みょうがの旅  みょうがの旅    索引 

                   

 みょうがの旅 31 おしほい 25 桃=米=蛇=宝珠
       (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)6月15日第384号)

●伊邪那岐命を黄泉國(よもつくに)の障礙神=よもつしこめの難から免れさせた黒御鬘(くろみかづら、蒲子(えびかづらのみ)に変化)と湯津津間櫛(ゆつつまぐし、笋(たかむな)に変化)は各々の形から陰と陽に位置づけられ、弁才天修儀で荒神の障礙を避ける門前作法でも陰陽大調和の象徴たる「米」の字を指で書く所作が供養となるので、陰気極まる障礙神の難を避けるには、その陰陽二気を調和に向かわせる、陰陽二物を一つに組合せたものによる供養が必要と考えた。
 陰気極まるよもつしこめは、まず同じく陰性で共通する黒御鬘に生る蒲子を取っ掛かりに、次は黒御鬘を頭髪に固定して機能的にも陰陽一組をなす、湯津津間櫛に生る笋の陽性にありつく。
 弁才天修儀の荒神供養をする行者の指にも字を書く道具の毛筆がイメージされるなら、毛筆も毛の束=陰と竹軸=陽からなり、陰陽二物が一組で用をなす道具と云え、墨汁に浸した毛の束と竹軸はまさに、黒御鬘に生る蒲子と笋の陰陽の組合せに二重映しとなる。
●ところが、一つの球が真っ二つに割れだしそうな形の桃の実は、黄泉國の八雷神(やくさのいかづちがみ)と黄泉軍(よもついくさ)を撃退した。「桃」の字の「兆」は割れ目の意味で、実にすじがあることが意識されている。一つが二つに分かれる様は天地開闢や陰陽の発生にも通じ、天地や陰陽を「乾坤」とも云うことと、宇賀神が乾=北西に止住して荒神を降伏(ごうぶく)することの間に関連性が予感されたのだった。
 山本ひろ子著『異神 中世日本の秘教的世界』(ちくま学芸文庫)下巻の第三章「宇賀神―異貌の弁才天女」によると、弁才天修儀の本尊の宇賀神は、白蛇の姿に造形されるか、または宇賀弁才天の種字(しゆうじ)を書いた米四八粒が本尊の代わりとなりえた(五六頁)。即ち、宇賀神は米の神とも考えられるので、荒神を降伏する米と、神道版の荒神=八雷神と黄泉軍を撃退した桃との間には共通性があるのではないか。
●はたして『異神』第三章には、桃と米の関連性を如実に示す写真がある。それは下巻二六頁に掲載された、山形県の正善院所蔵の宇賀神像の写真二点で、一つは翁の顔をしてとぐろを巻いた白蛇姿の宇賀神が桃形の覆いの中に鎮座している写真、もう一つは桃形の覆いを取り外した状態の写真だ。桃形の覆いには、さらに桃形の穴があり、その奥から宇賀神の翁相が覗いている。勿論すべての宇賀神像がこれと同じように造形されたわけではないが、ここには荒神の障礙を封じる霊力を有する桃と米に対する、わが国の神道、仏教両方に通底する信仰思想が一つに凝縮されている点で極めて貴重な神像だ。
 桃と米は何で共通するのだろうか?今までの論考の流れから、ここでもまた陰陽の視点から考えてみよう。
 荒神の供養には陰陽二物が一組となるものが必要だったが、荒神を降伏する桃には一つのものが陰陽二つに分かれだす形状が意識されてきた。
 他方の米は栽培が一年のうちで陰陽相半ばする春分の頃に始まり、やはり陰陽相半ばする秋分の頃に終わる点を本稿では繰り返し指摘してきた。インターネットで調べると、桃の栽培も陰陽がおよそ相半ばする春に始まるようで、米との共通性が感じられるが、収穫は秋分より一、二ヶ月早いようだ。
 とはいえ、今のところは桃と米との共通点を、一つのものが陰陽に等分される状態と仮定しよう。桃は実の中央にすじが走ることで陰陽が均等に分かれる形状を持ち、桃と米は一年の陰陽二気が相半ばする春分または春に栽培が始まり、米は一年の陰陽二気が均等になる秋分の頃に収穫される。
 そして興味深いことに、桃形の覆いの桃形の窓から顔を覗かせ、稲魂も掌る宇賀神のお姿が蛇体であることに、これまた陰陽等分が関係してくる。
●新村出編『広辞苑』第六版(岩波書店、二〇〇八年)で、「蛇穴を出づ」と「蛇穴に入る」という対になる言葉を知った。前者は「地中で冬眠していた蛇が、春暖になって地上に出てくる」ことで、後者は「蛇が冬眠のため穴に入る。俗に、蛇は春の彼岸に穴を出て秋の彼岸に穴に入るという」とある。蛇の生態も、一年の陰陽二気が相半ばする春の彼岸=春分の頃と秋の彼岸=秋分の頃とに関係するのだ。
 即ち、荒神を降伏する力を持つと信じられてきた桃も米も蛇体の宇賀神も、陰陽二気を均等に備えるのだ。確かに、一つのものが陰陽に均等に分かれだす様には、強烈な力の発現も感じられる。陰陽に対応する乾坤には「乾坤一擲」なる熟語があり、運命を賭す勝負に出る意味だが、陰陽=乾坤の発生にはそれほど強烈な力があるので、障礙神を降伏することができるのだろう。
 さらに云えば、陰陽二気を均等に備え、それ故強大な降魔の霊力を持つものが、宝珠と信じられたのではないか。
 弁才天修儀の本尊宇賀神は白蛇姿で、別名は如意宝珠王である。
 宇賀弁才天の種字を書いた米四八粒は弁才天修儀の本尊に代用され、門前作法で荒神に奉る「米米米」の三文字も「三弁の如意宝珠」と観じられていたので、米もまた宝珠である。
 そして、一つの球が陰陽等分されたような桃の実が、菓子や絵などの人工物では大抵の場合、宝珠形に象られてきたのは実に興味深い。(つづく)