かぐや姫の誕生     索引  

                    

       15 ウズベク語の不思議 7

 謎の「k音」と形容詞の正体
 (世界戦略情報「みち」皇紀2667(平成19)年4月15日第248号)

つい先頃、能登地方で大きな地震があったが、ウズベキスタンも地震では日本とお仲間である。大きな地震には、地鳴りがするものらしい。タシケント大地震のときに少年だったある画家の方から聞いた話である。
 一九六六年四月二六日、タシケントに大地震があった。この朝、まだ少年だった画家は、ゴーッという地鳴りを感じた。当時の写真を見ると、街路の傾いた時計が五時二〇分で止まっている。このとき、今は旧市街とよばれるのどやかな白壁の一区画を除き、街は壊滅的な被害を受けた。
 一九九一年、ウズベキスタンは独立し、それまでほとんど外に対して閉ざされていたタシケントの街で外国から入った人びとの目に意外に映ったのは、所々に見られる建物の斬新さと並木の豊かさであった。モスクワの町とよく似た巨大なビルが並ぶ中に突然、人の目を惹くカラフルなデコレーションやモザイクやユニークな形の建物が現れ、並木はうっそうと茂る。よく見ると、車道の両脇に独立の歩道があり、その歩道の両側にそれぞれ並木が整備されている。四列六列の並木が、なぜか近く感じる太陽の下のオアシスで、のびのびと育った結果なのだ。
 地震の後、タシケントの街の復興の一環として建物コンクールが催されたそうだ。旧ソ連全域を対象にして建物のデザインの公募が行われ、毎年賞をとった建物が建てられていったそうである。つまりユニークな建物は、受賞作品なのである。
 先日、最近建てられたタシケントの新国立美術館の写真を見る機会があった。それは一二世紀の頃のものも残るという伝統的な独特な形の木彫りの柱を建物の周囲全体にめぐらし、本体は現代のガラス素材でできているという、やはりユニークな建物であった。
 旧市街が無事であったのは、一つはほとんどが平屋だったこともあろうが、ウズベキスタンで眼にした独特の耐震構造にもよるのではないだろうか
 ブハラでは、煉瓦の層の何層かおきに木っ端の層を挟んだものがあった。またどこの街の近くだっただろうか、山間の村で作りかけを見たところでは、柱と梁と筋交いで作った空間を、つるりと角のとれた長径二〇センチ位の丸い石の周りを壁土と思われる土で包んだものを積んで、埋めていた。これで表面を平らな壁にして白く化粧すれば、旧市街の白壁を彷彿とさせる。
 驚いた耐震構造を持つのは、ブハラとヒワを結ぶシルクロードの道筋に一キロおきに建てられていたという陸の燈台である。それは今も所々に残っているが、その土台はまず、石や煉瓦で枠を造りその中に川床の砂を詰めて造ったのだそうだ。砂上の楼閣をイメージしてしまうが、その砂はクッションになるということだった。
ウズベク語では地震を「ジルジラ」という。「ジルジラ」という言葉は「ズルズル」を連想させ、なんとなく地面が揺れ動くさまを想像してしまうのは、私のみだろうか。
さて、形容詞についてはウズベク語と日本語の間に興味深い繋がりがある。この繋がりは、現在不明とされている日本語の形容詞のあり方、つまり形容詞に「~い」で終わるものと「~しい」で終わるものがあるのであるが、なぜこのように分かれているのかということを解明する。定説として「~い」は形状・形態を表し、「~しい」は情緒を表すとされている。しかし、なぜそうなのかということには、定説どころか説そのものがない。
またこの繋がりは、古語において形容詞はすべて「~し」で終わるのに、なぜ、現在の日本語では「~い」と「~しい」に分かれるのか、また、古今を通じ「~し」、「~い」、「~しい」で終わる形容詞の活用形すべてになぜ「k」の音が現れるのかについても、答えを与えてくれる。
 この謎解きには、空想の中でタイムマシンに乗って時を越え、当時の関東人になるのが得策と思われる。ただ、その前に留意しておくことがある。
 外国語の乱れ飛ぶ二一世紀の日本において、外国語を日本語の会話に取り入れるとき、日本人はどのようにして組み入れているかという点である。
 これについては考えるまでもなく、ごく自然に特定の接尾語を付けて取り入れている。例えば、「リッチ」だけで意味は十分であるのに「リッチな」とする。同様に「ナウ」とは言わずに「ナウい」とする。「リッチい」とか、「ナウな」という表現も可能かもしれない。外国語に日本語の形容詞または形容動詞と同じ接尾語をつけて、品詞を明らかにして使うのだ。
 ではウズベク語ではどうであろうか。
ウズベク語の形容詞には日本語のように「~い」「~しい」のみではなく、いくつかの語尾がある。ウズベク語で形容詞を作るときの代表的な接尾語として、「~イック」という語がある。この時の「ク」は「kh」の音である。これは主に動詞の語幹につき形容詞を作る。

           キス                 →        キシック
 (詰め込む、締めつける、の意味の動詞の語幹)   (息のつまりそうな、という意味の形容詞)

           ヨン                 →         ヨーニック
          (燃える)                        (情熱的な)

 独立前まで国語であったロシア語をウズベク語の形容詞にするときは、どのように取り込んでいたのだろうか。見つかったのは、名詞から作る例のみであった。これにはやはり「~イク」をつける。ただこの「ク」は「k音」である。他に「~ル」をつける例もある。

  ペダゴグ + イク→ ペダゴギク
  (教育)      (教育の)

  デモクラート+イク→デモクラティク
  (民主主義)   (民主主義の)

 ロシア語以外の外国語を受け入れるときの語形は調べようにも材料がないので、ウズベク人の知人にきいてみた。答えはあまりに期待に副いすぎていて、困るくらいだ。「ナウ」は「ナウい」であり、「リッチ」は「リッチい」というと言うのだ。しかし、これには、考えるべきある要素が含まれているので手放しで喜ぶには早すぎる。
では、いよいよ「防人」の活躍した頃の関東地方へタイムスリップしよう。わずかの支配層を除き、ここは当時の方言の世界である。ここでは一部に、和歌なるものが流行している。和歌を詠むには、もちろん都の言葉で詠まねばならない。和歌を教える所もあるに違いない。時々、間違えてつい方言がまじる。万葉集の防人の歌で後世に知られてしまったように、本当は都では「恋しけ」を「恋し」というのだが、都の言葉である「恋し」は関東方言でなく、当地で話すとき語呂が合わないので「恋し」に当地での形容詞を示す接尾語「~イケ」がついて、ここでは「恋しけ」となってしまっている。
 お隣の奥様と天候のご挨拶。都言葉では、「寒し」というのだが、これは当地でも「寒しけ」とはいわないのだ。なぜかといえば、関東方言に同じ意味の「寒く」という言葉があるからだ。この「く」の音は「h」の音に近い。実はこの言葉がこれから時を経て、「寒ひ」「寒い」という現代音へと変わっていく。「恋しけ」も「恋しひ」「恋しい」へと変わっていくのだ。
 ついでながら、時につれ九州方面では「恋しか」となり「寒か」となっていく。「~イケ」の「ケ」の音は文字では表現されていないが、「k音」と「h音」との両方の音をもつはずだ。そうでなければ、「寒い」と「寒か」の両方に分かれることはないであろう。とすれば、この「~イケ」はウズベク語の形容詞語尾であり、形容詞を作る接尾語でもある「~イック」と同じと考えられる。
 さて、都では、「~し」という音がお好みらしい。後世、当地の方言で「濃い」「固い」となってゆく言葉は、都では「濃し」「固し」というのだ。あちらでは、こちらの言葉の語幹に「~し」をつけて取り入れたと思われる。
 他方、都の人びとによって、多くの新しい形容詞が生み出された。動詞に接尾語「~し」(音により「~あし」「~いし」)をつけるのだ。こうして情緒が豊かに表わされるようになった。ツングース系の言葉では、同様にして形容詞がつくられる。これらは後世、「シク活用」の形容詞と呼ばれるものと同じ形をもつ。きっとあの人たちはツングース系なのだろう。そういえば、ツングース語には「ナマシ」(暖かい)「フトュリシ」(かゆい)など「し」で終わる形容詞がある。

  悔ゆ + あし → 悔やし
  恋ふ + いし → 恋し

 実際、これらの形容詞は、当地の関東人にとっては、異国語のようなものである。
 ところで、都の人びとの言葉よりもこの関東の言葉が古く、また、かつて当地の言葉を話す人びとが都周辺にいたのではないかと思われる節がある。それは、古今を通じて形容詞の活用に出現する「k音」に由来する。
 都では、「恋し」「寒し」は、

  *寒カラズ・寒カリキ・寒ケレバ
  *恋シカラズ・恋シカリキ・恋シケレバ

と活用する。つまりその活用形の元は、寒くアラズ・寒くアリキ・寒くアレバだったはずである。同じ様に、恋しくアラズ・恋しくアリキ・恋しくアレバがつまって活用形が生まれたのであるから、その元の形はそれぞれ「寒く」「恋しく」という形となる。これは「関東の形」である。
「関東の形」が、都で使われているからには、防人の歌よりはるかの昔、「関東の形」が都辺りで定着していたことを思わせる。そして、ツングース系かもしれない今の都の人々がやってきたとき、言葉は混ざってこの形が都の言葉の中に残ったのではないだろうか。
「k」の音が出現する謎というよりも、この「k音」により思いがけないことがあぶり出されることになる。
さて、二一世紀にもどろう。
いま一つ、考え残したことがある。
いわゆるク活用(状態を表す形容詞)のうちウズベク語に共通に見られないもの、例えば、「暑い・熱い」はどう考えられるだろうか。
 やはり、どこかの言葉に由来すると考え、「~イック」をつけ受け入れたとすると、どこかに「アツ」という音で(温度の高い)という意味の語幹を持つ言葉があるはずである。それは、どこにあるのであろうか。それとも、一度はあったのにウズベク側で失われてしまったのだろうか。(つづく)