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       20 ウズベク語の不思議 12

 ウズベク語で解く日本語の謎
   (世界戦略情報「みち」皇紀2667(平成19)年7月1日第253号)

これまでは日本語の助詞、助動詞とウズベク語の接尾語のうち意味と音が近いと思われるものを眺めてきた。
 では、これらが実際にはどのような形で会話に現れるかをみることにする。そのために、日本語と意味と音のよく似たウズベク語の動詞を選び、活用形と照らし合わせてみよう。

  【例】  (日)    (ウ)
       落ちる ― オッティル

  未然 落ちナイ ― オッティルマイ (沈まない・全・中止形)
      落ちヨウ ― オッティラール (沈むようだ・三・単)
  連用 落ちマス ― オッティラマス (沈む・一・複・丁寧)
      落ちタ  ―  オッティルダ  (沈んだ・三・単)
  終止 落ちる  ―  オッティル   (「沈む」の語幹)
  連体 落ちるトキ ―トーキ オッティルグンチャ (沈む時・全)
  仮定 落ちれバ ― オティルサ   (沈むならば・三・単)
  命令 落ちロ   ― オティール  (沈め)
  落ちヨ      ―  オッティリング(沈みなさい・座りなさい)

  【例】 (日)   (ウ)
      帰る ― カイット

  未然 帰らナイ ― カイットマイ(帰らない・全・中止形)
      帰ろウ  ― カイッタール (帰ろう・帰るだろう・三.単)
  連用 帰りマス ― カイッタマス (帰る・一・複・丁寧)
      帰っタ  ― カイッダ (帰った・三・単)
  終止 帰る   ― カイット(動詞「帰る」の語幹)
  連体 帰るトキ ― トーキ カイットグンチャ(帰る時・全)
  仮定 帰れバ  ― カイットサ(帰るならば・三・単)
  命令 帰れ   ― カイット (帰れ)
      帰れヨ  ― カイッティング(帰りなさい)

  【例】  (日)     (ウ)
        齧る ―  ガジ

  未然 かじらナイ  ― ガジマイ (かじらない・全・文の中止形)
      かじロウ   ― ガジール (かじろう・かじるだろう・三・単)
  連用 かじりマス  ― ガジマス (かじる・一・単・丁寧)
      かじっタ    ― ガジッダ(かじった・一・単)
  終止 かじる     ― ガジ(動詞「かじる」の語幹)
  連体 かじるトキ  ― トーキ ガジグンチャ(かじる時・全)
  仮定 かじれバ   ― ガジサ (かじれば・三・単)
  命令 かじれ    ― ガジ (かじれ)
      かじれヨ   ― ガジング(かじりなさい)

  【例】   (日)  (ウ)
         死ぬ ― シン

  未然 死なナイ ― シンマイ(壊れない・全・文の中止形)
      死のウ  ― シナール(壊れるだろう・三・単)
  連用 死にマス ― シナマス(壊れる・一・複・丁寧)
      死んダ  ― シンダ(壊れた・三・単)
  終止 死ぬ    ― シン(動詞「壊れる」の語幹)
  連体 死ぬトキ ―  トーキ シングンチャ(壊れる時・全)
  仮定 死ねバ  ― シンサ(壊れるならば・三・単)
  命令 死ね    ― シン (壊れろ)
      死ねヨ  ― シニング(壊れよ)

【注】
 1 ウズベク語「―マス」の音は、〔―миз〕である。
 2 ウズベク語には、場所を示す接尾語「―ダ」〔―да〕があるが、この場合の「―ダ」は〔―ди〕である。
 3 ウズベク語の命令の「―ング」の「グ」はほとんど、きこえない。
 4 全   …… 人称にかかわらず
   一~三…… 人称
   単   …… 単数
   複   ……  複数
 5「シン」(壊れる・枯れる)は、人が精神的に死ぬという意味にも使われる。

ウズベク語の仮定は「~サ」で示されるが、これは日本語日常会話の言い回しの一つに、「まあ、~とするさ、すると……だろう?」という表現があることを思い出させる。
「トーキ」には、驚いてしまったが、実は、これはペルシア語の表現にある「タ ケイ」(タ=~まで、ケイ=いつ)、つまり、「いつまで」からきているらしい。ペルシア語の「時計・時・時間」は、正確な発音は写せないが、「ソアット」である。日本書紀の斉明六年に登場する日本初めての水時計は、「漏剋」と表記されている。「トキ」という音自体、中国由来ではなさそうであるから、これも案外、斉明紀に登場するペルシア人たちが日常会話に使っていた「タ ケイ?」が「トキ」(時)となり、さらには「トケイ」(時計)の語源となったのかもしれない。
 ここで、次の例をみていただきたい。

  【例】 (日)     (ウ)
       着る  ―  キー

  未然 着ナイ ― キーマイ (着ない・全・文の中止形)
      着ヨウ ― キヤール(着よう・着るだろう・三・単)
  連用 着マス ― キヤマス (着る・一・複・丁寧)
      着タ  ― キーダ  (着た・三・単)
  終止 着る  ― キー    (動詞「着る」の語幹)
  連体 着るトキ ― トーキ キーグンチャ (着る時・全)
  仮定 着れバ ― キーサ  (着れば・三・単)
  命令 着ロ ―  キーヤ (着ろ)
      着ヨ ―  キーング(着なさい)

  【例】  (日)    (ウ)
        切る ―  キー

  未然 切らナイ ― キーマイ(切らない・全・文の中止の形)
      切ろウ  ― キヤール(切ろう・切るだろう・三・単)
  連用 切りマス ― キヤマス(切る・一・複・丁寧)
      切っタ  ― キッダ(切った・三・単)
  終止 切る   ― キー (動詞「切る」の語幹)
  連体 切るトキ ― トーキ キーグンチャ(切る時・全)
  仮定 切れバ  ― キーサ(切れば・三・単)
  命令 切れ   ― キー(切れ)
      切れヨ  ― キーング(切りなさい)

 「着る」も「切る」も、両方とも日本語の終止形では同じ「キル」という音であるにもかかわらず、連用形では「キタ」(着た)「キッタ」(切った)と音が異なってくる。これと全く同じく、ウズベク語も終止系では、両方とも「キー」という音であるが、連用形ではそれぞれ「キーダ」(着た)「キッダ」(切った)と同様に音が変ってくる。これはなぜそうなるのか、日本語では説明がつかないが、実は、ウズベク語が謎を解いてくれる。
 音の少ない日本語では、「きる」と書いただけでは「着る」なのか「切る」なのか分からず、漢字で表わして初めて区別がつくのだが、ウズベク語では、「着る」の「キー」は、「кий」〔kii〕であり「切る」の「キー」は「ий」〔khii〕なのである。喉の奥から出る〔khi〕の音の次に〔タ〕または〔ダ〕が続くときは、音をつまらせなければ発音できない。そうすると、「キッダ」となるのだ。
 一方、普通の〔ki〕の音に〔タ〕〔ダ〕が続くときには〔キダ〕あるいは、〔キタ〕となる。形容詞の時と同じように、ここでも、日本語で不可解であったの表現の謎が、ウズベク語から解けてくるのである。
 さらに考えを推し進めると、少なくとも、日本語の「着る」という動詞と「切る」という動詞は、この言葉自体がウズベク語起源といえないだろうか。普通、両者が単に似ているだけでは、どちらが起源とは決められないのだが、この場合ははっきりしている。
日本語の歴史のある時点でウズベク語と同じ系統の言葉が日本列島に入り、それがすでに住んでいた人々に部分的であれ受け入れられた。そして、その名残りが、関東以北の言葉(方言)に残っているのではないだろうか。さらに歴史を経て、結果として、それが現代日本語として定着してしまった。
 思いを巡らせてみると、ウズベク語系統が入ったのは古く、その頃はこの系統の言葉を話す人々が九州にも畿内にもいたに違いない。しかし、やがてツングース系の言葉がやってきて、畿内中心に上層部からひろがった。この言葉は文字に記されたため今に残り、古語とよばれて、日本全体が昔はこの言葉を話していたかのように錯覚するが、そうではない。畿内にも各地方にも方言があった。そしてもとから畿内にあったウズベク語系の言葉は、いつしか混ざり合って、その一部分が取り入れられ記録にも残った。万葉集にもそれは見える。

  若の浦に白波立ちて沖つ風
    寒き夕べは大和し思ほゆ

「言葉眺め」の果ての推理である。(つづく)