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 みょうがの旅 54 おしほい 48 玉音の言霊
       (世界戦略情報「みち」平成26年(2674)7月1日第407号)

●人類の祖がHeterodontas japonicusの学名を持つネコザメだと語る、人工臓器の開発で世界的に著名な西原克成医学博士の著書『内臓が生み出す心』によると、ネコザメは水中から陸上への環境の激変に堪えつつ、切歯、犬歯、臼歯三種類の異型歯性=Heterodontiaを活かしてよく咀嚼して食べることで陸棲の呼吸システムを生み出した。
 そして、本然のお姿がサメとされる神武天皇の御祖母、豐玉毘賣命が、陸上に住んでおられた山佐知毘古(やまさちびこ)の御子、天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命(あまつひだかひこなぎさたけうがやふきあへずのみこと)を産むべく海神の宮から浜の渚にこられ、「八尋和邇(やひろわに)に化(な)りて、匍匐(は)ひ委蛇(もこよ)ひき」と『古事記』が描写するところも、遠祖ネコザメの上陸進化の艱難辛苦の暗喩ではないかと想到した。
 また、原発事故と放射能汚染という現状では生き延びることが至上課題と覚った飯山一郎氏が実践しているのが、良く咀嚼して食べることである点に、ネコザメの記憶が現代の日本人にもしっかり残っていることが窺われた。
 思えば、大東亜戦争敗北直後の國體さえも危ぶまれた時に、大半の日本人が絶望と悲嘆に暮れるでもなく、徒に政治運動に走るでもなく、遠祖ネコザメのように、食べ物が少なくとも良く咀嚼して栄養を補給しつつ艱難辛苦を一日一日と乗り越え、自らの生命と子孫の存続のためひたむきに生き抜いたことも、國體を存続させ、社会の不安定化を最小限に抑えた大きな要因だったのではないかと気づかされた。
●しかし、人それぞれ程度の差はあれ、戦勝の希望を抱くこともできた戦中とは違い、敗戦の現実を突きつけられて尚、いつまで続くか判らない困難な生活に絶望せず、一つ一つ新たな年を重ね、子孫を継いでいくために、従来の神仏祖霊の祭祀や大祓のほかに、戦後は国民の心の気枯れを祓うものが一つ新たに加わったと思う。それは、昭和二〇年八月一五日に全国に響き渡った、「堪ヘ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ」と昭和天皇が玉音放送の中で発せられたお一言だったと思われる。
 当時の国民がおしなべて困窮の極みにあった中、どう生きていくべきかが、このお一言に凝縮して示されていた。その意味といい、繰り返しを含む音律といい、筆者が言うのも畏れ多い限りだが、まさに日本人の心の琴線に触れる玉音の言霊である。
 それはまた、汽水域に閉じ込められ、潮の満ち干により水棲と陸棲を繰り返すことを余儀なくされたネコザメが、干潮の度に環境の激変に苦しみのたうち回りつつも、食べ物を良く咀嚼して自らの生命を維持し、子孫を残すひたむきな生の営みを描写するにも、これ以上にないほど的確な表現である。
 その後毎年八月一五日が近づくと、終戦に関する諸行事や報道や教育の場等でこのお一言が終戦の象徴のように繰り返されてきたが、結果的には戦後の日本人がそれを耳にする度、腸管に発する内蔵に宿る魂が奮い立ち、各々の人生を切り拓く気持ちを新たにすることになってきたのではないか。
 まさに先祖と交わるお盆の最終日に昭和天皇の玉音放送で遠祖ネコザメの記憶が内蔵脳に呼び覚まされ、以後毎年のようにこの時期にこのお一言が各地で繰り返されるようになったのは、それを口にした者たちの様々な思いや企図をはるかに超越した神計らいに思えてならない。これも、わが国が神国たることを如実に示す好例だろう。
●昭和天皇の玉音放送以来、遠祖ネコザメの記憶を毎年祖霊と交わるお盆の時期に腸で思い起こしてきたことは、三年前の東日本大震災でも被災者達が「英雄」や「救世主」等に率いられるまでもなく、自発的に助け合い、徒に秩序を乱さぬ行動に徹したことに窺われる。混乱に乗じた略奪も無かったことに外国メディアは驚いたようだが、その二ヶ月後に筆者は出張先のモスクワで、ロシア人のわれわれ日本人に対する眼差しが以前とは明らかに異なっていることが肌身に強く感じられた。
 以前は、高性能高品質の製品を作り出す優秀且つ勤勉で豊かな生活を送る人々という羨望混じりの日本人観が主流だった。だがそのような日本人観は、立場が逆転すれば、日本人に対する不健全な優越感へと容易に変わりうる。日本人も普段は学歴や経済力や社会的地位で他人を評価しがちである。
 ところが、東日本大震災で家族や財産を失った被災者達の自律的な姿は、経済力が人格評価の基準になりがちな貨幣経済時代の価値観を世界の人々の中で一旦白紙に戻したのではないか。
 東日本大震災の被災者達について、今上天皇陛下は平成二三年三月一六日、被災者と国民へのビデオメッセージでこう述べられた。

 何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています。

 畏れ多くも、昭和天皇と今上陛下のお言葉を拝借すれば、日本人はネコザメ由来の「堪え難きを堪え、忍び難きを忍ぶ雄々しさ」を今も腸(はらわた)に宿し、それを時に自ら発揮し、時に歴代天皇の玉音の言霊にふれて魂を奮い立たせてきたのである。(つづく)