かぐや姫の誕生     索引  

                    

       17 ウズベク語の不思議 9

     魔除けのイスラック
(世界戦略情報「みち」皇紀2667(平成19)年5月15日第250号)

時代が流れて、武士の勢いが増すのと平行して中古から文献に見られるようになる助動詞「らる」「す・さす」「まほし」「たし」においては、ウズベク語との繋がりを見ることができる。これら以外の古語の助動詞は上古よりある助動詞であるが、ウズベク語との繋がりはみられない。
 爽やかに晴れた五月晴れの空を見上げると、想いはすぐにあくまでも青いウズベキスタンの空に繋がり、次いでなぜか、行き交う人々や物に溢れ賑わうバザールの雑踏を思い出す。山盛りの色とりどりの果物や野菜、肉、生きた鶏、ずらりと並んだ羊の頭、漬物、手作りお菓子、料理、花、日用品、装飾品、食器、調理器具、洋服、布地、黄色くピカピカした鉱物の塊のような氷砂糖。海に面していないこの国では、塩はもちろん、岩塩である。しかし、食卓塩のように真っ白に加工されたものも売っている。それらはロシア製や外国製だ。真っ白だったり褐色だったりするいろんな蜂蜜。
 香辛料売場は特に面白い。学校の標本室の棚に並んだビンの中にうやうやしく数片納まっていた生薬の数々が、ここではズックの袋に盛り上がりこぼれんばかり。干した草や樹皮や種や花ばかりでなく、妊婦が悪阻のとき囓ると良いという石や、隠れてはいるもののテーブルの下には、生きた蛇もビンの中に入って売られているのだ。最初は本当にびっくりしたので、見せては得意になっていたおじさんは、そのうち驚かし甲斐がなくなったのか、見せてくれなくなった。
 まさしく、「毒」と思うものもあり、山盛りになっていつでも触れるのを見ると、見てはいけないものを見ているような罪悪感と恐怖を覚えるほどだったが、聞いてみると、用法は日本とは少し違うようであった。「花岡青洲の妻」で知られるようになった麻酔薬「ダツラ」(朝鮮朝顔の実)は、頭痛に良いということだった。もっとも、「朝鮮朝顔」自体、このごろ日本では街角で売られ「天使のトランペット」という名でよく見かける。公園にまで植えられているのを見て、密かに驚いている。ただこの花の香りはうっとりするくらい魅力的で、花を見かけるとついよろよろと引き寄せられ、大きな白いラッパ型の花の下でしばし、香りを楽しむ。少なくとも、香りに毒性はなさそうだ。
 また混乱してしまったこともある。ヨーロッパで「婦人のヒステリー」の特効薬といわれる「サフラン」(サフランの雄蕊を乾燥したもの)は、世界的に有名な料理用着色料でもあるが、日本や西欧では大変高価なものである。五〇〇ミリグラム千円くらいだろうか。普通は華奢な小さなガラス管に入って売られているが、何本入っているかを数えられるくらいの量である。
 バザールには「シャフラン」という色薄いサフランに似た乾燥花弁が安価で売られ、紛らわしいことに、何度聴いても「サフラン」に聞こえてしまう。「サフラン?」「ダー」(ハイ)「シャフラン?」「ダー」で埒があかない。お茶や着色という用法も同じだ。ついには「サフラン」も所変れば品変ってしまうのかもしれないと思う寸前、「シャフラン」は紅花(ベニバナ)の花弁を乾燥したものであると判明した。「サフラン」の代用にも使われるのが「シャフラン」だったのだ。そのうちに本物の「サフラン」にもお目通りし、胸をなでおろす。「サフラン」はイランから来ているということだった。
 後にイランで本物サフランを店頭で飽きるくらい見かけるようになって、今度は姿や形はどう見ても本物ながら、その値段の安さにやっぱり何度となく、「本当にサフラン?」と聞く事になってしまった。日本や西欧と二〇倍は差がある。「サフラン」ばかりはイランで買うことをお勧めしたい。ただし、安いからといってあまり気前良くたっぷり入れすぎてお茶を作ると、笑い死にするのでご注意!とお店の人が笑いながらいうのは、本当だろうか。神経に作用するのは確からしい。
●「イスラック」の和名はわからない。多分、日本にはないのではないだろうか。この発音は難しく、文字通りの音ではない。「C」の後に例の弱い「и」がついているからである。乾燥イスラックは「魔除け」に使われる。ウズベキスタン中の至るところ、一束のイスラックが逆さまにぶら下がっている。特に家々の入口では必ず見かける。まだ建築中でも梁から吊るされているくらいだ。
 バザールではジプシー女が煙の出る片手鍋を手に歩く姿をよく見かける。傍に来て煙を手で煽りかけてくれる。かけられた人は黙ってお祝儀をあげる。祝儀をもらっても無視されても、表情一つ変えずに煙をかけ、歩き続ける。「魔除け」にイスラックを燻らせているのだ。
 イスラックは旧ソ連時代に科学的に研究され成分・効能が明らかとなっている。その結果、実際にイスラックの煙には殺菌作用がみとめられている。また街の薬屋には円錐形の丁度お香のように加工されたイスラックが売られている。病人の部屋や殺菌したい所で焚くのである。ファティマ先生がニヤニヤしながら教えてくれたところによれば、嫌な来客の後にもすぐに焚くという。日本で嫌な客の跡に塩を撒くのとなんと似ていることだろう。
 なぜイスラックが魔除けになるのか、その由来はウズベキスタンではわからなかった。私なりに理由を見つけたのはそれから何年もたって、イラン山間の小さな村で、であった。
 テヘランから南のカシャーンへ向う途中ザグロス山脈の方へどんどん山に入っていったところに、ゾロアスター教徒の住む小さなアビアネ村がある。赤い家々、独特の服装、伝統的な生活習慣を守っているこの村でイスラックに再会したのである。日本の袴のようなズボンをはいた男性やヨーロッパの民族衣装のような色とりどりの模様のギャザースカートをはいた女の人たちのすれ違う中、道端で売られていたのが村独特の手作りの「魔除け飾り」。それに懐かしいイスラックの種が数珠繋ぎになって使われていたのである。ウズベキスタンではこの種を枝につけたまま使う。アビアネ村の魔除けではっきりしたことは、「邪視」つまり、災いをもたらす他人の目を撥ね返す目(=お守り)のシンボルとしてイスラックの種が使われているということだった。ウズベキスタンでは、「邪視」の考えは強い。だからこそ、至るところにイスラックがぶら下がっていたのである。

「邪視」の考えはアラブ・中近東で広く、深い。各地でそれに対するお守りがある。イラクでは、やはり玄関のドアの上に掲げる円形陶板があった。ツヤツヤと鮮やかな、海の青色の釉薬がかかり、「目」のシンボルだろうか、ポツポツ穴が開けられている。大きさは大小さまざまで壁飾りにもなっていた。テヘランでは、昔は、トンボ玉を子供の服の肩に縫い付けたそうである。今は目の形をしたガラス細工もあり、ブレスレットや首飾りもある。また、壁に吊るす小さな手作りのお守りをいただいたが、それには綿の入った三角クッションの真ん中にスパンコールが縫い付けられていた。これが目なのであろう。
 テヘランでは、邪視は鏡に落ちると考えられている。理由もなく突然鏡やガラスが割れることがあるのだ。これが起きると、身代わりに鏡が割れたと感謝する。信じられないことであるが、実は、私も体験ずみである。
 二〇〇〇年の大晦日の夜のテヘラン、私は一人でホールに正月用の花を活けていた。テーブルの上に大きな壷を置き、その前に小型テーブル、その上にはパイレックスのボールに水を張り、床に置いたバケツから一本ずつ花を取り、パイレックスの中で水切りをして壷に挿していた。何本目だったろうか、水切りをした瞬間、ボンという大音響とともに、パイレックスが粉々に飛び散ったのである。触れた憶えはないが、たとえハサミがパイレックスに当たったとしてもあの大音響は何だったのか。ともかく、次の瞬間、私は花を左手にハサミを右に持ったまま、目の前が水浸し、という状況で立っていた。その時はともかく水を拭き、ガラスを集めたのだが、集めそびれたパイレックスの破片は六メートル先まで飛び散っていたことが、翌朝わかったのだった。あれは一体、どんな力だったのだろうか。割れるのは、国内製のせいにする向きもあるが、パイレックスはそうではなかった。
ウズベク語は、関東語に似ている。ではペルシャ語はどうなのかと思い、新・旧と習ってみたのであるが、いくつかの語源は辿れるかもしれないが、日本語とはウズベク語ほどは近くないと感じる。ウズベク語では、複数は「らる」をつけ、これはすぐに日本語「ら・~等」に繋がるが、ペルシャ語の複数形は「~ハ」または「~アン」であって、日本語との繋がりは見えてこない。
 冒頭に戻り、上古にはなく中古以降に現れ始める助動詞について見てみる。「らる」については過ぎてきたので、その他について留意してみよう。

(日)す・さす(使役)
(ウ) ~スン(三人称対象に
~させるの意味)
 例―ケルスン(彼を来させる)
(日)まほし(希望)
(ウ) ~モックチー(~したい)
 例―ケルモックチー(彼は来たい)
*モックチーの「ク」はkともhとも取れる音
モックチー →モホチー →まほし
(日)たし(希望)
(ウ)~イ・~アイ(希望)
 例―ケラーイ(彼は来たい)
 これが語尾にT音をもつ動詞につくと、次のように「たい」が現われる。 エッツ(言うの語幹)
→エッタイ(言いたい)
 カイッツ(帰るの語幹)
     →カイッタイ(帰りたい)

 「まほし」は中古にのみ、「たし」は近世になって中央語に現れる助動詞である。
 関東語中心の標準語における助動詞は、一九個(角川国語辞典)すべてがウズベク語と何らかの関わりをもっている。次の号では、その具体的な例について、検討することにしよう。(つづく)