みょうがの旅    索引 

                    

 みょうがの旅 23 おしほい 17 宗像の鎮国寺
       (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)2月15日第376号)

●大國主神の御魂を和(なご)め鎮めることは、太陽がアマテラスご神徳、即ち天(あま)照(て)らし、海(あま)照(て)らし、水蒸気や雲を発生させて雨(あま)垂(た)らすことにより、川水など淡水で国土を潤す自然の営みであり、その結果国土の塩分濃度が低下して、稲作も可能となる。そこで耐塩性の高い稗の生産から稲作への転換が、國譲り神話ではないかと考えた。
 そして、太陽神の天照大御神と国土神の大國主神との間の自然の営みに介在する御諸山(みもろのやま)の大年神=三輪山の大物主神=大國主神の和魂(にぎみたま)や、「裏伊勢」=宗像大社に坐す宗像三女神、出雲の大神の祟りが解けた本牟智和氣命(ほむちわけのみこと)と結ばれた肥長比賣(ひながひめ)のいずれも、海照らすことが特記され、蛇と関わりが深いことに気づかされた。三輪山の神と肥長比賣が蛇の姿を取られることは、記紀神話に直接的に描かれている。
 宗像大神については蛇体との直接的な言及はないようだが、神仏習合時代には弁才天と同一視され、頭上に宇賀神という白髪、白髭の人面白蛇を載せたお姿も想像されてきた。
●山口県岩国市には国の天然記念物の白蛇が生息する。岩国市今津の白蛇観覧所には、癸巳の今年に向けて岩國白蛇神社の新社殿が完成した。ご祭神は広島県宮島の厳島神社から勧請された「田心姫神(たごろひめのかみ)・湍津姫神(たぎつひめのかみ)・市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)」と、「宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)(宇賀弁財天(うがべんざいてん))」。この傍を流れる錦川を遡ると海潮山称光寺にも宝冠白蛇辨財天が祀られ、さらにもう少し遡った白(しら)崎(さき)八幡宮(主祭神=應神天皇、仲哀天皇、神功皇后)の境内にも白蛇社(宇賀御魂神)と弁天神社がある。
 弁天神社のご由緒は興味深い──

御祭神 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)(弁財天)
  この境内から見える錦川流域は淡水(たんすい)最終域であり岩国屈指の風光明媚(ふうこう  めいび)です。弁天様は美神(びしん)で本来清らかな河川を守護する神様です。(以下略)

 つまり、錦川の上流から白崎八幡宮の辺りまでが淡水域であり、そこから河口付近までは、淡水と海水が入り交じる汽水域ということになる。
 これを読んだ時、宗像大社の一の鳥居付近まで、傍の釣川(つりかわ)を海水が遡上すると、宗像市の観光ガイドさんが筆者に自ら語り出したことを思い出した。汽水域が日本の信仰を紐解く重要な鍵の一つと、今までこだわってきた筆者には、どちらも感慨深い瞬間だった。
 宗像大社の一の鳥居から釣川を挟んだ対岸には、弘法大師空海が唐から帰国後の最初期に開いた真言宗寺院があり、本堂には弘法大師作と伝わる宗像三女神の本地仏(田心姫(たごりひめの)神(かみ)=大日如来、湍津姫神(たぎつひめのかみ)=釈迦如来、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)=薬師如来)が祀られる。寺号は屏風山鎮国寺。「国を鎮める寺」とは、雨垂らす雨宝童子(うぼうどうじ)と習合した天照大御神を親神とする川の神として国土を潤し、また大國主神の妃として国土の大神の御魂を和め鎮める宗像大神の本地仏を、淡水と汽水の境界域で祀るに最も相応しい寺号ではないか。
●そもそも記紀神話とは、天地開闢以降、わが国において稲作が如何にして可能となったのか、またそこに至るまでの自然=神々の営みと、人間界の営みがどう対応しているのかを物語っているように思う。そして、この自然界の営みと人間界の営み(殊に稲作)自体が禊祓であり、そのことに人生の中で様々な経験を通じて具体的に思い至り、気づきをいただくことが、個々人にとっての禊祓なのではないか。
 このように、稲作を禊祓の象徴と捉える世界観があるからこそ、稗の神=日枝大神=大國主神から米の神=天孫への國譲りが記紀神話の中でも最も重要な位置を占め、記紀神話のエッセンスのような大祓詞(おほはらへのことば)に凝縮される──

高天原(たかまのはら)に神(かむ)留(づま)り坐(ま)す 皇親神漏岐(すめらがむつかむろぎ) 神漏美(かむろみ)の命(みこと)以(も)ちて 八百萬神等(やほよろづのかみたち)を神(かむ)集(つど)へに集(つど)へ賜(たま)ひ 神(かむ)議(はか)りに議(はか)り賜(たま)ひて 我(あ)が皇御孫命(すめみまのみこと)は 豐葦原水穂國(とよあしはらのみづほのくに)を 安國(やすくに)と平(たひら)けく知(し)ろし食(め)せと 事(こと)依(よ)さし奉(まつ)りき……

 こう始まる大祓詞の禊祓も、最終段階では川の神のご神徳に与(あずか)るのだ──

……遺(のこ)る罪(つみ)は在(あ)らじと 祓(はら)へ給(たま)ひ清(きよ)め給(たま)ふ事(こと)を 高(たか)山(やま)の末(すゑ) 短山(ひきやま)の末(すゑ)より 佐久那太理(さくなだり)に落(お)ち多岐(たぎ)つ 速川(はやかは)の瀬(せ)に坐(ま)す瀬織津比賣(せおりつひめ)と言(い)ふ神(かみ) 大海原(おほうなばら)に持(も)ち出(い)でなむ……

 この後、速開都比賣(はやあきつひめ)、氣吹戸主(いぶきどぬし)、速(はや)佐須良比賣(さすらひめ)の祓戸大神(はらへどのおほかみ)がそれぞれのご神徳でもって禊祓をお助けくださり、「此(か)く佐須良(さすら)ひ失(うしな)ひてば 罪(つみ)と言(い)ふ罪(つみ)は在(あ)らじと 祓(はら)へ給(たま)ひ清(きよ)め給(たま)ふ事(こと)を 天(あま)つ神(かみ) 國(くに)つ神(かみ) 八百萬神等(やほよろづのかみたち)共(とも)に 聞(き)こし食(め)せと白(まを)す」と締め括られる。
 四柱の祓戸大神のうち、瀬織津比賣は川の淡水域の神、「荒潮(あらしほ)の潮(しほ)の八百(やほ)道(ぢ)の八潮道(やしほぢ)の潮(しほ)の八百會(やほあひ)に坐(ま)す」速開都比賣は水戸(みなと)=河口付近の汽水域の神、「根國(ねのくに) 底(そこの)國(くに)に坐(ま)す」速佐須良比賣は川底から海底に及ぶ汽水域の地中の神ともいえるのではないかと、現時点では考えている。
 大祓詞の冒頭の一節が、国土を和め鎮めて、稲穂豊かな国とせよとの意味の天照大御神=雨宝童子のご神勅とすれば、雨水が地中を経た川の神=弁才天として国土を除塩し、大國主神の妃として国土の神霊を和め鎮められる宗像三女神と、祓戸の三女神とには大きな共通性が認められる。(つづく)