かぐや姫の誕生     索引  

                    

       21 ウズベク語の不思議 13

    「かなし」と「かな」の間
 (世界戦略情報「みち」皇紀2667(平成19)年7月15日第254号)

「変えたね。携帯。いくらしたの?」「一万九千円」
 「ワッ。タカッ」
 数日前、伊豆の路線バスの中で耳に入ってきた会話である。
「あつっ」「さむっ」「つめたっ」「いたっ」。これらはすべて標準語で「~い」で終わる形容詞の語幹である。語幹で意味が通るばかりでなく、さらに瞬間にこめた驚きをも伝える。これらは、状態を表す形容詞とされる。
 これに対して、「悔しい」「苦しい」「恋しい」のように「~しい」の形で終わって感情を表わすとされる形容詞は同様の表現をするとき、「くやしー」「くるしー」「こいしー」となる。
 ところが、「かなしい」という形容詞については、状況が少し異なってくる。「かなしい」つまり「かなし」は上代からよく使われた形容詞で「愛し」とも「哀し」とも「悲し」とも書かれるように、種々の意味で使われてきたが、現代ではもっぱら「悲しい」という意味で使われる。
 『広辞苑』から、その意味を抜き書きしてみる。
 「いとしく、可愛くてたまらない・興味深く強く心をひかれる・泣きたくなるほどつらい・見事だ・あっぱれだ・残念だ・しゃくだ・貧しい・どうしようもなく恐ろしい」
 「貧しい」を除き、まったく逆の意味まで含むこれら全体を一つの概念に包摂しようとすれば、「多方面にわたり心が大きく揺れ動くさま」を表わす言葉といえよう。「貧しい」にしても貧しいことによる「つらい心の状態」を表現しているのかもしれない。
 「かなしい」は「~しい」で終わるのであるから「かなしー」という言い方になり、実際、それをよく耳にする。しかし、古語においては「かなし」は「あつっ」「さむっ」などと同じように「かなっ」と言う形があったはずだと思われる。それが感動を表わす終助詞「かな」であろう。
 「カナシ」と言う言葉は万葉集によく使われている。吉田金彦『万葉語源』(創拓社)によれば、「カナシ」は人間の切なる場合の感情を持つ言葉であり、形容詞の「カナシ」の語源と感動助詞「カナ」とは親類同士の言葉であると記されている。〈 極まれば「カナ」〉と書かれている。
 さてこうなると、形容詞「カナシ」は、「~しい」の形の特徴と「~い」の形の特徴と両方の形を例外的に持つこととなる。なぜこういうことが起きることとなったのか。再度、ウズベク語が謎を解いてくれることとなる。
ウズベク語「カナカ」の出番である。
 「カナカ」はҚAHAҚAであって二つのҚは〔kh〕の発音であるが、ここではいつものように、正確な発音でないことを承知の上で、「カナカ」と記させていただこう。
 これは辞書には「口語」とかかれている。口語であるҚAHAҚAの文語形がҚAH∆AӢ〔カンダイ〕であって、どちらの意味も「いかに」「どのように」というもので、英語のHOWにあたる。
 「カナカ」と「カンダイ」の関係は「何故?」と「なんで?」のようなものであろうか。意味用法は同じである。辞書には次のような文例が載っている。

  ҚAH∆AӢ шодлик!(何という嬉しさ!)

 感嘆文を作る言葉であるからには、「カナカ」は上代以来の「カナシ」のように多種多様の感情の動きすべてを含むのではないだろうか。
 ここで「カナカ」に、形容詞においてウズベク語と日本語の間に見られるルールを当てはめてみよう。すると、「カナ」も「カナシ」も現われてくるのである。
 「カナカ」は形容詞ではないが、日本に入ってからは、語尾の Қ の音により形容詞と同じ受け入れられ方をしたと考えられる。
 すでに『謎のk音』のところで詳しく述べたが、関東では、「―Қ 」の音〔kh〕は、〔h〕音がより強く残る傾向があり、「ソブック」は「ソブヒ」となり、関東方言(そして、結局、標準語となってしまったが)の「サブイ」や「サムイ」となった。
 そして「カナカ」の場合も同様に、「カナヒ」となり、ついで「カナイ」にはならず、「カナ」になったと考えられる。
 この流れは終助詞「カナ」が初めて記録に現れるのが『常陸國風土記』においてであることから裏づけられよう。関東における「カナ」の出現については、次のような記述がある。

  「(茨城の)郡の東十里にある桑原の岳で、昔、倭武(やまとたける)天皇がお食事をされ、水部に井戸を掘らせ  たところ、香しい水が出た。天皇が勅されるには、『能(よ)く渟(たま)れる水かな』と。これにより、里の名を、今  、田餘(たまり)という」(『常陸國風土記』より大意)

 注目すべきは、天皇の御勅語の部分であって、本文には、ここにわざわざ注釈がついており、この部分は記録者が「俗」(くにびと)からきいた言葉であると記され、その発音が万葉仮名で書かれている。その他の部分(本文のすべて)は漢文である。
 ここには、「與久多麻禮流彌津可奈」(よくたまれるみずかな)と書かれている。すなわち、「可奈」は東国出身の言葉といえる。
 一方、中央(畿内)では「―Қ 」の音は「―sh」(―シ)の音に転換して受け入れられた。これは事実である。「ソブック」は「ソブシ」となったし、「サブシ」「サムシ」となった。従って、「カナカ」は「カナシ」という形で受け入れられた。こうして「カナシ」が誕生したと考えられる。
さて、興味深いことが万葉集の東歌の中に見られる。万葉集は中央の言葉で詠まれているため、東歌においても形容詞は中央の形「―シ」で終わっているものがほとんどである。

   三三六四 足柄(あしがら)の箱根の山に粟蒔(あわま)きて実と
          はなれるを逢はなくもあやし


 この東歌は中央の形の形容詞で終わっている。しかし、中には東国訛りが入り込んだものがあって、思いがけず当時の東国の形容詞の形を知ることができる。

   三五一七 白雲の絶えにし妹(いも)を何(あぜ)せろと 
          心に乗りて許多(ここば)かなしけ


   三五七六 苗代(なはしろ)の子(こ)水(な)葱(ぎ)が花を衣(きぬ)に摺(す)り
          褻(な)るるまにまに何(あぜ)かかなしけ


 このように「かなし」で終わるべきところにk音「け」がついている。この形は『謎のk音』のところですでに述べたことであるが、「かなし」という異質の(中央の)言葉を東国の人々が自分たちの方言に取り入れるために、音の流れに沿うようにつけた接尾語「―иҚ」(―イク)の存在の証拠となる。「―イク」の「ク」〔kh〕は関東では〔h〕音が残り、これが「かなしひ」から「かなしい」となって、「~しい」で終わる形容詞となっていくことは、やはり『謎のk音』で述べた。
 さらに「悔しい」「恋しい」なども、みな同じように後に関東で受け入れられた形である。そして、これが、現代標準語において「~い」で終わる形容詞と「~しい」で終わる形容詞があることの理由である。
 さて、東歌の中で形容詞が東国方言の形ではないものも、別のことを示唆してくれる。

   三四五二 左奈(さな)都(つ)良(ら)の岡に粟蒔きかなしきが
          駒はたぐとも吾(わ)はそと追(も)はじ

   三三九一 築波(つくは)嶺(ね)に背(そ)向(がひ)に見ゆる葦(あし)穂山(ほやま)
           悪(あし)かる科(とが)もさね見えなくに


 右にある「かなしき」と「悪かる」について考えてみよう。どちらにも語尾にk音(き・かる)がついているが、実は、これこそ、形容詞に「シ」音を持ち込んだ人々(ツングース系)以前に、語尾にk音を持つ形容詞が定着していたことを示すものといえよう。
 「ソブック」(寒い)「カッティック」(固い)の形ではいってきたウズベク語系形容詞は、すでにあった言語に取り入れられ、「寒く・なる」「寒く・なった」「寒く・ある → 寒かる(時)」「寒き(時)」「寒く・あれば → 寒かれば」のようにk音を残しながら組み込まれた。
 その後、いろいろな形で加わった形容詞はまるで方程式のような「X・くなる」「Xかった」「X・き」「X・かる」「X・かれば」「X・ければ」のXに語幹を当てはめる形で文の中に組み込まれたことが、推察される。
 数千年前からあるこの方程式は、今も生きている。最近では、英語が日本語に組みいれられるようになったが、組み込むための接尾語「い」をつけたあと、例えば、「ナウい」という英語起源の形容詞は、形容詞活用ができる。

   ナウ・ク・ない   ナウ・カロ・う
   ナウ・カッ・た  ナウ・い
   ナウ・い・時   ナウケレば


 必要とあれば、「ナウし」ともなって、古語においてさえも形容詞活用をさせることができる。
 「カナシ」と「カナ」の話にもどる。万葉集と古今集の中の「カナシ」と「カナ」を較べると、まだ見えてくるものがある。
 万葉集の四千五百首あまりの歌の中に「かなし」は一一〇回登場する。(『万葉語源』より)ざっと目を通しただけであるが、この内の二六回は東歌にある。東歌の総数は二四〇首である。
 東歌以外の歌で、どの位の頻度で「かなし」が使われているかをみると、四四~四五首に一回となる。
 一方、東歌ではどうかと見てみると、九首に一回「かなし」が現れる。東国では「かなし」という言葉は好まれていたのだ。やはり、潜在的につながりがあるのだろうか。
 では「カナ」についてはどうだろう。
 「カナ」は万葉集には登場しないようである。しかし古今集になると、全部で一一〇〇首の内に五八回登場する。紀貫之や紀友則など撰者たちによってより多く使われている。
 「かなし」は二八回とグッと少なくなり、その代わりに「憂し」が四〇回、「恋し」が四六回現われる。
 ちなみに、用例の数を見てみると、「憂し」+「恋し」の場合も、「かな」+「かなし」の場合も、それぞれの和は同じく八六。だが、これはまったくの単なる偶然である。
 古今集の東歌には、「かな」はまだ見えず、一方、古今集全体を通しても、いまや三回しか使用されなくなった「かなしも」が二回も使われている。東国の詠い方は時代に遅れていたようである。なにか、かなしい気がする。    (つづく)