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 みょうがの旅 52 おしほい 46 生存と進化の前提
        (世界戦略情報「みち」平成26年(2674)6月1日第405号)

●『古事記』が人皇初代、神武天皇の御祖母、豐玉毘賣命の本然のお姿を鰐(サメの古名)と語り、また人工臓器の開発で世界的に著名な西原克成博士と西原博士の研究人生に方向性を与えた三木成夫医学博士が人類サメ起源説を唱えることを知り、『古事記』の時空を超越した普遍性が改めて窺われた。
 ヒトも含めて個体発生は種の系統発生を踏襲すると強調する西原博士が、サメの中でもHeterodontas japonicus=ネコザメの痕跡をヒトの胎児の相貌に認めたことは重大だ。豐玉毘賣命は、学名に japonicus=「日本の」を含むネコザメだったのか。これは神武天皇に始まる皇統と『古事記』の人類史的な意義とともに、わが国が人類に対して担う重責を暗示するものだと思う。
●西原博士は自著『内蔵が生み出す心』(NHK出版、平成二三年、第一四刷)でこうも指摘する。

 哺乳動物は、長ずると咀嚼を行う、哺乳・吸啜のシステムを持って生まれる動物です。咀嚼を行う歯がHeterodontia異型歯性つまり顎の部位に従って形が違う歯です。このサメは、あらゆる点で普通のサメとは違っていますから、本当に哺乳動物になることはまちがいなしです。
(六九頁)

 西原博士はさらにネコザメについて、

・切歯、犬歯、臼歯の三種類の歯が上顎と下顎に敷き詰められている
・鼻孔が口腔内に開き、外鼻が哺乳動物の鼻の形をしている
・他のサメは鼻孔が嗅覚のみで鰓呼吸は口でするのに、ネコザメは鼻で鰓呼吸をする
・同じく鼻で鰓呼吸するメクラウナギは体表がヌルヌルの粘液で覆われるが、サメの中でもネコ
 ザメだけがヌルヌルの粘液で覆われる
・ネコザメの外鼻形はヒト胎児の三四日のそれと細部に至るまで部品が対応


等々の点を挙げてこう断言する。

 結局ヒトの顔の原型は、ネコザメに求めることができます。
 (同書六九~七一頁を要約)

 実は、前号の原稿執筆段階では同書の前半しか眼を通していなかったが、その後、西原博士も筆者と異口同音の指摘をしていることを知った。

 わが国の古事記にも、皇祖皇宗のワカミケヌノノミコト(カムヤマトイワレビコ・イミナ神武天皇)の父親ナギサタケウガヤフキアエズノミコトの母親つまり神武天皇のおばあさんの豊玉姫は八(や)ヒロもあるフカ(鱶)だったとあります。紀元三〇〇〇年前の話とされていますが、これを一万倍して三億年前に早おくりすれば、デボン紀にまさにネコザメだったのですから、古事記の伝承は大脳辺縁系の内臓脳、つまり腸で感得した事実だったのです。大和民族は我々の祖先がフカであったことを腸の内臓感覚で知っていたのです。これが腸の細胞が持っている生命記憶であり、腹の文化であり、腹切りがわが文化に根づいている背景にあるわが民族の感性、心の豊かさの由縁と思われます。(同書一五七頁~一五八頁)

●ネコザメの上陸進化の契機は、デボン紀に汽水域に閉じ込められ、干潮時に干潟での空気呼吸を余儀なくされたことだと西原博士は考える。その環境変化が生体に及ぼす影響はこうだ。

 重力作用が六倍になり生活媒体が水から水の一〇〇〇分の一の重量の空気に変わり、酸素の含量が〇・七%から二一%に変わると、これらに対応して生きていくだけで、必然的に体内のあらゆる組織と器官の細胞呼吸が活性化し、血管の誘導が起こるのです。(同書一〇〇頁)

 しかしこれは過酷な試練でもある。
 ネコザメが汽水域に閉じ込められ、上陸して苦しまぎれにのたうち回ると、三〇倍になった空気中の酸素が体内に大量に入って来ます。あばれると筋肉が動いてミトコンドリアの細胞呼吸が活性化し、糖の消費が急に増えます。ネコザメはもともとエビや貝をよく咀嚼して食べていましたから、海藻や小魚や貝をよく咀嚼して栄養をおぎなったのでしょう。糖が補給されなければいくら酸素が増えても血管の新生はないからです。こうして細胞呼吸すなわちエネルギー源の食物の咀嚼と空気呼吸システムの肺の発生が連動して起こるのです。(同書一〇二~一〇三頁)
 水中から陸上への環境激変に、ネコザメは苦しみにのたうち回りつつも生き残りを遂げた。豐玉毘賣のお産の様子を「八尋和邇(やひろわに)に化(な)りて、匍匐(は)ひ委蛇(もこよ)ひき」と語る『古事記』の描写も、この上陸時の苦しみの暗喩でもあろうか。
 ネコザメの上陸進化を可能にしたものが、よく咀嚼して食べることで糖が供給され、糖が血管と肺を発生させたことにある点も大変興味深い。生まれた環境で生命を維持し、子孫を存続させるだけでなく、極端に異なる環境で生き延びるにも、よく咀嚼して食べることが前提条件なのだ。
 水中から陸上への環境変化が生体に及ぼす影響は、同じ陸上にいながらにして平均気温や電力確保レベルの変化に狼狽するのとは桁違いの過酷さだが、異次元級の変化でも、よく咀嚼して食べることで、すべての個体とはいかなくとも種のレベルでは超克が可能だと、遠祖ネコザメは西原博士の研究を通じわれわれに教えている。
(つづく)