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 みょうがの旅 53 おしほい 47 ネコザメの記憶
        (世界戦略情報「みち」平成26年(2674)6月15日第406号)

●人類も含む哺乳類の祖のネコザメが、水棲から陸棲への転換を我々の想像を絶する苦しみにのたうち回りながらも成し遂げた経過を、西原克成医学博士の著書『内臓が生み出す心』で垣間見た。この過酷な試練の超克が可能となったのは、よく咀嚼して食べて栄養=糖を補給し続け、それが血管と肺の新生につながり、空気呼吸システムが体内に生み出されたからだった。これは、異次元級の環境変化さえも、よく咀嚼して食べることで克服は可能と我々の遠祖が教えているのだと受け止めた。
 ここで筆者は、現在ニホンミツバチの養蜂に精を出しておられる本誌読者、飯山一郎氏のホームページに改めて注目した。(http://grnba.com/iiyama/)
 飯山氏は困った人があると東奔西走する「菩薩のような方」で「本誌の同志」と語る編集長天童氏の言葉に溢れる敬愛の念には、まだ飯山氏と面識のない筆者にも心に響くものを感じた。
 飯山氏は養蜂の作業中に蜂に刺され、激しい痛みや掻痒、嘔吐に襲われても医薬には頼らず、自力で克服する。東日本大震災後の原発事故と放射能汚染が未解決の現状下では生き残ることを第一として、空調は放棄し、よく咀嚼する小食粗食を実践し他者にも勧める。
 このような飯山氏の姿勢には、ネコザメが水中から陸上への環境激変に堪えながら、食べ物をよく咀嚼することで上陸進化を成し遂げたことと相通じるものを強く感じる。三億年前の遠祖の生き残りのための営みが、現在飯山氏によって形を変え再現されている。
 陸上環境に順応せんと呻吟するネコザメは医薬の助けなど思いもよらない。水中では一定の水温域へ移動していくのも可能だが、陸上では昼夜、四季の気温や天候の変化を凌ぐのは容易ではない。空調設備など持たぬネコザメは、食べ物をよく咀嚼して食べることでこの過酷な試練を克服していったのだ。
 それは、自らの子孫が将来ヒトになると想像したからでも、救世主や預言者に幸福な未来を約束されたからでも、英雄に絶望の淵から希望の前途へ率いられたからでもない。一呼吸した次の瞬間に何が起こるかなどに心を煩わせず、ただ生の瞬間を一コマ一コマ必死に生き抜いて世代を継いでいっただけである。その末裔の我々もこのひたむきな姿こそ最も尊ぶべきではないか。
●実際、わが国の信仰はその生き方を最も重視してきた。福岡は博多の総鎮守櫛田神社(大幡主大神、天照大御神、須佐之男命)で今年の初詣で目にした飾り餅の説明文が非常に判りやすい。

 伝統の美しき二段重ね
 おおがねもち
 古来より、稲によって生きる糧を得ていた日本人は、新しい年を迎える儀式のお供え物としてその神聖なお米で〝鏡もち〟をつくりお供えしました。
 鏡もちの形が〝平らたく丸い〟のは三種の神器の一つ〝銅鏡〟からきているといわれており、それが名前の由来にもなっております。
 また、鏡もちを二段に重ねて、お供えするのは、無事にめでたく〝生命〟年を重ねられた事に対する深い感謝の意味です。
 これが伝統となり、年の初めのお正月には、かならず丸い形のおもちを二段に重ねてお供えし〝歳神さま〟に子孫繁栄を願い、新しい年に感謝いたします。
 東福岡米穀協同組合

 伝統的に商人の町らしく、「おおがねもち」には「大金持ち」の含意もあろう。だが、抑も人間が便宜上作ったにすぎない金銭にはここで一言も触れられていない。飾られているのも神人協働の成果である米から作った餅であり、金銭を餅型に積み上げたものではない。「おおがねもち」は、食べ物(米)によって個人と子孫が新たな年を迎え、存続することの喜びと感謝を象徴する。それがあってはじめて、個人と子孫は「大金持ち」にもなりうる。その途上で思い掛けず降りかかる災厄にもめげず、自分や子孫の生命の維持存続を根本課題として生きていくのだ。
●時にその災厄は絶望的に思われることもある。その最たるもののひとつが、天皇を拝戴する國體の存続さえ危ぶまれた大東亜戦争の敗北だが、それをも乗り切った。その要因は様々あろうが、国民の大半が徒に政治運動に走らず、少ない食べ物をよく咀嚼し、艱難辛苦に堪え忍んだことも大きかったと思われる。政治は人間社会の大切な営みではあるが、問題の解決や理想の実現を急ぐあまり国民がこぞって政治活動に傾倒すれば、デモやスト、テロ、革命運動が頻発して社会が混乱し、それはまた、様々な政治勢力や諸外国の扇動、干渉を容易にさせる。
 日本人の「温和さ」を「奴隷根性」と決めつける言説もあるが、寧ろ「政治意識の高い国民性」の方が国民を勝者・敗者等々に色分けし、敗者を奴隷扱いしがちな印象がある。日本人が権力に従順か否かの議論自体が的外れだ。問題や不満をすぐに政治的手段で解決しようとはせず、艱難辛苦に耐えつつ生命と子孫の維持にひたむきに生きてきた日本人は、遠祖ネコザメを現代も腸管で記憶しているのだろう。それが、政治の空白や混乱の影響も最小限に抑えてきたのではないか。(つづく)