったのかは不明である。
 アレキサンドラは威嚇のためにすぐトゲをたてた。このトゲはどうしようもなく固いが、「固い」はウズベク語で「カッティック」という。最後の「ク」は日本語にはない音で、強いていえば、KとHが一緒になった音、KともHともとれる。同じような言葉は他にもあり、「ソーブック」(寒い)「ドマロック」(丸い)「クユック」(濃い)「キーシック」(きつい)などがある。
 日本語では形容詞として分類されないが、形容語で語感のそっくりなものに会い、時々びっくりする。「ギッチ」(ぎっしり)「デプ」(巨漢)「ヨッカーダ」(好きだ)「アピルタピル」(あたふた)などで、擬態語擬音語にいたっては非常に多く、これについてもいつかご紹介したいと思っている。
 日本語で形容詞の活用とよぶ形を、非常に乱暴ながら、別の観点に立って、語彙と接尾語の組合わせと考えてみると、あら、不思議。ウズベク語と同じになってしまう。
「寒い」を例にとると、「寒かった」はウズベク語では「ソーブッケッダ」と聞こえる。これは「ソーブック+ エッダ」つまり形容詞「ソーブック」と「エッダ」(~であった)という動詞から成る。日本語も同様に「寒く+あった」と分けられる。「カッティッケッダ」(固かった)「ドマロケッダ」(丸かった)「クユケッダ」(濃かった)も同じである。先日、テレビで熊本の方だったと思うが、「こうすると、濃ゆくなるでしょ」とおっしゃったのを耳にした。現代日本語よりウズベク語に近い音だと興味深く思った。
 かねがね、日本語において「~い」「~しい」の終止形をもつ形容詞が、活用とよばれる形をとるとき、語幹にKの音がないのになぜKの音が出現するのか不思議に思っていた。何の疑いも持たず、終止形という言葉そのものの意味から自然に「~い」「~しい」で終わる形が最初に在って、活用形はそこから派生したもののように思っていた。だが、本当にそうだろうか。
 形容詞活用において終止形以外の全てがKの音を持つということは逆に「~い」「~しい」の形があたらしいのではないか。同じことは古語の形容詞活用にもいえるのではないか。
 つまりもともとの形が「寒く」という形であったものが、九州、関西、関東で「寒か」「寒し」「寒い」という風にその土地の古代住民それぞれの受け容れやすい音となったのではないか。この時、「し」は別として、「寒か」の「か」(九州地方)と「寒い」の「い」(関東地方)の二つの音が出現することから古代住民が受け容れた「寒く」の「く」はウズベク語での「ソーブック」の「ク」とおなじようにKとHの音を持っていた可能性が窺われる。
 ついでながら、ウズベク語では「~であった」は「~エッダ」であるが、「~である」は「~デル」、「~だ」は「~ダ」、「~が在る」は「~ボル」。だから、「アレキサンドラのトゲは固いです」は「アレキサンドラヌング トッカンシ カッティックデル」となる。(~ヌングは~の、トッカンシのシは三人称の接尾語) (つづく)