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 みょうがの旅 43 おしほい 37 形から入る人生
        (世界戦略情報「みち」平成26年(2674)1月15日第396号)

●人は父母不二の宝珠として生まれるので、身体は男でも内に女性性を宿し、女はその逆である。ただ、人が新たに宝珠たる子を作り育てるには、精神面も身体に応じて男か女の大人に成長せねばならない。地球上に生物が現れて相当の間は、無性生殖による、いわばクローンが生まれ続く時代だったのが、急激な環境変化などで種が容易に死滅しないために男が現れ、男女が結合して多様な遺伝子の組合せの生命が生まれることで、生き残るようになった。しかも、その男とは、無性生殖をしていた女が変化したものであった。
 ところが、女が変化するという男の発生の仕方に帰因するのか、男が自信を失って弱気になると、女を口説く気力まで萎えたり、程度の差はあれ性的不能にも陥り易く、中には男性であることに違和感を覚え、極端な場合は外科手術で違和感の解消を試みる。
 それでは、結婚や子作りも難しくなり、最終的には子孫=家系、種が絶えてしまう。これを避けるために、弱音を吐きがちな男を元気づけるために、内に強さを宿す女の方が、あえて主導権を男に譲る、「競わず争わず」の「夫唱婦随」の男女関係をわが国の先祖たちは尊び、守ろうとしてきた。
 これは男尊女卑の思想ではない。女から男が派生することで種の存続を安定化させようとする、自然の叡智を汲んだ人間存続の現実的な知恵なのだ。
●この視点は、前々号で列挙した、伊邪那岐命や須佐之男命、大國主神、山佐知毘古(やまさちびこ)に「女々しさ」が垣間見える理由を考える上で、また逆に、女神が時折男勝りの強さを露わにされることを理解する一助ともなる。
「記紀神話」からその例を挙げよう。
「みとのまぐはひ」が始まろうとする時に、女神の伊邪那美命が男神の伊邪那岐命につい先んじて「あなにやしえをとこを」と、声を掛けてしまわれたことは何度も触れた。
 後にも、黄泉國(よもつくに)と現世(うつしよ)の境である黄泉比良坂(よもつひらさか)で、伊邪那美命は再び男神に先んじて「一日(ひとひ)に千頭(ちかしら)絞(くび)り殺(ころ)さむ」と声を荒げられる。
 天照大御神は、弟の須佐之男命が姉神に会いに高天原に登り来られる時、疑心暗鬼の気持ちを抱かれて、俄に武装される。
 武装と言えば、大和の軍勢を率いて新羅を言向(ことむ)けに向かわれるときの神功皇后のお姿が想起される。
 天孫降臨の砌は、その途中の天の八衢(やちまた)に待ち居る神の正体を明らかにさせることを、天照大御神と高木神が天宇受賣神(あめのうずめのかみ)に命じられた理由が、「汝(いまし)は手弱女人(たわやめ)に有(あ)れども、いむかふ神(かみ)と、面勝神(おもかつかみ)なり」という、女神の強面の側面であった。
 手弱女は、「火事場の馬鹿力」の例としてよく引き合いに出されるが、木花之佐久夜毘賣(このはなのさくやびめ)も燃え盛る産屋の中で天孫の御子三柱をお産みになる。
 本稿でもかつて触れた肥長比賣(ひながひめ)は、その蛇体なることを本牟智和氣命(ほむちわけのみこと)が知ってお逃げになるのを、本来は受け身の姿勢でいるはずの比賣の方が、海原を照らしつつ追い駆ける記事もある。
「神光照海」の文字は、日露戦争の日本海海戦で大勝した連合艦隊司令長官、東郷平八郎提督が神恩報謝のため宗像大社に奉納した扁額にもあるが、大変容姿麗しいと伝わる宗像三女神もまた、実は軍神の性格もお持ちなのである。
 博多総鎮守櫛田神社の境内社石堂神社(吾田片隅命(あたかたすみのみこと)と宗像三女神)の案内板にも国防の神の御神徳が記される。
 宗像大神、とりわけ市寸嶋比賣命(いちきしまひめのみこと)と習合した弁才天も、八臂のお姿では剣や弓矢などの武具もお持ちになる。
 こうしてみると、倭建命が九州での熊襲征伐の際に女装されるのも、女が内に宿す尋常ならぬ強さや力を暗示する神話としても再考すべきではないか。
●「記紀神話」からほんの一部とはいえ、女神の猛々しさを物語る例をこれだけ挙げていくと、わが国古来の信仰が、男尊女卑や、男は強者・女は弱者とする皮相な考え方とは大いに異なることに気づかされる。
 わが国古来の信仰は、人間を含む自然界に対する精緻な観察に裏打ちされた情報に基づく自然神信仰であり、その自然界で人間が種として存続するのは、女から男が派生し、男が男として成長してその役割を十分に果たすことではじめて可能となる真理を伝えているのではないか。女が自ら変じた男と競い合い、その男を尻に敷いては、女の自己否定にもなるのではないか。
 現世での人生が魂の修行=禊祓なら、父母不二の宝珠として生まれる人が、男は内に宿る女性性を、女はその男性性を、各々身体に応じて超克していくことが基本課題なのだろう。男は内面も男として成長しつつ、男の身体的、社会的役割を果たし、女の方は男に先んじがちな部分を自制して男を立て、子を生み育てていく中で内面も女として成長していく。神計らいで男女いずれかに生まれ、天与の身体の形に随って内面を成長させ、天与の形を充実させていくのが人生だとも言える。
 天与の身体=形を得、その形に沿った魂の修行を人生と捉える信仰はまた、武芸諸道(を通じた魂)の修行も「形から入る」という思想に後世継承されたのではないかと思う。(つづく)