常夜燈索引

              

  敵ながら天晴れ、黒田善治 
     (世界戦略情報「みち」平成19年(2667)4月15日第248号) 

▼渡部悌治氏の著作『攘夷の流れ』に、黒田善治なる蒋介石の対日情報関係の参謀格だった王芃生の客分のことが頻繁に登場する。日本を対支那局地戦から世界戦争に巻き込むに当たって抜群の能力を発揮した軍略家である。
 黒田善治が青山和夫なるペンネームで書いた『謀略熟練工』(昭和三二年妙義出版刊)を最近入手し、戦前戦中の日支関係の裏面や、国際共産主義運動の中で黒田が果たした役割の一端を知ることができた。
 黒田は明治四〇年生まれ、杉浦重剛が設立した日本中学を卒業後、明治大学を中退、独自に歴史哲学、古代史を研究しているうちに日本留学中の郭末若と知り合ったのが縁で、無神論同盟とその上部団体の唯物論研究会に入った。
 昭和一一年の西安事件を機に、国共合作による対日戦争を世界戦争に拡大させることを目的に上海にわたり、後に重慶に移って日本の政治・経済・軍事問題を分析し、蒋介石に対日政策を授けることとなる。
 特に昭和一二年二月、林銑十郎内閣が発足後、当時上海にいた青山は蒋介石側近から、いつ日本軍は対華全面戦争を始めるかという質問を受け、これに的確な答を出したことが、その後のわが国の運命を変えたことになった。黒田は一週間待ってもらいたいと言い、手許にあった昭和一二年の朝日年鑑だけを頼りに論文をまとめた。
 日本資本主義は支那の軽工業の発達で市場確保が危うくなっている。満洲経済と支那本土を一体化させないと満洲は日本の資本を食いつぶし、日本の持ち出しが続く。日本が採るべき選択肢は、明治以来の古い政治制度の改革と対外戦争の発動という二つであり、二・二六事件で「昭和維新」は失敗、対外戦争を選ぶしかない。林内閣には国民の支持がなく、民心を充分引きつけられる強力内閣ができれば対華全面戦争が起こせる。その首班は、内外から平和主義と見られる人物、つまり近衛内閣が登場すれば必然的に戦争になる。戦争開始は武器が整い、兵員が整い、予算が足りなくなる七月が最も危険だ。さらに、国際的条件として六、七月に英米がヨーロッパ問題で手をふさがれ、日本の対華行動に注意する余裕がないとき。
 南京でこの論文を読んだ蒋介石は、七月開戦を決意、廬山会議で開戦準備を命令した。六月に林内閣が倒れて、近衛に大命降下。青山は「うまい! 万事成功、後は日本帝国主義が自分で坂をころがり落ちるだけだ!」と祝杯をあげたという。
▼同年七月七日の盧溝橋事件後、八月には上海に戦火が飛火したが、蒋介石はドイツ軍事顧問団の支援を受け徹底抗戦、戦線は膠着状態に陥った。日本軍は杭州湾に百万人を上陸させる作戦で打開を図ろうとした。
 これに対し黒田は「百万上陸」に軍事的に対抗することは困難だとして、政略的に抗戦する方法を案出した。蒋介石に対し、「先ずこの杭州上陸の情報をもって、ドイツ大使とドイツ軍事顧問団に、どうしたら阻止できるか相談をもちかけなさい。ドイツ顧問団はゼークトラインを作ったのだから、嫌とはいえないし、ゼークトラインを日本軍が突破すれば、ドイツ軍事顧問団の顔がつぶれる。ドイツ大使は仕方がないから、南京戦前後に必ず自分勝手な停戦調停案を、もちまわるにちがいない。今の日本軍はドイツかぶれしているから、必ずこのドイツ案に飛びつく。この政治的期間を南京戦後の中国軍の再集結に利用すべきだ。再集結が終ったら、中国はドイツ大使に調停を依頼したことなしと、公表するだけで、対英米関係はすっきりするし、日本とドイツの離間策にもなる」とのいわゆるトラウトマン工作を伝授した。
▼昭和二〇年四月一二日ルーズベルト米大統領が急逝した。その直後、重慶の青山をあるアメリカ人軍人が訪ねてきた。
「実は日本を猛烈に爆撃し、戦局を追いつめたのだが、日本国内に民主的改革派が立ちあがる様子が見えない」、どうしたら戦争を早期に終結できるかを問うてきた。青山は、「日本の皇室で天皇に平和をいわせることができるのは皇太后だけだ。しかし皇太后は戦争の実際をしらない。そこで思いきって皇太后のいる大宮御所を爆撃し、そこにトルーマンの直接メッセージを投下すればよい。かならず終戦になる」との策をもたらした。
 五月二五日、B29二五〇機来襲、焼夷弾を投下す。宮城表奥宮殿、大宮御所、東宮御所、青山御殿、等々炎上す、と小倉庫次侍従日記にある。
▼五月になると青山は「日本は天皇制を保存することを唯一の条件に戦争終結を計りつつある」と大公報で降伏を予知した。黒田は日本の新聞の株式欄から終戦近し、と分析した。当時戦後の社会基盤となる私鉄株に買いが集中、株価が上がったことから、終戦準備と判断したのだ。外地重慶で乏しい日本からの情報を頼りに的確な判断を下した青山は敵ながら天晴れだった。情報や諜報の要諦はデータの量や組織ではなく、機略縦横な智恵の働きにあることを黒田は教えている。(青不動)