常夜燈索引

               

  「株価本位制」の誕生 2 
  (世界戦略情報「みち」平成19年(2667)5月15日第250号) 

▼六〇年代の公民権運動、PC(ポリティカル・コレクトネス)運動の結果、米国社会では建前上、すべてのマイノリティ、文化集団に対して無色無臭、抽象的、中立的、中性的な言語しか発することができなくなった。
 これを井尻千男氏は「普遍主義しか語れない国家の悲劇性」と喝破した。このように価値相対主義に陥った米国社会にあって、これを止揚する普遍主義は何だったのだろう。
 米国社会が辿り着いたのは「すべてをマーケットで決定する」市場普遍主義だった。黒人でも白人でも、新旧キリスト教徒でも、ユダヤ教でもイスラム教でも、人間の属性が捨象されるマーケットで勝負を決める。それこそが公正・中立を担保する唯一の手段との社会的合意に達した。よきアメリカのWASP的価値観は崩壊した。究極的には数字で表象される市場普遍主義ですべてケリをつける。その結果、マーケット万能の市場原理主義が世界を席巻した。
 わが国の終身雇用制度や株式持合の日本型経営は崩壊しつつあるが、ドイツでも、企業経営における労使共同決定法制を変えようとする運動が活発になってきている。
▼人種の坩堝アメリカは、それ自体「世界」の雛形である。結局そこで語られる普遍主義は、「数字」以外のものではありえない。この抽象された言語である数字が世界のスタンダードになることに現代のある種の歴史の必然がある。アメリカという国家の普遍性への渇望が、市場原理主義、株価本位性というグローバル・スタンダードを産み出したと言い換えてもよい。
▼以下は起訴休職外務事務官・佐藤優氏が堀江貴文元ライブドア社長と対談した際の印象を語ったものである。

 堀江さんと話し込んでみて分かったのは、この人はほんものの革命家だ、ということです。堀江さんという人は徹底的に原子(アトム)論的な世界観をもった人です。極めつけの個人主義者です。彼には個人というものしかない。個体(アトム)を超える価値については、認めないとか、拒絶するというよりも、そのような価値があること自体が分からないようです。そんな堀江さんは当然のように「国家とか民族とか面倒くさいですよね、なくなったほうがいいですよね」と言うんです。実際、選挙の時には「天皇制を廃止して大統領制にしよう」と自然と口をついて出てきたそうです。ただしその後、街宣車がやってきてうるさいので、人前でそういうことは言わなくなったそうですが、いずれにせよ、日本の政治体制は共和制のほうがいいという堀江さんの信念に変化はありません。
 堀江さんの革命家としての特徴は、その思想、特に貨幣論に現れています。堀江さんは貨幣というものを信用の中から作り出されるバーチャルなものと捉えています。金(ゴールド)による裏づけは必要ないと見ているんです。廣松渉さん(マルクス主義哲学者)の用語を用いると、貨幣は共同主観性によって成り立つという考え方です。堀江さんはそこから、こういうことを考えます。ライブドア株を100分割どころか、1万分割、10万分割していけば、やがてライブドア株で大根が買えるようになる。ライブドアの株主同士は、ライブドアの株券を貨幣代わりに使うことができる。これは一種の「物々交換」だから、現行の税法では消費税を払う必要はない。この発想を国家は認めることができません。なぜなら、国家から見れば堀江さんがやろうとしたことは、偽金つくり、私造通貨発行に他ならないからです。これを本当に実現すれば国家という制度は内側から崩壊しかねません。堀江さんの言説や行動の論理連関を追及すると、新自由主義には、国家の内側から革命を志向するような動きが内包されているということが分かります。 (『月刊日本』平成一九年五月号)

 これは株価本位制の本質を捉えた透徹した認識である。国家の通貨主権を崩壊させうる普遍主義を掲げたホリエモンを、国家権力は放置できなかった。ホリエモンは日本に時価総額経営という株価本位制をもちこむ役割を担っていたことがわかる。
 株価本位制には戦慄すべき普遍主義の猛威が内蔵されており、代替モデルが生まれない限り、止めることは不可能である。豊田商事事件の永野一男が言うとおりマネーそれも他人の金を運用し相場で儲けるのが最高のビジネスであり、現代では年金基金など機関投資家の巨額資金を運用するファンド・マネージャーが最高のビジネスマンということになる。モノの属性から全く自由で中立なマネー、抽象化された富の形象を扱う者が現代の神官なのだ。この普遍主義をさらに進めていくと、国家の刻印が捺されたローカルな存在である貨幣ではなく、企業という富創造機関の蒸留結晶とでもいうべき株式を世界のどこででも国家の軛から自由に交換しうる世界が現出する。
 九分九厘の一厘の仕組みはこの地球を覆い尽くすマネー神権構造を必ずや皇道生態系経済に転換しうるはずだ。その役割を果たすのが本誌「みち」の使命であり誇りである。(青不動)