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 みょうがの旅 30 おしほい 24 供養と降伏の食物
       (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)6月1日第383号)

●『古事記』で伊邪那岐命は黄泉國(よもつくに)から逃げ還られる途中で、それを阻止しようとする障礙神のよもつしこめには蒲子(えびかづらのみ)と笋(たかむな)を食べさせる一方、同じ障礙神の八雷神(やくさのいかづちがみ)と黄泉軍(よもついくさ)は桃子(もものみ)を投げて撃退された、障礙神に対するこの二通りの対照的な対処は、中世のわが国で生まれた弁才天修儀において、宇賀弁才天(宇賀神とも)の福徳を授かるのを荒神が障礙する働きを封じるために、荒神に「米」の字を書いて捧げる門前作法がある一方、荒神がいる巽=東南の正反対、即ち乾=北西に宇賀神が常住することで荒神を降伏(ごうぶく)する、供養と降伏のやはり二通りの対照的な荒神対策に受け継がれたと考えた。
 伊邪那岐命の黒御鬘(くろみづら)に生(な)る蒲子は、ヤマブドウまたはエビヅルの実で、鬘が蔓性の植物となるのは両者の形状が相通じるからだろう。伊邪那岐命の湯津津間櫛(ゆつつまぐし)に生(な)る笋も、櫛の歯の先が尖った細長い棒状の形が共通する。
 仮に、蔓性の蒲子(黒御鬘)を陰、棒状で先の尖った笋(湯津津間櫛)を陽とすると、よもつしこめが貪った食物には、陰陽の組合せが意識されているのではないか。抑も黒御鬘も湯津津間櫛で頭髪に固定するので、黒御鬘+湯津津間櫛は機能的にも陰陽一組だ。
 死後の伊邪那美命がよもつしこめに伊邪那岐命を追い駆けさせられたのは、陰気極まる存在のよもつしこめが、伊邪那岐命のやはり陰気極まる心に依り憑くからだと本稿では考えてきた。
 ならば、逆によもつしこめの難から免れるには、蒲子と笋という陰陽一組の食物が必要だったと仮定しよう。
 よもつしこめも実は自らの陰気極まる状態に苦しんでおり、自らの陰陽二気の調和を欲していたのではないか。それ故まずは陰性で共通する蒲子を貪り、次に蒲子と結合する笋の陽性に無我夢中となった。陰と陽が各々の働きを合わせて、よもつしこめの供養という一つの目的を果たしたといえる。
 陰陽一組または陰陽協同の意識は、弁才天修儀の門前作法で、荒神の障礙を予防するために米そのものではなく、「米」の字を書くことが供養になるとの信仰にも窺える。蒲子と笋の組合せは、文字を書く場合に用いられる毛筆を連想させる。毛筆は一般に、毛の束と竹軸を組み合わせて作る。さらに墨汁を含ませた毛筆は、黒御鬘に生る蒲子と笋の組合せに見事に重なる。
 山本ひろ子『異神 中世日本の秘教的世界』(ちくま学芸文庫)下巻の第三章「宇賀神―異貌の弁才天女」によると、「米」の字は指で書かれていたが(六〇頁)、その所作を行なう行者の指に、陰陽一組の毛筆がイメージされていたとしても、不自然ではなかろう。
●「米」の字も陰と陽の組合せである。
 毎日の食事で病気の予防や快癒、体質改善を行う「食養」の研究家、若杉友子氏の著書『これを食べれば医者はいらない―日本人のための食養生活』(祥伝社)の中では、「米」の字が「八」と「十」と「八」からなる意味が説かれている(六一~六二頁)。
 それは、米が実るまでに八十八回もの手順や手間がかかるからです。……
「米」という字の真ん中にある「十」という字。この「十」という字の横に走る線は陰を、そして縦に走る線は陽を表しています。……
 そして「米」という字は、陰陽の調和を表した「十」という字に、さらに天に向かって腕をあげたように2本の線が左右に広がり、下の部分には大地に根をはるかのように2本の線が伸びて、一つの文字になっているんです。
 天に向かう力を陰とし、地に根を張る力を陽と考えると、「米」という字は、「十」という調和した文字に、さらに陽と陰との調和を重ねていることになります。「米」は大調和の姿をした文字であり、米にはすべての氣が米(込め)られている。……。
 米作りが陰陽相半ばする春分の頃に始まり、再び陰陽相半ばする秋分の頃に収穫となることに、筆者は以前から注目してきたが、「米」の字が陰陽の大調和を示すと知って益々興味深い。
 弁才天修儀の門前作法で、陰気極まる冬至に旭が立ち昇る方位でもある巽=東南にいて、三毒=貪瞋痴の陰気極まる心に依り憑く荒神の障礙を防ぐには、陰陽一組で一つの役割をなす毛筆で、陰陽調和の「米」の字を書くことが必要なのだ。但し、米自体を供えるのではない点には留意しておこう。
●他方『古事記』の中の桃子は八雷神と黄泉軍を供養ではなく降伏した。手元の『角川漢和中辞典』(昭和五四年、一八五版)は、「桃」の解字を「兆が音を表わし、また、割れ目の意がある。ももは実にすじがはいっているところから、この名がある」と説明する。
 即ち、桃は一つの球が真っ二つに割れ始めるような形がその第一の特徴と意識されてきたのだ。一つが二つに割れる様は天地開闢や陰陽分離に通じる。『古事記』でも、現世(うつしよ)と黄泉國の境の黄泉比良坂(よもつひらさか)の「坂本(さかもと)なる桃子(もものみ)」とあり、桃の実のすじに、現世と黄泉國の境が通じるのだろうか。
 天地や陰陽を「乾坤」とも云うが、弁才天修儀の本尊で稲魂も掌る白蛇姿の宇賀神が、乾に止住することで荒神を降伏することを思えば、桃と米にも共通性がありそうだ。 (つづく)