常夜燈索引

                    

  「株価本位制」の誕生 1 
    (世界戦略情報「みち」平成19年(2667)5月1日第249号) 

▼今年五月からいわゆる「三角合併」が解禁される。外国企業が日本企業を買収する場合、日本にある外国企業の子会社を通じて外国企業株式を、被買収日本企業の株式と交換することを可能とする法制度が生まれる。
 株式があたかも通貨のような役割を果たす、株価本位制の発想はどこから来たのだろう。世界を席巻するマネー資本主義、その核心である株価本位制が米国で誕生したことに疑問の余地はない。この発想は「企業は株主のものであり、経営者の使命は株主利益を最大化すること」という企業観を伴っており、従来の労使一体型の日本型経営やドイツ・ライン型資本主義とは相容れない要素が含まれている。だが現実には、わが国でも、ドイツでも、株価本位制に基づいた会社法や労働法制の「改正」が進行中で、三角合併解禁もその一環である。
▼米国は英国出身者を中心とした白人プロテスタント=ピューリタンによってつくられた国家だが、その根本思想には水と油ともいえるキリスト教新教と啓蒙思想が入り交じっている。 
 新教カルバン派の予定説(神により選ばれた者だけが救われるとの教理)に基づくピューリタニズムと、万能の理性を働かせることで自己を救済し、社会を変えることが可能であるという啓蒙思想は、まったく正反対の考え方である。この矛盾を止揚するため、常に米国には普遍主義思想が生まれる。
 井尻千男拓殖大学日本文化研究所長は「普遍主義しか語れない国家(アメリカ)の悲劇性」と指摘する。第二次世界大戦後、唯一の戦勝国として「地球上で最も偉大な民主主義国」となった米国は黄金の五〇年代を迎えた。白人アングロサクソン的価値観こそが、米国であり、普遍的価値観だった時代である。人種問題やベトナム戦争で翳りが見えた六〇年代、白人アングロサクソン的「よきアメリカ」は崩壊をはじめた。

 ……六〇年代以降の公民権運動とPC(ポリティカル・コレクトネス)の嵐の中で、国家としてはいよいよもって普遍主義しか語られなくなった。国内で覇権をにぎっているWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)といえども、「ニューイングランド」を夢見るわけにはいかなくなった。なお言えば、「普遍主義しか語れない」という悲劇性においてWASPとジュウイッシュの連帯が進行する。
(井尻千男著『日本再生一国一文明の気概を』平成一五年刊)

▼自由と人権と民主主義の国・米国で、黒人の投票権の保証、公共施設での人種隔離の禁止、人種差別的な州への連邦補助金の削減など、いわゆる黒人差別的社会慣行に対する規制が正式に法制化されたのは、一九六四年の公民権法の制定によってであった。
 一九六〇年代まで米国南部諸州では、交通機関や公共の建物、トイレなどを黒人用と白人用に分離することが義務づけられており、その区分けを破る者は逮捕された。これは一八九六年の「プラッシー裁判」において裁判所が黒人を「分離すれども平等」ならば合憲と判断して以来、黒人差別は事実上米国社会で肯定されてきた。ところが一九五四年の「ブラウン裁判」で米最高裁は「公共教育の場における分離すれども平等の原則は成立しないものと結論する。教育施設を分離させること自体が本質的に不平等だからである」との判決を下し、一八九六年以来の「分離すれども平等」の判例が覆った。以降米国で広範な人種統合運動が展開され、キング牧師の活動と、ジョンソン大統領の議会工作で一九六四年公民権法が成立した。それまで米国は人種の「坩堝」と呼ばれていたものの、実際は非WASPがWASPの文化に融合することが、米国の普遍主義だった。欧州からのユダヤ系移民はいち早くWASP社会に融合し、ユダヤ的姓名をアングロサクソン的に言い換えてエスタブリッシュメントに加わった。
▼ところが公民権運動を経て、さらにヒスパニック系移民が大量に米国社会に入るに及んで、WASPの文化は米国の文化の一つの構成要素に過ぎず、アフリカ系、アジア系を含めて米国文化は多様なものであり、それぞれの価値は相対的であるという主張が強まった。
 マジョリティの本音としてのWASP的価値観と、建前としての多文化主義の葛藤が表面化したのだ。こうした多文化主義の行き着く先が、PC(ポリティカル・コレクトネス)運動だった。

Hair disadvantaged=頭髪的に不利な(髪の毛の少ない人)
Differently abled=異なった能力を持つ(知能や大脳に障害がある人)
Optically challenged=視覚的にチャレンジされている人(視覚障害のある人)
Economically marginalized=経済的にはじき出された(貧しい人)
Vertically challenged=垂直方向にチャレンジされている人(背の低い人)
・human being ← 人類(mankindのmanを避けた)
・chairperson ← 議長(chairman)
・police officer ← 警官(policeman)
・fire fighter ← 消防士(fireman)

このような「政治的正しさ」への情熱は偏執狂的で、米国社会の病の深さを感じさせる。(つづく)(青不動)