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 みょうがの旅 36 おしほい 30 悠久なる宝珠
        (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)9月15日第389号)

●天台宗の宇賀弁才天信仰における「宇」「賀」「神」の字釈を巡る前稿の締め括りで、子が父母の遺伝子=陰陽二気を細分して受け継いで宝珠となるプロセスを、親から祖父母、曾祖父母…と世代を遡っていくと、いずれ人間は海の生物に通じ、日本の自然神信仰からすれば、それは人が神に通じることにもなり、「宇賀神」の「神」が「人」や「子」に対応するとの天台宗の教説に窺えると指摘した。
 実は、このことに筆者が思い至ったのは、福岡市博多区住吉の筑前一之宮住吉神社で今夏七月三一日に名越大祭が斎行された後の横田昌和宮司のお話のおかげだ。横田宮司は罪穢の解説の中で、人間は誰しも両親があり、その両親にもそれぞれ両親があり、そうして遡ると海の生物につながり、自然を神と崇める神道からすれば、人間は神に通じるが、そのことを「包み隠す」ものが「罪」であるとのお話をされた。このとき、先代の横田豊宮司も神道の祖霊祭祀の側面を強調されていたことを思い出していると、人間、先祖、自然、神のつながりが、「宇賀神」の字釈にも反映されていると気づいたのだ。
 この日は午前に茅(ち)の輪くぐり、夕刻は川岸祭と呼ばれる人形(ひとがた)流しの神事が斎行された。今年の川岸祭は、一の鳥居と那珂川の住吉橋の間にある天竜池に場所が移された。「伊弉諾大神(いざなぎのおおかみ)が禊祓(みそぎはらえ)をされた霊池」と伝わる天竜池は、「一名、汐入池(しおいりのいけ)とも呼ばれ」、と案内板にある。往時は那珂川から細い支流が天竜池に通じており、満潮時に遡上する海水が流入していたからだ。
 伊邪那岐命の禊祓と中世日本に生まれた宇賀弁才天信仰の間にこれまで多くの共通点を見出してきたが、天竜池もその好例だ。前々号で東京は上野不忍池の中島の辯天堂に触れた。インドの川の女神に由来する弁才天は、日本では池の辺や中島にもよく祀られる。その最大級の例は琵琶湖の竹生島だ。そして弁才天が祀られるような池が、住吉神社では伊邪那岐命の禊祓の霊跡と伝わるのは大変興味深い。
 これと相通じる場所は、前にも触れた福岡県糟屋郡新宮町の磯崎鼻という岬の「箱瀬(はこぜ)」の大岩だ。天竜池より一回り小さな池の中に箱形の大岩があり、池は海と地下水路でつながり、大岩は満潮時には水没、干潮時には全体が露出する。潮汐はほぼ一定の時間で繰り返されるので、箱瀬の大岩に対する水位で時間の計測が可能だと考えた。否むしろ、この池は潮汐を利用した時間計測を目的に作られたのかもしれない。それ故箱瀬の大岩は、禊祓をされる伊邪那岐命の御裳に成りませる時置師神(ときおかしのかみ)に通じるとの愚説も述べていた。
 潮汐の影響を強く受ける博多の那珂川の汽水域にある住吉神社の天竜池=汐入池もまた、同様の意図で造られたのではないか。天竜池も時置師神に通じるならば、その中島に伊邪那岐命が祀られる理由が今少し明らかとなる。
●天竜池や箱瀬は大昔から絶え間なく時の流れを示してきた。その悠久の営みは、大年神(おほとしのかみ)の御名を想起させる。大年神は宇迦之御魂神=稲荷神とともに神大市比賣(かむおほいちひめ)の子と『古事記』にある。
 箱瀬の傍に河口がある湊川の中流の高松神社は、その大市姫命が御祭神。神代の創祀と伝わる高松神社のすぐ傍の夜臼(ゆうす)貝塚で出土した籾痕の付いた縄文土器の夜臼式土器は、わが国の稲作開始年代の研究を画期的に進展させた。
 太古ここは深い入り江の汽水域で、その奥の立花山から流れ込む川が土砂を運び、潮汐の働きとともに干潟が形成され、さらに降雨や河川水などの淡水の働きで土壌の塩分濃度が低下して稲作も可能となった土地だと想像した。しかしこれは淡水と、実に長大な時間、則ち「大年」のなせる結果だ。大年神の悠久の御神徳により、宝珠たる米を作ることが可能になったのだと、『古事記』は大年神の次に稲荷神がご誕生との記述で示しているのではないか。
『古事記』によると、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)を失って意気消沈された大國主神の前に「海(うなはら)を光(てら)して」顕現された大年神は、蛇体の三輪山の神=大物主神と通じる。これまで見てきたとおり、蛇もまた宝珠であるが、白蛇を頭に戴く弁才天と習合し、「神光照海」のご神徳が仰がれる宗像大神との共通性も窺われる。
 川の女神弁才天の冠の中の翁相白蛇の宇賀神の別名が如意宝珠王で、稲魂を掌る神とする仏教信仰も、山→野→海と蛇行する河川の大年に亘る営みが稲作を可能にしたと語る『古事記』の記述と符合する。なぜなら、宇賀神のご神徳についても極めて長大な歳月に亘る施福の功徳が強調されるからだ。
 山本ひろ子著『異神』(ちくま学芸文庫)下巻、第三章「異貌の弁才天女」には『仏説最勝護国宇賀耶頓得如意宝珠王陀羅尼経』中の「宇賀神将」の因縁譚が引かれる(二一頁)。
「今、この会中に『宇賀神将』という名の一人の神王がいる。この者は無量劫の昔から大慈悲を施してきた。…」
 さらに「宇賀神王は西方浄土にあっては「無量寿仏」…と号する」と釈迦仏が語るくだりもある(同二五頁)。
「無量劫の大昔から」功徳を積んで、「無量寿」の齢を重ねた蛇神の故に、翁相の如意宝珠王となる。宝珠は悠久の営みの賜物なのだ。 (つづく)