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 みょうがの旅 38 おしほい 32 皇統と國體と稲作
        (世界戦略情報「みち」平成25年(2673)10月15日第391号)

●一身の中に陰陽二気を内包し、その両方の特徴を発揮しつつ、人生という禊祓を幾世代もの悠久の時間に亘って続けてきた人間もまた宝珠である。
 我々の先祖たちはそれぞれ、父母の陰陽の交わりによって生まれ、自らも陰陽の交わりをなして子孫をつくり、生を全うして土に還っていった。
 その土の中から、一年が陰陽二気に等分される春の彼岸に姿を顕し、また陰陽等分となる秋の彼岸に土の中へと姿を隠す蛇に祖霊が観じられてきた。
 蛇は、地上生活期間が稲作の期間とも概ね重なるので、稲魂とも信じられ、特に脱皮を繰り返す生態は、稲作が禊祓に通じるとの信仰にも符合する。
 蛇を祖霊や稲魂と崇めてきた信仰は、白蛇の姿で老翁の顔をした宇賀神という神像に形象されるようになった。
 白米に包まれたような白蛇の鱗状の表皮の形成は、体内から米粒が産み出される過程、則ち稲作の象徴ともなる。
 脱皮は、豊作の傲りや飽くなき収穫増大の過度な欲望=「罪」、また逆に不作や凶作による過度な気力喪失=気枯れ=「穢」を禊祓うことを象徴する。
 老翁の顔は祖霊そのものと、先祖たちが禊祓に通じる稲作を主とした生活と、陰陽の交わりによって生命を紡ぐ営みが、無数の世代に亘る悠久の歳月を経て今に至ることの象徴でもある。
●その雛形は、『古事記』の序において太安萬侶が「二靈群品の祖」と敬い申し上げた、伊邪那岐命と伊邪那美命との國生み神生みに遡る。
「みとのまぐはひ」という二神の陰陽の交わりにより、実に多くの嶋々と神々が生まれ、その中の速秋津日子神(はやあきづひこのかみ)と速秋津比賣神(はやあきづひめのかみ)の間に八柱の神々、そして同じく子神の大山津見神(おほやまつみのかみ)と野椎神(ぬづちのかみ)の間にもさらに八柱の神々がお生まれになっていくことが記され、神々もまた陰陽の交わりによって世代が継がれていくことが示されている。
 伊邪那岐・伊邪那実二神の陰陽の交わりは、天照大御神と建速須佐之男命の「誓約(うけひ)」に受け継がれ、最初に宗像三女神、次に天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)を始めとする五柱の男神がご誕生になり、長男神の御子、則ち天孫を番能邇邇藝命(ほのににぎのみこと)と申し上げる。そして、天孫の御曾孫の神倭伊波禮毘古命(かむやまといはれびこのみこと)が大和に東征の後に初代神武天皇となられてから今日まで、二六七三年もの間に一二五代を数える皇統が連綿と続いている。皇統もまた、陰陽の交わりによって悠久の歳月=大年に亘って続いているので、これまで見てきたとおり宝珠である。
 速須佐之男命は櫛名田比賣(くしなだひめ)とも陰陽の交わりをされる。子の八嶋士奴実神(やしまじぬみのかみ)も木花知流比賣(このはなちるひめ)と結ばれ、それからまた子孫の世代が続く。その中の大國主神は複数の女神と交わりをなされて、益々多くの神々が誕生されていく。
 また、大國主神の和魂(にぎみたま)=大物主神に通じる大年神と三柱の女神の間にも十余柱の神々が誕生され、その子の中の羽山戸神(はやまとのかみ)が大氣都比賣神(おほげつひめのかみ)と結ばれて八柱の神々のご誕生へと続く。その後いよいよ、『古事記』は大國主神の國譲りと天孫降臨へと展開していく。
●ここで留意しておきたいのは、大年神の末子が大土神(おほつちのかみ)、別名土之御祖神(つちのみおやのかみ)と記される点だ。三輪山の蛇体の神=大物主神に通じる大年神には、蛇行する川が長大な年月に亘って土地を除塩し、稲作を可能にする働きが観じられ、それ故に大年神の次に稲荷神のご誕生となるのだろうと考えるが、これは大年神の末子を大土神=土之御祖神と申し上げることにも符合するではないか。
 土地が除塩され、稲作が可能となる環境の整備が最終段階に進んだ処で、耐塩性の高い稗の神=大國主神から稲の神=天孫への國譲りへと移行する。『古事記』が自然の営みを反映したものであることは、ここにも窺われる。
 大年神のご神徳は、宇賀弁才天信仰にも認めてきたが、弁才天修儀における本尊への供物に「籾珠」と「土珠」があったことが想起される。前者は米、後者は田の土を紙で宝珠形に包んだもので、米と、そして米が育つ土の両方ともが宝珠と考えられていたのだ。
 さらに、米粒で代替されうる本尊の宇賀神が蛇体であることが示すとおり、米や蛇など個々の宝珠が互いに不二の関係となっていく性質も見てきた。それは、『古事記』の展開にも窺われる。
 則ち、宝珠の蛇に通じる大年神の悠久の土壌除塩の功徳が、稲作可能な土地=大土神のご誕生をもたらし、弁才天修儀では土珠に象られる。土珠は、同じ宝珠の籾珠=米と不二となる性質から、大土神ご誕生のやや後に、米の神=天孫の降臨となる。天孫降臨とは、籾珠と土珠の不二一体化とも言いうる。
 自然と人間の複雑多様な悠久の営みに、日本人は神々の働きを認め、神々を祀り、神意に通じることで自然との調和に努め、それが國と社会の永続と子孫存続に繋がると信じてきた。事実、その結果として二六七三年の長きに亘り稲魂の天皇を拝戴する國體が現存する。わが国の國體もまた宝珠なのだ。
 皇祖神を祀る伊勢神宮と国土神を祀る出雲大社の御遷宮が重なった癸巳の今年。長期的には価値の不安定な金銭での損得勘定に惑わされず、宝珠たる皇統と國體と稲作を末永く護持する覚悟を新たにしてこそ、日本を取り戻す第一歩の年となろう。 (つづく)