かぐや姫の誕生     索引  

                    

       13 ウズベク語の不思議 5

     酷似する「ル」「ラル」の表現
    (世界戦略情報「みち」皇紀2667(平成19)年3月15日第246号)

 ウズベキスタンは昼夜の寒暖の差が激しく冬は厳しい。雪の多い年には、立派なつららが軒先に連なる。
 冬が過ぎて、アプリコットやプラムや実桜、桃やリンゴや梨の花が次々と咲くと、爛漫の春となる。そして一年で一番大切な祭のナブルースがやってくる。春分に催される祭である。この日に備え、街中が清掃され看板や塀は塗り替えられ飾り付けが施され、みるみるうちに街はきれいになる。
 この日には遠くに離れて働いている人も家族の許に帰ってくる。そしてお墓参りをし、一緒に食事をする。家の玄関には打ち水をする。この日のために墓をきれいに掃除する。はて、どこかで聞いたような話だと思うまもなく、まるで日本のお盆行事だと気がついた。日本でもこの日は春のお彼岸の中日で、やはり墓参りをする。因みに、お盆やお彼岸は中国にもインドにもない風習だそうだ。私のファティマ先生によると、これらはゾロアスター教と関係があるということだった。
 ウズベキスタンから帰国後三年して、今度は縁あって、イランはテヘランに住むことになり、思いがけずも再び、ナブルースを思い起こすこととなった。
 やはりファティマ先生は正しかった。ナブルースはイランの古い風習であるノウ・ルーズ(新しい日=新年の祭)のウズベク版だったのである。
 拝火壇やダホメ(沈黙の塔=鳥葬のための塔)で知られ、拝火教とも呼ばれるゾロアスター教、その教祖ゾロアスター(イランではザラスシュトラと呼ばれる。ゾロアスターはギリシア語のゾロアストロスからきた呼び名)は、三五〇〇年位前の人といわれている。このころはすでに古代インド・イラン民族はインド族とイラン族に分かれていたとされるが、イラン族はまだ中央アジアで半牧畜の生活をしていたらしい。この中のソグドと呼ばれる人々は紀元七世紀アラブの侵入が起きるまで中央アジアに住んでいた。このころの記憶がいまだに残っているのだろうか。それともそのような下地がサーマン朝下に今一度、呼び起こされたのだろうか。今でもサマルカンドでは、結婚式で花嫁が火を飛び越えるというような風習が残っているそうである。
 ゾロアスター教ではアフラ・マズダ(叡智・明)という創造されたのではない唯一の存在と、その対立霊であるアングラ・マインユ(無知・暗)とがあって、アフラ・マズダが七段階(天空・水・大地・動物・植物・人間・火)に分けて創造した完璧なる世界を、次の瞬間にアングラ・マインユが破壊し始めた。病・死・カビ・サビ・汚染などである。見た目の醜いものや害を為すもの(ガマガエルやハチやサソリなど)もアングラ・マインユの創造物とされた。人間はその他の六つの創造物の長として常に清潔を心がけ、アフラ・マズダの創造物(天空・水・大地・動物・植物・火)を汚さぬよう守る努めがあるとする。アフラ・マズダの創造物にはもう一群、六つの創造物それぞれを守る神がいて、人間はこの守護神と力を合わせ、次々と襲いかかるアングラ・マインユの創造物(悪)に立ち向かわなければならないとする。
 人間の守護神は、アフラ・マズダである。守護神が強力になるために祭ることを大切にし、「善い考え・善い言葉・善い行い」を実践すること、そうすれば死が訪れた時、人生に積んだ善悪の重さが量られ、どんな人も平等に、善が重ければ天国へ行ける。反対に悪の重い人は地獄に落ちる。そしてこの世の終わりが来るとき、救世主が現れアングラ・マインユ始め全ての悪は消滅する。「死」もなくなるので、埋葬された天国の人は肉体が復活し、今生きている人も共に永遠の命を得る。地獄にいる人は悪とともに消滅する。
 ノウ・ルーズは、ゾロアスター教徒の一年の最後の一番重要な祭であり、救世主を待つ新年の第一番目の「新しい日」なのである。春分はこの日から昼が長くなり闇(悪)が弱くなり始めるので新年にふさわしい。
 ところで、現代ではあまり馴染みのない「鳥葬」は大地や火を汚さないためのものである。ゾロアスター教では、骨は腐敗もしないし、アングラ・マインユによる破壊も起きないものであるので清浄とみなされ、大地にもどしても良いとされる。沈黙の塔と呼ばれる鳥葬のための塔はイスラム世界になってからのもので、それまで岩の上などに置かれていた死体を一般の眼にふれないようにするため造り出されたものである。また血を穢れとみる(従って出産も穢れである)のは「血」が出ることを物理的破壊とみなし、アングラ・マインユの仕業とするからである。
しかし、何よりも驚くのは、石器時代から青銅器時代への移行期に生きたといわれるゾロアスターが「地球を大切に」という現代のキャッチフレーズそのままを説いていることである。
 タシケントで初めて冬を越し、春の気配が濃くなった頃、ウズベキスタンの北西部に位置して、アラル海にほど近いカラカルパク共和国を訪れたことがある。カラは黒、コルパックは帽子、部族の名だという。ウズベキスタンの自治領である。首都はヌクス。アラル海は、ウズベキスタンの特産品である綿花の収穫のため長期間にわたって使われてきた農薬の汚染が深刻な課題となっていた。当時は水位もさがりつつあり、湖は徐々に干上がり始めていた。今は、どうなっただろうか。
 三月も半ばを過ぎ、ヌクスは春の陽射しを受けた小さな静かな町であった。そこからウズベキスタンの南端にあるテルメズという町までアムダリア川に沿って南下した。ブハラあたりまでカラクム(黒砂)砂漠を右にキジルクム(赤砂)砂漠を左に延々と続く平地をひた走り、カルシという所を過ぎた頃からは、なだらかな山々をくぐりぬけていった。途中一泊したはずなのだが、その記憶がない。南下に伴い刻々と景色は春たけなわとなってゆき、山々は土色から緑の絨毯にまるで高速度撮影をみるかのように変っていった。
 サフランだろうか、所々花の絨毯が広がる。そしてテルメズに付いたころは日差しが暑い位だった。街を歩く男の人たちのカラフルなチャパン(民族衣装)と時々見かける金髪の子供たちが眩しい。金髪はアレキサンダー大王の遠征の頃からといわれたが、逆らう気にはなれない。
 テルメズは人口一〇万余り。ここからはアムダリア越しにアフガニスタンが見える。クシャーン朝の仏教遺跡があることでも有名である。この日、テルメズでは、ナブルースを祝っていた。ここで、初めて「スマラック」と出会うことになる。
 スマラックはナブルース独特の食物である。麦芽の甘いペーストといったらよいだろうか。色は褐色で見た目はトロリとしてピーナッツバターに近い。もちろん、味は大違いで淡白である。これを作るのは大変な作業で婦人たちは交代で一晩中鍋をかきまぜる。
 テルメズでは右手の小指ですくって舐めるというスマラックの食べ方を教わった。テルメズで何回かいただく機会があり、最初に習ったとおりにすると笑顔がひろがった。嬉しくて、タシケントに戻ってからも、スマラックのある季節には日本からのお客様にも召し上がり方を披露、伝授したものだ。
 帰国も迫った年のナブルースには、タシケントの作家連盟のパーティにお招きを受けた。スピーチも終わり食事が始まって私が意気揚揚とスマラックを小指で掬って舐めた途端、テーブルを同じくしていた作家の方々の眼がまん丸になった。
 聞かれる前にと思って、この正式の食べ方はテルメズで教わったというと、向かいにいた婦人が困ったような顔をして「きっと、テルメズの人は作家ではなかったのでしょう」と言ったのである。タシケントの作家たちは小指ではなくナイフで掬って、舐めるのではなく、ノン(パン)に付けて食べるのである。どうやら本当はこちらが正式らしい。
 ウズベキスタンの人々はパーティが大好き、そしてスピーチ好きである。同席の人を讃えることもよくある。日本ではあまりないことであるが、なかなか良い雰囲気を作り出すものだと思う。その中で年長者を敬うことは絶対である。そのためにも「敬語」がある。日常の挨拶にまで違いがあり、目上、目下のそれに対する受け応えには違いがある。これは昔の日本に似ていないだろうか。
 日本語の敬語は、「れる」「られる」を語尾につけるが、ウズベク語でも、尊敬を表す語尾は「ラル」なのである。
 日本語の「帰る」の尊敬を表わす語は「帰られる」だが、ウズベク語でも「カイッタダ」(彼は─帰る)の尊敬表現は「カイタダラル」(彼は─帰られる)と言うのだ!
 日本語の「れる」「られる」には、四つの意味がある。尊敬のほかに受身、可能、自発であるが、ウズベク語でも、受身、可能、自発のそれぞれの意味を表わす語が結果として「ル」音をもつ。
 まず受身については、ウズベク語では受身を表わすには動詞に「―ル―」「―イル─」がはいる。この場合「l」(エル)音である。
「オチ」(「開く」の語幹)の受身形は「オチル」(「開かれる」の語幹)で、「キイ」(「着る」の語幹)に対しては「キイル」(「着られる」の語幹)となるのである。
次に可能だが、「~オル(モック)」という、「~できる」の意味を表わす動詞がある(モックは動詞の不定形を示す接尾語)。この語は可能の意味の複合動詞を作る。何と「~オル」は、音も意味も「~得る」と似ているではないか。
 可能形の例に「カイット」(「帰る」の語幹)に対しての「カイッタオル」(「帰れる、帰りうる」の語幹)や、「キイ」(「着る」の語幹)に対する、「キヤオル」(「着れる、着うる」の語幹)などをすぐ挙げることができる。
 最後に、自発についてだが、これは日本語でも「思われる」という表現がよく使われるように、ウズベク語でも「自然に思うだろう」という意味で、未来形の接尾語の「~ル」「~アル」(この場合は「r」(アール)音)を用い、「オイラール」という言い方があるそうだ。一人称の場合、自発の意味となる。「オイラ」は「思う」という動詞の語幹である。
 日本語には「r」(アール)音と「l」(エル)音の区別のないこともあり、これを同じと扱うとウズベク語でも四つの意味が「ル」と「ラル」に集約されることとなる。これは果して偶然なのだろうか。(つづく)