みょうがの旅    索引 

                    

 第4回 みょうがの旅 4 ── 一陽来復 1
          (世界戦略情報「みち」平成24年(2672)4月1日第357号)

●今年の四月一日(ついたち)は壬辰(みずのえたつ)年の壬辰の日である。そして二月もまた一日の干支は壬辰だった。壬(みずのえ)は陰気が極まり去って陽気が生じ、万物が孕む象意だとすでに何度も繰り返しているが、筆者がこのことを初めて知ったのは、博多にある日本最初の真言密教霊場である南岳山東長寺(なんがくざんとうちようじ)で正月二八日に修された初不動護摩供の後の法話であった。
 まさに馬鹿の一つ覚えである。しかし、自分の名前すら覚えられないほど頭の悪いシュリハンドク尊者が、それこそ一つ覚えの「塵を掃え」の言葉をひたすら唱えつつ毎日掃除に明け暮れた結果、並み居る釈尊の高弟たちを差し置いて悟りを開き、死後の墓からは茗荷が生えてきたとの説話がある。ならば、茗荷紋の筆者も副題の「一陽来復」と相通ずると思われる「壬辰」を唱え続けてみよう。
 東長寺の藤田紫雲(ふじたしうん)住職の法話は今年の干支について、昨年の東日本大震災で日本中が暗く陰気な日々を送ることになったものの、今年は明るい陽気がはらんでくる、希望の持てる年廻り、と続いた。さらに辰については、十二支の中で唯一想像上の生き物である龍とされるが、そもそもは貝が殻から足を出して動くという字で、辰(振・震)の意味があり、辰年は運気が動き出す活発な年廻り(天下が動く)といえる一方で、このような時は悪い考えを持つ人が出て来て世の中を乱すこともあるので、心を落ち着かせて着実に歩みを進めることが大切だと、注意を呼びかけられた。
●さて、壬辰の各字に女偏を付けると「妊娠」となる。二月はわが国の誕生を祝う建国記念日(紀元節)と皇太子殿下の御誕生日を含み、四月は八日に灌仏会(かんぶつえ)(釈尊の誕生日)を迎える。また、二月は節分があり、四月は我が国の学校や職場など社会生活の新しい一年が始まる。このように「誕生」に特に関わりが多い二月と四月の一日が冒頭に書いたとおり、「誕生」の前提となる「妊娠」=壬辰から始まる。
 神武天皇の即位(辛酉(かのととり)年春正月庚辰(かのえたつ)朔)が紀元の皇紀は今年で二六七二年を数え、これを一二で割ると二二二・六六六六六六七、つまり円環の矢印は二二二廻り半を過ぎて二二三巡目に向かう処であり、釈尊の生誕二五五六年は丁度二一三廻りの年数となる。
●東日本大震災が発生した昨年の干支は辛卯(かのとう)だったが、皇紀元年の辛酉から数えると丁度二二二廻り半、また方位に置き換えると東西の正反対になる。昨年の三月は旧暦の卯月、大震災発生から翌々日の三月一三日は卯の日であった。この日奈良県の三輪山(みわやま)を御神体とする大神(おおみわ)神社では、一二年に一度、年と月と日が三つとも卯にあたる三卯大祭(さんうたいさい)が執り行われた。
 古来、わが国の神事は卯の時刻に始められることが多く、卯そのものに「始まり」の意味があるのがその理由だそうだ。本誌第三五四号の安西正鷹氏の記事でも「まつり」の語義がウ段の「む」、「つ」、「る」に遡ってから解説されていたことや、大嘗祭(おほにあへまつり)の悠紀殿(ゆきでん)と主基殿(すきでん)がウ段の「ゆ」と「す」から始まることも想起される。
 動き、動作には始まりと終わりがあるが、動詞の基本形が「動く」、「休む」、「食べる」など語尾がウ段であることも、「ウ」が始源の音と考えられていた証しだろうか。安西氏の論考にしたがえば、「生む」などは始源そのものの「う」と、可視界を表すマ行のウ段「む」からなることからして、現世(可視界)における万物の存続の根本となる言葉だと認識を新たにした。『古事記』を読むと、婚姻と出生の記事が非常に多い。「生む」ということの大切さはここにもうかがわれる。
 滋賀県大津市の天台宗寺門(じもん)派園城寺(おんじようじ)(三井寺(みいでら))の南に鎮座する三尾(みお)神社は、御祭神の伊弉諾(いざなぎ)尊が卯の年、卯の月、卯の日、卯の刻、神社からみて卯の方角(真東)に降臨されたとの伝説がある。神紋は「真向(まむ)きの兎」(真正面を向いた兎)。太安萬侶(おほのやすまろ)は『古事記』の序で伊邪那岐(いざなぎ)命を妹(いも)、伊邪那美(いざなみ)命とともに「二霊群品之祖(にれいぐんぴんのそ)」と記した。また、造化三神の天御中主(あめのみなかぬし)神、高御産巣日(たかみむすび)神、神御産巣日(かみむすび)神という始源の神々を祀る日御前(ひのごぜん)神社も境内にあり、特に安産、育児守護のご神徳が仰がれている。
●日本だけでなく世界の人々の価値観をも大きく変えつつある東日本大震災と福島原発事故が国の中央から見て東北、即ち古来鬼門と呼ばれてきた艮(うしとら)の方角で昨年辛卯(かのとう)三月一一日乙丑(きのとうし)に発生し、翌一二日丙寅(ひのえとら)を経て一三日の三卯、つまり丑→寅→三卯となった。
 ウ音は即ち天之御中主神であると、本誌第三二四号で栗原茂氏は指摘され、また天之御中主神は各地で安産守護の神と崇敬される。そしてこの神を最初に記す『古事記』は壬辰(=妊娠)、閏(うるう)年の今年で編纂一三〇〇年となる。
 これらの受け止め方は人様々だろうが、壬辰も妊娠も希望と不安定さが併存し、慎重さと忍耐を特に要する。今年は寒が長く、梅も桜も開花がかなり遅くなったが、人それぞれにいろいろな意味の「春」を待ちわびて落ち着きを失いがちな心を戒めているのかもしれない。東長寺住職の法話も肝に銘じ、「みょうがの旅」も拙速に陥らぬよう注意せねばなるまい。